・つつがなく
今回長めです
・つつがなく
7月31日。夏休みもこれからと、多くの学生がいよいよ調子に乗り始め、一部の学生は今日で夏休みを片付ける。
そんな日に俺たちは、朝から南のアパートに集まっていた。室内は既に荷物がまとめられ、小ざっぱりしてる。
学校帰りのついでじゃないから、がっつりお別れ会的なものをするつもりだった。のだが、何をすればいいのかほぼノープランで、とりあえずプレゼントを渡すことにした。
「ということで、先ずはこれらを受け取ってくれ。続きはそれから考えよう」
「あなたって本当どういう神経してるのよ……」
半ば諦めの入った様子で、南は俺たちからティーセット、珈琲詰め合わせ、先輩の描いた漫画『鏖撒殲機大ヒューマン(だいひゅーまん)』の今出ている時点までの全巻。
そして福引で当たり、ミトラスがエンチャントを施した、バトウ社製猟銃・金熊二千弐式と、皆で作った盾が贈られた。
「銃のオプションはすまんが自分で用意してくれ。それとこの盾。見た目は悪いけど、重さはそこそこ軽めだから、腕に括り付けて使ってくれ。銃との兼ね合いが良くないけど、そこは我慢してくれ。ティーセットは陶器だから割らないように気をつけてくれ。漫画は好みに合わなくても許してやってくれ。珈琲は消費期限までに飲んで、もしも飲みきれなかったら、ちゃんと捨てるんだぞ」
「注文多くない? これ私への贈り物よね」
「諸注意ということでどうか一つ」
悪びれない様子で両手を合わせ、頭を下げる先輩と、苦笑する海さん。南は渋々それらを受け取る。この中でプレゼントらしいのは、丁寧に梱包された海さんの物だけだ。
「ええと、ちょっと待ってねリアクションするから」
「それはわざわざ言わなくてもいいよ!」
海さんの明るい声が響く。うん、絵的に俺と先輩は、この空間に要らないな。ゆるふわ系の美少女と、褐色短髪の元気娘だ。うん、絵的に俺と先輩は、この空間に要らない!
「ティーセット。ありがとう、素敵ね。角砂糖入れまで付いてる。あんまり高いものじゃ、ないよね」
白地に水色の花の模様が入ったそれは、だいたい五千円くらいだそうだ。学生には決して安くない。奮発したけど高すぎない。そういう絶妙なライン。
南が値段を聞いたのは、あまり高価なものは受け取る訳にはいかないという、遠回しなお断りである。これが『ちゃんと金目の物だろうな』的な意味合いに聞こえるかどうかで、生まれと育ちの良し悪しがはっきりと分かれる。
「良かった。それなら心置きなく使えるわ。次に先輩の漫画ね。こんなに沢山ありがとうございます。それにしても斎先輩ってSF好きよねえ」
「自分の絵柄があるのに、わざわざ昔の漫画家のタッチを真似る辺り、相当だよな」
「私はその辺は全然分からないなあ。宇宙って何か楽しいのかしら」
頁を捲りながら、作品への感想を述べない点に、あるものを察した俺は、敢えてその先を引き継いだ。そして自分は興味が無いと、海さんがシャットアウトすることで、この話題を終了する。
これでオタク特有の、突然の長台詞も事前に締め出すことが、可能になるのだ。
「それでこの銃と盾なんだけど、アンバランスね」
「申し訳ない」
俺は素直に謝った。材料買った後に銃が来ちゃったから、銃の取り回しを考慮した盾の製作は、できなかった。いや、しなかったんだ。
「武器と防具のセットっていうのはいいけどね。片方しかないと更に微妙だし」
「そうだね」
本当は盾だけの予定であり、更に微妙になる予定だった。結果的には銃が来て良かったのか。
「でも家にあって困ることはないから、助かるわ。ありがとね」
そうして南の品評が終わると、俺たちは次の予定を考えることにした。現在午前11時。
「さて、この後どうする?」
「海でも行こうか?」
「女4人で?」
「それもどうかしら」
俺、先輩、海さん、南の順で発言。誰もが難色を示す。別に遊ぶのが嫌という訳ではない。
「行ったら行ったで楽しいとは思うけど……」
「男子一人もいないのよね」
「どうする? 青春しちゃう?」
「今から準備して行ったら、近場でも到着は2時くらいになってしまう」
海さん、南、先輩、俺の順で話す。突然の空白。『じゃあね』で解散するまでまだ早い。こんなことなら夕方に集まればとも思ったが、今度は逆に、それまでの時間はどうするということになる。ジレンマである。
「要は今日を楽しく過ごして南を送り出せたらいいんだよ」
「この辺には遊ぶ場所、映画館とかあるね」
「じゃあ適当にぶらついて時間潰すか」
「これ私のお別れ会なのよね?」
先輩、海さん、俺、南の順で発言。そんな訳で俺たちは街へと繰り出した。
待って揺られてほぼ15分。電車に乗って鴨宮へ。開通時期こそ異なるが、電車は概ね変わることなく、走り続けている。歴史変わっても人がいねえなあ。
そんなことよりも映画だ。駅から歩いて小時間。見たい映画なんて何もない、いや先輩の子ども用の特撮か、アニメ映画を見たいという意見を無視した結果、コメディかアクションを見ようということになった。
恋愛? 見ないよそんなの。面倒臭い。
アメリカもイギリスもないから、選ぶのは日本映画か、アメリカに取って変わったメキシコとなり、結局選ばれたのはメキシコ映画※、ジャンルはロードムービーのような何か。
十二時半から開始となったこの映画。コーラとポップコーンを片手に見てみれば、案外面白かった。二時間三十分の価値は、十分にあったと言える。
※『式には間に合わない』
メキシコ南部在住で、自動車販売会社勤務の、ドイツ人と黒人のコンビが、国内最北端に住む親戚の結婚式に招待されるも、色々あって飛行機が使えず、已む無くメキシコを縦断する映画。ネタバレの酷い邦題に反して、よく出来たギャグが満載。
「いやあ、勉強になったなあ」
「こっちの歴史だとこんなことになってたのねえ」
「『急にドイツ語を話すな! 吹き替えが困るだろうが!』は名台詞だと思う」
「顔と、おなかが痛い」
俺、海さん、先輩、南。皆ご満悦だ。この勢いに乗って近くのデパートへ向かう。
南と海さんが、現役女子高生のファッショントークをしつつ、服やアクセサリーを物色する。それに全くついていけない俺と先輩は、二人が楽しそうに買い物を楽しんでいる間、本屋に入り浸る。
何か違うところもあったけど、それなりに楽しい時間が過ぎていく。
そうこうして南のアパートに帰ってきたのは、五時を過ぎた辺りで、今はそれぞれが、だらだらとした時間を過ごしている。結論から言えば、送別会は無事に終わりを迎えられそうだ。
「何とか形にはなったかな」
「そうね、青春の一ページくらいにはなったと思うわ」
そう告げる南の表情は穏やかだった。なんてことはない。ちょっとした形。俺たちなりの、精一杯のさよなら。ほんの少しでいいから、それっぽくしたかった。してやりたかった。それだけの一日。
「皆、ありがとうね」
彼女の声に、三人とも向き直って座り直した。これで最後なんだなというのは、流石に分かった。
「北先輩、初めて会ったときは、失礼な真似をして申し訳ありませんでした。だけど、その後も部活に来た私に、嫌な顔一つしないで迎えてくれて、本当にありがとうございました」
「いやあ、面白い体験でした。その後が続かなかったのが不満だけど」
照れくさそうに頭をかく先輩は、満面の笑顔だ。屈託の欠片もない。この人は徳な人だな。ちょっと抜けてるけど。
「海さん、私の荷物、あのピカってする奴は置いていくから。これからは自分で自分の身を守って頂戴。私と友だちでいてくれて、本当にありがとう。話が合うのはあなただけだった」
「こっちこそ、南さんにはずっと助けられてたから、お礼を言うのは私のほうなんだよ。今までありがとうございました」
お互いにお辞儀をする海さんと南。この二人は一緒にいる姿を、あまり見かけなかったけど、俺と先輩みたいな間柄か、それよりもっと仲が良かったのかも知れない。
「最後に、臼居さん」
「おう」
お別れの言葉ももう俺まで来てしまった。そりゃそうだ。三人しかいないもん。
「あなたって不思議な人ね。変人って言ってもいいわ」
「俺のときだけなんで失礼なんだよ」
そこは他の二人みたく、ささっと綺麗にまとめるものだろうが。しかしながら南の言葉は続いた。
「空気は読めないし雰囲気も長続きしないし前時代的だし落ち着きがないし暴力に訴えるしお洒落もしないし好みも趣味も合わないし」
「なんだ俺だけ恨み節だな」
本心から言っていることだ。でも本当に恨んでいるという訳ではない。ややむかつくが、微笑ましくもある。
「人のことを見透かしたようなとこがあって、気味が悪いし、癪に障るところもあって」
「あるある」
「あるある」
左右から同意の声が。ちょっとショック。そして『でも』という言葉が続いた。
「あなたは良い人だったわ」
笑っていた。南が。随分と大人びて見える。
「肝心なときには駆けつけて、叱ってくれて、ほったらかしにしないで……サバサバしてるのかお節介なのかよく分かんなくて……」
「あなたの言うとおり、私はもっと学生でいたかったわ」
南が髪をかき上げる。部屋の窓から差し込む夕日を受けて、真っ赤に燃える髪を。
「勉強が出来れば出来るほど、どんどん学校が終わっていってしまう。私は優秀なのに、どうして学校を取り上げられないといけないのか、そんなふうに思ってたわ」
「仕事とはいえ、もう一度学校に通えるのが、本当は嬉しかった。あなたは学校が全然好きじゃなくて、でも私や皆と話してると楽しそうで、それもちょっとだけ嬉しかった」
「私あなたのこと、あんまり好きじゃなかったけど、でも、あなたは素敵だったわ、サチコ」
「……ありがとよ」
それきり、部屋の中には静寂だけがあった。外からの音もまばらで、それさえ次第に減っていく。
「皆さん、この三ヶ月、本当にお世話になりました」
南が静かに頭を下げて、俺たちも無言のままそれに倣う。
「それじゃあ、そろそろお暇しようか」
「そうね」
「うっす」
お暇するのは南のほうだけど、俺たちがすること、できることはもうない。潮時だった。
「じゃ、元気でね」
「さよなら、南さん」
そう言って二人が去って、俺の番。振り返れば、俺たちの荷物のせいで、再び散らかった部屋があった。その中には、一人の少女の姿。
「今度は、ちゃんと学校行けよ」
「最後まで、お節介ね」
少しだけむっとした。最後の最後でけちを付けるな。
「さよなら、南」
「さよなら、サチコ」
視線を外して、部屋を出る。そのまま俺たちは、口も利かずに解散した。
終わった。特になにもしてないけど、終わったんだ。沈む夕日から逃れるように、俺たちは家に帰った。
次の日。8月1日。
例のアパートにはもう、南はいなかった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




