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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
稟議にかけろ!編
74/518

・にわか仕込みのお願い

今回長いです。

・にわか仕込みのお願い


 月曜日。なんて気持ちの挫ける響きだ月曜日。


 それはさて置き現在放課後。俺と先輩は部室没収状態で、散り散りになっている各愛好会、研究会、同好会等(以降は部と称する)へと、連盟書に回収に向かうことになった。


 元から正規の部室も活動場所もないので、空き教室を他の部と折半するなど、何とかやりくりをしているのだが、先輩の教室がある三階には、その空き教室がかなりある。


 少子化とそれに伴う補習授業の減少と、用もないのに放課後ずっと学校にいる暇人たち。様々な恩恵を受けて、施錠されない空室が有り、うちの部はなんとか皆活動できているのである。


 そんな訳でやってきたのはいつもの部室。ここだって空き教室だから、人が来てないなら継続して使おうという者は少なくない。既に中には十人ほどの生徒が、室内を二分して使用している。


「おーっす!」

「あら部長早いじゃない」

「待ってたわ」


 先輩の呼びかけに挨拶が返ってくる中で、二人の女子が進み出た。片方が俺と同じくらい背が高く、ウェーブのかかった長髪をポニーテールにしている。


 もう片方は先輩と同じくらいの身長で、前髪が長く目が隠れている。


「えーと、ここは何部でしたっけ」


 机の上や床に衣装や飾り物、板金用のプレートがあるから片方は衣装部だろう。


 もう片方はタブレットとノートパソコン、図書館から借りてきたような古書、そして何故か美術用のスケッチブック。美術部はちゃんとあるし、なんだろう。


「あ、そっか。サチコはまだ全体を把握してなかったね。紹介するよ。衣装部とオカルト部の先輩」


「よろしくお願いします」


 俺がお辞儀をすると、二人も軽くお辞儀をする。背の高いほうが衣装部。背の低いほうがオカルト部。


「それで早速なんだけど、プリント出来てる?」

「それなんだけどね、部長」

「良からぬものが来たの」


 二人はそう言うと、一枚のプリントを差し出した。それは確かに連盟書なのだが、良く見ると文章が違う。俺たちが前に持っていたものに比べて、一文が追加されている。それは。


『この会は現在部として申請中であり審査の結果が出るまでは連盟等を含めた一切の活動を禁ずる』


「うちだけじゃないの。朝のうちに部活申請を出した会には、皆このプリントが配られたわ」


「活動の中にはこの連盟所の提出や記入も含まれるって、わざわざ言って来た」


 衣装部、オカルト部の順で話す。他にも確認をとってくれてる辺り、まだまだ各部間での連携は大丈夫そうだな。それにしても。


「再来週の終わりには出さなきゃいけないのに、なんのつもりだこれ」


 悪意に満ちた紙切れを指で摘まむ。極めてチープでそれだけに意図が伝わる。下品で低レベルの悪口ほど、気持ちがよく分かるアレ。


「部活になればそれまで。駄目でも『審議中です』で時間切れを狙う寸法よね」


「最初から詰んでるじゃねえか」


 やり口がまるで行政的だ。不備不正不平等な書類の文面を、二転三転させて納期を破らせる手口。モロ日本人で吐き気がする。戦争に勝とうが負けようが、性根は変わらないらしい。


「どうするんすか先輩」

「どうもこうもないよ。こんな馬鹿やって通ると思ってなら再教育してやる」

「頼もしいけどどうやって」


 先輩は俺と南に返事をするより先に、鞄から一枚の葉書を取り出した。良く見ると鞄の中には、結構な量の葉書が収まっている。


「それどうしたんです」


「私はいつもラジオ投稿や贔屓にしてる漫画家やゲーム会社にファンレターを送るため、葉書と切手は常備してるんだ」


 初めて聞いたけどお前投稿ソルジャーだったのか。


 余談だけど他に葉書ソルジャー、ラジオソルジャーなど名前のブレがある。何故か兵士の部分だけは共通らしい。何故だ。


「もっと偉い人に出して直訴するつもりなのね。でも何処に出すの」


「人を攻撃すれば火力のインフレが引き起こされるということを教えてやる」

「その心は」


 聞いた瞬間先輩の眼鏡が光ったような気がした。彼女は眼鏡のブリッジ(レンズとレンズを橋渡ししている部分のこと)を中指で軽く押すと、静かな声でこう告げた。


「市の教育委員会に訴えてやる。速達で」


「市内なんだから、そこまで行ったら直で尋ねたほうが良いのでは」


「どの道一日で届くんだから速達代がもったいないわよ」


 俺と南の言葉に先輩は少しだけ考え込む。その後ろで他の部長二人が頷いている。


「速達は確かに高い。もったいないから止めるけど、直談判はできないんだ」


「どうして。仮にも公人なら問い合わせれば、連絡先くらい分かるんじゃないですか。そうでなくても相談に、一席設けてもらうための約束を取り付けるとか」


 食い下がる俺に先輩は首を振った。何故だ。こういうのは実際に会いさえすれば、相手は敵よりも格上なのだから、とりあえず一声かけるくらいは、どうってこともないだろう。


 だからこそ火力として、担ぎ出そうというんじゃないか。それもより早い方法で。


 なのにどうして否というのか。


「前に電話したときは、盥回しにされた挙句に、結局五時になったから受付時間が終わったよ。彼らは学校が悪いときの相談は、何処にすればいいのかなんてことは決めてないんだ。業務に自浄作用は含まれてないってこと」


「事務局に直接行ったこともあった。その時は担当の者が席を外してて、何時戻るか分からない。だから戻るまで待ってたら、終日帰って来なかったということもある」


 意外に色んなこと試してんなこの人。


「頭にきたから警察とか市外の教育委員会や文科省とかに、メールと葉書を出しまくったよ。そして委員の家にも行ったんだけど、玄関に靴があるのに『戻ってません』の一点張りで、最後には用件を窺う、帰らないと警察を呼ぶぞとまで言われてね。渋々用件を伝えたら、何日か後にこういった内部告発用の部署が設けられて、葉書だけは届くようになったんだ」


 もっと偉い人に死ぬほど言いつけたんですね。


 これも一つの文民統制なのかなあ。行政的には専門性がどうとか抜かして、下部組織を山ほど設立するけど、どこに相談すればいいかの窓口だけは、絶対に作らないしなあ。


「だから葉書を出すしかないんだよ。前回はそれで何とかなった。でも本音を言うと今回はマークされてるし、対策も打たれてるんじゃないかって不安もあってね」


 残念だけど、とやや気落ちして締めくくる先輩。ん、待てよ。それっていつのことだ。それに……。


「先輩、ちょっとこっちへ」

「え、何? 何か後ろ暗い妙案でも閃いた」

「おっぱいで鼻の骨折られたくなかったら黙れ」


 そして皆に断ってから南も連れて廊下から非常階段前へ。


「先輩、それって何時の話ですか」

「勿論去年の話」

「でも歴史の改変は今年からっすよね」

「ん。そういやそうだね」


「去年までの先輩の活動はそのままになってるんですかね」

「え、どゆこと」


 俺たちはあくまでそれを知ってるだけで、特に打つ手もないし打つ気もないから、放ったらかしにしてるけど、この世界は歴史改変を受けているのだ。


 当然周りの人の歴史認識は変わっているのだが、さて先輩のときのことはどうだろう。


 俺の家庭や西ちゃんの家がそのままなので、先輩の行動までは変わっていないだろう。


 周りの人たちも同じかも知れない。しかしもしかしたら結果は同じでも、先輩からアレコレと面倒なアプローチを受けた人たちの性格が、変わっている可能性がある。


 というようなことを言った。


「私が話しかけた人の性格が、魚座のB型から蟹座のAB型になっていたとして、それが何になるの」


「なるほどそういうことね」


 先に理解できたのか南が頷く。なんだお前今回そういう立ち位置なの。


「歴史が変わっても変わらず起こる出来事がある。でもその渦中にいる人物まで、変わらないままでいるかは別。そういうことね」


「そうだ。取り分けこの世界の日本は敗戦を経験してないから、人々は前よりも輪をかけて鼻持ちならない性格をしてる。ただでさえ面倒な先輩のアプローチ、いい顔をして受け取ったわけが無い」


「おい」


「当然もっと悪い印象を抱かれているはずだろう。人の上に立ってふんぞり返りたいという願望がありながら、責任及びその主体から逃げ隠れするような輩だからな。しかしだからこそ、そんな奴は『こんなことになったのは下の連中のせい』だと考えるんじゃないか」


 因果関係はそのものなんだがな。


「歴史が変わったことで、世の中の空気とかお国柄も変わって、臆病者が出しゃばりの恥知らずになってる可能性があるということね」


「そうだ、そしてそういう奴は自分の立場から、相手を大上段から説教、というかマウンティングをしたがる。ここで先輩の過去が活きる」


「なんかえらい言われようしてるな私の情熱」


 先輩は流石に落ち込んでいたがとんでもない。この人の行動は両刃の剣だが、決して自分は傷つけないのだ。


「かつて自分に面倒事を持ち込んだ生意気な小娘が、また同じ用件で泣きついてきた。これが普通のクズなら、突き放してニタニタするだけで終わりますが、今は文字通り時代が違います。戦争に負けてないから人々は傲慢になって、他人を攻撃することに関しては開放的になった」


「相変わらず嫌なこと言い出すと、切れ味が増すわねあんた」


 俺は生まれてから今日まで、異世界込みで村人町人区民市民と、シビリアンのクラスは一通り修めているのだ。


 人間五十年といっても、人の悪い所を二十年近く見聞きすればもう沢山。


「となれば大義名分を得て、人を攻撃することが大好きなはずです。嫌いな相手から泣きつかれた上に、同じ失敗をしている赤の他人の部下を叱責できる。普通の人ならこれで堕ちない奴はいない!」


「決め付けにしても汚い言い草だけど異論は無いよ」


「こうやって他人や世の中を、下から見下す風潮が醸成されていくのね。でもサチコ、逆にそこからより陰湿に変わってる危険も、あるんじゃないかしら」


「そうだな。しかし言い換えれば、その二つに傾向と対策を練ればいいんだよ。こっちは一年半経ってんだ。好みそうな成果を資料として添えて、なるべく相手をヨイショする文面と一緒に送るんだよ。ちょっとでも有利にことが運ぶよう最善を尽くすんだ。こんだけいるんだから、一つか二つくらいあるだろう」


「お、おべっか使えってか……」

「変なとこでやらしいことするわね」


 俺だって伊達に異世界で三年間、おもしろおかしく暮らしてた訳じゃない。一応色々と勉強はしたんだ。中間管理職として苦労するミトラスの姿を、ちゃんと見てたんだよ。


「な、いいから。TRPGで判定に補正貰うようなもんだと思えって」


「ああ嫌だなあ。でも地元の郵便局って、大きいとこで六時までだよ。時間ないよ」


 時間を見ればもうすぐ五時。自転車を飛ばせば十分かからねえ。公共施設は密集しがちなのが、今はありがたい。


「急いで揃えればいいわね。男子用と女子用で手分けして用意しましょう。去年の学際で出したのと、今年の学際に出す予定のものの写真を並べればいいわ。携帯で撮った写真を返信に添付させて、貰ったら印刷かけるから。じゃあ今から一斉にメール出すわよ」


 女子用はこの三人の中で一番女子してる南が担当し、残りが俺と先輩。うーむ、やはり事務方としては南のほうが優秀だな。乗り気になりさえすればの話だけど。


「しかし携帯のカメラで大丈夫かな」


「曲がりなりにも現代から、カメラオタクを絶滅寸前にまで、追い込むほどの機能はあるよ」


 そうなのか、知らなかったな。


「私は校舎内、サチコは外で活動してる部から集めて。そしたら先に郵便局に行って、閉じないように中でゴネてて!」


「来た来た汚れ仕事」


「今日の消印さえ貰えれば、向こうは嫌でも明日配送しないといけないからね!」


 そんな訳で、大急ぎで作業に取り掛かった俺たちが、教育委員会宛のお手紙を郵便局に提出したのは、先輩が文章を考えるのに難航したことで、結局六時二十分過ぎとなったのであった。


 郵便局の皆様、大変ご迷惑をおかけしました。どうもありがとうございました。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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