・三枚目の手紙
・三枚目の手紙
春休み。ではなく高校生活を終えた今、俺に残された時間は全てお休みである。バイトも辞めて、進学もないと来れば、後はただ異世界に帰る日を、待つばかりである。
「暇だなー」
「暇だねー」
ミトラスもミトラスで、最近することがないのか、全くやる気がない。異世界に持ち替えるお土産を用意したり、未消化の漫画やアニメや小説を読んだり、たまに稽古をしたり。
することが無くなったとき、溜まっていたものを消化する日々が来ると、これはこれで手が動かなかったりする。
「どっか遊びに行くか」
「うーん」
「それともえっちでもする」
「うーん」
「じゃあ勉強とか」
「うーん」
ミトラスは唸るばかりで返事をしない。義務とか仕事を失い、すっかり無気力になってしまった。女への抵抗を克服したのはいいが、仕事モンスターであることまでは、手が回らなかった。
こうなると自分から動き出すまで、放っておくしかない。彼をリビングに残し、俺は部屋へと引き上げた。
「つってもすることなんて、部屋で動画見たりゲームするくらいしか……ん」
何で遊ぼうかと、教科書類が一冊も入ってない引き出しを開け閉めしていると、一枚の封筒が出て来た。細かい話だけど、中身が入ってるから正しくは一封。
「南からの手紙か、危うく忘れる所だったな」
俺は慌ててそれを、異世界へと持って行く手荷物の中に、仕舞おうとした。待てよ、そういえばこれ。
「確か最後まで読んでなかったような」
封筒の中身を取り出すと、僅かに古びた手紙が三枚。
前に見たのは二枚目の終わりまで。
『三枚目は、サチコが卒業するときに読んで欲しい。私はたぶん、卒業式を見に行ってあげられないから。三枚目の手紙はお祝いのメッセージだから、頑張って卒業して、それから目を通して欲しいの。あんたが小説を、あとがきから読む人じゃないことを祈るわ。それじゃ。南号より』
三人に増えて見に来たんだよな。っとに。何が見に行ってあげられないだ。
「こんなことなら、あの日にコレを突き付けてやれば良かったか」
ともあれ、今なら読んでも構わんだろ。
果たしてどんな感動的なことが書いてるのか。
――サチコへ。この三枚目を読んでいるということは、無事に卒業出来たということでしょう。おめでとうございます。たぶん私は卒業式に出られないと思うので、ここにあなたへの祝辞を述べさせて頂きます。
出てます。後で絶対からかってやろ。
――あなたたちと出会って、そちらの世界で二年を過ごしました。覚えているかも知れませんが、私のほうは、本当はもう少し時間が経っています。
「学校に戻ってくるために、色々と頑張ったみたいだからな。最初こそ年齢が学年と同期してたのに、数か月ズレ込んで、二年生になって帰って来た。懐かしいな」
――三年間を二年で終らせたことは、少しだけ悔いかありました。あの日卒業した後で、何食わぬ顔でもう一度三年生をやり、二度目の卒業式をしても良かったのではと、今も思います。
「それは流石に悪ふざけが過ぎるだろ」
――あなたは私にとって、最初こそ大した実力も無い、貧乏で野蛮な下層民に過ぎませんでした。北さんのおまけで、なんだか低レベルなペットが付いてきちゃったな、くらいの認識でした。
「てめえ」
――ですが付き合って見て、実態を把握して来ると、日に日に評価を更新することになりました。人間っぽいものから野蛮人。野蛮人から野良犬。野良犬から可哀想な人。可哀想な人から無頼。
「いいとこ一個もなくないさっきから」
無頼から大型犬、大型犬から番犬。たぶんこの大型犬の期間が、一番長かったと思います。勿論あなたは人間ですから、あくまでもイメージです。
「本当かなあ」
――いじめへの抵抗で生傷を作っても、あなたはそれで騒ぐこともなく、ご家族との訣別を選んだときも、やり場のない苦しみに耐え抜いた。
――働きながらの学生生活で、生活が覚束ず、先生からの評価も悪い。それにも関わらず、あなたは体を鍛え、成績を上げた。
「…………」
――いつも一人でいるような顔をして、その実誰かが一人でいると、必ず寄って来るのが、放っておかないのがあなただった。トラブルに巻き込まれるとき、自分以外の人を考えている節があった。事実、そういうことが何度もあった。
「肝試しで旅行に行ったときなんか、本当に危なかったんだぞ。ったく」
――私たちにとって初めて後輩が出来たとき、大変なことになりましたね。ファンさんが拉致されたとき、狂った女を前にして、果敢に道を譲らなかったこと。不謹慎だけど、誰かが死ぬかも知れなかったあの戦いは、本当に楽しかった。盾を構えて銃弾を防ぐあなたの背中は、たぶん父親よりも大きかった。まあ物理的に、本当に大きくなったんだけど。
「うっせ」
――北さんの妹の栄さんのときも、個人の問題だって顔しておきながら、世話を焼いて仲を取り持った。肝試しのときも、文化祭のときもそうです。聞くところによると修学旅行のときも、大変だったみたいね。
「たぶん東条辺りが言ったんだろうな」
――いつの間にか私の強さを見破り、後一歩まで迫っていたときは、悔しい気持ちもあったけど、同時に嬉しかった。上から目線ですが、遂に並んだと、対等な存在になったと思いました。
「結構時間かかったな」
――揉め事や問題ばかりあった愛同研だけど、それでも何故か上手く回っていたのは、北さんとあなたの尽力があったからだと、今なら言えます。だからこそ、最後の一年を、三年生のあなたを、間近で見られないのが残念で、申し訳なく思います。
――顔を合わせている間は、憎まれ口ばかり言い合ったけど、離れた今だから言えます。皆といて、あなたといて、私は楽しかった。あなたがあの七月に言った言葉を、私は今も覚えています。
「大袈裟だな。本当に、本当」
――言いたいことが、褒めてあげたいことが、認められたことが、まだまだあるけど、もう余白がないからこれで終わりにします。ごめんなさい。
――あなたと過ごした日々は、私の一生の宝物です。私と友だちでいてくれてありがとう。もう一度言います。卒業おめでとう。サチコ。南号より。
南のやつ……。
「何が三枚目だ。裏までびっちり書きやがって」
ほとんど四枚じゃねえか。こんなに小さく字を詰め込むくらいなら、始めから四枚でも五枚でも用意したらいいだろ。
や、それは流石に恥ずかしいか。
そこまで褒めちぎれられたら、俺も反応に困るし。
でもそうか。ありがとな。
「返事の一つも送りたいけど、野暮だよなあ。このまま黙って仕舞っとくか。いや」
この手紙よく見ると、最後にもう一行くらい書けそうだな。
――
――――
――――――――
「ちょっと先輩のとこ行って来る」
「はーい」
「あ、それと、帰ったらレベル上げるから」
「ええ、もう上げなくてもいいんだよ」
「俺がそうしたくなったの」
「……ん、分かった。行ってらっしゃい」
部屋着から着替えて自転車にライドオン。近所のコンビニで手紙を三部コピー。オリジナルは俺が補完するとして。
「先輩いますかー」
「あれ、サチコどうしたの。もう帰るの」
「いえ、ちょっと頼みたいことがあって」
そう言って先輩に、手紙が入った封筒を三つ手渡した。さっき増やした奴で、末尾には一筆だけ書き加えてある。
「これをですね、もしも南たちが来たら、それぞれに渡してやって欲しいんですよ」
「みなみんたちって全部みなみんってことで良んだよね」
「ええ、現在確認の取れてるだけでも三人いますからね」
「おーん、悪企みの匂いがするね、いいよ」
「よろしくお願いします」
先輩に預けたそれは、いわばタイムカプセルみたいなものだ。これを読んだときの南の反応が目に浮かぶ。
果たしてあいつがこれを読むのは、何年後になるのか。また今度、改めてお別れをすると思うけど、今はこうして、あの日を終わりにしようと思う。
――あなたと過ごした日々は、私の一生の宝物です。私と友だちでいてくれてありがとう。もう一度言います。卒業おめでとう。サチコ。南号より。
――こんなこと言ってるけど、お前ばっちり卒業式に来てたぞ。サチコより。
追伸。ありがと。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




