・サチコと電機部
今回長いです。
・サチコと電機部
「じゃ、これらをゴミ捨て場まで持って行ってください」
元電機部現電気機械同好会部長、と書くと何が何だか分からないが、所属している人々にはそれで通る、不思議な肩書きの少年はそう言った。通称電機部。
理科室内は独特の雰囲気と匂いに包まれていた。
集まった生徒たちは、一名を除いて学ランを脱いでシャツ、或いはセーラー服の上から、作業用の分厚いエプロンをかけている。
「うっす」
その一名に当たる人物は、素っ気ない返事をした。愛研同総合部内に寄せられる、依頼の一つである粗大ごみの処分。
それを請け負った彼女は、完全に壊れた家電の数々が入った、二つのゴミ袋を手にしている。
電機部の部員たちは、機械いじりが三度の飯より好きだった。いつも物流ショップで売られている、半壊したスピーカーや回路が焼けた基盤、ご家庭から募った粗大ごみを受け取っては、開けたり閉めたりしている。
時にはパソコンのドス窓に首を突っ込んだり、マシン語と殴り合ったりすることもあるが、とにかくそういう活動で、様々な知識を獲得している集団である。
そしてそんな活動の後には、当然ゴミが出る。ゴミとは言え、家電類などは大層重たいし、処分に手間もかかる。
よってそのような面倒事を、引き受けてくれないかと依頼を出したところ、一人の女生徒が名乗りを上げたのであった。
役所に電話してゴミの分別から手数料を算出してもらい、コンビニで粗大ゴミ用のシールを買い、所定の場所、この場合は学校のゴミ捨て場に置いておくという手順になる。
費用は当然ながら電機部持ちである。荷台にでも乗せて、手分けして運べば大した手間でもないのだが、彼らは物を捨てるということができない。
そんな性分の持ち主ばかりなせいか、この作業だけは必ず人に頼る。このため彼らにとって、女生徒はとても便利な存在であった。
「それが終わったらまた実験に付き合って欲しいんだけど」
さて、そんな便利な彼女に対して、電機部部長はこのゴミ捨ての際には、必ずと言っていいほど、彼女に別の用事を頼む。
「幾らくらいの奴でしょう」
「これでどうだろう」
彼は小指と親指以外の三本を立てて見せた。三万円である。女生徒は訝しんだ。この用事というのは、簡単に言えば、彼らの発明品の試用である。ときに人体実験である。危険度に応じて料金は上がる。
逆に安全な場合は安い。例としてこれまでにあった発明品の実験と、料金は載せると次の通りである。
『街角ポプリ』
消臭剤を応用して作った匂いを記憶するポプリ。周辺の匂いを吸収し発香する。使い捨て。臭いを証拠として保存でき、また季節外れの香りを楽しめるという可能性に満ちたアイテムだった。
しかしこの女生徒は、校内で一番便臭のきつい女子トイレの臭いを持って来た。青少年の幻想を科学でまた一つ打ち砕いたことで、内々に評価が下がった。このときの料金は二千円。
『部分洗顔機』
耳の裏、広い額、テカテカの鼻など顔の一部を洗顔する超小型洗顔機。料金は一万円。
汚れが溜りやすく、それでいて洗いが疎かになりがちな、または洗ってもキリが無いような部位を、集中的に洗う機械である。
装着した部分に、洗顔機の外側に備えられたタンクからお湯が注がれ、内側に備え付けられたブラシで軽く擦られるという、かなりハイテクな代物。
安全面を考慮して鼻と耳は取れ易くなっていたがそのせいで水漏れがあった。洗い心地は良かったものの、額の場合はぴったりと張り付いて剥がれなくなってしまった。コンセントから電気を取っていたからコンセントを抜くことで女生徒は難を逃れた。
剥がすときには彼女の額が真っ赤になってしまった。現在改良途中である。
『三層式集光型太陽熱発電利用式扇風機』
当時新型の集光型太陽発電というものがあり、電機部でもかなり大掛かりな発明品だった。
本来なら黒鉛の層には特別な処理が必要なのだが、果たして誰がどのような失敗をしたのか、料理部から持ち込まれ、分析を頼まれた黒い塊があった。
この上無く素材として適していたことから、この実験が始まってしまった。
二リットルペットボトルほどの筒に水、絶縁体、黒鉛の三層構造となっており、太陽光が黒鉛の層に当たるとそこが熱され、黒鉛の層に空いた微小な穴が水を吸い上げら黒鉛の層に熱された水から蒸気が生まれるという仕組みである。
この蒸気を使って発電をしたかった彼らだが、流石にそこまではできなかったので、せめてタービンを回すか、ピストンを動かすところまでは行きたいと苦心した。
その結果、内部にピストンを設置した小型のペットボトルを作成、接続。ピストンと連動したプロペラが動き、見事に風を起こすことに成功した。
と、ここまでは良かったのだが、次第に蒸気から異臭がするようになり、室内は騒然となった。それというのも彼らが実験成功のために、念を入れ過ぎたせいだった。
先ず日光を使う以上、日差しの強い日を選んだのだが、その日は真夏日だった。湿度も高く非常に不快だった。ペットボトルは真っ黒に塗りエアコンも切った。
次に水の部分を沸点の低いものを使った。彼らはあくまでも例に倣ってそれを用意しただけであり、自前のものから用意した訳ではないが、そんなことはどうでもよかった。臭かった。ただその一言が失敗だった。何を水の代わりに使ったのか。
――アンモニア水である。
せめて屋外で風通しの良い場所なら、また結果は違っていたかもしれないが、とにかく実験は好成績を叩き出した。叩き出したばかりに、猛烈に小便臭い蒸気が漏れ出し、プロペラによってせっせと室内に送り出されたのである。
臭い! そして暑い!
涼しくなるどころか、諸要因によって徐々に加湿されていく室内で、当時の女生徒は、慌てて電機部部長に詰め寄った。
彼が予めちゃんと説明していなかったことで、至近距離で風が吹いているか、確認するよう言われて立っていた彼女は、まさかの可能性に激怒したのである。
食べ物を粗末にしたこと、暑かったこと、臭かったこと。これら三つの層が、人災という名の太陽を糧とし、女生徒の怒りを吸い上げ、滾々と温めた結果、髪が天を衝かんばかりの勢いとなったのである。
今日び駆け出しのバラドルだってやらないような仕打ちを受け、報酬はたった千円。その安さが更に怒りを煽った。
先に換気をすれば良かったのだが、感情のままに装置を蹴り飛ばしたばかりに、中のほっかほかになったアンモニア水が、床にぶちまけられた。理科室は便所さながらの状態に陥ったのは、何時のことだったか。
兎も角、そのときのことを思い出して、女生徒は断る気であった。
今までにない高額報酬も、嫌な予感を確信の域にまで高めた。以前故障したオーブンを修理してもらった借りは、もう返したので何の気兼ねもない。
「話なら聞きますけどね」
女生徒がゴミを捨てて帰って来ると、電機部部長は一般人に紛れながら、凶悪犯罪に手を染めている人のような、爬虫類的な尖った笑みを浮かべていた。手には杖を持っている。やや太短く杖というより、長めの棍棒といった趣である。
杖の表側、或いは上面部には掃除機を髣髴とさせるスイッチが、複数付いていた。
どれに何の機能が割り当てられているのか、分からないものの、入れないに越したことはないだろう、と彼女は思った。
「バイク部が改造三輪車に手を出したと聞いて、うちもそろそろ新しい発明をと思ってね、こんな物を考えたんだ」
要らんとこで張り合いだした、と彼女は思った。電機部部長は説明をし始める。
「火電の杖と名付けたんだ。護身用のスタンガンと火炎放射器を合体させてみたんだ」
「それで」
「杖の先端から電流と火が両方出せる」
杖は黒く飾り気の欠片もない。先のほうが太くなっている。先端には電極が二つ。両脇には小さな筒がある。中央には謎の空洞。
「ここの電源を入れると電気が流れる。そしてこっちの引き金を引くと火が出る」
言われて見れば、確かに先端のほうには、銃のグリップのようなものが付いている。
スイッチを入れると、電極には青白い電流が灯り、銃把を握りこむと、勢い良く炎が噴出す。女生徒はこの部分が、ガスバーナーであることに気が付いた。
「これ杖じゃねえな。どっちかっていうと銃火器のそれ」
「そうだよ。両手で抱えるように持つんだ」
映画で見る様な、アサルトライフルとかいうアレのような持ち方をして、電機部部長は誇らしげに解説する。護身用とは何か。
「中央に空洞があるだろ。こっちの石突きの部分を引っ張ると後ろに伸びるんだ。ここに射出用の銀玉を入れて手を離すと、バネとゴムの力で前から発射される」
彼は徐に窓を開けてそのような説明をすると、仕込み棍棒を外へと向けた。スリングの要領で飛び出した銀玉はしかし、女生徒の予想を軽く上回る速度で校外へと旅立った。
「中でも電流が発生してて簡易なレールガンになってるんだ。とはいえ出力が低いから、最初はゴムパッチンで飛ばして、威力を底上げしてるんだけど」
レールガンならぬレールスリングである。果たして本当にその原理で合っているのか。
現実に威力が途中から上がっているけど、また謎の不具合が起きているだけではないのか、彼女は訝しんだ。
「それと二番目のスイッチを入れると、おっとその前に一つ目のスイッチを切ってと、よし」
電機部部長がそう言ってスイッチの切り替え作業を行うと先端の電極が銃身から打ち出される。よく見るとワイヤーのようなものが付いていた。
「射出された電極は目標に刺さり電気を流すんだ。三つ目のスイッチで巻き取り」
「テーザーガン……」
「お、よく知ってるねえ」
何故か喜ぶ電機部部長。
「夏休みはこれの発明に費やしたよ。全部仕込むのに大型化してしまったけど、何とか一区切り付けられそうでね。それでも付けられなかった部分は、拡張部品としてこっちにある」
彼は足元にあったダンボール箱から、更に二つの物を取り出した。片方は水鉄砲のタンクらしきもの、もう片方は長い筒。全部つけるとかなり長くなった。松葉杖より長い。
「この水鉄砲の容器は火の射程を増やすためにある。燃料を噴出すことで、五メートルくらい先まで、火を浴びせかけることができる」
人に火を浴びせかける目的のアタッチメント。そもそも手元に引火・誘爆するのではないだろうか、女生徒は一歩距離を置いた。
「そしてこの『ガウス溝』を取り付ければ、バネの力よりも強く玉を発射できるんだ!」
ガウス溝とはガウス加速器を用いた弾丸の射出機構である!
ガウス加速器とは簡単に言うと、磁力を帯びた物体同士が、微妙に間隔を空けて玉突き事故を起こすことにより、最後のほうの物体が結構な加速を得る装置である!
「素直にレールガンの電機部分を、延長すればいいじゃないかよ……」
「仮にそのほうが強力だとしても、全部乗せは男の浪漫なんだ」
などど供述する電機部部長は、何故か誇らしげに、しかしどこか照れたように、顔を赤らめた。オプションを付けると、スリング部分が機能しなくなる点は気に生らないようだ。
「それで、俺にそれの試しに使ってみろってこと」
「いや、君には防具を着込んでもらう。それでこの護身用火電の杖の全攻撃を、一度に受けてもらって、その報告とか傷の深さを測らせてもらいたいんだ」
そこに自分を持ち出さない辺りが、サイエンティストだなと女生徒は思った。彼女は最初から決めていた答えを告げる。
「断る」
「じゃあ僕が受けるから君が使うのでもいい。危険は同じくらいだと思う」
「暴発するって分かってんだな。断る」
「四十日かけて作ったんだよ! 一回くらいいいじゃないか!」
「だから今日他の部員がいないんだな断る」
「頼む!」
「断る」
「頼む!」
「断る」
「頼む!」
「断る!」
不毛な押し問答の末に、部の備品である樹脂製の人体模型に、食らわしてみることとなった。
人のいない校庭の片隅に、同じく備品の消火器を持って。
結果として銀玉はガウス溝がないほうがよく飛び、テーザー銃の機能は無事発揮され、引火誘爆もなく火は炎をとなって吹き付けられた。
結果として、人体模型一体が燃え尽きて、粗大ゴミがまた一つ増えることになった。
飛び出した電極が刺さり、電気が流れ、火を噴き、玉が飛び出す。そんな護身用グッズ火電の杖の実験は成功を収めた。
電機部部長は満足したが、女生徒は報酬を受け取らずに帰宅した。
後日、彼女から報告を受けた電機部の顧問によって、この危険な工作が解体・廃棄されることとなった。学校の平和は守られたのであった。めでたしめでたし。
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