・祥子が絶対に受け付けないタイプ
・祥子が絶対に受け付けないタイプ
翌日。自分の弁当を自分で用意して、自分とミトラスの分の朝食も俺が用意する。何故って当番制だから。今晩の夕ご飯もだ。その代り明日の分はミトラスが作る。
他にも異世界から持ってきた、死人を加工した怪しい錠剤を、一日一回一錠飲まないといけない。レベルの上限を開放するクリームも、風呂上りに体に塗りたくる必要がある。けっこうやること盛り沢山だ。
今日も出かける前に一粒飲む。これで四粒。一粒に人間一人分の栄養と経験値が詰まってるらしいけど、これで俺のレベルがもりもり上がるらしい。正直なところカニバリズムも甚だしいけど、それで我が身が助かるのなら本望だ。
お洒落に気を遣えるミミックがくれたヘアゴムで、髪を留めておくことも忘れない。これのおかげで全ての能力が上がるようになるらしい。
それがどのくらいなのかは実感は湧かないが、今は微々たるものにさえ縋りたい。
「昨日の麻婆豆腐の残りに、味噌汁に卵落として、米と、あとは野菜炒めと果物はバナナでいいな」
「あまり手を抜くともうやってあげないから注意してね」
朝っぱらから肝が冷える脅しをかけるんじゃないよ。レトルトか缶詰は一つしか使えないのが厳しいな。果物も皮を剥いたリンゴの一つも出さないといけない日がくるかも。夏はスイカだけで誤魔化すのがどこまで通じるだろう。
「そんなことよりもちゃんと守ってくれよな、それじゃ行ってきます」
「誤魔化すのもいいけど歯磨き忘れないでね」
完全のバレてる上に、生活習慣を一つすっぽかしていることまで指摘されてしまった。超恥い。
ともあれ洗面所に行って、食後の歯磨きをしてと。
「行ってきます!」
「いってらっしゃーい」
帰ったら色々なことを山ほどしてやるから覚えてろ。
さて学校だ。この部活紹介の日程を消化して仮入部を済ませ、仮入部期間が終了すると正式な入部となる。のだが。
――いる。
北先輩が、じゃない。明らかに異物が『いる』。
一応俺としては何食わぬ顔をしているつもりで、昨日と同じく愛同研総合部に来てみたものの、昨日はいなかった、いや、たぶん元からいなかったであろう人物が、北先輩のいた席に座っていた。
他の部員は今日に限って二人しかいない。
先輩の席に座っているのは、地域にそぐわない美少女だった。
一人だけ周りと異なるブレザーの制服、亜麻色のショートヘアで、毛先が少しカールしている。そして肉感的な唇。
吐き気を催すゆるふわ感。『ゆ』と『わ』で文字のサイズとフォントが変わってそうな感じの生き物。十人中十人がほぼ同じ性格をしている怪生物。これと接触しないといけないのか。嫌だなあ。
「すいません、愛同研総合部ってここでしょうか」
意を決して話しかけて見ると、その女は椅子に座ったまま、こちらを見上げて返事をした。
「は~い。見学の方ですね。ゆっくり見てってください~」
男に人気が出そうなふわふわにこにこ。吐き気がする。私は性根が腐ってますと白状するかのような態度。北先輩はちゃんと起立して、最低限の案内はしてくれたぞ。
「あの、北先輩って今日は来てませんか」
「北? ……誰だったかしらぁ」
「この漫画を描いた人なんですが」
タイトル名は『鏖撒殲機大ヒューマン(だいひゅーまん)』。
なんつータイトルだと思うが、中身は更にトンデモで、気合いや根性で動くロボットが、レイシズムや人種差別を全方位に向けつつ、人類を滅ぼすという内容だ。
『巨人』と『死ね人類』の要らないダブルミーニングの光る、読む人によって好き嫌いが分かれる作品だ。あと背景が結構下手。
でも思うさま街を破壊し、人々を蹂躙する光景は勢いがあるし、派手ながら鬱グロはほぼないから読んでて気持ちがいい。取り分け人間が悪役だから、気兼ねなく読めるので個人的には好きだ。
「ご存知ありませんか」
座ったままの相手の元まで行って、昨日渡されたそれを見せる。先に話していた部員たちが、そそくさと去っていく。
何故かといえば、オタクは目の前で他人が話し始めると、話し終わるまでその場で待つということができないのだ。
所在の消失に耐えられないから、そのことを認識せずに済むよう席を立つのである。そんなことは今はどうでもいい。
「……ああ、この人。あなた、この人の何なの」
「何の用かとは聞かないんだな。先輩をどうした」
目の前のゆるふわ系が、にやけ面を崩さないままこちらを見る。値踏みでもするかのように、こちらを上から下まで眺めるので、唾の一つでも吐きかけてやりたくなる。
「お前こそ何なんだ。自分から名乗るのが筋だろ」
にこにこと言っても満面の笑顔ではない。はぐらかすような笑みだった。そしてその為の微細な曲線が、表情から消え落ちる。
平坦な顔。友達とやらとの話が終わって、バスを降りるときの女の顔。一番醜い雌の貌。
「お前が誰で、俺たちに何の用があるんだ。順序としてはこうだろ」
自分と同じくらいまで、他人の程度を貶めることが好きそうな面が、反発を受けた途端、不愉快そうに眉をしかめて舌打ちをした。
この年頃の増長慢は、自分が軽蔑している人間と同じくらい下らなく、自分を棚上げしているものなので、会話に持ち込まれることを極端に嫌う。
言ってしまえば会話とは、意思表示をし、また受け答えをされるということで、責任が生じるからだ。
自分の好き嫌い、主張といった自分らしきものを尋ねられることに、強いストレスを感じるのだ。少なくとも、俺の世界の同年代ってやつは。
何を考えているか分からない奴を、嫌いだなんて嘘ばっかりだ。そんなものは言い訳も甚だしい。
逆にスタンスを明示されて、なあなあでいられないほうが、居心地が悪いのが日本人である。身も蓋もない言い方をすれば、何も考えずにいられて尚且つイエスマンである相手以外は全員気に入らないってことだ。こうして書くとけっこう邪悪だ。
「携帯出して、そこでSNSで話すから」
「うちは貧乏だから持ってねえ。話すなら口で喋ってくれ」
不機嫌そうな顔が一瞬優越感に歪む。分かり易い性格してんな。いや、人間は皆こうか。たったこれだけのことでもう気を取り直している。ポジティブなのかネガティブなのか。
「そ、じゃしょうがない。ここで話しましょう。幸いこんな場所だから、聞かれたってせいぜいネタの打ち合わせくらいにしか思われないわ」
依然として座ったままの状態で足を組むと、ゆるふわは高圧的な態度を崩さないままに告げた。そう、高圧的だ。造られたゆるふわの根底にあるのは傲慢だ。
「それで? 何を話せばいいかしら」
「所属と名前と目的、言って恥ずかしくないなら年齢。それと北先輩をどうした」
改めて問い質す。すると目の前の女はようやく椅子から立ち上がり、自信に満ちた様子でこう言った。
「南。南号。年齢は正真正銘十七歳。あの娘にはまだ何もしてない。お話を伺ってちょっと身柄を押さえてるだけ。それと、所属と目的だったわね」
なんだか犬死しそうな名前だな。それはともかく南はそこまで言うと、一度息を大きく吸って、背筋を伸ばし、それなりに豊かな胸を張った。さっきまでは打って変わって存在感が露わになる。心なしか輪郭がはっきりしたような。
「時の流れを自由と正義の名の元に治める『時空アメリカ警察嘱託公安部』所属。この歴史改変の調査のためにやって来た。それが私、南号!」
外国人なら容赦はいらねえな。とりあえず俺は目の前の敵に殴り掛かることにした。
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文章と行間を修正しました。