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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
平和な日々編
84/518

・サチコとバイク部

今回長めです。

・サチコとバイク部


 駐輪場の片隅で、数人の男子生徒が鉄パイプやボルト、金槌などを持って集まっていた。


 彼らは皆一様に頭が悪そうであり、態度も良くなかった。傍から見れば誰かに暴行を加える為、武器を準備して、集合したようにしか見えない。


 そんな彼らが実際には何をして、何を話しているのかを、知っているのは割と大勢。


「つまりこうすることで電動機が付く!」

「すげえ! 流石部長だ! 完璧だぜ!」


 元バイク部現バイク研究会部長、と書くと何が何だか分からないが、所属している人々にはそれで通る、不思議な肩書きの男は、所属を同じくする生徒たちから喝采を浴びていた。


 通称バイク部の人々である。


 部長と呼ばれた生徒は、長身に角刈り、側頭部にソリコミを入れ、学生服の胸元を、大きくはだけさせていた。


 そして二メートルはあろうかという、大きな方眼紙を広げて見せた。描かれているのは自転車だった。それも折りたたみ式。


「折り畳んで前が二輪になり跨れなくなるが、ここに電動機を内蔵した側車※を合体させることで、自転車の後方が復活! 自転車の形を取り戻すだけでなく、電動で補助されて坂道も楽々! これが土台となる!」


 ※サイドカーのこと。


 地面に広げられた方眼紙には遠慮も惜しげもなく、それでいて丁寧に、自転車の図面が引かれていた。


 女生徒は半ば呆れながら、彼らの様子を見ていた。僅か数名の男子生徒たちは、熱心に部長の言うことを聞いている。


 辺りに散らばるのは、付箋と書き込みだらけの、自動車整備用の参考書と、工具の数々。


 バイク研究会はその名の通り、バイクの研究をしたい生徒の集まりで、学校の成績は概ね悪いが、そことは関係のない分野には突出している、馬鹿で硬派な人々です。


「なあ」

「お、帰って来たか! おつかいご苦労様!」

『ご苦労様です!』


 女生徒はバイク部部長に声をかけると、彼らの注文で買ってきた、タイヤを引き渡した。わざわざ近所のガソリンスタンドや、タイヤ専門店を回って見つけてきたのだ。


 当然ながら担ぐことなど出来ないので、転がして来た訳であり、結構恥ずかしい思いもしていた。


 バイク部はなんだかんだ言いながら、付き合ってくれる、部外者である彼女を気に入っている。


 女生徒のほうは、いつもどうでもよいと思っていることを、彼らは知らないが。


「ここバイク部だよな」

「そうだな」


「それ自転車だよな」

「そうだな」


「バイクどこだよ」

「今は顧問に頼んで車検に出してもらってる」

「あ、そう」


 女生徒は力なくうな垂れた。他の部もそうだが、新しく加わった顧問を、有効活用しているようた。


 バイク部にとっては、OBから連綿と受け継がれてきたバイクの整備は、常々悩みの種だったのだ。


 これまでは学校所有のバイクということで、学校側に費用を負担してもらっていた訳だが、当人たちには気持ちのいいことではなかった。


 顧問を得たことでその人物を経由し、自分たちで諸々の費用を、出せるようになった。負担は増したが部員たちは嬉しかった。そこまではいい。今ここにバイクがない理由も分かる。


 しかしある疑問が女生徒の中にあった。


「なんで自転車」

「知らんのか。今は自転車が熱いんだぜ」


 それはバイシクルじゃないのかと思ったが、彼女はそのことから目を逸らした。


「なんだ原チャリの話か」


「惜しいな。でもこれは正解しろってほうが無理な話だからよ、気にすんな」


 鷲のような顔つきのバイク部部長は、その大きな瞳を輝かせて、白い歯も輝かせた。癪に障ったかのように、女生徒の顔が歪む。


「電動補助自転車って知ってるか」


「ああ、おばちゃんとか年寄り、あと僻地に住んでる人が使う高性能チャリな」


「そうだ。だが俺にはこう見える。可能性の塊に」


 彼女は早くも帰りたくなっていたが、バイク部部長は構わず続けた。


「自転車に補助用電動機を付けるに当たって、特段の免許や届出が必要無いのは知ってるか」


「いや知らんけど。それとこの折り畳み式謎合体自転車と、どう関係があるんだ」


「こいつはな、改造次第で道交法の目を掻い潜って、バイクになれる可能性があんのさ」


 目の光が危うさを帯びる。それは挑戦者の光。分けても無謀な挑戦に、強い刺激を覚え、依存心が芽生えてしまった者に、特有のギラつきであった。


「軽車両の枠内で、おかしな軽車両が生まれるだけだと思うけど、取りあえず聞こうか」


「先ずこの側車は一輪だ。これが何を意味するか分かるか」


「デカいタイヤが一個だけ付いてて、何かと思ったけど、足すと三輪車になるな」


「そうだ。原動機付き二輪にはならん。これで先ず原チャリの税金がかからん」


「まあ車道走ってても腹の立たない速度は出そうだけども」


 女生徒は内心で『普通に電動アシスト自転車なら、特に税金もかからんだろう』とか『逆に軽・三輪自動車扱いになって、余計に金かかりそう』とか思ったが黙っていた。


 そもそも電動アシストを担う部品を接続したとして、そこにタイヤがあったとして、三輪の扱いに変化するだろうか。謎は尽きないが彼女は聞き続けることにした。


「電動補助の場合最高速に規制はないんだよ。これはつまり排気量と低格出力の範囲内なら、どれだけ速度を出してもいいということだ」


「いや、一般車道なら60までだし、高速だったら80までだし、もっと言うと自転車扱いを引き摺るなら、そもそも高速乗ったら一発退場で、明らかにこれは側車付き二輪」


 女生徒は大人しく、突っ込みを入れるほうへと回った。何故彼女がそんなことを知っているのか、それは彼女が漫研の手伝いをしたときに、それらの資料に触れたからである。


「普通はそうだ。でもな、これはそういう付属物を取り除けば、自転車なんだよ。あくまで自転車に全部乗せたらバイク並みに走れるってだけで、そこに特段の規制はない! 小田原市でも条例で禁止になってない。大丈夫なんだよ。自賠責も車検代も税金もかからねえ!」


 そういえば、と女生徒は思った。あれは七月だったか。喫茶店の看板娘を務めている友人が、戦争に負けていないと、簡単に銃が手に入ると言っていた。そのとき居合わせた女生徒の部長もまた、何気なく教えてくれた。


 本来の歴史では諸外国からの圧力により、制定された法律は、軒並み無かったことになっているか、取締りが緩くなっていると。


 自動三輪についての法整備は、この世界では未だ整っていないということなのかも知れない。


 だからって脱法バイクを作ろうとか思わないだろ。そんな女生徒の思考の外で、バイク部部長の力説は続いた。


「特に指定を逃れるための改造部品は、沢山用意しておいた。おい!」

『押忍!』


 それまで彼らの部長と女生徒を放って、参考書と向き合っていた部員たちは、どこかへと向かい、そして戻ってくる。


 持って来たのは一抱えほどもある、エンジンのようなものと、自動車用ハンドルやライト、座席など。そして。


「なにこのまあるいの」

「何って車体だろうが」


 それはクルマのボディであった。丸く、座席の辺りをすっぽりと覆い隠すかのような、そこだけ見るとあたかもポッドとか、一人乗り自動車のような様変わりを見せた。


 とはいえ固定する場所がないようで、取り付けは不可能そうだったが。


「さっきの側車が付くと、これも付けられるようになる。しかもこの車体の中、後部座席に当たる部分には更に電動機を載せられる。直列だ!」


 何が直列なのか良く分からなかったが、モーター内蔵側車を、折り畳み自転車と合体させると、そこにこの後部座席にモーターが居座ったボディも合体し、更に出力が上がる、というようなことを言いたいのかな、と彼女は思った。


「あくまでも自転車に過ぎないものに、付属品を全部加えることで誕生するバイク。それがこの『化けバイク』だ!」


「お前ら年中小学生みたいなこと考えてんなお前らな」


 あまりといえばあまりの自体に、思わず一文中に二度もお前と入れてしまうほどには、女生徒は呆れていた。


 仮に時速60km出せたとしても、あくまで電動アシスト自転車。ちょっとモーターの出力が高いだけ。


 元からそうだというものではないし、拡張パーツ自体に税金はかからない。三輪車になりつつ、改造パーツの数々により、側車付き二輪車に当てはまらないようにするために、小細工を駆使する浅知恵の数々。


 不思議と彼女は彼らが挑戦して、しくじるまでをいっぺん見てみてえなと思うようになっていた。


「前の荷台邪魔だから外さないといかんぞ」


「おう、そこは小型の発電機くっつける予定だからよ。心配しなくていい」


 周到である。それにしても何故、発電機を備える必要があるのかと、女生徒は思った。


 ここまで将来的な絵図面を引けているなら、遠からずこの魔改造自転車は、世に現れてしまうかに思われた。しかしそのとき、バイク部部長は静かに溜め息を吐いた。


「ただな、これにはまだ解消できてない問題があるんだ」

「問題しかないくせになんか言ってるけどいいのか」

「うちの部長はこの勢いがいいんス」


 部員の一人に話しかけると、その男子は誇らしげに笑った。しっかりとした受け答えに反して、抱いている好みに、女生徒は不安を覚えた。


「実はな、この側車を付けると」

「つけると」

「ペダルが邪魔なんだ」


 自転車なのにペダルが邪魔。確かにサイドカーを付けると、片方が塞がって漕ぎ難くなることがある。しかしこの前半分になった本体に、後ろ半分を付け足す形の、この三輪車だと別段問題は……あった。


 これまで真面目に見なかったことで、見落とせていた部分があった。折りたたむと片足のペダルが、自転車のフレームに挟まって、そもそも漕げないのである。引っかかるのである。


「だから先ずこいつのペダルを、踏み込み式にしないといけねえ。それも折りたたんで漕いでも、片方に寄った車輪が、両方とも同じ方向に回るように」


「それって平常時は、逆方向に走り合って動けないよな。加減速はどうするんだ」


「? そこは自転車だから下は漕げば加速で、止まるときはハンドル握ればいいだろ」


 彼女はこの出鱈目な物体への疑問に、言われてみればもっともな返答をされ、軽く眩暈を覚えた。


 車のハンドルを改造して、自転車のブレーキにしようというのか。最早彼女の創造を、大きく超えた技術である。


「電装周りの接続が、可能になるようにしないとならんが、そこは出来てるんだ。だがやはり肝心なのは、重量と速度に耐える、強靭な骨組みが必要だということだ」


 真剣そのものといった様子で悩むバイク部部長は、指先で方眼紙をトントンと叩いた。紙面には自転車に到底見えない、一人用自動車。


「でもその肝心の自転車が作れなくてな……」

「お前らやっぱり馬鹿だろ!」


 女生徒は耐えかねて声を荒げてしまったが、何故だか彼らは嬉しそうだった。自覚があり自負があった。それに誇りを感じつつあったからだ。


 女生徒はうんざりしていたが、その後も帰る機会を逃して、帰りまで付き合う羽目になってしまった。


 このとき補助用モーター一輪ではなく、モーター付きの補助輪を、考えたらどうかという意見が出た。


 そこから本体はそのままに、バイク化できる外装と、それに合わせたタイヤの増設という、新路線がぶち上げられて、バイク部は新たな道を見つけてしまった。


 どの道道交法との折り合いは付きそうになかったが。


 女生徒はそんな彼らよそに、長い黒髪を車輪に巻き込まれないよう首に巻きつけ、余りを服の中にしまうと、何の変哲もない自転車に跨って、帰路へと着いたのであった。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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