・猫知恵
・猫知恵
週明けの月曜日。
部活動再会だと、月曜日にしては珍しく、明るい気持ちで登校した矢先のこと。
申請していたうち以外の会が、全て部として発足したことを、南の口から聞かされた。ここは下駄箱近くの非常階段。
理解ができず、脳内でも整理が追いつかないままでいると、南が状況を説明してくれる。
「やられたわ。全部の会を部として設立したことで、うちの部の活動内容を塞いで、申請を蹴るつもりよ。正攻法で分断しにかかってきたの」
「地方が連合しようとしたら、分権して大義名分を消しにかかるような動きだな」
正攻法ってのは、そこに至るまでの過程も含めて、言うのであってだな。
「そんな感じね。厄介なのはこれで、他の部が部として発足したという『前科』を、付けられてしまったことよ。これのせいでうちに合流しようとしても、前の部があったのに、どうして辞めたという言い分を、向こうが得たことになるってこと」
「待てよ。うちだって同じ生徒で、同じような活動内容の部を、申請してただろ」
「プリントの提出時期の順番だそうよ。そして成立した他の部によって『自然と』うちの部の活動内容っていう、正当性の一つが失われ『当然』の成り行きとして、認可されない」
南が不快感を煽るような言い方で強調する。たぶん説明を受けた際、こんな感じで言われたのかもしれない。よく見ると、普段のゆるふわ感漂う髪が荒れている。
「それだって同じ生徒がさあ、もう一つ申請してる以上、そこは選ばせるなり呼び出して聞くなりするものじゃねえか。皆して通らないからうちの部が出来て、今回の申請に当たって、所属する全員に自分の分の申請出せって御達しだったじゃねえか。だから提出しただけだろ。元々は無くて良かった書類じゃねえか。こんな強引なやり方、無効になんねえのか」
「そうね。でもそれよりも前に、部活の申請が通らなかったという根っこがあるの。強引でも部活が設立できたことに、何の不満があるんだ。あるならそれは単なる我が侭だっていうのが、学校側の言い分みたい」
つまり俺たちが、今となっては住めば都でこの部が良いと思っても、今更になってお望みどおり部を作ってやったんだから、そこに移れとこういうことか。
「なんでかボツワナの再居住政策思い出した」
「うちは別に定住してない訳じゃないでしょ」
そういうことじゃないって点では共通してると思う。
「ていうかさあ、先ず会は部活として申請しろ。駄目ならうちの部として集まって、申請することを認めるってのが、おかしいじゃねえか」
「どういうこと?」
「野球やりたきゃ野球部作れってことに対して、野球も出来るけどサッカーも出来る部を、作ったらいかんのかってことだよ」
「野球部じゃだめなの」
「他のこともしたいからな」
「兼部じゃだめなの」
「それぞれ部の枠がある以上、一々許可を求めなきゃいけない。そういうしがらみを、一つの部に専念しない奴が悪い、手数料だと言うような風潮は嫌だ」
「そういう考えもあるのね。でもま、現状は申請を取り下げてなかった私たちに、非があるみたいに言われてるけど」
何だそれは。ここまで説明不足で強行してきた分際で、どこまでやる気なんだ。
この一件で俺は生徒手帳と、オリエンテーションの資料を引っくり返して、部活の下りを見直してみたんだ。だけど今回みたいな件に関するヘルプなんか、どこにも書いてなかった。
「取り下げって一言もそんなこと言われなかったぞ」
「それは自分たちでするものだからって」
「ああそう」
「それで、その取り下げとやらは出来んのか」
「もう部にしちゃったから無理だって」
「全員愛研同のほうが良いっつって、退部して廃部したら」
「それは退部して廃部になるだけで、うちの部をを設立しようとしても、既に一度各会の部が設立されたことがある以上、またそっちでやれって言われてしまうわ」
結構手詰まりだな。どうにかしたいがどうしたもんか。解決の手順が正直思いつかないぞ。
「先輩はなんだって」
「だいたいあなたと同じようなことを言って、聞かされてたわ。同好会のままでいるか、部活になるかの選択権を与えた以上、その権利を与える前に受け取った書類を、一度差し戻し生徒に改めて意思確認をするということを怠ったとして、学校側の不手際を突く方針で、クラブ担当に話に行ったわ」
「授業そっちのけで食い下がるのか、俺たちも一限サボってるけどさ」
とっくにホームルームも終わって、現在一時間目である。話し込んじゃってるね。
外からは体育に励む生徒の声が聞こえる。植え込みに痰を吐く奴がいるから、そいつの顔写真を拡大して貼り付けたボードを置いた結果、痰を吐く奴が激増して、写真の奴が学校に来なくなったらしい。
「学校側は会のままでいたければ、最初から部の申請書や連盟書なんか書かないだろうって」
「それはそうだが何か引っかかるなあ」
俺たちはうちの部が良いから設立、正確には申請中で、活動が認められる状態に戻したいってだけなんだけど、まさかここまで妨害されるとは。
「今度ばかりはいっちゃんも頭抱えてるみたい」
「前も抱えてただろ。しかし参ったな。これは打つ手が見えないぞ」
正論と既成事実と屁理屈で所々蓋をされている。これは困ったことになった。
こういうことばかりやっているから、生徒からの信頼を失くすんだ。まあ相手からしたら、たかだか三年でいなくなる他人のことなんか、知ったことではないんだろう。
さて、どうしたものか。
「という訳なんだよミトラス」
「大変だねえ」
そして夜。学校から帰った俺は、ミトラスにこれまでの経緯を説明した。
いつもの猫耳にファンタジックな緑髪、ではなく久しぶりに、猫の姿でくつろいでいる。
本人的には布団をリビングに持ってきて、その上に猫状態でだらしなく寝転がることは、最高に贅沢な気分になるらしい。
「何か手はないかな」
「あるよ。すごく簡単だよ」
「すごく簡単とな」
流石異世界で区長を務めていただけのことはある。人間に振り回されたせいか、はたまた市長の爺さんの教育の賜物か、手続きに関する問題にもお答えしてくれる便利猫。
お礼に腹を撫で回してやろう。
「あ、もうちょっと、全体に広がるようにお願いします」
「こうか」
「そうそう」
すっごいもにもにしてる。口から素の鳴き声が漏れる。微妙に可愛くないのが非常に可愛い。
「で、どうすればいいんだ」
「それを直接学校に聞けばいいんだよ」
鼻先を舌で舐めながら猫は答えた。目を瞑ってうっとりしている。
「他の部に小分けにされて困るというなら、どうすればその部門を残せるかを、担当者に問い合わせればいいんだ。その要件を学校側は、提示しなければならない。分かり易く言うと君たちは今、デパートから商店街に分解されようとしている状態なんだ。不自然なんだよ」
なるほど。俺は寝返りを打った猫の、足の付け根を揉み解す。
「君たちが君たちでいることが、最善なんだということを示せばいい。既に一年半の活動期間があり、努力の跡があるなら、それが君たち、生徒たちの成果なんだ。その成果を出すためには、皆が同じ部活である必要があるとすればいい。初めこそ部活になれなかったという理由があっても、今は皆でこの部を続けたいから、申請を出したというふうに、理由を正せば良い。手応えがあったから、この部が好きだからこの部を続けたいと、そう言えばいいんだよ。ここはね、真っ直ぐにぶつかって良い場面なんだ。ってあれ、やめちゃうの?」
「メモを取る。もっかい言ってくれ」
「あ、そう」
なるほど。こうすると学校側の要件を満たす必要はあるけど、俺たちの熱意に対して、認められる理由を相手側に、考えさせることができるのか。
まさかヤだからヤなんてことは言うまい。
「そしてそこに連盟書を持ち出して、各部を戻せばいい。部として成立したことはそのままにして、学校の面子を保ちつつ、皆を元の部活に集めることができるって寸法だよ。他の部活の部員と力を借りるとでも、名目を付け足す必要は、あるかも知れないけどね」
「認められるかそれ?」
「たぶん無理だね。だから稟議にかけるべきだろうね」
「りんぎ?」
「簡単に言うと、会議に出席するであろう相手の下へ、個別に同意を貰いに行くことだよ。君が見せてくれたあの紙切れ、周りが部活になった以上効果はもう無いけど、内容はお誂え向きさ。今度はこっちがあれを手直しして、稟議書と銘打って回せばいいんだ。先手を打つんだよ。書類の名前を変えることで、仕事をしたことにするっていうのは、この世界じゃ常識なんだろ?」
そういえば何時だったか、そんなようなことを言ったような気もする。成果を水増しすることとか、色んなことを吹き込んだような。
「連盟書は各方面に配ってたけど、稟議書は大本に一綴りにして、各員から署名を貰って提出すればいい。文面はそうだなあ。『愛研同総合部の部員は、個別に所属する部員の他、連盟書に記載された全ての部の部員を、これに含めるものである。また部員全員の連盟書への署名を以って、各部の顧問はこれに同意したものと見なす』辺りにして、後は相手側との折衝を積み重ねるしかないね」
ようし。ここまでメモをしてと。
不安要素はあるけど、これで掛け合ってみよう。時間を見て先輩に電話だ。俺の頭では考え付かないことを突然言い出したら、要らぬ疑いを生むかもしれないが、深夜遅くにかければ、それだけ長く考えていたと受け取ってくれるだろう。
思考も鈍っているはずだし。
なんで味方に夜討ちを仕掛けねばならんのか。別に疑われても構わないではないか。そんな言葉が脳裏を過ぎったが、俺はそのことから目を逸らし、時を待つことにした。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




