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・卒業 後編

今回長いです

・卒業 後編



 放課後の夕方六時半。暦も三月ともなれば、外は真っ暗なんてこともなく、さっき夕日が落ちたばかり。場所は去年と同じく『日鬼楼』である。


 俺はと言えば着替えも終わって、場所取りの一つでもしておくかと思ったのだが、どうやら皆考えることは、同じだったらしい。ミトラスも既に隅っこで、大人しく猫をしてくれている。


「あ、サチコこっちこっち!」


 声のしたほうを見れば、アラサーのほうの南が手招きしていた。既に混雑している店内を、四苦八苦しながら進み、奥の広い座敷っぽい部屋へと辿り着く。


 宴会用の大人数席だが、今は普段と異なり、背の高いテーブルが置かれている。店内の席数は概ね四十人弱だが、それ以上やってくると、ろくに身動きも取れないのは、経験済みである。


 だから予め立食可能なようにしたんだろう。

 今年はそんなに来るかなあ。


「おー。南も来てたのか」

「来てたのかじゃないわよ。なんで私がもう一人いるの」

「え、だってお前……お前もしかして若いほうの南の」


 南は無言で頷いた。つまりその、俺の目の前にいるのは、アラサーはアラサーでも、若い南のその後のほう。俺と歴史の修正を巡って、悶着があったほうじゃない。


「ごめん、答えるために質問するけど、お前は何で来た」

「何でって、昔が懐かしくなったからだけど」

「そしたらもう一人の三十路がいたと」


「そうよ」


「たぶんだが、お前の人生のどこかで分岐が発生して、今日お前が来るルートが一つ増えたんじゃないか」


 何となくだけど、本当のことを話したらいかん気がする。ついでに当人たちとこいつを、引き合わせてもいかん気がする。誤魔化しとこ。


「やっぱりそうなのかしら」

「お前が未来からこっちに来られる以上、こういうケースは想定しておくべきだったな」


「そうね、むしろ一件で済んだのが奇跡って所かしら」

「間違っても他の二人に会うなよ、これ以上話がこんがらがるのは御免だぞ」


「分かってるわ。それが分かれば十分よ。あんたの卒業見るのは二度目だし、じゃあね」


 そう言うなり南は去って行った。これ以上別ルートの南が増えても困るから、念のため。


「全く心臓に悪い一発ネタだよ」

「あ、先輩いらっしゃい!」


 入れ替わりにアガタがやって来た。レースとフリルで飾られた、アフリカの民族衣装っぽい服を着ている。いつもより明るく元気なイメージだ。


 そのままだったら大層可愛かったのだろうが、生憎と店のエプロンであちこち遮られており、ちょっと野暮ったい。ちなみにエプロンを捲ると、蘭の花のアップリケが見える。


「わ、ちょっとお手付きですよ」

「すまん。エプロンが野暮ったかったから」

「分かります。私もそう思うから」


 苦笑しつつも、アガタは配膳を続けた。店の中には段々と愛同研の面々が増えている。既に二十人くらいが、全く暇な連中め。


「手伝おうか」

「駄目ですよ。今日の先輩は主役なんですから」


「主役かあ。随分と大きい扱いですこと」

「だって愛同研(うち)で卒業するの、先輩だけですからね」


 さらっと毒を吐かれたな。そうだね、今年の三年生は俺だけだね。去年は南と先輩の二人とも、大きな扱いだったような気が。


 止そう。いいじゃないか、今年は俺の番で。


「おお、流石に皆早いぞ」

「勿体ぶったほうが良かったかな」

「いやそしたら店に入れないだろ」


 男子の話し声がしたので、入り口を見てみれば、延清と東条が連れ立って来た所だった。私服ながらもピカピカで、今日のために用意したのが、丸わかりである。


 周りには制服のままというのも、ちらほらといて、これじゃ縦じまセーターにジーパンという、部屋着状態の俺が浮いてしまう。まあいっか。


「お、サチコさん。卒業おめでとうございます」

「おうお互いにおめでとう、立派だったぞ」

「ありがとうございます、また後で」


 二人は手を振って別の席へ向かった。そろそろ椅子が足りなくなる頃か。ずっと立ってるのも疲れるし、今のうちに座っておくか。


「段々込み合って来たわね」

「うわ、いたのか蓮乗寺」


 足元の荷物の間に紛れ、オカルト部の部長こと蓮乗寺桜子がいた。こうして見ると座敷童みたいだ。


「立ちっ放しは疲れるからね。お時間が来たら私も移動するから、お構いなく」

「お前がそれでいいならいいけど」


 ――おーすげえ、ファミレス以外の店に入ったの久しぶりだわ。本当に皆集まってるよ。


 ――良い匂いと音がしてる。期待していいと思う。

 ――私の分は川やんにあげるね。


 ――大丈夫かしら。卒業生私たちだけってことない。

 ――不安なら家にいれば良かったじゃない。

 ――ケンカしないの。ほら、入って入って。


 そしてまた聞き慣れた声がする。どうやら他の連中も来たらしい。


「おーい皆、こっちこっち!」


 彼女たちはこちらを見つけるなり、ドヤドヤと雪崩れ込んで来た。丁度そのとき七時になって、卒業式の打ち上げが始まったのであった。



 家族で過ごす者も大勢いるので、去年より参加する在校生は少なかった。在校生『は』。


「当時の二、三年生が抜けてるんだから、参加者が減るのは何となく理解できるけど、なんでまたやって来てるの」


「固いこと言うなよ会費は払ってるんだ」

「そう……」


 愛同研全体の、発足当初のメンバーは、今や大半がOGである。しかしながら今の生徒のご兄弟だったり、或いは単にこの時期一人だったりするのが、我も我もと集まって、結局前と大差ない数になった。


「それより栄、挨拶をして始めて頂戴」


「はい。えー、それではこれより、愛同研全体での、三年生の卒業を祝って、送別会を開始したいと思います」


 先輩に言われて幹事の栄がスピーチを始める。皆さま今日はご苦労様でしたとか、三年生は今までありがとうおめでとうとか、だいたいそんな奴。


 手短に済ませたことだし、さあ食べようと言うそのときだった。


「最後に、愛同研三年で前部長の、サチコ先輩からご挨拶を頂きたいと思います」


「なんだと」

「何ってサプライズだよ。ほら恥を晒してこい」

「おま、お、お前ぶち殺すぞほんとに」


 サプライズじゃねえよこの元コケシ。どこまで人の心臓を弄ぶ気だ現在市松人形。アドリブで喋れって憲法で禁止されてるの知らないのかよ。


「大丈夫よ、さっき私たちにしたように、すればいいから。落ち着いて」


 ちゃっかり参加している海さんが、そっと助言をしてくれる。俺の不運は無茶振りに対して、鞭と飴が揃ってることだと思う。


「さ、先輩どうぞ」

「お前ら後で覚えてろよ」


 くっそう皆してニコニコしやがって。落ち着けサチコ。こんな逆境これまで何度でもあった。落ち着いて深呼吸しろ。


「すーはーすーはー、よし」


 人がぎゅうぎゅうの店内の真ん中まで行き、周りをぐるっと見回してから、よし!


「最初に、俺と同じ三年の皆さん、卒業おめでとう。後輩の皆は祝ってくれてありがとう。今日という日を迎えることが出来て、本当にほっとしてます」


「思えば俺が最初に愛同研に来たときは、他の部に入って、目標を持って、他の子と部活のことをやっていくんだって、そういうのが嫌だった。だからその辺の適当な会で、やり過ごそうと思ってた。それで見学に行ったとき、北先輩に声をかけて貰ったのが始まりだった」


 今でも思い出せる。たぶん一生思い出す。


「丁度良いやと入ったら、これがまた変な集まりだった。部活動というよりは、ご町内の皆さんの、集まりみたいなもんだった」


 周囲から苦みの混ざった笑い声が聞こえる。だってそうだろ。掲示板に貼ってある、人が来る訳ないだろってイベントみたいな集団が、二桁近くあるんだぜ。


「部活の目標を掲げてる所は稀で、それだって押し付けるようなものじゃない。夢とか希望みたいなものは、特には無かった。でもだからこそ、居心地が良かった。そんなものは一人一人が、自分で思っておけばいいって」


 そうして心身の自分が、形になっていった者は、一人でに歩き出していく。俺たちはそれを何人か見て来た。


「気が向いたらやりたいことを、やってみなっていうのが、ありがたかった。集まりとしては小さいが、一人から見れば大きい。そんな場所だった。どの会も俺が参加したとき、快く受け入れてくれたことは、覚えてるよ」


 よし。ここからは個別のエピソードで押して、それで纏めよう。経験が活きてる。イケる!


「軍事部。お前らを庇いきれなくて、学校側にしてしまったけど、それでも変わらずに連盟してくれたな。東条に至っては、幾度となく無理に付き合わせてしまったが、本当に感謝してる」


「恐縮です。愛同研あってのうちでしたから」


 やめろ。目をウルウルさせるんじゃないゴリラめ。やりにくいだろ。っとにもう。


 ありがとね。


「衣装部。俺が破れた服を直すをの手伝ったり、別に服を作ってくれたりもしたな。途中から玩具にされてた気もするけど、ありがとう。今後は俺をモデルにしたマネキンで、我慢してくれな」


 ――アレ邪魔なんですよね。天井につっかえて。


 衣装部の誰かの呟きにどっと笑いが起こる。

 さ、次に行こう。


「園芸部。うちみたいな学校に、草花の香りがしたのは偏に園芸部のおかげだ。初代部長が蕎麦を育てて、ちょっとした名物になったな。ただ飯を後輩に奢るときは、お金の連絡はちゃんとするように。でないとまた、知らないお金が増えてるっていう、恐怖体験をすることになるぞ」


「面目ないです」


 ちょっと狸っぽい女性の、園芸部の部長が謝る。善意でしたことでも、伝達ミスは事件に繋がるという『ごんぎつね』みたいな事件だったな。


「料理部。毎日美味しいご飯をありがとう。えー次が」

「え、うちはそれだけですか」

「元の鞘に収まっただけ良いだろ」

「は~あっ器の小さいこと」


 大仏みたいな顔した十字を睨みつけると、しっしっと手で追い払う仕草をされた。ちくしょう、お前一人だけお婆ちゃんみたいなんだよ!


「ぐぬ。次、オカルト部」

「正式名称は『超常現象研究会』です」


 蓮乗寺の声がする。言い直さないからな。


「基本的に部員や部活とは接点が無かったが、蓮乗寺部長には度々世話になった。なんやかんや揉め事の場にも現れて、助けになってくれたのは意外だった。結局正体は不明のままだったが、悪い奴らではなかった」


「活動内容を公開しても、理解を得られないのは盲点だったわ。部室に人がいないことも多かったし」


 部室に人がいないのが一番致命的だったのでは。


「電機部。俺が二年生以降、なるべく関わらないようにしたのは、何故だか分かるね。学校でも作れる兵器を模索しないように」


「お待ちください、最近は磁気による非接触型動力炉による『磁場戦車』の開発が」

「黙れ、胸に秘めておけ! 巻き込むんじゃない! 周知をするな!」


 全く油断も隙も無い。あいつら初代部長の頃から、全然変わってないじゃないか。


「ごほん。運動部。俺は一年生の頃、いじめにあっていたが、体を鍛えることでこれを解消した。このとき俺を追い出さず、根気よく指導してくださったのが、先代運動部部長であり、現部長であった。体力、筋力、暴力、技、これらを授けてくださり、不良との抗争時にも頼もしかった。ありがとう、そして色々とおめでとう」


「ありがとうございます。日取りは追って連絡します」


 何の日取りだ。結婚式ならたぶん出られないぞ。


「漫研。先輩がちょくちょく迷惑かけてたみたいで、お世話をかけました。たまには他の部に顔を出しなよ」


「栄新部長の規則のおかげで、運動量が増えましたよ」

 

 不摂生に対して、規則正しい生活は天敵だからな。彼らはどこか恨めし気だった。まあ他所に行ったとき、ここぞとばかりに取材するし、言うほど不満は無いんだろうが。


「バイク部は、お前らは不思議な連中だった。試験の成績は悪いのにバイクの数学的なことは頭に入ってるし、校内の依頼はお前らが一番多かった気がする。タイヤ押したり店の根比べしたり」


『バイク部一同サチコさんにはお世話になりました!』


 うちで一番元気で馬鹿なのこいつらなんだよな。幸せそのものって感じ。今更特に言うこともない。バイク部はもうほんとにバイク部だったよ。


 さ、これで一通り終えたな。


「皆には今日まで本当に世話になった。ありがとう。卒業生を見ても分かる通り、特に理由が無くても、また顔を見せに来るといい。ダメってこたないんだから。ね」


 手続きは必要になるけど、それくらいなんだ。

 居ていいんだよ。誰だって。そこが居場所なら。


「さ、あまり待たせてもなんだから、そろそろお開き、じゃなかった、始めるとしようか。それじゃあ皆様、飲み物の一つも持って、乾杯しましょう。せーの」


『かんぱーい!』


 店内に盛大に上がる声と、コップをくっ付け合う音と音。どうにか失敗せずに、話をまとめることができた。ほっと息を吐いて、俺も先輩たちのいるテーブルに戻った。


 清水、飯泉、川匂、栄、アガタ、斎、そして南。


 居場所に思える人が、これだけ出来るとは、あの頃は思いもしなかった。



 宴は盛大に盛り上がり、それもいつしか終わりを迎えた。愛同研の仲間たちが去り、俺も店を出る頃には、外はとっくに夜で、変わらない明日を待っていた。


「帰ろうか」

「そうだな」


「終わったね」

「そうだな」


 帰り道をミトラスと、ぽつぽつ話ながら帰る。暖かい風に、月明かりも差して、良い日だったな。


「楽しかった」


 空を見上げて、また前を向く。さっきまでいた場所を、何度も振り返りたくなる衝動に、そっと蓋をして。


「ああ、楽しかった」


 俺たちは帰った。俺たちの家へと。そして。

 俺は今日、遂に高校生を卒業した。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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