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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
平和な日々編
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・サチコとオカルト部

今回長いです。

・サチコとオカルト部


 そこは異様な空間だった。

 外国語の授業で使われる際の移動教室。


 一般教室より手狭で、放課後は暇な生徒たちでも、他に空き教室があれば、選り好みして寄り付かない。


 そんな場所で女生徒は猫と、もう一人の女子と対峙していた。


 元オカルト部現超常現象研究会部長、と書くと何が何だか分からないが、所属している人々にはそれで通る、不思議な肩書きの少女。


 彼女は女生徒の荒れた手を、両手でしっかと握り締めている。通称オカルト部。


 伸びた前髪に隠れた両目は、瞬き一つせず、一心に何かを念じ、日本語ではない言葉を唱え続けている。


 猫は心配そうに二人の足元をうろつき、相手の女生徒(背が高く眼鏡をかけており胸が大きく最近かなり健康になった)は、静かに目を閉じて、オカルト部部長の作業が終わるのを待っていた。


 今にも雨が降りそうな日の放課後、夏も終わったとなれば、室内はかなりの暗さ。


 教室の電灯の明るすぎる光が、却って外側の暗さを強調し、この場所を孤立させていた。


 時刻は午後五時半。不自然なほど周囲の音が届かない中、ようやく少女は手を離し、顔を上げた。僅かに息が上がり、額には汗が浮かんでいる。


「終わったわ、ありがとう」

「大丈夫っすか」


「ええ、流石に一度に読み込むのは、負担が大きいけど、なんとか」


 少女は息を整えると『この世界のものではない言葉』を唱えた。それは呪文だった。女生徒にとっては馴染みのある言葉だが、この世界で聞く手段は幾らも無い。


 やがてその両手が淡い光に包まれると、少しずつ小さな柄が、片方の手の平から迫り出してくる。


 オカルト部部長は、それを掴み静かに引き抜くと、刀身が露になった。


 ――この世界の女子高生が、魔法を使ったのである。


「すごいな。俺が使うのよりも格段に綺麗だ。握りはしっかりしてるし、刃も滑らかで意匠も凝ってる」


 女生徒はオカルト部部長が創り出した、石の短刀に驚きを隠せなかった。


「儀礼用の小刀の実物は、何度か見たことがあるから」

「それにしたってこれはちょっと悔しい」


 あっさりと自分を上回られたことに、女生徒は本当にそう思っていた。


 自分よりも秀でる相手に、技を教えたら結果がどうなるかは、火を見るより明らかだった。


 彼女自身そこまで日頃から、魔法を使い込んでいる訳でもないので、尚更のこと。


「しかしうちの部長が、ここを異能集団だと言ってたのは、本当のことだったんですね」


「誰も信じないけどね。言い触らすことでもないし」


 女生徒は初め、オカルト部を文字通りオカルト的なものを研究する、オタクの集いと思っていた。


 或いは自分に特別な力があると思い込む、思春期亜種のようなものかと。


 しかしながら実態は違った。


 自分たちの関わる、様々な超常現象を研究しているという。さながら未知の病に罹った者が、己の病を解き明かそうと、試みるような部だったのである。


「掲示板に直接名指しで、ここに来るよう依頼が張ってあったから、何かと思いましたよ」


「ごめんなさい。なるべく少人数で話したかったの。色々と気になることがあって」


「そういやここに来るなり、俺に魔法使えるだろって言って来たの、アレはどうして」


 女生徒はこの教室に来るなり、オカルト部部長に席に着くよう言われ、次に魔法を使うために、手を貸して欲しいと言われたである。


『あなたの手に触れれば、私も使えるようになると思うの、あなたの覚えている魔法が』


 突然そんなことを言われて、危険なものを感じたが、女生徒は『猫』が付いてきていることを確認すると、自分の手を差し出した。


 その結果が先ほどの石の短剣である。


「一つは確認のため。もう一つは私も魔法を、使えるようになりたかったから。それに」


 オカルト部部長が、石の短剣の切っ先を、片手の上に沈めていくと、刃は肉を切らずに砂と化していく。


 柄まで消えると、手の平の上には少量の砂、それを事も無げに一飲みにする。


「話を聞いてもらうためには、先ず信用を得ないといけないじゃない。頭のおかしい人じゃなくて、本当にそうなんだって思ってもらうには、相手と同じであるということを、見せるしかない」


 一歩間違えると『お前も俺と同じで頭おかしいからな』ということにも成りかねない、危険な説得術である。


 というか今の挙動も、十分に常軌を逸しているのだが、ともあれ目の前の非日常を認めたことで、女生徒が話を聞く気になったのは、確かだった。


「いやそうじゃなくて、どこでこのことを知ったんですか」

「夢で見たのよ、予知夢っていうのかしら」


 そう言い放つオカルト部部長に、女生徒は自分のレベルアップ作業時のことを思い出した。


 テレビの画面に浮かぶ超能力のパネル。


 部分的な取得ができず、大量の成長点を必要とする上に、何が取れるのかの説明もないため、敬遠していた。だなもしやすると、目の前の人物は、それが使えるのかも知れない。


 そう考えなら続きに耳を傾ける。

 

「今年に入ってから急に力が強まったの、他の部員もそう。平行世界との記憶の混濁もあった。その中で妙な点があったのよ」


「妙な点」


 この話の成り立ちからして妙だったが、女生徒はそれを口に出すことは無かった。


 女生徒自身も異世界に行って、元の世界からやってきた妖怪狐に、魔法を仕込んで貰って帰って来た身。


 この世界で未来から来た外国人と友人になったり、幽霊と戦えるようになったりもした。


 今更超能力を使える人が、出てきた所でどうなるものでもない。


 そもそも彼女のほうからすれば、異世界に行ったことですら、脈絡が無いと言えてしまうのだから。


「私の場合、予知夢はいつもセピア色なの。未来のことを過去のように見る。でもそれはいつか必ず私が見る光景なの。だけど次第に、その中に明らかに私のではない、誰かの視界が映り込む様になった。それも過去の。そしてつい先日見た夢に、あなたがいた」


 夢の中では人間ではない子どもと、一緒に手から火を出したり、剣を出したりして、魔法の練習のようなものをしていたと、オカルト部部長は言った。


「それで接触を図ったと」


「そう。そしてあなたに触れてみて、概ね全部分かったわ。そういうことだったのね」


「触って分かるんですか」


「ええ、物や人の記憶を、読み取ることが出来るの。流石に普通の人と勝手が違ったけど」


 少女にとり、人を通して相手の不思議な力、この場合魔法を覚えようと試みたことは、初めてであった。


 単に知識を得るのではなく、自身に魔法が使えるよう、変化を起こしたことで疲労したのだと、オカルト部部長は言った。


「他の部員のときはここまで消耗しなかったんだけど、魔法は超能力とはまた別って感じなのね」


「え、他の部員って」


「他の部員も当然別の力を持っていたの。今みたいに触ったとき、彼らの力を使えるようになったから、今回もいけると思って、でも疲れたー」


 女生徒は呆気に取られていた。


 愛研同総合部には、クセの強い生徒が揃っているが、目の前の人物は、間違いなく異色の存在だった。


 少なくとも今の言葉で、複数の部員の能力を、模写しているということになる。


「えっと、それで用ってのは、これで終わりでしょうか」

「あ、ああそうそう忘れるところだった」


 ポケットから取り出したハンカチで、汗を拭いていたオカルト部部長は、いけない、と言って足元の鞄から、ノートを一冊取り出した。


 開かれた頁には、何処かの光景が詳細に書き込まれている。日時の記載されている場面もあれば、そうでないものもある。


「自分が魔法を使えるようにって、そればっかりに目が眩んで、つい」


「いや、それは構いませんけどこれは……」


「あ、うん。これはね、私の予知夢に紛れ込んできた、他の人たちの絵」


 オカルト部部長が言うには、日時があるのは既に現実に迎えた日だという。自然、女生徒の指は、未だ来ていない、未来の光景が描かれた頁で止まる。


「この中の一つが、俺」

「そう」


 ページには右手を前に突き出して、火花を放つ女生徒と、隣で嬉しそうにしている猫耳の少年。鉛筆描きで白黒ながら、所々が色鉛筆や絵具、ボールペンで彩色されている。


 他にも二つの場面。


 人もまばらな駅のホーム。一人の男性にだけ色が付いている。


 何処かの旅館の一室。未来から来た女子と愛研同総合部部の部長が寝転がっている。


「たぶんまだ起きていないはず。私では確認が出来ないけれど」


「これに何の意味が」


「分からない。あくまで先のことが見えるだけで、それに意味がある訳ではないから」


 ただ、とオカルト部部長は付け加えた。


「私の夢に紛れ込んできた光景と、あなたの経験してきたことは、きっと無関係ではない、と思う」


「俺の経験」


 薄暗い室内に、女生徒の疑問の声が浮かんでは消える。膝の上に猫が乗ってくる。


「あなたにさっき触れたときに、申し訳ないけど、魔法のこと以外のものも、見えてしまったの」


 女生徒の異世界経験や、この世界が歴史の改変を受けていること。友人の一人が未来人であることなどである。


 全く驚かない少女に対して、逆に女生徒のほうが、内心で困惑していた。


 もっとも、超能力者に対して驚かなかったのと同様に、超能力が使えるほうからすれば、魔法が使えるらしい相手が、異世界出身であると言われても、納得がし易い程度の意味しか持たないのだが。


「できれば内緒でお願いします」


「ええ。そうする。ただそのおかげで、説明出来そうなことができたわ」


 女生徒に言われてオカルト部部長は頷くと、前髪を掻き上げた。大人しかった印象が一瞬で変わる。


 両の目は遠くを見つめ、黒目は吸い込まれそうなほど深く、暗い。


「私の力が増したことは、歴史の改変を受けたことで、私の家系に何らかの変化が起きた可能性が、あるということ。もう一つはあなたがこの世界に、このタイミングで帰って来たことが、作用しているんだと思うの」


 女生徒は眉根を寄せた。


 この世界に何か干渉と呼べるような、大層なことをした覚えはない。強いて言うならば、夏の肝試しくらいだった。


 自分の帰還が歴史の改変された世界に対し、何の意味を持つというのか。


「あなたもまた未来から来ている。それがこの世界を確たるものにしている、ような気がする」


「急に弱気にならんでください」


「あなたはこの世界の人だけど、本来なら三年先にいるはずなの。それがここに来たことで、三年分の時間が、待ち針で止めるように定まってしまった。少なくとも、あなたの本来の時間まで」


 ごくり、と唾を飲む音がする。女生徒は無性に嫌な予感がして仕方なかった。


 何かが自分を原因に起こっているような、そんなはずはないのだが、そんな気がしていた。


「恐らく歴史を変えた人は、一度や二度で済まない回数の改変を、試みているはず。何度も変えているということは、望み通りになっていないことを意味する。改変した相手にとっての現在がね」


 オカルト部部長の目が、言葉に連れて怪しく光る。


「そして今この瞬間にも、また歴史が変えられているのなら、私たちの認識は、追い付かなくなっていないとおかしいの。にも関わらずそうなっていないのは」


「未来からきた人間が釘を刺しているから」


「そういうことになるかもね。これまでの改変された世界はきっと、定着しなかったんじゃないかしら。私に起きた変化も、今の改変の結果が変わってないからだと思うし。前の世界の記憶があるのは、改変される前の世界を覚えているのではなく、あなたという人間が世界を留めたことで、あなたがいた世界を思い出せるようになったんじゃないかってそんな気がするの」


 全部憶測で悪いんだけど、とオカルト部部長は苦笑した。


「それならこれは」


 女生徒はノートを指差す。何を意味するのかが、全く分からない不気味な頁。


「分からない。予知夢は同じものを見ないはずなの。なのにこの夢だけは何度も見る。何度も見るけど一度も見たことが無い。まだ起きてないことは確かなようだけど」


 オカルト部部長は目を伏せた。それが何なのか。駅のホーム、不吉な空間。


「でもね、予知夢には一つ法則があるの。私の場合」

「法則、予知夢を見るためのですか」

「いいえ。予知夢を避ける法則」


 未来の出来事が、起こらないようにするための方法。


 机を挟んで向かい合っていた二人は、今や前のめりになって、互いの息がかかる程に顔が近づいていた。


「見た光景の場所に行かない、或いは見た光景の通りにならないよう行動する」


「予知夢は阻止すれば阻止できるってことで」


「そう。ただこれをすると何故かしばらくは予知夢を見られなくなるの」


 二人の視線がノートに注がれる。駅のホーム。男性。見るべきか。見ざるべきか。


「この夢への対処で、この世界がどうなるかが決まってくるような、不思議とそんな気がしてならないの。この夢を現実に迎えるべきか、或いは」


「でもこれが何時何処で起きるか分からないんですよね」

「ごめんなさい」


 結局答えは出ないまま、下校の時刻になった。二人は何か、この予知夢や歴史改変に関して、変化があれば報告し合うと、約束をして解散となった。


 彼女の鞄の中には、見せてもらったノートのコピーが増えていた。


 女生徒が帰宅する頃には、周囲は夜のように静まり返っていた。


 特に何をする気もなく、卒業まで平和に過ごせれば、と思っていた彼女にしてみれば、この付きまとう時間は不安の種でしかなかった。


 奇妙で、そして不穏な空気が、今も自分の周りにある。彼女にはそんな気がしてならなかった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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