・今回のレベルアップはお休みです
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「はいコレ」
「何コレ」
ファンタジックな緑髪から見える猫耳が、ピッコピッコとよく動く。夕食の後、ミトラスが俺に、怪しげな木製の瓶を渡して来た。
先輩たちとコミケから帰った翌日たる今日、と言ってももう夜だけど、俺たちは恒例と化した、レベルアップ作業に臨んでいた。ちなみに先輩は二日目と三日目も出る模様。
「薬のおかわり」
人間サプリは飲み終えたから、成長点の増加も止まり、俺自身も後は三ヶ月とか、半年に一度でいいかというほど、育たなくなってしまったのだが。
そんな俺に対して、ミトラスが先ほどのブツを寄越したのである。
「え、材料なんてどっから持って来たの」
今や狐目猫口と、笑顔に見える動物的表情を浮かべた相方に尋ねると、彼は耳の裏をかいてから答えた。
「保健所、とその関連施設」
「ああ、そう」
「処分場にちょっとした呪いをかけて」
「いいよ皆まで言わなくて」
「焼いた動物たちの死骸が、その瓶に栄養剤として現れるようにしたの」
「いいっつってんだろこの野郎!」
つまりこれはアレか。人間の死骸を、そのまま加工すると問題になるから、合法的に殺される生き物たちを、ちょいと拝借したと。
「しかし量は少ないな」
木瓶の中には、白い錠剤がほんの数粒入っているだけだ。
「流石に人間一人分となるとね。一粒になるのにも、それなりの量が必要だよ。一日二粒くらい、その瓶に出れば多いほうかな」
レートは聞かないけど確かに多そうだな。
「他の街にも同じように呪いをかければ、量の不安は解消されるから、もう少し待っててね」
そんなことのために足を伸ばして頂かなくとも。いやいいけどさ。
……順番的にはこっちが先だよな。最初に人間食っちゃったから、この際もういいけど。犬や猫を食用として食べる文化もあるから、そこまで逸脱してないけど。
まあ、自分で殺して食う訳じゃないから、別にいいか。
「それはそうと、この前言ってたやつ、できるようにしておいたよ」
「この前って何だっけ」
「他の人のステータスも見たいって言ってたじゃない」
ああ、俺が味気ないから、比較対象が欲しいって言ってた奴か。そうかとうとう人と『あゆみ』を見比べるときが来たのか。
「そのリモコンの入力切替を押してみて」
「こうか、お、出た!」
さながらビデオ1、ビデオ2のように『サチコ』の下に『イツキ』『サケビ』『ウミ』の三つの項目が、追加されてるじゃあないか。
サケビって誰だ? あ、南のことか。
「じゃ早速見てみるか」
比較できるとはいえ、同時に複数のタブを開くとか、俺の情報を比較元として、登録ができる訳じゃないから、一々見直さないといけないのが、ちょっと面倒だな。そこまでいくと流石に贅沢だから、口に出して言わないけど。
「先ずは斎から」
最初に先輩。評価が高いとか低いとか強いとか弱いとか、ファジー極まるステータス画面において、燦然と輝くかしこさ。文字の横に伸びる棒の一本だけが端まで届いている。
相変わらず誰の何を規準にして言ってるのか謎だが、そこは聞いてもミトラスは教えてくれない。
一律『弱い』と『低い』から始まった俺のステータス。ここまで何度かパネルを取得して、自己を強化した結果、かしこさと素早さ以外は『高い』や『強い』になっている。
それに対して先輩はすごい。かしこさと器用さ以外は全部最低だ。でも器用さが俺の倍近くある。それどころか、かしこさだけ振り切れている。分かりやすい特化型。
漫画を描いたりゲームを自作したり、板金に手を出したりコスプレ衣装を製作したり、漫画の真似してピッキングを覚えたり、体力がないのにサバゲーやったり、留まるところを知らないサブカルへの情熱が、こんな形になっているとは。しかし。
「あれ、他の人の取得してあるパネルは見られないのか」
「その辺はプライバシーだからね。赤いパネルとか見ちゃいけないと思って」
それもそうか。冷静に考えると、公開されてもいない他人のステータスを、確認するというこの行為は、社会的に見れば犯罪寄りなんだな。良かったような残念なような。
「次はサケビ、南な」
逆にこっちは器用さが振り切れている。身体能力も全体的に高め。よく見なくてもハイレベル。あいつの日頃の態度は、やっぱり作ってるのかな。
「海さんは、普通に高いな」
特に体力面が優秀。たぶん男子高校生並に、あるんじゃなかろうか。ずっと家の手伝いを、し続けてきただけのことはある。
そしてやっぱりかしこさが俺より高い。何より人生で勝ってる。家庭は良好で、将来のことも考えて着々と努力している。
こうして見ると、人種を含めた強化をして、俺はやっと彼女たちに並べているのか。自分という人間が、如何に弱いかということが、認めたくないが良く分かる。強化の幅もすごいが、俺の初期値の低さもすごい。
「皆ちゃんと成長してるんだな」
「他には?」
「俺の頭と素早さの努力値を、上げていかないといけないかなと、思いました」
長所と短所がはっきりしてるんじゃなくて、特定の分野だけ穴になってる。そういう二線級のキャラみたいなことになってる。端的に言うと『○○でいいだろ』で済まされる能力値。
百歩譲って器用貧乏。あんまりやりたくないけど、知能のパネルを取らないといかんか。脳がどうとか言ってるから、正直やりたくないんだけど。
「素早さは、単純に走りこめばいいのか」
「そうだね。ダイエットにもなるしいいんじゃない」
甘いな。俺は現在67キロ。あれからまたちょっと減ったんだ。着々と減らしてるんだよミトラスくん。
「でもまあ、あれこれやった割りに、そこまで大したことになってなくて、ちょっと落ち込む」
「さらっと流さないでよ。まあ、現時点ではそうだね。他の子が一般層と比べて、変わってるっていうのもあるけど」
それは確かにそうなんだけど。ここまでやって一般よりやや強いっていう、戦闘員めいた結果が出ると、悲しくなる。それだけ俺の、初期のマイナスが大きかったという、何よりの証拠である。
「これでも大分頑張ってると思うんだけどなあ」
「そうだね。でも思うようには、ならないものだよ」
「お前のレベルで言われると挫けそうになるよ」
取り立てて目標も無かったのが、不幸中の幸いか。これからはのんびりやろう。あくせくしたって始まらない体だということは、よーく分かってしまった。
「ここは一つ、能力的にも良い友人を持てて良かったと、割り切っておこう」
「そうそう。人を認めるのも知能の一つだよ」
「あーそう」
上司だった人が言うと説得力があるな。いや俺は何もミトラスを、見下してる訳じゃないんだ。頭にキテるときは、悪態の一環でそうすることはあるけど。
椅子に座りテーブルに頬杖突きながら、リモコンを捜査する。今見てるのは魔法のタブ。今度の予定に必要そうだから、取ろうと思ったものがある。あるのだが。
「あれ、ないな……」
「どうしたの。何がないの」
「いや、霊感とか霊視とか、そういうやつなんだけど」
交霊術や神通力の下りを見てるけど、どうもそれっぽいのがない。これはもしや特技枠なのだろうか。個人的な資質ということなのか。
一通りカーソルを移動したが、やはりない。魔法に特技にもない。一応知能と肉体の項目を見るが、それもない。
「そういや、異世界だとゴースト見えてたよな。なんでこっちに戻ってきたら、見えないんだろう。おかしいな」
「サチウス。それを取得して、いったい何をするつもりなの」
「何って肝試しだけど」
ミトラスが何故か焦ったように聞いてくる。別に隠すようなことでもないので、俺は先日の、先輩から持ちかけられた話をした。
「今度の学校に行く日にさ、みんなでやろうかって言われて。それなら取ってみようかと思ってな」
「止めたほうがいいと思うな、そういうことは」
「なんで。もしかしてここ家に婆ちゃんがいて、怒ってるとかそういうのか」
自分の家に孫が男を連れ込んだとあれば、それも無理のないことだけど、彼は小さく首を振って否定した。
「ここにはお年寄りの霊なんかいないよ。性質の悪いのならいたけど、それも追い出した」
追い出したのか。魔王の息子は格が違うな。でも、そっか。俺ん家、婆ちゃんいねえのか。ちょっと残念だな。
「異世界に行って、見えるようになったはずのものが、見えなくなっている理由は、たぶん、君自信が無意識のうちに、見ないようにしてるだけじゃないかな」
世界の壁があるとか、超常的な存在が何かをしたとかじゃなくてか。俺が目を背けていると。
「何の為に」
「安全のために」
安全。確かに幽霊が見えれば、心霊体験は増えそうだ。でもだからといって、そんな自分で封印するようなものだろうか。
「こう言ったら失礼だけど、君の世界、かなり性質が悪いよ……」
ミトラスが珍しく、厳しい口調でそういった。俺も思わず唾を飲む。真剣にこちらを見つめる彼から目を逸らし、再びテレビを見る。画面には『霊感』のパネルがあった。どうやら魔法のタブにあったのを、見落としてたみたいだ。
既に取得済みになっている。
「え、じゃあ、なに、これどうすればいいの。消したほうがいい」
「いや、遅かれ早かれまた身に付くはずだから、いっそ訓練したほうが、いいかも知れない」
「何故」
「この辺の霊は今の君の手に余るからだよ」
そんな訳で、俺は急遽対ゴースト用の訓練を、することになってしまったのだった。
俺の世界って暴力必要すぎない?
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




