・斎の心配
・斎の心配
土曜日の日中、俺たちは旧部室に集まっていた。荷物は粗方撤去され、冒険者ギルドの依頼掲示板のようなボードも、既に無い。
そんな中に机を三つ突き合せて座る我々。
俺と先輩と今月から先輩と化した南の三人の、何処にも属していない、いつもの三人組である。
基本的に土日は終日バイトの俺だったが、海さんが受験や進学のことを考えて、シフトを再検討した結果、悲しくも勤務日を一日減らされてしまった。
だからここにいる訳なんだけど、そんなこと二人は知らない。ついでに言うと俺と南は、先輩から呼び出された訳なんだけど、それが何でなのかも知らない。
世の中知らないことばっかりだな。
「休みのとこ呼び出して悪いね」
「予定は確かになかったけど他に言い方なかったの」
「余計な挨拶は無しにして単刀直入に言うとね」
南の非難を余計な挨拶扱いして話を切り出す先輩。この人って困ってるときほどグイグイ来るな。
下手に出ることもあるけど、勢いはこのままだから、話し方が違うってだけなんだけど。
「実を言うと学校側が顧問を用意してるみたいなんだ」
「おお、人員不足でのらりくらりだったのに、どういう風の吹き回しで」
「たぶん先月某日の台風の残りではないかと」
そういうのいいから。挨拶を省いたんだから、余計なことを言うんじゃありません。正しいけども。
「やっぱり引き抜きの算段が付いていたのね」
「それもあるんだけど、もしかするとうちをちゃんとした部として、成立させるつもりなのかも知れないんだよねえ」
先輩が頭を抱えて机に突っ伏した。眼鏡が擦れないよう、ちゃんと頭に上げてからやる辺り、まだまだ余裕がある。
「成立ってうちは目指せる目標なんかないですよ。コンクールも大会もないし、只管俺たちがやりたいことを頑張るだけで」
「そこだけ見ると別にいい気もするんだけど、実績に繋がらないと、無駄になるって考えがあるから不便よね」
「実績をいうなら学校教育だって無駄だけどね。無駄になったら生徒のほうが無駄にしたって突っぱねるか、他の実績があるからって居直るけど」
多様な価値観とか人それぞれという現実をぶつけられると、かなりの無駄が出るのは何処も同じだ。
だが学校側の言い分は、生徒のせいにするか生徒を盾にするかの二者択一である。ぶっちゃけ容れ物と制度だけあればいいんだよな。
「まあそれはさておき、これは罠だと思うんだよね」
「と、言いますと」
「こんな部だから、特に成果も出ない訳だし、潰すのは簡単なんじゃないかな」
「それだとわざわざ潰すために部を発足させるということになりますが」
「ああ、そういうことね」
南が珍しく顔に渋面が広がっている。普段は不快感を隠さない場合でも、それ用に表情を作るのに、今は眉間に人差し指を当てて溜め息を吐いている。
「駄目な前例があれば、次の申請からはそれを持ち出して、駄目だって言えるものね」
「騙し討ちで前科こさえさせて追ん出そうってことか。つくづく嫌われてるな」
何も無軌道な連中ということもないはずなのだが。
「困るな」
「困るわ」
とその時、先輩が機嫌の悪い猫のような唸り声を上げて、拳を突き出した。改めて見ると腕短えな。
「くっそー。元々この学校の連中は二十一世紀にもなって村人根性丸出しで知らないものを調べもしないくせに上から目線で気に入らなかったけど、今度という今度はあったま来た。歴史が変わったせいで未だに年甲斐もなく粋がってるし、後ろめたいことがあるなら襟を正すのが教育者じゃないのかよ」
先輩の名誉のために言っておくが、先輩は部活に十八禁要素は持ち込んでいない。それは自宅に置いてくる。ついで言うと、粋がりに歴史はたぶん関係ない。
「馬鹿やってるようで皆進歩してんのにさあ。バイク部の連中だって授業の成績メタ糞悪いけどバイクや自動車整備の勉強だけは滅茶苦茶やってちょっとは頭良くなったんだよー!」
「衣装部だってカラーコーディネート、ええとこの世界だと何て名前だったか、とにかくそれの勉強したり衣装の歴史を勉強したりで名前がぱっと出てこないアレコレの教養を培ったり生地の仕立てや鋏の入れ方覚えたりお前ら何処を目指してるんだってくらいでさ」
「料理部だってノンジャンルで料理覚えてさ、精進料理と学校給食を作ったから食べてみてってこないだやってきてさ、組合せが変だけどおいしかったよ。かと思えば洗剤としてのベーキングパウダーを自作したりしててさ」
「園芸部なんか凄いよ。去年に引っ越していった家から貰った柚子の木を学校から許可を貰って校庭の隅っこに植えてまる一年半かけて育ててさ、生ってた実も枯れたり傷んだりせず今年の冬には獲れるかもなんて言っててさ」
「オカルトの連中なんてあいつらマジで頭おかしいからね。あいつら何がしかの超常現象に取り憑かれてたり現代で通用する呪いとか知ってるし曰く付きの物品の流通経路を何故か開拓してたりするし」
先輩の愚痴のような部員への賞賛は止め処なく続いた。全部の会、いや、部の成長をこの人はずっと見ていたのだ。思わず南と顔を見合わせるが、どちらともなく視線を先輩へと戻す。この人は部長だったのだ。名実共に。
「うちの部は絶対に渡さないし潰させないかんね!」
「それで先輩、俺たちは何をどうしたらよろしいんで」
ようやく先輩の部員自慢が途切れたので、すかさず言葉を挟む。でないとまた脱線しかねない。
「そうそう。例の連盟書を集めるついでに、二人には私の手伝いをして欲しいんだよ。私としては権力の世襲を嫌って独り身貫くつもりだったけど、そのせいで工作員がいなくって」
「そこはせめて手駒っていいましょう」
俺としては仲間と言って欲しかった。
「あれ、漫研のあいつらは違うんすか」
「彼らは漫研で私は違うよ。よく漫画描いてるけど」
違うのか。ということは漫研にはまた部長がいるってことだな。しかし漫画部じゃなくて漫研なんだな。
異世界でも『妖精』じゃなくて『妖精さん』だったし、これも言霊の力って奴かな。
「荒事はサチコが、ハニートラップはみなみんにお願いするよ」
「その心は」
「いざとなれば不祥事で退場願おうかと」
俺の記憶が間違ってなければそれ鉄砲玉っつーんじゃねえかな。
この話をご破算にして、有耶無耶にしたいってそういうことだろうか。それも一つの手だけど、俺たちもたたじゃ済まないよな。
「それは冗談だけどね。部に寄生された状態で不祥事起こされたら致命傷になりかねないよ」
冗談だったのか。冗談で済むかなあ。なんか現実に起きそうで嫌な予感がするんだよなあ。
「それに、実は不穏な部もあってね。引き抜き以前にずっと独立の機会を窺ってて、今回の件を機に動き出すんじゃないかって私は気にしてるの」
「所謂不穏分子という奴ね」
「不平士族ともいうな」
「それはうちのことだよ」
おっと間違えた。
「実際はサチコには私の身辺警護。みなみんには学校側への情報収集をして欲しいんだよ」
そこまで言うと先輩は上体を起こし、後ろへと大きく逸らせた。このちっちゃいこけし状の先輩は暴力に弱い。とりわけ物理的に。
「こんな情勢じゃあ私を亡き者にしようという輩がやって来てもおかしくないし、他の部も標的にされる以上嫌がらせの一つもあるかもしれない。けっこう厳しいことになるけれど、どうか二人の力を、貸して、欲しいんだけど……」
先輩が上目使いに聞いてくる。ここまで来て、これだけ打ち明けておいてからの打診は、ずるいと思うんだよな。俺の答えが決まっているとしても。
「バイトばっかりであんまり参加できてないけど、俺はこの部活好きですよ」
「そうね。部員はアレだけどモノは結構好みだわ」
「それじゃあ」
小さい先輩の瞳が眼鏡の奥でぱっと輝く。ほっとしたのかとても嬉しそうで、思わず俺と南は再度顔を見合わせた。どちらからともなく、表情がほころぶ。
『やりましょう』
「お」
お?
「おオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
なんだなんだどうした斎。
「ありがとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!!」
感極まったのか先輩は立ち上がると、お辞儀をしながら両手を俺たちへと差し出した。右手を俺が、左手を南が握って、二人で先輩の背を叩く。
人生では自分でも満足のいく格好の付け方をすると、今すぐ死んでもいいという気持ちがこみ上げてくるらしいが、まんざら嘘でもなさそうだ。
俺はこのとき、確かに後先を考えない幸福感に包まれていた。
そう、後先を考えられないでいたのだ。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




