・学校大わらわ
今回長いです
・学校大わらわ
『次のニュースです。先日、神奈川県小田原市湯河原町にある廃校が、地盤沈下により崩壊しました。警察では地下に大規模な空間があったとされ、この台風により地下にあった水源が増水、氾濫の結果土台を侵食し、このようなことになったのではないかとの見解を示しました。また、地下から身元不明の人骨が大量に発見されたとのことですが、そちらについての発表はありません。現場から中継映像が入っています。○○さん、そちらはどうですか』
『……はい。こちら現場の湯河原町の旧校舎です。門の向こうが見えますでしょうか。地面に大きな穴が空いています。崩れた校舎が無残にも割れて、向こうの体育館が見えるくらいです。現在は警察による厳重な封鎖がされており、中に入ることはできません。この事件は今日たまたま肝試しに来ていた、現地の少年たちによる通報で発覚したことであり、彼らは現在新聞社を通して保護され、今は自宅に無事帰っているそうです。この地域は過疎化が進み、地元の人も滅多に近寄らない場所だったそうで、ここにいる野次馬の人たちも、ほとんどが現地人でなく、異様な温度差を感じられます』
『……ありがとうございます。この事件は、現在小田原市内にある高校の旧校舎に当たり、その学校の生徒が、肝試しに来て校内を調べていた際に、謎の地下室を発見、そこで大きな井戸と大量の白骨死体を発見し、警察及び各新聞社へと通報されたことで、発覚しました』
映像が出る。テレビの画面右上には“地下からの大量人骨! 現高校の生徒は”の見出し。画面下部には『※プライバシーを考慮し画像と音声は変更させて頂いています』との表示。
中央には顔を映さず、ヘリウムでも吸ったかのような声の女子生徒が、インタビューに答えていた。
『えーもうびっくりしましたよ! 友だちとね、肝試し行ったんですよ! これこれ、この新聞の記事を見つけてね。それっぽいねって言って! で、台風だからもう絶対出るって行って来たんですよ。そしたらね、怪しいのがもうでっるっわっでっるっわ! 隠し階段なんか見つけて、降りていったら骨とか服とか出ちゃって、頭の骨とかもうこれ証拠だねって持って帰って、あ、それは他の新聞社の方たちに見せてから警察に渡しましたはーい』
その後例の宿直簿や、恭介や先輩たちが携帯で撮った録画映像が流される。ここまではどのチャンネルのニュースも同じだが、図書館にあった記事を書いた新聞社系列のチャンネルでだけは、その記事と当時の小田原のこと、そしてこの骨の出処について触れている。
ネットの掲示板でもSNSでもトレンド入りしてる。小学生のことは配慮がされて報道されておらず、出たがりな先輩のおかげで、俺もいなかったみたいな扱いを受け、無関係を装っていられる。
あの肝試しから数日。俺たちの学校は大分いかんことになった。
夏休み延長は嬉しいが、学校の未来に暗雲が立ち込めている。そりゃまあ国際問題込みの殺人と、死体遺棄と隠蔽とがあって、個人がやったものから組織ぐるみまであって関係者も死んだ。いやもしかしたら爺さんも殺されてのたかもしれん。そうなると最後の犯人がまだ残ってることに。
そこまで行くともう俺とは関係ないけどね。全員無事に生存生還出来ただけ、十分だろう。あの場にミトラスがいなかったら危なかったと思う。
もし俺が魔法少女(今年で十九歳)であることをバラして、幽霊たちと戦うようなことになっていたら、最後の地盤沈下に巻き込まれていた可能性が高い。
スムーズな探索と強力なお助けキャラがいたおかげで、この結末に進めた結末ということである。
「しっかし大変なことになったな。俺は何も悪いことしてないけど」
独り言を呟いてから、俺はテレビを消した。時刻はもうすぐ十一時。
本来なら明日から二学期のはずだったのだが、ことがことである。学校の歴史について、当時の教育委員会やら学校の理事会やら、校長や教頭などが警察に骨の出自を洗われて、お話を聞かれる毎日である。
部長の調べでは学校の役員はほとんどが外様で、ある日を境に外から呼ばれてきた人らしく、この件とは恐らく無関係とのこと。
旧校舎のほうの校長は、小田原代々名士の家系だったらしいが、廃校前に不幸があって絶えてしまったのだそうだ。
その後釜に、旧校舎の一部の職員役員の方々が引き継いで、現在のうちの学校に入ったとか何とか。つっても全員ろくな死に方してないから、真相は出ないだろうとのこと。
せめて明るみに出してからお、亡くなりになって頂きたいけど、征き征きて神軍みたいな結末にもなりかねない。これ以上は高望みだな。
「ねえ、サチウス。僕って臭う?」
「あ、風呂出たのか。石鹸の匂いがするな」
「そういうんじゃないんだけど、まあいいか」
風呂から出てパジャマに着替えたミトラスが、湯気を立ててやってくる。何かを気にして、しきりに自分の匂いを嗅いでいる。
「何か汚れるようなことでもしたのか」
「そりゃ勿論この前のことだよ。あんなに大量の魂が剥き出しというか、野晒しで溜まってる場所になんかいたから、僕まで魂が汚れるような気がして、サチウスはなんともない?」
酷い言い草ではあるが、ミトラスは真剣に心配をしてくれているようだった。それにしても魂が汚れるというのは、どういうことなのか。不安を煽られる響きである。
「特に変わったことはないけど。なんだその、魂が汚れるって」
「そのままの意味だよ。人間の魂は汚いんだ。生き物を殺せば返り血を浴びるように、幽霊と接するとこっちの精神と、ひいては魂にまで影響が出るんだよ」
「聞いてる限りじゃまるで病気が伝染するとか、被爆するみたいなニュアンスに聞こえるんだけど、俺の気のせいかな」
「その認識で合ってるよ」
本気か。それって正真正銘か。我ながら人間なんてと何度も思ってきたけれど、それでも衛生的な意味合いで汚いというのは、かなり傷付く。
「ほら、架空のお話で人間を殺したら、魂が穢れるとか言うでしょ。あれは割りと本当の話で、殺した際に肉体から抜け出た魂が、周囲に穢れを振りまくんです。考えてみてください。化け物を殺せる化け物なんですよ。綺麗な訳ないじゃないですか」
丁寧に言われてしまえばそれまでだけど、人は何故モンスターのカテゴリから人間を外してるんだ。それって一番言われてるけど。
「そっか汚いのかあ。となると俺も汚いのかなあ」
「残念だけどね」
そこはそんなことないって言って欲しかったなあ。曲がりなりにも召還されて、浚われたようなものなんだし、人間にも関わらず、清らかな魂の持ち主っていう、ありがちな特別感を持たせてもらいたかった。
「それで、魂が穢れるどうなるんだ」
「人間にしか生まれ変われなくなります」
ああ、良いような悪いような。天国と地獄の判定が、それこそ人によって分かれそうだな。そんな俺の気持ちを他所に、ミトラスは冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注ぎ始める。
ご丁寧に俺の分も淹れてくれる。
「ありがと。そうなると、どうなるんだ」
「当たり前だけど、生き物の数が偏れば偏るほど、良くないことが起きる。花も虫も他の動物も減っていく。この星の生き物がほぼ人間だけになって、そのときに他の物質から、人間を作って食べるようなことが出来ていなければ、たぶん滅ぶね」
仮にそれができたとしても、人としては終わってるような気がする。俺? 俺が飲んでるのは漢方薬だから。
「他の世界でもそうだけど、人間がいる世界は必ず、この魂の汚染や劣化が見られるね。浄化作用も確認できたためしはない。そしてそれを認めた人類もいないね」
「聞けば聞くほど現世が地獄のように思えるな」
「だから僕は戦時中、魔物たちを戦わせたくなかったんだ。人間を殺せば、いつかは人間になってしまうから。それでも大勢が戦って死んでしまったけれど」
今は遠い群魔のことを思い出して、ミトラスは珍しくため息を吐いた。単に戦いが嫌いなだけじゃなかったんだな。そんな防疫的なことも考えて、人間との戦いを避けたのか。
「案外、沢山ある世界の大半は、天国とか浄土っていう上澄みを得る為の、濾紙に過ぎないのかも知れないね」
不意にそんなことを呟く年齢不詳のショタ。遠い目をしてコップの中へと視線を落とす。
「それだと俺たちは下に落ちていくことになるぞ。天国は上じゃないか」
「じゃあ蒸留?」
「この世は天国と地獄の混合液か、それだとどっちも建国途中ってことにならないか」
「人間の世界だから、人類が滅びるときに完成するんでしょ」
つまり地獄成分の濃度によって、地獄の種類が変わる訳か。天国まで遠いなあ。天国と地獄の成分が、そこに行く人々の魂だとしても、何を以て天国と地獄を分離させるのか。
その辺は考えても仕方がない。せめて仕方がありそうなことを考えよう。
「うーむ。魂のデトックスってどうやればいいのか」
「中々その方法は見つからないよ。だから人間が増える一方で困っちゃう」
地に群がり地に増えよか。まさに悪魔の教えだな。何処へ行っても人間で一杯だ。それにしても魂が汚れてると人間にしかならないって罰ゲームかよ。
「そういえば、あの旧校舎の幽霊たちはどうなったんだろう。その内人間に生まれ変わるのかなあ」
「ああなっちゃうとどうだろう」
加害者被害者入り混じった犠牲者水は、あの後何処へ流れていったのだろうか。人々の勝手で殺された彼らは、何処かへ行けたのだろうか。
地下の水源に戻り淀んだままなのか、それとも雨に紛れて街へと解き放たれたのか。行方知れずのままである。
幽霊の混合液を分離させるには、果たして何が必要なのか。幾らか成仏してればいいが、ミトラスも渋い顔をしてる。とかくこの世は世知辛い。
「死んだら魔物に生まれ変わりたいとこだけど、何かいい手はないかねえ」
「残念だけど君は死なないよ。僕が一生死なせないから」
そういえばそうだった。最近は年取らないと怪しまれるから、肉体のピークまでは成長するようにしてもらったけど、俺は不老不死の呪いをかけられていたんだった。死んだことないからその辺を忘れがちになる。
「そうか、ちょっと惜しいなあ」
「え、あのちょっと、サチウス?」
さっきまでの微笑みが消えて狼狽えるミトラス。こちらに何かを訴えかけるような視線を送ってきている。
「なに?」
「あの、えと、その、僕今かっこつけたつもり、なんだけど」
「知ってるよ」
なんだかんだ数年の付き合いだから、それくらいは分かる。でも敢えて流した。彼は顔を赤らめて頬を膨らませた。
「けどそんなことしなくたって、お前はちゃんと可愛いしかっこいいよ」
「僕はかっこいいだけでいいんだよ!」
それは無理じゃないかな。きっとこれから何年経っても、お前から可愛いところは無くならないと思う。毎日の眼福だもの。
「俺はどっちのミトラスも好きなんだから、いなくなられたら嫌だよ」
「え」
「これからもよろしくな」
俺がそう言うと、彼は増々顔を赤くして俯いてしまった。そのこれからが、いったいどれだけ続いてくれるのか、本当に一生続くのか。一生が何時まで続くのか。
それは分からないけど、俺たちの時間はまだ過去にはなってない。死んだら行き場が分からず決められないというのなら、今は生きてるだけで十分だ。天国も地獄も、二人にはまだ必要ない。
俺はお茶を一口して、しばらくの間赤くなったミトラスをからかって、時間を過ごした。今日の夜は、まだまだこれからだ。
<了>
これにてこの章は終了となります。
ここまで読んで下さった方々、ありがとうございました。
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文章と行間を修正しました。




