・サチコと衣装部
今回長いです。
・サチコと衣装部
かつて米神高校には演劇部が存在していた。
存在していたというのは、過去のことだからである。一部の生徒間での確執により分裂し、部員が減少した結果、部としての規模を保てなくなったことで、消滅したのである。
そんな旧演劇部の部室に集まって、少数の生徒たちが、なんやかんやと作業をしている。
元衣装部現衣装等愛好会部長、と書くと何が何だか分からないが、所属している人々にはそれで通る、不思議な肩書きの少女は、来客と話していた。
「どうかな、この組み合わせ」
そういって胸元に黒い制服の上着を、腰には別の制服の長ズボンを当てて尋ねると、この作業の手伝いのために呼ばれた女生徒は、小さく眉根を寄せた。
「何で男性用の軍服の上下を、別の軍服と入れ替えてんのか、そこの説明が欲しいっす」
「何でってそういう企画だからよ。制服の取替えっこってあるじゃない」
「あるけどカタイなあその制服」
「制服だからカタイに決まってるじゃない」
女生徒は服のコーディネートを尋ねてくる、衣装部部長に困惑した。何故自分にという思いと今、一つ違いが分からないという焦りに、冷や汗が浮かぶ。
「いや、正直なところ一式揃ってるのが本来だから崩れると逆に。あ、決して格好悪いとは言いませんけど」
「そうね。やはり違和感を消せる要素を足さないと、厳しいわよね。ドイツ系に至っては完成されきってて、崩せないのよね。完璧な格好良さっていうのか」
眉間に皺を寄せて悩む衣装部部長。この世界ではドイツが世界大戦に勝利しているので、別にナチスドイツ及びドイツ軍の制服は、ファッションとしても広い市民権を獲得している。
背丈と体の線が相応しければ、女性が来ても様になるので、高身長の美人を中心に人気がある。衣装部の部長が着ると、長いポニーテールと凛々しく形の良い眉が映える。
逆に今質問をされている女生徒が着ると、胸の膨らみで形が崩れてしまう。これが滅法好きな男子というのも後を絶たないが。
「これなんかいいんじゃないっすか。男もののセーラー服とキルトのスカート。私服って感じがしてそこまで違和感、いやあるな」
「色合いはまだ合わせられるけど布の質感がねえ。かなりキルトが主張するのよね。ブーツとベルトと帽子では誤魔化し切れないのよ」
「ていうかこの前の体育の鎧はどうなったんですか」
「アレも出すけど色物枠。当然ちゃんとした衣装も作るの」
「うへえ」
迷走に迷走を重ねた末に作られた、高校スポーツの防具をかき集めたプロテクターが、色物だと言い切られたことに、女生徒は安堵した。
衣装部は文字通り、衣装などを自作する集まりである。流行には目もくれず、自分たちの興味を追いかけては、それを服に起こすことに躍起になっている。
人数の割に製作の調子が早く、一年を通して数着ほど作られた服は、文化際で日の目を見る。
モデルは概ね衣装部部長と部員、そして彼女らに声をかけられた、他の生徒たちである。丹精込めて仕立てられた服は、概ね評判が良い。
「いっそ着崩すのはどうでしょう」
「だからこれが着崩す方向なのよ。当日はきちんとした一式と、取り替えた組み合わせでやるの。ただやっぱり、崩した着こなしは難しいわね」
衣装部部長は溜め息を吐いた。綺麗にまとまった服装が彼女の得意分野である。それを乱してから再度まとめるというのは、極めて困難だった。
「素直に女性用にしませんか」
「駄目よ。女性用は人気取りを最優先に考えて作られてるから、どう足掻いても失敗しないわ」
失敗しないならそれで良い様な、と女生徒は考えたが、衣装部部長は敢えて男装に挑みたいようであった。
「美人は大変っすね」
「そうなの大変なの」
両手に衣装を持ちながら、他人事といった口調で呟く女生徒に、衣装部部長は本心からそう返した。
少女は自分の容姿にはそれなりに自信があった。何故かというと、それだけの努力はしているからである。
「制服は美人のためにあり、私服は恵まれた人のためにある、か」
「女優さんの格言か何かで」
「私が常々思っていることよ。整った服装は整った容姿の人と高め合い、豊満な人は私服によって、世の中と折り合いを付けるの」
「なんか後者に対して当たりキツくないすか」
「制服が似合わないってことは、その環境に対して自分の存在そのものが、ギスギスしてるってことだもの」
背広が似合うからといって、職場がギスギスしない訳でもないし、ギスギスしてないからといって、過ごし易い職場であるとは限らない。
女生徒はそう抗弁しようとしたが、止めた。面倒臭いという想いが、強まったからである。
「あなたもねえ、体は大分改善されたんだから、後はもう少し顔が良ければ良かったのに」
「言い方如何によっては今より小鼻になってましたよ」
「本当のことでしょ。おっぱいとお尻は大きい割に形は崩れてないし、背骨や腰に歪みもない。お腹にちょっとお肉付いてるけど、それだって彼氏の好みで残したんでしょ」
突然の衣装部部長の発言に、女生徒は背筋が冷たくなるのを感じた。今までそのことに気付いた者は、いなかった。
ハッタリやかまをかけたというものではない。ごく自然に、確定していることとしての言葉だった。
「あれ、俺言いましたっけ」
「言ってない。でもスカーフの巻き方見れば分かる。あなた自分で結んだ日は結び目が汚いけど、たまにすごくちゃんとしている日があるわ。そういう日って、なるべく服が崩れないように気を遣ってるでしょ」
女生徒は顔を真っ赤にして俯いてしまった。やり場のない片手が、苦し紛れに頭を掻く。彼女は自宅にいる居候の少年に、スカーフを巻いてもらうことがたまにある。一日の終わりには解いてしまうが、それまでは大事にしている。
しかしまさか、そのことに気付く者がいるとは、と彼女は久しぶりに羞恥心で、顔が熱かった。
「普段の制服の皺やぞんざいな態度から、想像も付かないけどね。正直羨ましい」
「……ど、どうも」
珍しく女生徒は返答に窮した。衣装部部長はそんな彼女に、微笑ましいという気持ちと、勿体無いという気持ちとがあった。
それと何気に彼氏がいることに嫉妬する気持ちも。
「もう少し外見に気を遣ったら」
「でも、もっぱら制服だし、そんな意味ないかなって」
「それはそうだけど、でももうちょっと自分の外見を客観視しても、ばちは当たらないよ」
衣装部部長は粘性の強い視線を女生徒へと向けた。
頭の天辺から爪先まで。自分と同じく高い身長。背中一面を覆い、腰まで伸びる艶やかな黒髪。やや長めの腕。豊満な乳房と臀部。一目でも魅力的な要素がこれだけある。
しかし良く見ると短所も沢山ある。くびれてない腰。短くはないが決して長くない脚。遠慮なく荒れた手。顔。
顔。雀斑があるのはまだいい。それは好みもあるし化粧で隠せる。野暮ったい眼鏡も、別のものに変えればいい。少し痩せたことで、だらしなくモチモチしていた顔の弛みも減っている。鼻の形と大きさだって、一般人といっていい。
なのにどうして可愛いと言い切れないのか。
全体がまとまっている。高くないレベルでまとまってしまっている。どれかを変えると魅力が上がらず、却って崩れるような、絶妙な醤油顔。近現代の日本人の遺伝子とは思えない。
やぶ睨みと困り顔の、中間のような目つきも問題だ。機嫌も悪くないのに険のある表情。そのくせ時折見せる優しい表情とでは、あまりに差がある。
だがそれも彼女の魅力の一つでもあり、簡単に良し悪しを語れない。
彼女を見ていると、自分のほうが優れていると実感できるが、それが優越感に繋がってくれない。斯様な造形の女生徒を、衣装部部長はジロジロと見ては、あれこれと考える。
「私にはない魅力があるけど、私より美人って訳じゃないのよね」
「そりゃ、まあ、そうですけど」
反応に困る言い方をされて、反応に困る女生徒。品定めをするような、衣装部部長の視線は、どうすれば彼女の見た目が華やぐだろうかと、忙しなく動いている。
「そうね。美人じゃないなら私服よね。あなた、この軍服着てみて。サイズは後で直すから」
「えええ」
先ほど述べた持論に基づいて、次の案が浮かんだ衣装部部長がそう言うと、ようやく赤面から立ち直りつつあった女生徒は、露骨に嫌そうな声を上げた。
「そんな嫌がらないで。自宅でも面倒臭いから、制服を着て過ごしてるみたいなノリでいいのよ。ちゃんと着なくていいから。ほら早く」
「いや男物のセーラー服とさっきのスカートでいいじゃないっすか」
「あんたが着たら駄菓子屋のオバちゃんみたいにしかならないわよ。いいからほら」
「いつか眉毛全部引っこ抜いてやる」
「モナリザが増えるだけよ」
そんなやり取りをして、結局軍服に身を包んだ女生徒であった。
しかしこれが似合わない。胸が入りきらないので、胸部が内側から盛り上がり、服の強度のせいでボタンが飛んだりせず、ぱっつんぱっつんになっている。
端的に言えば私服の様であった。
「すっげえ苦しい」
「なんか企画物のエロビデオみたいになったわね」
「張っ倒すぞお前」
「足の太さは上着の裾の長さと、ズボンで気にならないし、問題はやっぱり上か」
「せめて肉感的と言え」
よほど苦しいのか、ごくごく短い台詞を返すのみとなった女生徒に対し、衣装部部長が楽にして良いと言うと、彼女はすぐさま上着のボタンを外した。
ボン、とクッションの膨らむ音が、聞こえそうな挙動で圧迫されていた胸が、布地を押し戻した。女生徒は痛かったのか、胸をやわやわと揉んでから深呼吸した。
「第一これ日本軍の軍服じゃないっすか。安っぽい緑が糞格好悪いっすよ。これおっさんと小童と年寄の着る奴でしょ。せめて式典用とか士官用の、上等なのにしましょうよ」
「一応違和感が無いように、ズボンは旧中国軍のものにして、シャツも緑色にしたんだけど」
「そんな緑・緑・緑で固められましても」
「マントも緑」
「うるさいよ」
心底うんざりした様子で、女生徒は衣装部部長を睨んだ。そんな目に優しい組み合わせをされても、嬉しくもなんともなかったからである。
ついでに言うと帽子も軍靴も緑。
「素直に軍事部の連中に聞いたらいいじゃないですか。あいつら絶対詳しいですって」
「前にマニキュア自作するのに、模型を材料に使ったら、食って掛かられたことがあるの。あんまり関わり合いになりたくないのよね」
「ジェガンを粉にする作業に何の意味があるかと思えば、そんなことに使ってたのか」
「綺麗なターコイズ色が出たわよー」
女生徒は以前この部で、新品の模型を粉々にする依頼を受けたことがある。
そのときは目的の色が付いた、プラスチック粉末が欲しいという説明があったが、付け爪用の塗料とは思わなかった。プラに塗るのではなく、プラを塗るのである。
当然だが本来の用途と掛け離れた使い方をすれば、本来の使い方をしている人々から、顰蹙を買うものである。
しかしそんな過去のしがらみに捕らわれている場合ではないので、衣装部部長は渋々ながら軍事部に『自分たちに似合う軍服を、式典用や兵種を問わず見繕って欲しい』『できれば上と下は別々の軍隊のもので』という注文付きの相談を持ちかけた。
結果。五分足らずで解決した。
衣勝負部長は『よくもまあこれだけ黒い服の種類があるものだ』という程の、組み合わせを宛がわれた。
そのどれもが高身長と長い脚によく合った。
多彩な色合いの場合でさえ、苦も無く別の併せが出る。
ワンポイントに勲章を付ける場合も、勲章の意味や来歴といった薀蓄を、これでもかと語る。
思いがけず現れた、美貌の着せ替え人形に、軍事部は色めき立った。情報の雨を振らせながら、携帯電話内の画像合成アプリで、次々と着替え後の姿をシミュレートしていく。
終わるころにはすっかり彼らと打ち解けた、衣装部部長と軍事部の姿があった。
しかしその一方で、女生徒は自分に似合う服が、あまり見つからず、少しだけがっかりした。
「あなたは何か似合うやつあったかしら」
「あ、えっとこれなんですけど」
そう言って彼女は軍事部の一人から、携帯電話を借りると、液晶に映る合成された自分の画像を示した。
そこには日本陸軍の緑色のズボンと、緑色のインナーの上に着られた、スペイン軍御用達の水色の半袖シャツ。
ラフな格好だった。
頭の帽子とブーツも似合っているのだが、誰がどう見ても軍人、兵隊のイメージは抱かないであろう出で立ちだった。
本人の体系も相俟って、案内人や受付係といったほうがしっくりくる。何処のと言われると、それはある程度アウトドアな施設の。
「なんか動物園の人みたいね」
衣装部部長の一言が答えを言ってしまった。
斯くして衣装部の悩みは解決した。特に役には立てなかったが、女生徒はそれよりも動物園のスタッフ呼ばわりされたことに、地味に傷付いていた。
たまたまそういう組合せだった、というだけだの話だが、少しだけ見た目を気にしようという気にはなった。
衣装部部長はこのときのことで、彼女を少し気に入ったが、彼女はこのときのことで、衣装部部長のことを結構嫌いになり、それと引き換えに服装への意識が、ほんの僅かに芽生えたのであった。
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