・ミトラスとの休日
※この章は周辺人物からサチコがどう思われているかということに焦点を当てたお話しとなっております。たぶんどこから見てもオッケイな方式に、できればいいなあ……。
・ミトラスとの休日
時は流れて十一月。一部の人間にとっては非常に濃厚だった九月が終わり、十月はその事後処理に追われ、特に何事もなく過ぎていった。
他にあったことと言えば、運動会(体育祭とも言う。彼女の学校は未だに春と秋で、年に二回ある)くらい。
だが平日の丸一日授業が体育になり、学校全体で合同授業となるだけの催しも、一日限りのことなので、やはり何事もない。
残暑も過ぎ去り肌寒くなり始めた晩秋、柔らかな空気の中に、冷たい物が混じり始めた頃、彼は彼女と庭に出ていた。
今日は祝日であり、彼女にとっては珍しく、自由な日だった。
二人の内人間の女性のほうは、長袖のポロシャツにジーンズだが、人間でないほうはと言うと、未だに半袖半ズボンのままである。
「どうかなサチウス。レベルアップして魔力関連を改善してみた感想は」
「大分違うな。今までは使うとずしんって感じで、消耗していくのが分かったけど、単純に使用回数が増えたような感じがするな」
※レベルアップ分
『魔力消費軽減』:魔法に対して要求される魔力の量が減ります。
『魔力濃縮』:魔力の質を底上げして、魔法の効果時間が延びたり威力が上がったりします。
※両方共に成長点3,000消費
サチウスと呼ばれた女性は、指先から立ち上る煙と、先ほど自身が放った火花が着弾した塀とを見比べて、嬉しそうに言った。
彼女は彼と魔法の練習をしていた。三年前に異世界へ行き、そこで学んだことを、忘れないようにするためだった。
とはいえ今の所は、練習以外で魔法を使ったことはほとんどない。
「ミトラスが教えてくれたのが、良かったのもあるんだろうけど」
彼女は笑いながら隣の少年に言った。普段は仏頂面で過ごしているが、彼と二人きりのときは、よく笑うようになった。
「燚火は指先に火花を灯して、打ち出す魔法です。一度の消費は軽いほうだし連射が出来ます。指一つでも使えるから、調節もし易い。一回のダメージは控えめですけど、手数で攻める類の魔法ですね」
そういうことじゃないんだけど、と彼女は苦笑した。ミトラスと呼ばれた少年は首を傾げる。
教えた呪文が、上等なものであるという自負はあったが、自分の教え方が上手いと言われたとは、思わなかったのだ。
「まあ良いけどさ」
彼こそはサチウスを異世界に招いた張本人であり、その異世界で魔王と言われた存在の息子であり、三年間の苦楽を共にして今ではこの世界まで付いてきた元保護者現ヒモ、或いは飼い猫であった。
幻想的な緑髪が風になびき、猫耳が楽しそうに動く。
「しかし凄く使い易くなったな。俺の体って今どうなってんだろ」
「うーん、消費軽減の過程は人それぞれだからね。術式が簡略化されたり、行使までの魔力の配分を変えたり、触媒を用いて肩代わりさせたり」
「色んなMP軽減の手段があるんだな」
そう言いつつサチウスは腕を組んだ。たわわな胸が持ち上げられたことで、シャツに優しく包まれている形が、くっきりと浮かび上がる。
「そういえばさ、俺の魔力って適正が無かったはずだよな」
「うん、そうだけど」
「でも俺には闇系統の魔法に適正があるって、前に言ってたけど、それおかしくね」
サチウスは素朴な疑問をミトラスにぶつけてみた。彼はおっぱいに視線が釘付けになっていたが、自分がどこを見ているかが気付かれたことで我に帰った。
そして軽く咳払いをした。
「いや、紛らわしいけどおかしくはないんだ。魔力と性格は似通うけど、そのまま向き不向きまで同じという訳じゃない。君の魔力はどの魔法にも適正はなかったけど、君自身は闇魔法に向いてたってことで」
「俺自身はノーマルだけど、闇タイプの魔法ばっかり覚えるってことか」
タイプ一致しないものばかり覚えるということである。
「そう。そして魔力の適正があれば、その分野の威力は上がるし、消費は減るし失敗し難いし、習熟も早い。その分野に限り良いこと尽くめなんだ。あくまで向いてる分野で」
彼が念を押したのは、彼女に気を遣ってのことだったが、当の本人は大して気にも留めていないようだった。
「なるほどなあ。しかしこの魔法って、自分で出してみないことには、何がなんだか分からんな」
今度はサチウスのほうが首を傾げる。自分の身から出しているものだが、未だに謎が多いと練習の度に、腑に落ちないといった表情をする。
「それが魔法の面白いところなんです。自分の目で見てみないことには、魔法だと分からないんです。科学と魔法の区別が付かないと言いますがとんでもない。魔法だけは見てみないと絶対分かりませんよ」
「しかし神通力とか仙術とか、それ用の修行も積んでないのに、使えるようになっていいんだろうか。いや、他ならない俺が良いんだから良いんだけど」
ミトラスがこの世界に来て、分かった彼女の性格の一つに、自分が得をして他人が損をしない範囲であれば、不正やズルの類を好むというものがあった。
これはどちらかと言えば、合理的というより怠惰、横着と表現すべきものである。だがそれこそ彼女以外には、関知しないものなので、世界的にどうでもいいことである。
「僕のあげた錠剤は、あくまで肉体に十分な栄養を行き渡らせる程度で、それをパンドラのゴム紐の効果で、他の分野の栄養素も作り出されているに過ぎないんだ。テレビを使用しての成長も、君の体にある必要な栄養を消費して、パネルの効果を現している訳。人に教わるとか、自分で出来るようになるまでの、試行錯誤の時間が無いせいで、勘所を掴めてないってのは、仕方がないことだ思うよ」
むう、とサチウスは唸った。
自分の体を半ば改造のような形で強化してきた彼女が、感じていた違和感はこのことだった。ほとんど機能のように追加される力に対して、それを本来培うだけの、時間も手応えもない。
納得や確かさといったものの実感が不足している。突き詰めれば、自分の力を嘘臭いと思い、消化不良を起こしているような気分になるのだ。
「だからその分、魔法の練習を頑張ってるんじゃないか。本当は勉強も頑張って欲しいけど」
「ごめんそれだけは勘弁して」
ミトラスはサチウスを見上げたが、彼女のほうは些かの間もおかずに拒否する。
頭を下げたことで、二人の間を彼女の長い黒髪が、衝立となって遮る。少年は半目でそれを睨みつつ、小さく溜め息を吐いた。
「いいよもう。練習を続けよう」
「やった」
そしてすぐに機嫌が治った相手を見て苦笑する。
(大分笑うようになったな)
奇しくもその想いは異世界にいたときに、彼女が自分に対して思ったのと、同じものであることに、彼は気付かない。些細なことである。
「今から教えるのは結構難しい奴だから、気をつけてね。手を出して」
「こうか。あ」
差し出した両の手の平に、一回り小さな手を重ねられて、サチウスは顔が少しだけ赤くなる。
これ以上の行為を、もう何度となく重ねてきたのに、彼女の中には未だ少女が息づいている。
「最初は僕が力を送りながら魔法を使って、あとは君が維持する。これを繰り返して、最後は自分で出して、自分で維持出来れば、ちゃんと使えるようになったってこと」
「それはいいんだけど、ちょっと恥ずかしいな、これ」
照れたように笑いながら、少女が呟いた。
「大丈夫。君が他のお話を真似て、おかしなところから魔法を出そうとしたことのほうが、よっぽど恥ずかしいから」
意地の悪い笑みを浮かべて言うミトラスに対し、サチウスのほうは、完全に顔が真っ赤になっていた。
「悪かったけど、もう言わないでくれ」
「僕はあのとき心底心配したし、呆れたから今年のうちは言うよ」
つい先日の練習で、彼女は中国の古典ファンタジーにある仙術を真似て、浴びると失神する怪光線を、原典と同じく鼻から出してみた。
何を思ったのか鏡の前でやったので、反射した光線を自ら浴びて勿論失神した。
光って見えても実際に反射する魔法というものは、中々高等な部類に入る。
ミトラスはやろうと思って出来てしまった、彼女の気色悪い才能に、戦慄しながらも看病した。
また別の日には、口から火を吐くというテレビCMを見て、実際に竜が吐く炎の吐息を、真似した魔法があるとミトラスが言ったことで、やってみたいと挑戦したこともあった。
結果として彼女は成功したが、何を思ったのか尻から出すという荒業まで、やってのけてしまった。
当然ながら火はジーンズに燃え移った。彼女は庭を転げまわり、臀部を中心に大やけど負うこととなった。
ミトラスは彼女の馬鹿馬鹿しい才能に驚愕しながら、サチウスの下半身に回復魔法をかけたり、軟膏を塗ったりした。
最近の彼の中でのサチウスの評価は『魔が差したときに非凡な才能を垣間見せるが、その度に痛い目を見る人』というものであった。
そのために実を言うと、今日の練習にも、一抹の不安があった。
「今日は変なことさせないからね」
「はい、反省してます……」
少し気落ちしている彼女を見て、ミトラスはくすりと笑った。ここ数ヶ月の喧騒が、嘘のように平和だった。まるで世界に二人しかいないかのように。
この日彼らは久しぶりに『いつものように』過ごした。日が暮れるまで、日が暮れた後も、穏やかな時間が緩やかに流れ続けていた。
新章開始です。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




