・有り体に言えば皆は巻き添え
・有り体に言えば皆は巻き添え
「申請蹴られちゃった」
「はあ」
九月も二週目月曜日。狭い空き教室の一つに、入りきれないほどの生徒がひしめき合い、廊下にまではみ出している。愛同研総合部では珍しい全員集合である。
そんな中、新学期早々俺たちに今の台詞を放ったのは、部長こと斎先輩だった。
ロボとかエロの絵を描いたり、動画を作ったり何か作ったり勉強したりと、この人の時計ワニはきっと、時計の食い過ぎで死んでしまったんじゃなかろうか。
それくらい活動的なこの人が、珍しく困ったような笑みを浮かべている。
「愛同研総合部が、顧問不在で廃部になるのは、皆知ってると思うんだけど、これの次がね、その、上手く行かなくて」
学生たちの隙間産業、学校に旨味のないモラトリアム、変な奴ら。そんな者共が吹き溜る我らが部活『愛同研総合部』には顧問はいない。期限までに誰かがなってくれないと、成立せずに廃部となる。
廃部も何もそもそも部として成立してないのだが、成立していない間は、活動してはいけないというのは、教育上よろしくないとのことで、活動が許されている。
有名所の運動部がない学校では、そのスポーツの練習さえさせてもらえないという訴えが、偉い人の耳に届いたことで、それは良くないと練習を許可するよう、命令が学校に対して下されたというのがある。
以後はこれが判例となったのか、まだちゃんとした部になってなくても、活動自体はできるようになっているのだ。
「なんだってまた」
「そのう、うちって沢山部活未満が集まってるでしょ。だから何を目指しているんだとか、特定の活動にまとまっていないものを、部として認める訳にはいかないとか」
「今更」
この米神高校は同好会や愛好会となった小規模な集まりには、部室的な活動拠点を与えてくれない。ケチだ。しみったれている。しかし若者が頑張りたいということに対して、協力をしないと外聞が良くない。
義務教育でないということは『こっちは金払ってんだぞ』と訴えられるのである。しかしながら学校側には学生に義務を科す、もとい課す上での組織や決まりがある。
そんな訳で下には強いが上には滅法弱く、脅し以外で下を縛る方法のない学校は、これまで先輩こと部長の『どうしても打ち込みたいものがあり、それを学校でも取り組みたいという者同士で集まり、助け合い、共同体として活動することを許して欲しい。それが許されるなら、部活としての扱いを認めてもらえないだろうか』という訴えを無碍に出来ず、ズルズルと今日まで来た訳だが。
「各々が部活設立のための申請を出すのが筋だろうって」
「いや、私たちどうやっても部活になれない集まりだから、それ認めると部活になれないで終わるだけでしょ。だから北がわざわざ学校の部活動の理念なんていう、大本の金看板を引っ張り込んで、去年この部をぶち上げたんじゃない」
衣装部の部長が言う。正しくは部じゃないけど、うちでは特定の活動を行う集団を部と呼び、その集団内の責任者を部長と呼んでいる。普通だな!
それにしても先輩一年生の頃から飛ばしてたんだなあ。
「それはそうなんだけどお、ほら、私がこの前、ここの黒歴史暴いちゃったじゃん。それでなんか目を付けられたというか、八つ当たり、みたいな」
この前というのは夏休みの肝試しで、結果的に大量の白骨死体を見つけてしまったことである。矢面に好きで立った先輩は、学校内外にその存在が知れ渡り、そのせいで学校側は彼女の行動を、封じようと思ったのかもしれない。
何するか分からないのだけは分かる。
「それじゃこの部活、このまま空中分解っすか」
別の席から声が上がる。あれは確か園芸部の部員。酷く心配しているようだった。何気にあそこが掲示板に張り出す手伝いの内容は、学内でトップクラスにクリーンなので、俺は気に入っている。
「そうならないように去年と同じ言葉を繰り返して堂々巡りをしたんだけど、結果としてはこれを引き出すので精一杯だったよ」
そう言って先輩はプリントの分厚い束を、鞄から取り出して皆に配る。鞄の中は空になったのが見える。他に何も入れてないようだ。
配られたプリントには『連盟書』と書かれている。そして文面は以下の通り。
『同好会、愛好会、研究会等に所属する生徒の代表は、下記の記入欄にそれぞれの会と参加者名を署名の上、愛研同総合部部長(予定)の北斎に提出をし、同氏の確認を受けることで、その会は同部に所属するものと見なす』
「なんだこれ」
「何か変よね」
俺と南が同時に声を上げた。それと地味に部活名も変わってるな。
「これを月末までにうちに所属してる全部の部活から集められれば申請を認めてやるって」
「うちの部活って、そもそも学校側も把握できてねえだろ」
「月末って端的に言えば二週間よね」
顧問不在で趣味思考・ネガポジ等のベクトルが激しく入り乱れるこの部において、何時何処で誰が何を何故どのようにして活動しているかなど、分かるはずもない。俺たちだって把握できてないのだ。
加えて猶予期間が短すぎる。明らかに結論有りきの決定である。
「それにこの文章、あくまでも『会』に限定してるのも解せないわね。うちの学校兼部有りじゃない。他の部の力を借りられないようにしてるわね」
「さっきの部活申請しろっていうのと併せて考えると、一部を部活として引き上げる準備をしてるってことかしら」
「最初に目的がどうこう言っておいて、正規の設立方法潰しておいてか」
「そうか。素直に俺たち全員が部員として集まれば、それだけで顧問待ちの状態に復帰できたはずだもんな。汚い方法ばっかり良く考えるな、スポーツマンかよ」
方々からは不満の声が続出した。当然である。如何に俺たちがちゃらんぽらんの有象無象に見えたとしても、趣味には真面目に打ち込んでいるのだ。
学生の間に打ち込むことなんて、九割の生徒にとっては趣味だ。何もおかしくはない。
「これって明らかに分断工作って奴だよな」
「部活として引き抜かれたところを裏切り者扱いさせて、仲違いさせようってことよね」
「そしたら二度と協力なんかしないだろうってことだね。要するに吊り上げた会を、自分たちへの嫌悪や怒りへの盾にしようってことだよ。先生が、生徒を」
いつもはどこか弛緩した笑顔を浮かべる部員たちも、今度ばかりは顰め面。渡された書類を睨んだり、溜め息を吐いたりしている。
「しかしこれ片手落ちだな」
「どういうこと?」
俺の声に周囲の目が集まる。う、すごい気分悪い。悪意が無くても視線が集まるのって、とても気色悪い気持ち悪い気分悪い。発言するんじゃなかった。
「いや、だってこれ、先生が確認する下りが何処にもないだろ。おかしいって」
「言われて見ればそうね。どうして確認がいっちゃんだけなのかしら」
もしや不正をでっちあげたり土壇場でそんなものはないとか白を切るつもりでいるんだろうか。有り得るなあ。
「そりゃ同好会には顧問の先生なんかいねえからね」
「それぞれの会に確認をとれる責任者なんか、いないんじゃないかな」
「部活受け持ってる先生はこんなのに関わりたくなかったんでしょ」
押し付け合いや擦り付け合いの末に、大人のほうでだけ話が付かなかったという可能性もあるのか。何にせよ真偽のほどは分からない。
「ともかく、そういう訳になってしまったんで、各部は代表というか、部長を改めて決めておいて欲しい。来週になったらプリント回収しにいくから。ほんと、何ていうかごめんね……」
いつになく力なく俯く先輩。人から責められる謂れのないことをして、後ろ指を指されるのは日本あるあるだとしても、これは許せない。
「部長、そんなしょげないで下さい。部長は頑張ってますよ!」
「斎じゃなかったらここまで粘れなかったんだから、気にしないでいいよ」
そう思ったのは俺だけではないらしく、部室の内外から、彼女に向かって温かい声がかけられる。この人は色々と規格外だけど人望はあるのだ。
「うう、皆ありがとう。今まで新鮮な画材みたいな扱いしかしてこなかったのに」
言わなくていいからそういうこと。
「皆ありがとう。私ももうちょい頑張ってみるからね。じゃ解散!」
気を持ち直した先輩は、眼鏡をどうやったのか光らせると、声高らかに号令を出した。他の部員たちも思うところがあるのか、何も言わず足早に去っていく。
残暑厳しい九月某日。こうして俺たちの部活設立を巡る、面倒臭い戦いの日々が始まったのであった。
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文章と行間を修正しました。




