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・修行荒業

・修行荒業


 襲い来る白刃を石の剣で受け止め、炎を宿した拳で、白骨と化した顔面を打ち抜く。頭部が何処かへと飛んでいくが、すぐまた戻ってくるだろう。


 石剣に食い込んだ刀に、果たして実体があるのか。俺を斬らんとする力は、未だ衰えていない。倒せていない。しかしそれを気にする間もなく、足を何かに引っ張られる。


「うわっこんの!」


 分かっている。この戦いが始まってからずっと、川の中に潜んでいる者が、俺を引きずり込もうとしていたからだ。


「離せってえの!」


 全力で踏ん張ってこれを耐える。水の中の重さと流れと泥濘が、今にも足を滑らせようとしてくるが、堪えるしかない。


「光よ!」


 炎を灯した手を、水面に翳し小さく吠えると、澄んだ川に蟠る、怪異の中心から光が生まれた。突如現れた輝きにより、内側から破裂させられたソレは、何事かを叫ぶと、再び水の一部へと溶け消えた。


 よし。霊が相手なら遺憾なく魔法を使えるな。最近のお気に入りは、この地属性魔法剣だ。炎だったら炎の剣、水だったら水の剣というふうに、ファンタジーお約束の必殺剣。


 地属性だと土じゃなくて石。物理的な攻撃力がありながら、霊にも攻撃できて、尚且つこれ自体に更なる強化を加えられる、地味に優れものである。


 あと咄嗟に手の中に石を握りこんで、拳の威力を上げることも可能だ。目立たないからシティアドベンチャーでもお役立ち。


「次はお前だ! 般若心経をくらえ!」


 石剣から刀が抜けなくなった、落ち武者の手首を掴んで、予め暗器しておいた般若心経を唱える。この世界でも仏教は存在している。仮に存在してなかったら、別の宗教のお経を覚えたことだろう。


「菩堤薩婆訶般若心経クソッタレ馬鹿野郎!」


 途中で相手の力が抜けてきたのが分かったので、空いているほうの手に、もう一本石の剣を作り出す。


 お経を唱え終わるのと同時に、ありったけの怒りと軽蔑と、くたばれという想いを込めてぶっ叩く。


 繰り返すこと約三十回。目の前のお化けは束の間の安らぎを奪われ、一層強い呪詛の念をこちらに向けてくるが、構わずに何度も何度も打ち据える。相手の苦しみや怨みが伝わってくるが、断固とした意思によりこれを打つ。


 こっちは異世界で、お経がアンデッドに有効なのは把握してんだ。しかも襲ってくるとなれば、容赦も覚りも必要ない。お前はここで、救われないまま消えていけ。


 ーーオ、オォァァァ……!


 骨が鎧と共に身にまとっていた、気持ちの悪い何もかもが、木端微塵になった辺りで、俺は攻撃を止めた。勝ったのだ。一時的にとはいえ。息が完全に上がっていたが、残ってるのは俺だ。ざまあ見ろ。


「ぜえ、はぁっ、げほっ、おえ! ふう、もう二度とやらんぞ」


「おめでとうサチウス! すごいじゃないか、どっちもやっつけちゃったよ!」


 手近な川岸に座り込むと、どこに隠れていたのか、猫魔王ミトラスがすぐ傍に現れ、喝采を上げる。今はあの顔がすこぶる憎たらしい。


「そうか。まだ続きがあるような、気がしてならねえが」


「そうだね。怨霊は怨霊でいた時間が長いと、地縛霊になって再生するようになるからね」

「やっぱり復活すんのか」


 息を整えながら川の水で顔を洗う。さっき水中にいた奴はいない。引き上げたのか。周囲に立ち込めていた異様な静けさ、どこか偽者臭い世界は、消滅していた。


「そうだね。でも被害が出ない間は、その分だけ野晒しで風化していくから、弱体化もする。慣れれば練習相手には丁度いいんだよ。少なくとも街中の霊を相手にするよりは、ずっと」


 ミトラスの言葉に俺は頭を振った。どうしてこんなことになったのか。それというのも俺が、先輩と肝試しに行くことになったからだ。


 正確には、俺の霊的なものに対する視力が、戻ってきたせいなのだが。


 そう。異世界でゴーストが見えていたにも関わらず、元の世界で見えなくなっていたのは何故か。それは周りの霊が強すぎるので、干渉し合わないよう、無意識の内に感知しなくしていたらしいのだ。


 しかしその事実を知ってしまったので、その内また見えるようになるだろうとのこと。そうなったら日常生活の中でも、幽霊とエンカウントしてしまう。それなのに街の幽霊は、異常に強いのだと彼は言うのである。


 止むを得ず俺はミトラスの転移魔法によって、県内の何処とも知れぬ山河に、短期集中で修行に挑むことになったのである。


 そしてその内容というのが。


「だからってよ、何も実際に幽霊と戦わせなくたっていいじゃねえかよ。それもあんな凶暴な奴。落ち武者と、あれは何だ、あの得体の知れない奴」


「あれはレギオンの一種です。核となる怨霊に取り殺され、魂までも奪われ囚われた哀れな魂たち」


 実戦でのレベリングだった。異世界では平和に暮らせてたのに、現代では鍛えないといけないのは、どういうことだよ。


 まだ日も高いというのに周囲には森があり、人の気配が不自然なほどに無い。地元の人が近寄らない類の場所だということは分かる。


「死ぬかと思ったぜ」


 ミトラスはどう隠れたのか、俺一人の状態でここをうろついていたところ、森の中で先ほどの落ち武者と出くわした。


 当然逃げたが川まで追ってきた、日の光もなんのその、挙句もう一体加わって、俺を引きずり込もうとしたので、開戦となったのである。


 この一件で完全に見えるようになっちゃった。再びゴースト系が、見えるようになってしまいました。嬉しくない。


「安心しなさい。ああいうのは一度倒せば、魂の幾らかを吸収できているものです。次に戦うときは、もう少し楽になっていることでしょう。それにね、思いっ切り暴れるのって、気持ち良かったんじゃない」


 言われてみれば確かに。達成感にも似た心地よい疲労感がある。学校で人の物を隠したり、トイレに付いてくるような連中は、手加減をしないといけなかった。


 だが殺しに来る化け物と、全力でぶつかり合うことは、無事な今ならはっきり言える。俺の体はそれを喜んでいた。恐怖もあったけど。


「その登校日まで、後何日あるかは知らないけど、ここみたいな場所を転々として、どんどん戦っていくからね」


 そうして俺は魂、英語で言うとソウルを吸収し強くなるのか。肉体の強化の次は魂の強化か。いよいよファンタジーっぽくなってきたな。異世界にいた頃にやろうよ。


「聖職者になれるくらいやれば、街に戻ってもたぶん平気だと思う」

「坊さんに謝れ」


「いいかいサチウス。彼らは日々の修行の内に、少しずつ悪霊たちの力を、お経で削ぎ取り吸収しているんだよ。徳の高い僧侶ほど、多くの魂を吸収しているんだ。何もおかしいことはしてないんだ」


 マジかよ。道理でお祓いの料金が、宗派でまちまちだと思ったぜ。アレは悪霊をより沢山食ってる坊主の料金表だったんだな。


「それに君には先生がくれたお守りがある。滅多なことでは、滅多なことは起きないはずさ」


「これそういう効果だったのか」


 俺は首にかけてある紐を引っ張って、胸にしまっておいたウィルトのお守りを取り出した。破邪顕正の魔力が込められたという純和風のお守り。単純に破邪顕正なら分かるが、それの魔力というと途端に意味が分からなくなる。


「それは身に降りかかる様々な邪悪に負けないよう、持ち主を育てる力が込められているのです。主に意志と魔力を」


 守ってくれないのかよ。ていうかこれも成長補助アイテムだったのか。精神面を鍛えてくれるって、余計なお世話だよ。素直に守れよ。自分の身は自分で守れって? うるせえよ。


「登校日とやらまでの残りの日数。朝昼晩と一回ずつ戦闘して、きっちりレベルを上げ切りますよ」


「夏休みの宿題とバイトがある」

「大丈夫、お手間は取らせません」


「俺苦戦してたよな。思いっきり主人公ムーブしてたよな」


 丁寧な口調のミトラスに、精一杯の嫌味を言うが全く通じてくれない。


 この上バイトと宿題も、両立しないといけないのかよ。そりゃ確かに一時間も戦ってねえけど。そんな長時間切り結べるほど、体力も技量もないんだけど。


「三日もやれば街中で霊に襲われても大丈夫のはず」

「これまではどうしてたの」

「それは当然僕が守ってたんだよ」


 じゃあ今後もお前が守ってくれたらいいじゃないかよ。お前俺よりずっと強いだろ。


「ミトラスが何とかしてくれたらいいじゃないか」

「でも折角だから、サチウスにも強くなって欲しいよ」


 きっぱりと正面から言い切られてしまった。俺の言い分はもっともだけど、少しくらい自分で何とかしてくれというのも、またもっともだ。


 むしろ自衛の為に、少しくらい力を付けろという、彼の弁のほうに正当性がある。


 言われてよりどっちの言葉が『確かに』という感想を集めるかを考えると、俺ならミトラスの肩を持つ。く、どうやら本当にやるしかないみたいだ。


「くそ、夏休みだってのに忙しいままだな」

「社会人時代とあまり変わってないよね」


 こんなことなら、先輩の肝試しの誘いなんて、安請け合いするんじゃなかった。いや、それならまた後で、霊が見えたときに、同じことをするだけか。


「夏休みの間に済ませられて、良かったと思うべきだな」


 溜め息が出る。休憩が終われば、次の怪奇スポットに行かなければならない。


「安心して。サチウスでも倒せるやつのとこにしか、いかない予定だから」

「そりゃどうもありがとよ」


 また溜め息が出る。どうにもこの世界は、敵が多すぎる気がする。


「俺何やってんだろ」


 川のせせらぎを耳にしながら、自分が前の世界よりも、よっぽど冒険っぽいことをしていることと、自分がどうしてこの世界に戻って来たのかが、段々分からなくなってきていた。


 そんな事実を、頭の片隅へとそっと追いやる。


 とにかく訓練に専念しよう。俺は自分にそう言い聞かせると、物理的に重たい腰を上げた。登校日までもう時間がない。


「サチウスがんばって!」

「うるせー!」


 見上げた青空には夏雲が浮かび、忌々しいほど晴れやかだった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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