・そしてあの日へ
今回長めです
・そしてあの日へ
過ぎ去りし日をバツで消したカレンダー。三月が終わるまで後四日くらいあるが、この世界で俺たちに残された日は、今日で最後だ。
「過ぎて見れば早かったなあ」
「嘘つけ」
「うん、そんな早くなかった」
ミトラスが半目になってツッコミを入れた。うん、本音を言うと長かったなって思う。
でも大晦日みたいに、終わったなって実感が込み上げてくると、ついそんな感想を抱いてしまうのだ。
「帰り支度はしたし、何時頃になるんだ」
「お昼過ぎくらいかな」
こっちに戻って来たときは、それより幾らか早かった気がする。まあ寝てる間に召喚されても困るしな。それこそ異世界に、初めて行ったときと同じだ。
あのときは布団ごと呼ばれて、道のど真ん中で寝てたんだっけ。
「じゃあそれまでは暇だな」
「そうだね、ゆっくりしてよう」
テレビを付けるでもなく、時間が過ぎて行くのを、ただ待つ。こんな瞬間を過ごしてるの、たぶん俺たちくらいだろ。
「ん、誰か来たか」
「ピンポーンって言ったね」
そうやってぼーっとしていると、玄関のチャイムが鳴った。
集金の類だったら踏み倒そうかなと思ったが、その予想はノックと、開かれたドアにより覆された。
「おー、まだいた、って縮んでない」
「間に合ったみたいね、て縮んでるけど」
「あれ、先輩と南」
そこにはいつもの二人組がいた。学校で会うのが常だったから、俺の家に来るのは珍しい。
先輩はいつも通りだけど、こっちの若くない南は、この感じからすると、たぶんオリジナルのほうか。
南の顔が赤い。さては手紙を読んだな。
「何で小さくなってるのよ」
「斯く斯く云々」
「力の封印とかエンディングでたまにあるよね」
理解が早くて助かるぜ。
「それでどうしたんだいったい」
「何って見送りだろー。はいこれ写真」
先輩は呆れたような顔をしながら、手に持っていた封筒を渡して来た。
「俺写真なんか撮ってたっけ」
「ごほん、卒業式の日に部室で解散したときと、打ち上げの途中で撮ったでしょうが」
咳払いをしてから南が言う。そうだったっけ。あの日は何かと余裕が無かったから、合間合間の記憶が、飛び飛びなんだよね。
一日に二度もアドリブで、スピーチやらされたせいだけど。
「しっかりしなさい。ほら、ちゃんと自分の顔見て」
「そんな写真の進め方ってある」
言われながらも封筒から写真を取り出す俺。そこには確かに皆が映ってて、中には見慣れない人が。
「誰コレ」
『お前』
そんな脊髄反射で声を揃えなくてもいいだろ。
これ俺かあ。
一人だけ異様に背が高くて、ポニーテールにしても腰まである長髪、顔は眼鏡で緩和してるが、目付きはあまり良くない。
手入れとかもおざなりだったから、眉毛も太くなっちゃって。ミトラスが良いっていうから、雀斑もそのまま。多少は角が取れた仏頂面だけど、座ったことでやっと画面に納まったような節がある。
「もう少し笑えばいいのにな」
「それ皆思ってたぞ」
「営業スマイルの練習とかしてなかったの」
「営業じゃないから出なかったんだよ」
まあ、ぎこちなさとか? 嫌々やってるとか?
そういうのは無いから別にいいけど。ていうかあんまり変な顔してなくて良かった。
「何やら話し込んでると思ったら、君たちか」
猫耳に金目、ファンタジックな緑髪のまま、ミトラスが保護者面して会話に入って来る。やめろよ恥ずかしいだろ。
「おっすみーちゃん。挨拶に来ました」
「その節はお世話になりました」
「わざわざありがとうね。こちらこそサチウスがお世話になったのに、大したお礼も出来なくてごめんね」
お礼なら南と世界を救ってるし、先輩には貞操を許したから、それぞれ十分すぎるくらい、お礼はしてると思う。
「そんなことないって。私らの人生も、だいぶ良い方向に転がったと思うし」
「本当、皆がいなかったら、私なんかは今頃どうなってたことか」
「今か。歴史が変わったりお前らは時間移動したり、それでも実際は、三年間のことだったんだよな。あーしまった、俺も一回くらい未来行っとけば良かった」
「そうだね、私も見たかった」
「こういうのあるわよねぇ。一度も京都とか東京に、旅行しなかったみたいな」
「どうするサチウス。まだ帰るまで時間あるし、連れてって貰ったら」
未来か。この未来じゃなく、本来の歴史の先にあった正しい未来。南がいる場所。
「いや、いい。俺たちが集まるのは、いつもここだから」
未来では南が、現代では先輩たちが、そして異世界では俺が、それぞれに生きていく。
ここで俺が過去に帰るとかなら、割とキレイな形に納まったんだろうな。
つくづく完璧さとは無縁の暮らしだった。
「……寂しくなるわね」
「お互い、自分のいる所で暮らして行くだけだし」
「そうっすね」
「難ならタイムマシン改造して、遊びに行くからさ」
「いっちゃんが言うと冗談に聞こえないわね」
「全くだ」
「まだ時間あるし、上がってくか」
「いやいいよ」
「私らは、ここでお暇するわ」
三人で軽く笑い合った後、俺は南と先輩を家に上げようとしたが、断られてしまった。
「区切りが悪くなるからね、笑えなくなるかもだし」
「名残惜しいけど、一足お先に」
そう言って二人は家に上がらず、去って行くことにした。
「サチコ、今までありがとう、元気でね」
「体に気をつけなよ」
ついこの間まで、一緒に女子高生やってた奴らが、クシャクシャの笑顔で、俺を見送ってくれる。
斎はこんなだけど、自分の中で、何か思う所があったんだろう。バレンタイン以降、ミトラスを呼ぶことは無かった。
南もこんなだけどさ、世界の命運が賭かったって、それでも如何にかなったんだ。また問題を起こしてもきっと大丈夫だろう。
「斎、南、ありがとう。じゃあな!」
三人が一緒にいたことで何とかなっていたことが、一緒じゃなくなることで、何とかならなくなるかも、知れない。
でもまた、俺たちや愛同研みたいに、新しい仲間を作ったり、或いは一人で乗り切る術を、身に付けたりするだろう。
「大丈夫かな」
「こういうときはな、大丈夫って思っとくもんだぞ」
「そっか、そうだね」
本当の所は分からない。
でも今は、そういうことに、しておきたい。
「俺たちもそろそろ出よう」
「ん。じゃあ準備して来るね」
冷蔵庫の中身は空にして、腐る物は残らず捨てて、コンセントは抜いて、ブレーカーも落とした。
部屋だけはそのままだが、婆ちゃんの遺影とか場所を移した。
一応はミトラスの部屋にしたからな。
最後に戸締りをして、時間を待つ。そして。
「――来た」
ミトラスの声に一拍遅れて、足元が光り始めた。
光は瞬く間に俺たちの体を包み込んでいく。
「ミトラス、手を繋いでおいてくれるか」
「勿論。しっかり掴まってて」
徐々に体が浮き上がると、周りの景色が足元へと広がり、それもやがて見えなくなる。
体の感覚と意識が、握ったミトラスの手の部分以外薄れていく。
「お前のこと、随分ほったらかしにしてごめん」
「いいんだ。僕も沢山浮気をしたけれど、やっぱり君が一番だった」
そりゃあな! あの中からじゃな!
「サチウス。これからも、僕といてくれるかな」
「俺のほうこそ頼むよ。一緒にいてくれ、ミトラス」
お互いの手の温もりを最後に、俺たちは光の中へと飲み込まれて行った。
さよなら。俺の生まれた世界。
今までありがとう。
――そして。
「あ、帰って来た。変な服着てるな。おしゃれなのかそれ」
「いやしかし本当に一瞬じゃったのう」
「父さん、本当に三年経ってるの?」
「そのはずですよ。お帰り二人とも」
目の前に広がっていたのは、本当にあの日の続きだった。本当に俺の三年が一瞬で済んだみたいだった。元からそういう話だったのは覚えてるけど、なんだかなあ。
「皆! 会いたかったよ! 久しぶり!」
ミトラスが感無量といった様子で、久しぶりに会った四天王にひしっと抱き合う。ああ、本当に、ここはあの異世界なんだな。役所も彼らの顔も、あの日のままだ。当然といえば当然だけど。
そう。俺たちは俺のいた世界に戻って、高校に行って、色々あったけど卒業した。そして帰って来た訳だが、それが相手にとっては、つい今しがたの出来事となると、今一つ感慨が深まらない。
「お帰りサチウス、向こうはどうだった?」
「ちょっと逞しくなったな、ちゃんとレベルは上げたみたいだな」
「ああ、レベル、レベルな……」
悪いけどその単語はしばらく聞きたくない。まさか元の世界があんなことになってるなんて。
「久しぶりの我が家だ。今日はゆっくり休むぞー!」
「明日からまた仕事だかんな」
「忘れているならこれを機に思い出すといい」
ああ、今日は休日だったな。そう、週休二日なんだよな、こっちは。まだ今日は午後が丸々休みなんだ。良かった。
「それで、元の世界はどうじゃった」
「もう二度と行かねえ。こっちが一番だ」
「またそんなこと言って、何かの拍子に行くんじゃない」
冗談じゃない。もう迂闊なやる気で戻るなんて言わないぞ。高校も出たんだし。
「ま、二人の三年間は今度聞くとして、先ずは言ってもらわないといけないこと、まだ聞いてないわよ、兄さん、サチウス」
魅力的な低音でやんわりとディーに叱られた。ああ、この声も久しぶりだな。そうだ。確かに言ってない。言わなければならない。
隣を見れば、彼も分かっているようで、こちらを一瞥して頷いた。
俺たちは、声を揃えて言った。
『ただいま!』
「お帰り」という返事を再び頂いて、俺たちは魔物の役所の中へと戻る。帰ってきた。俺は、この世界に。この世界で、これから生きていくために。
随分と長引いたものの、ようやく節目を終えることができて、ほっと胸を撫で下ろす。
ドラゴンのバスキーにミミックのパンドラ、人型キメラのディー、エルフのウィルト。
そしてミトラス。
改めて、彼らと共に過ごせる日々に、戻って来れたことを、彼ら自身に感謝しながら、俺は彼らと並んで歩いた。
これからの明日は、この世界と共に来るんだ。
そよぐ春風があの日と同じものだと気付くと、本当に、三年前のあの日に戻ったのだと、実感する。
あの日の続きが、今から始まるんだ。俺は誰にともなくもう一度「ただいま」と呟いた。
そう、帰って来たんだ。
ただいま、群魔。ただいま、皆。そして。
ーーただいま、俺たちの明日。
「とりあえず荷物を置きにいこうか」
「そうだな。しばらく居なかったら、すっかり間取りが思い出せないぜ」
見取り図を見ながら、自分の部屋へと向かう。文字通り向こうの俺の部屋が、魔法で入っている不思議な空間だ。
明けたら俺の部屋だから、懐かしさがここだけ全く無い。だから俺も手荷物さえほぼ無い手ぶら状態だ。
ミトラスもこっちの自室を片付けたら、向こうの部屋を繋げるだろう。
建物の中は現代の役所そのままで、何もかもあの日のままだ。天井の電球、コンクリートの建物、一歩外に出れば、あの街に繋がっていそうな雰囲気。
遠ざかっていた日が、急速に手元に戻って来た。
まるでさっきまでいた世界が、幻だったんじゃないかって、ちょっと不安になる。
俺は本当に、あっち側に帰ったんだろうか。
「あ」
そのとき俺は、自分が手にしていた封筒のことを、思い出した。
部屋に入って、自分の机の前に立つ。
「これでよしっと」
「なーサチウス」
「何だパンドラ」
ちょっとした作業を終えた所で、パンドラがスーっと床を滑ってやって来た。
「一つ気になったんだけどさ、もしかして」
「うん」
「お前、友だちできたの」
いきなりそんなことを聞かれたので、我ながら間の抜けた顔をしたと思う。
目の前の宝箱を見てから、俺は自分の机を見た。
「……ああ」
透明なシートの下の写真たちは、俺たちがいたということを、今も鮮やかに映し出していた。
最初の頃と比べて、そこには友だちの姿が、愛同研で過ごした三年の形が、何枚も増えていた。あの日の続きが今日、終わりもしたのだと、ふと思った。
「いっぱいできた」
<了>
このシリーズはこれにて完結となります。
ここまで読んで下さった、少しだけでも読んで下さった方々、
本当にありがとうございました。とても嬉しいです。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




