・どこから来るのか
今回長めです。
・どこから来るのか
「なんだか凄い人でしたね」
「助けに来てくれるんですか」
二人が呆気に取られたように呟く。
「一人はチャラいけど俺より優秀で、もう一人は頭のネジが飛んでる」
「少年漫画だとその説明に、頼もしさを感じられるんですけど」
恭介が困ったような声を出す。それぞれ不安要素があるといえばあるので、仕方ないけど。
「さ、校門まで送ってやるからお前らは帰れ。三人でいれば、駅までは何とかなるだろ」
ミトラスもいることだし、俺一人残るよりは危険は少ない。俺の保護者が批難するような目を、こちらに向けるが、彼が何かを言うよりも早く、小学生たちは声を挙げた。
「いや、ここまで来て、背の高い人から離れるほうが怖いし」
「二度とここには来ません。だから最後まで行っちゃいましょう!」
恭介と西ちゃん、懐中電灯の灯りに照らされた二人の顔は、緊張しながらも笑っていた。ミトラスのほうを振り向くと、彼も嬉しそうに鼻をかいた。
「しょうがないなあ。最後まで付き合ったげる!」
パーティ解散には至らなかった。一人のほうが気楽だったけど、その分心細くは無い。
内心で、いや、正直隠しようも無く、俺はほっとしていた。
「馬鹿だなお前ら、でもありがとう」
土砂降りの雨に包まれた旧校舎。ほぼ完全に真っ暗になった建物の中で、先ほどまで光が灯っていた携帯電話は、お礼の言葉と共に折り畳まれて、沈黙した。
それを持ち主である恭介と西ちゃんに返す。
それを皮切りに、二人には見えていないようだが、現在あちこちから、幽霊が出現し始めている。
土方のような作業服の者や、みすぼらしいシャツとズボンの浮浪者、背広を着ている者や学生もいる。
ここの生徒と職員だろうか。
輪郭がぼやけて、雰囲気だけがそこにあるような、そんな共通点がある。
ミトラス曰く、より姿がはっきり見えるのは、相手の霊か自分のどちらかが、強力な力の持ち主である、場合なのだという。
「念のため聞いておくけどお前ら幽霊見えない系?」
俺が強くなったんだと思いたい。
こちらに寄って来る者は明らかに悪意があり、ここに来てずーっと持ってる石の棒(魔法剣)を向けると、恨めしそうに道を明ける。一方で何人かはこちらを誘導してくる。
あの場所へ行け。この先だとばかりに。
罠じゃないかとも思うけど、全員が体育館のほうを指差していること、窓から外を見れば地面からは白い手が突き出ており、体育館に近付くにつれて手の数が増えていっていることから、何かがあるんだろう。
「え、お姉さんは幽霊見えるんですか!?」
「僕も見えます」
「臼居君連れて来といて良かったー!」
俺と俺の師匠ポジションであるミトラスには、当然だが見えている。小学生二人は見えない。
完全にミトラスを盾役としか思ってない西ちゃんはさておいて、恭介も見えないのか。
狐目で理屈っぽいとか、絶対こっち側の人間だと思うんだけどなあ。
しかしながら彼は彼で思う所があるようで、首を傾げておかしいな、と呟いた。
「幽霊というのは、少なくとも地縛霊というのは科学的に解明されているはずです。目に見えるということはないはずですが、いえ、可視化はできそうですが」
「え、マジで。じゃあ俺が見てるのは幻覚か」
「いえ、映像を思い出すということがあるでしょう。見た覚えのないものを現在に思い出している、というようなもので」
恭介は腕を組んで下を向くと、何やら思い出しながら自説を展開していく。とはいえ立ち話も何なので、下駄箱への道すがらではあるが。
「何かのサイトで見ましたが、幽霊、霊魂というのは量子の類だそうです」
何かのサイトか。昔は何かの本で読んだというのが流行ったらしい。出典不明の謎知識。
「人間の脳には大気中にある量子を集めて捕える働きがあるそうで、これが霊魂だと言われていて、牢屋である脳の影響によって、人格が規定されていくのだそうです。ただし死後に大気中に脳内の量子が再度放出されても、人格という像は焼き付いたまま。これが幽霊の正体なんだとか」
俺は雨合羽を着込み、彼らの荷物を預かると、体育館までの道を歩いた。途中で出現した手に足を掴まれるが石の棒で払う。
少年たちはダッシュで向かっていった。
勿論びしょ濡れ。
「ぜえぜえ、そ、それで、その場に残留し続ける量子が地縛霊、流動するものが一般的な幽霊ということです」
息を切らせながらも説明を絶やさない恭介。
この際だ。探索の間中喋らせておこう。
台詞が途絶えたら何かあったということだ。まるで炭鉱夫とカナリアである。
「前世の記憶というのは、生前の脳の情報を保有している量子を、また別の誰かの脳が捉えた結果であり、天国も地獄も、死亡時に放出された量子が、何処かへ飛んでいったときに見た光景のことなんだとか。脳がそうするのか、それとも量子の性質なのかは分からないけど、それは全て確立として、起こることなんだそうですよ」
「天国行きも地獄行きも確立かよ。運命論者が聞いたら怒りそうだな」
「運命ですか、或いは初めから決まってるのかも知れません。そういう脳と量子の組み合わせが」
「その確立を必ず引けるってんなら、それは確かに運命かもね」
体育館の鍵を使い、中に入ればがらんどう。
何もない。何も。
講堂としての役割があったのか段差があり、壇の下には本来パイプ椅子をしまっておく、大きな引き出しがあるだけだった。
「実を言うと、この量子の話は時間移動、お姉さんのいう未来人の話にも、かかってきます」
「ほう」
「生まれ変わりというのが、脳の量子が次の収容先に収まることだとするなら、このことから時間移動のできる人間と、できない人間とに分かれることが、示唆されます」
「どうして?」
体育倉庫。中にはボロボロになり黴も生えたマット数枚が、そのまま放置されている。玉も棒もありはしない。撤去されてるとこんなに安全なんだな。
無いはずの物があっても良さそうなのに、そういうのも出ない。いやいいけどさ。
「未来にはかつて自分だった量子がある。これが自分の脳の中にある量子に、影響するんだ。自分の量子を持っている人の脳波を、感知できてしまえばどうなるか分からない。そこから量子が融和か侵食し、意識が分裂したり、或いはお互いの人格が同じになったり、摩り替わったりするかも知れない」
「片方の脳に捕えられた量子が飛び出せば、その人の霊魂は失われてしまうことになるね。それでどうなるのかは知らないけど」
「そうなるのを防ぐために、自分の量子が近くにあるうちは、時間移動はできないんだよ。近くっていうのは場所と時間、両方の意味でね」
昔は何でもかんでもプラズマで片付けるプラズマ説があったけど、今は量子説なんだな。
どうでもいいわ。
手がかりはここで途絶えた。
体育館の周辺に生えていた手はここには無く、周辺をうろつく霊も、ここには入って来ない。
現在午後五時半を過ぎた。真っ暗だ。
懐中電灯の灯りだけでは、調べ物が進まない。
「行く先で自分の命が失われいてるか、すごく遠くに行ってないと、未来にいけないのね」
「そういうこと」
「なんだか生まれ変わりと大差がないような」
「そういうことだね」
自分が未来へタイムトラベルするには、自分がとっくに死んで久しいくらい、先じゃないといかんのか。現代は不便だな。
「でもそれじゃあ、未来人が過去に来られるのはどうして」
「同じ理由だよ。見方を変えれば、生きている人は皆いつかの生まれ変わりなんだ」
「自分の霊魂が存在しない時代なら降りて来られるってことだね、でも待てよ、変だ」
場所が地下なのはたぶん間違いない。問題は入り口が何処にもないってことだ。霊たちが知っている手がかりはここまで。考えろ。
地面から手が生える。地下で死んでるってことだろきっと。
皆がこの体育館を指差す。ここに来たってことだ。でもここには地下への入り口は無い。
ここで死んで、その後連れて行かれたとしたら。
もしかして、霊たち自身は知らないんじゃないか。自分の末期を。
「それだと、量子は何時無くなるんだい。幽霊としてここにあるのなら、それはずっと地続きで、未来まで残っているんじゃないのかな」
「いい質問だね。実は大気中に放出されるって言ったけど、あれは正確じゃないんだ。重力に引かれて地下に落ちるとも、宇宙まで飛んでいくとも言われているのさ。この辺はもう話が飛躍しすぎて、追うのは止めたんだけど」
「そこは最後まで追っておきなさいよ!」
雨風が飛び交い荒れ狂う外。
こことは反対方向にある駐輪場、と車庫。
目を凝らして見れば、いる。誰かが。暗がりの中で他の霊たちと異なり、黒い靄のような人影が、こちらを見ている。
「とにかく、他の量子と混ざっちゃったり、他の量子の干渉を受けて霧散したりと、かなり不安定なんだ。だから生まれ変わりというよりは、以前の霊魂が少し混じって、残ってるだけとかそんな感じなんじゃないかな」
「逆に綺麗な状態で、近くに保たれているもののほうが稀、ということだね」
「そういうこと」
「しっ。静かに」
それまでずっとお喋りしていた三人を静止すると、俺は体育館の外を指差した。風向きのおかげでこちら側に、それほど雨は入り込んでこない。
それでも地面に落ちて弾けた飛沫は、容赦なく足元を汚していく。
「あそこに行く。濡れるけど我慢してくれ」
「あそこって車庫みたいですけど、ひょっとして何かあるんですか、ひゃっ!」
西ちゃんがそう尋ねると、答えとばかりに雷が近くに落ちた。空が光り、遅れて轟音。一瞬だけ閃く景色の中に、黒い人影が浮かび上がる。
さっきまでいた老人の姿だ。
「あのお爺さんって、さっきの……」
数度立て続けに落ちる雷。手招きする爺さんの影がコマ送りのように動く。
それはやがて車庫の中へと消えて、辺りにはまた、闇の気配と嵐の音が戻ってくる。
「行こう」
如何にかそれだけを言うと、俺たちは先代の校長たちが使っていたはずの、車庫に向かって歩き出した。
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文章と行間を修正しました。




