・夕方から未明にかけて
・夕方から未明にかけて
そして向かえた登校日。これより後十日もしたら、夏休みも終わりだ。
風が強く、雲の流れがいやに早い今日。真夏日だというのに、吹く風が少し冷たく、湿り気を帯びている。そんな天気に之幸いと、窓を全開にするのは、我らが愛同研の部室である。
「先輩、今日のやつ止めときませんか」
「え、なんで」
「今日夜から台風らしいっすよ」
俺は季節が変わっても、何も変わらない先輩に、朝の天気予報のことを伝えた。正直宿題がギリギリなので、肝試しをキャンセルして、少しでも進めたいところである。
「マジで!? ラッキーじゃん!」
しかし逆効果だった。
「え、なんで」
「台風の日に肝試しなんて中々できないよ! 絶対出るって! 超レアだよ」
多方面から見て、そんな馬鹿なことをする奴はまずおらんからな。お前の発想のが超レアだよ。
「あの、先輩。現実問題、映画のシーンみたいなことにはならず、台風の中継みたいなことにしか、ならんと思いますよ。『これはすごい風です!』しか感想が出てこないような」
しかしながら先輩は、勝ち誇ったような顔をして、眼鏡の端を指先で持ち上げた。この人のこういう態度は、作っていることが最近分かってきた。
それと同時に、作り物はあくまでも態度だけであり、思うところは紛れもなく、本心だってことも、分かってきた。
「大丈夫! 屋内だから、そんなしんどいことにはならないって!」
「いやでもやっぱりよく考えると、危ないと思うんですよ」
そうか行き先は屋内なのか。場所を聞いても嬉しそうに隠してたから、ずっと不安だったけど、少なくとも台風の日に、野外ということは無いのか。そこだけは安心だ。そこだけは。
「屋内でもホームレスとかいたらどうすんすか。刺激しちゃって襲われたら、先輩を守りきれる保証はありませんよ」
率直な意見を言う。有事の際にお前は足手まといだと。だから止めてくれと。すると先輩は何時に無く真剣な顔になると、毅然として怒りを顕にした。
「守るって何? 私はサチコに守られなきゃいけない存在なの? 答えてサチコ。私はあんたの何だよ。仲間じゃないのかい!」
…………。
「先輩、今ソレ咄嗟に言えるって思ったでしょ」
「ごめんなさい。思いました」
まったくジュヴナイル耀う発言をしよってからに。せめて高校三年生になってから言いなさい。
「もうちょっとシリアスな場面で言って欲しかったな」
「申し訳ない。欲が出ました」
「それで、結局やるんすか」
「やるよ。サチコが来なくてもやるよ。だからサチコも参加するなら、自己責任でね」
この人はそんなとこばっかり、しっかりしてるんだよな。その癖に一緒に参加すると、頼ってくるから性質が悪い。
俺もこの数日間、ミトラスと共にレベル上げをしたけれど、果たしてどこまで通用するか。本音を言うと霊視を封印したい。見え過ぎちゃって困っちゃう。でもポイント勿体ないし。
「分かったよ。分かりましたよ、これで先輩の頭にたかっちゃったら、寝覚め悪いし」
「ようしそれでこそサチコだ。他の部員たちは腰抜けで、一人しか参加しなかったから、正直心配だったんだけど、杞憂だったね」
勢い込んで先輩が告げる。本当に嬉しそうだ。そして誰だよもう一人。海さんは別の高校で、今は祖父母の故郷に帰省中だから違う。そもそもうちの高校、未だに登校日があるのがね。
まあ、この面子で消去法やったら、出てくる奴は一人しかいないけど。
「心配はいらないわ。普通の人間相手なら、私に任せなさい」
「来た! 来月から私の同期!」
「いらんよそういう説明」
出番を待っていたのか、南がドアを開けて入ってくる。その姿はいつもの制服姿ではなく、学校支給のスポーツ用品、防具の類でガチガチに身を固めた、不審者のソレ。
「何その格好」
「見ての通りよ」
ヘルメットの奥から聞こえる声。見て分かんねえから聞いてんだけどなあ。
「衣装部から借りてきたこのPEアーマー。暑いけどエアガンくらいなら、大分耐えるわ」
Physical Educationか。直訳すると体育の鎧。衣装部が今年の学際に向けて発表する『こんなに丈夫なスポーツ用品』の展示物の中の目玉。
ややぶかぶか。ダサい。
服が薄くなった柔道着だが、マジックテープで縫い付けられて、帯要らずとなっている。足は体育館用の運動靴、外ならスパイク。外のほうが攻撃力は高くなる。
その上にフットボール部の防具を装備する。体中をパッドで覆われて、軽防具で固められている。
「全身隈なくって感じだな」
「所々ホッケー用の防具と入れ替えてあるんだ。そっちのが面積広かったりして」
うちにはホッケー部なんかなかったはずだが。他のスポーツ用品店から、仕入れて来たんだろうか。
あったとしても、こんな立派な防具は、大学の部活でも用意はされないだろう。店売りの商品と、部活での使用実態が、乖離しているように思えるが、余計なことは言わんとこ。
「肘から先は野球のパッドですが」
「他とあまり大差ないんだけど、それが投げられた物に対して、一番効果があったみたい」
あいつはどれだけ投石を恐れてるんだ。
この状態で更に上には、剣道の防具が装着される。無理だろと思ったが、良く見ると南の腹回りは、まだまだスッキリしてる。装着出来た。これ位置的には腰防具だな。そして最後に。
「ビート版背負ってるけど、いいのか」
「下に水着も着てるわ」
「要る? その報告」
心許ない背中の補強に、水泳のビート版を背負う。紐の結びは非常に簡略化してフック式。手は篭手ではなくグローブ。篭手だと銃の引き金が引けないからだそうな。
「夜中にコレ着た奴と出くわすほうがよっぽど怖えな」
「柔道着に学ランの襟を縫い付けて、カラーを付けるべきね。選りにも選って首だけ脆いわこれ。あと全身がこんもりしてて、ちょっと気持ち悪い。お尻のパッドもなんか」
着心地はともかく、外見上はそこまで着膨れてないのが意外。素手の殴り合いなら、かなり頼もしい結果を出すことだろう。
「これに私らが上げた銃と盾があれば、生きた人間くらいどうってことないよ」
「安心して任せて頂戴」
誰に対してか勝ち誇る先輩。彼女が拵えたものではないのに、とても誇らしげだ。南も完全に乗り気である。例の猟銃も持ってくるのか。よし。諦めよう。色々と。
「それで、今日の肝試しって、いったいどこに行くんすか」
「そういえば私もまだ聞いてなかったわね。勿体ぶって全然教えてくれないし」
雨天決行で屋内だから、恐らく廃墟か買い手の付かない事故物件か。もしかしたら廃駅かもしれない。手に負えない相手が、出なければいいのだが。
「よーし。それじゃあ教えよう。今日私たちが挑む怪奇スポット。その場所は!」
どうでもいいけどこの人の、自分の思いつきが絶対みたいなノリ嫌いだなー。
「米神高等学校旧校舎!」
わー定番。ん、待てよ。
「あれ、この学校ていうかこの辺に、そんなメジャーな場所ありましたっけ」
「いい質問だよサチコ。ない!」
はっきり言うなこのコケシ野郎。ありもしない場所に行かすとか、ドッキリでもなければ深刻な心霊事件だ。ほら見ろ外の雲行きも、怪しくなってきちゃったじゃないか。
「元の世界でも、旧校舎なんてものは殆どなかったからね。あれば転校生並に話題に上るよ」
「じゃあ、こっちの歴史になってから、新たに登場した場所っていうことね」
「戦時中のあれこれがないから焼けなかったんだな」
俺たちからしてみれば、怪奇というよりミステリーだな。確かにこれはこれで面白そうだ。
旧校舎だけど俺たちにとっては新しい。
「はい。これがそのアクセス。今日の夜に現地集合ね」
『はーい』
先輩が制服のポケットから、小さく折り畳まれたプリントを取り出し、俺たちに手渡した。広げるとネットで検索できそうな地図と、プリントの下のほうに、手書きで電車の乗り降りが記載してある。
肝試しかあ。ミトラスとの訓練から俺には、この学校の幽霊も今やはっきりと見えてしまってるんだけど、それは言わないほうがいいんだろうな。
「じゃ、また後でね!」
そして先輩は一足先に帰って行った。部室の時計を見れば、そろそろ二時を回る。俺たちも荷物の準備をしなくては。
「俺らも帰るか。そういや南」
「何? 来月から後輩ちゃん」
「お前仕事辞めた訳だけど、それってこの世界が、晴れて放免になったってことでいいのか」
南は最早俺たちみたいな、前の世界の記憶持ちを調べたり、報告したりする理由はない。だから放っておいてもらえるのではないか、そんな淡い期待が、俺の中にはあるのだが。
「そんな訳ないじゃない。私一人が仕事辞めただけなんだし、本社もまだあるんだから、誰かが何処かで、元の歴史に戻すべく暗躍してるはずよ」
やっぱりそんな旨い話はないか。てことはその内、こいつの後任が俺たちの前に、現れたりするんだろうか。
「それよりレインコートを用意したほうがいいわよ。台風になるから傘は役に立たないわ」
「お前楽しそうだな。俺は今から気が重いよ」
放っといたら、お前らが帰ってこないような気がして。
「あら、サチコって案外こういうのダメなの。けっこう可愛いところあるのね」
そんな可愛い理由じゃないんだよこっちは。この幽霊みたいな奴らが集まる部室の中に、既に幽霊がいることを、お前は知らないからそんなこと言えるんだ。
「とにかく賽は投げられたんだから、この際楽しみましょう」
「そうだな。楽しくなるといいな」
先に行って安全を確保しておこう。南と先輩が着く前に。これは実質ソロだ。群魔で四天王とパーティを組んでもらっていたときとは、比べようもない。
「じゃ、また後で」
不審者の格好で、部室を出ていく南の背を見送ると、自然と大きな溜め息が口から漏れた。ああ、平和だった異世界に帰りたい。
もう何度目か分からないホームシックが、俺を襲った。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




