表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
517/518

・そしてあの日へ

今回長めです

・そしてあの日へ



 過ぎ去りし日をバツで消したカレンダー。三月が終わるまで後四日くらいあるが、この世界で俺たちに残された日は、今日で最後だ。


「過ぎて見れば早かったなあ」

「嘘つけ」

「うん、そんな早くなかった」


 ミトラスが半目になってツッコミを入れた。うん、本音を言うと長かったなって思う。


 でも大晦日みたいに、終わったなって実感が込み上げてくると、ついそんな感想を抱いてしまうのだ。


「帰り支度はしたし、何時頃になるんだ」

「お昼過ぎくらいかな」


 こっちに戻って来たときは、それより幾らか早かった気がする。まあ寝てる間に召喚されても困るしな。それこそ異世界に、初めて行ったときと同じだ。


 あのときは布団ごと呼ばれて、道のど真ん中で寝てたんだっけ。


「じゃあそれまでは暇だな」

「そうだね、ゆっくりしてよう」


 テレビを付けるでもなく、時間が過ぎて行くのを、ただ待つ。こんな瞬間を過ごしてるの、たぶん俺たちくらいだろ。


「ん、誰か来たか」

「ピンポーンって言ったね」


 そうやってぼーっとしていると、玄関のチャイムが鳴った。


 集金の類だったら踏み倒そうかなと思ったが、その予想はノックと、開かれたドアにより覆された。


「おー、まだいた、って縮んでない」

「間に合ったみたいね、て縮んでるけど」

「あれ、先輩と南」


 そこにはいつもの二人組がいた。学校で会うのが常だったから、俺の家に来るのは珍しい。


 先輩はいつも通りだけど、こっちの若くない南は、この感じからすると、たぶんオリジナルのほうか。


 南の顔が赤い。さては手紙を読んだな。


「何で小さくなってるのよ」

「斯く斯く云々」

「力の封印とかエンディングでたまにあるよね」


 理解が早くて助かるぜ。


「それでどうしたんだいったい」

「何って見送りだろー。はいこれ写真」


 先輩は呆れたような顔をしながら、手に持っていた封筒を渡して来た。


「俺写真なんか撮ってたっけ」


「ごほん、卒業式の日に部室で解散したときと、打ち上げの途中で撮ったでしょうが」


 咳払いをしてから南が言う。そうだったっけ。あの日は何かと余裕が無かったから、合間合間の記憶が、飛び飛びなんだよね。


 一日に二度もアドリブで、スピーチやらされたせいだけど。


「しっかりしなさい。ほら、ちゃんと自分の顔見て」

「そんな写真の進め方ってある」


 言われながらも封筒から写真を取り出す俺。そこには確かに皆が映ってて、中には見慣れない人が。


「誰コレ」

『お前』


 そんな脊髄反射で声を揃えなくてもいいだろ。

 これ俺かあ。


 一人だけ異様に背が高くて、ポニーテールにしても腰まである長髪、顔は眼鏡で緩和してるが、目付きはあまり良くない。


 手入れとかもおざなりだったから、眉毛も太くなっちゃって。ミトラスが良いっていうから、雀斑もそのまま。多少は角が取れた仏頂面だけど、座ったことでやっと画面に納まったような節がある。


「もう少し笑えばいいのにな」

「それ皆思ってたぞ」

「営業スマイルの練習とかしてなかったの」

「営業じゃないから出なかったんだよ」


 まあ、ぎこちなさとか? 嫌々やってるとか?


 そういうのは無いから別にいいけど。ていうかあんまり変な顔してなくて良かった。


「何やら話し込んでると思ったら、君たちか」


 猫耳に金目、ファンタジックな緑髪のまま、ミトラスが保護者面して会話に入って来る。やめろよ恥ずかしいだろ。


「おっすみーちゃん。挨拶に来ました」

「その節はお世話になりました」


「わざわざありがとうね。こちらこそサチウスがお世話になったのに、大したお礼も出来なくてごめんね」


 お礼なら南と世界を救ってるし、先輩には貞操を許したから、それぞれ十分すぎるくらい、お礼はしてると思う。


「そんなことないって。私らの人生も、だいぶ良い方向に転がったと思うし」


「本当、皆がいなかったら、私なんかは今頃どうなってたことか」


「今か。歴史が変わったりお前らは時間移動したり、それでも実際は、三年間のことだったんだよな。あーしまった、俺も一回くらい未来行っとけば良かった」


「そうだね、私も見たかった」


「こういうのあるわよねぇ。一度も京都とか東京に、旅行しなかったみたいな」


「どうするサチウス。まだ帰るまで時間あるし、連れてって貰ったら」


 未来か。この未来じゃなく、本来の歴史の先にあった正しい未来。南がいる場所。


「いや、いい。俺たちが集まるのは、いつもここだから」


 未来では南が、現代では先輩たちが、そして異世界では俺が、それぞれに生きていく。


 ここで俺が過去に帰るとかなら、割とキレイな形に納まったんだろうな。

 

 つくづく完璧さとは無縁の暮らしだった。


「……寂しくなるわね」

「お互い、自分のいる所で暮らして行くだけだし」

「そうっすね」


「難ならタイムマシン改造して、遊びに行くからさ」

「いっちゃんが言うと冗談に聞こえないわね」

「全くだ」


「まだ時間あるし、上がってくか」

「いやいいよ」

「私らは、ここでお暇するわ」


 三人で軽く笑い合った後、俺は南と先輩を家に上げようとしたが、断られてしまった。


「区切りが悪くなるからね、笑えなくなるかもだし」

「名残惜しいけど、一足お先に」


 そう言って二人は家に上がらず、去って行くことにした。


「サチコ、今までありがとう、元気でね」

「体に気をつけなよ」


 ついこの間まで、一緒に女子高生やってた奴らが、クシャクシャの笑顔で、俺を見送ってくれる。


 斎はこんなだけど、自分の中で、何か思う所があったんだろう。バレンタイン以降、ミトラスを呼ぶことは無かった。


 南もこんなだけどさ、世界の命運が賭かったって、それでも如何にかなったんだ。また問題を起こしてもきっと大丈夫だろう。


「斎、南、ありがとう。じゃあな!」


 三人が一緒にいたことで何とかなっていたことが、一緒じゃなくなることで、何とかならなくなるかも、知れない。


 でもまた、俺たちや愛同研みたいに、新しい仲間を作ったり、或いは一人で乗り切る術を、身に付けたりするだろう。


「大丈夫かな」

「こういうときはな、大丈夫って思っとくもんだぞ」

「そっか、そうだね」


 本当の所は分からない。

 でも今は、そういうことに、しておきたい。


「俺たちもそろそろ出よう」

「ん。じゃあ準備して来るね」


 冷蔵庫の中身は空にして、腐る物は残らず捨てて、コンセントは抜いて、ブレーカーも落とした。


 部屋だけはそのままだが、婆ちゃんの遺影とか場所を移した。


 一応はミトラスの部屋にしたからな。

 最後に戸締りをして、時間を待つ。そして。


「――来た」


 ミトラスの声に一拍遅れて、足元が光り始めた。

 光は瞬く間に俺たちの体を包み込んでいく。


「ミトラス、手を繋いでおいてくれるか」

「勿論。しっかり掴まってて」


 徐々に体が浮き上がると、周りの景色が足元へと広がり、それもやがて見えなくなる。


 体の感覚と意識が、握ったミトラスの手の部分以外薄れていく。


「お前のこと、随分ほったらかしにしてごめん」


「いいんだ。僕も沢山浮気をしたけれど、やっぱり君が一番だった」


 そりゃあな! あの中からじゃな!


「サチウス。これからも、僕といてくれるかな」

「俺のほうこそ頼むよ。一緒にいてくれ、ミトラス」


 お互いの手の温もりを最後に、俺たちは光の中へと飲み込まれて行った。


 さよなら。俺の生まれた世界。

 今までありがとう。


 ――そして。



「あ、帰って来た。変な服着てるな。おしゃれなのかそれ」

「いやしかし本当に一瞬じゃったのう」

「父さん、本当に三年経ってるの?」

「そのはずですよ。お帰り二人とも」


 目の前に広がっていたのは、本当にあの日の続きだった。本当に俺の三年が一瞬で済んだみたいだった。元からそういう話だったのは覚えてるけど、なんだかなあ。


「皆! 会いたかったよ! 久しぶり!」


 ミトラスが感無量といった様子で、久しぶりに会った四天王にひしっと抱き合う。ああ、本当に、ここはあの異世界なんだな。役所も彼らの顔も、あの日のままだ。当然といえば当然だけど。


 そう。俺たちは俺のいた世界に戻って、高校に行って、色々あったけど卒業した。そして帰って来た訳だが、それが相手にとっては、つい今しがたの出来事となると、今一つ感慨が深まらない。


「お帰りサチウス、向こうはどうだった?」

「ちょっと逞しくなったな、ちゃんとレベルは上げたみたいだな」

「ああ、レベル、レベルな……」


 悪いけどその単語はしばらく聞きたくない。まさか元の世界があんなことになってるなんて。


「久しぶりの我が家だ。今日はゆっくり休むぞー!」

「明日からまた仕事だかんな」

「忘れているならこれを機に思い出すといい」


 ああ、今日は休日だったな。そう、週休二日なんだよな、こっちは。まだ今日は午後が丸々休みなんだ。良かった。


「それで、元の世界はどうじゃった」

「もう二度と行かねえ。こっちが一番だ」

「またそんなこと言って、何かの拍子に行くんじゃない」


 冗談じゃない。もう迂闊なやる気で戻るなんて言わないぞ。高校も出たんだし。


「ま、二人の三年間は今度聞くとして、先ずは言ってもらわないといけないこと、まだ聞いてないわよ、兄さん、サチウス」


 魅力的な低音でやんわりとディーに叱られた。ああ、この声も久しぶりだな。そうだ。確かに言ってない。言わなければならない。


 隣を見れば、彼も分かっているようで、こちらを一瞥して頷いた。

 俺たちは、声を揃えて言った。


『ただいま!』


「お帰り」という返事を再び頂いて、俺たちは魔物の役所の中へと戻る。帰ってきた。俺は、この世界に。この世界で、これから生きていくために。


 随分と長引いたものの、ようやく節目を終えることができて、ほっと胸を撫で下ろす。


 ドラゴンのバスキーにミミックのパンドラ、人型キメラのディー、エルフのウィルト。


 そしてミトラス。


 改めて、彼らと共に過ごせる日々に、戻って来れたことを、彼ら自身に感謝しながら、俺は彼らと並んで歩いた。


 これからの明日は、この世界と共に来るんだ。


 そよぐ春風があの日と同じものだと気付くと、本当に、三年前のあの日に戻ったのだと、実感する。


 あの日の続きが、今から始まるんだ。俺は誰にともなくもう一度「ただいま」と呟いた。


 そう、帰って来たんだ。


 ただいま、群魔。ただいま、皆。そして。


 ーーただいま、俺たちの明日。


「とりあえず荷物を置きにいこうか」


「そうだな。しばらく居なかったら、すっかり間取りが思い出せないぜ」


 見取り図を見ながら、自分の部屋へと向かう。文字通り向こうの俺の部屋が、魔法で入っている不思議な空間だ。


 明けたら俺の部屋だから、懐かしさがここだけ全く無い。だから俺も手荷物さえほぼ無い手ぶら状態だ。


 ミトラスもこっちの自室を片付けたら、向こうの部屋を繋げるだろう。


 建物の中は現代の役所そのままで、何もかもあの日のままだ。天井の電球、コンクリートの建物、一歩外に出れば、あの街に繋がっていそうな雰囲気。


 遠ざかっていた日が、急速に手元に戻って来た。


 まるでさっきまでいた世界が、幻だったんじゃないかって、ちょっと不安になる。


 俺は本当に、あっち側に帰ったんだろうか。


「あ」


 そのとき俺は、自分が手にしていた封筒のことを、思い出した。


 部屋に入って、自分の机の前に立つ。


「これでよしっと」

「なーサチウス」

「何だパンドラ」


 ちょっとした作業を終えた所で、パンドラがスーっと床を滑ってやって来た。


「一つ気になったんだけどさ、もしかして」

「うん」

「お前、友だちできたの」


 いきなりそんなことを聞かれたので、我ながら間の抜けた顔をしたと思う。


 目の前の宝箱を見てから、俺は自分の机を見た。


「……ああ」


 透明なシートの下の写真たちは、俺たちがいたということを、今も鮮やかに映し出していた。


 最初の頃と比べて、そこには友だちの姿が、愛同研で過ごした三年の形が、何枚も増えていた。あの日の続きが今日、終わりもしたのだと、ふと思った。


「いっぱいできた」 


<了>

このシリーズはこれにて完結となります。

ここまで読んで下さった、少しだけでも読んで下さった方々、

本当にありがとうございました。とても嬉しいです。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ