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・卒業 中編

今回長いです

・卒業 中編



 教室から移動すること二分未満。いつもの部室で待っていたのは、これまたいつもの部員たち。


「あ、来た!」


 ドアを開けるなり最初にそう言ったのは、北先輩だった。


 中には飯泉、川匂、清水の一年生トリオに、アガタと栄の二年生コンビと先輩、それから来賓で海さんに、猫に戻ったミトラス。それと南と南の総勢十名、多いな。


 ……ん?


「南多くね。え、どういう」

『母です』


 そう来るかあ。


「この人が南先輩なんですね」

「会うのは初めてっすね。よろしくお願いします」

「ヨロシクオネガイシマス」


 事情を知らない一年生は挨拶をするが、川匂だけはぎこちなくなっている。一方で二年生は無邪気に、アラサーを若いとか似てるとか言ってる。


 こんなパワープレーでも、アガタのお袋さんが若作りだから、むしろ身近で自然な例なのか。


「え、これ大丈夫なの」

「どっちも私だから大丈夫よ」


 若いほうの南がそっと耳打ちしてくる。あ、これこいつだけ本当の事を知らないパターンだ。


 若い南は卒業後に特に問題なく訪れた未来の存在で、ギリギリ若い南は、色々問題が生じた後の、本来の南である。


 どっちにせよ俺が共通の過去であることと、内容的には別人でも、俺にとっては南に変わりがないことから、同一人物と言えなくもない。


「たぶん昔が恋しくなったのね」

「そうか」


 皆から花束を受け取りながら、一応頷いておく。若い南からすると、未来の自分が来たように見えるし、自分史の一頁に過ぎないってことなんだろう。


 仮にそうだとすると、ここに南が三人いないとヤバいんだが、来てないってのはどういうことなのか。まあいいや。今日はもう、面倒臭いこと考えないでおこう。


「そんなことよりほら、サチコさん、皆も」

「そうね。まだ言ってないものね」

「はいじゃー皆整列」


 先輩、海さん、アラサー南の礼服三人組が、音頭を取って部員たちを並ばせた。


「じゃ、せーの」

『サチコ先輩、卒業おめでとうございます!』


 皆はちょっと恥ずかしそうにしながら、声を合わせた。これだけの目と意識が、こっちを向いているのに、誰も嫌な顔をしてないのが嬉しい。


「……ありがとう。本当に、ありがとうな」

「はい、花束」

「ありがとうございます。海さん」


 既卒者が四人くらいいるけど、細かいことはこの際無しだ。送られた祝福の言葉と態度が、胸いっぱいに満ちてくる。気温とは関係なく、体が温まるような感じがする。


「こんなの初めてだから、誰から何話していいか分かんなくなっちゃうな」


「順番でいいでしょ。ほら送る言葉を頂戴頂戴」

「斎! もうちょっと雰囲気を大事にしなさい!」

「落ち着け栄、気拙くなるよりよっぽどいいよ」


 先輩相手だと沸点が半分くらいになる栄を宥めつつ、俺は咳払いを一つして、卒業式の真似をすることにした。


「北斎」

「私が最初でいいの」

「在校生を練習台には出来ないだろ」

「うへえ~」


 礼服姿は全く似合ってなかったが、そこがまた先輩らしくもあった。この人に引っ張ってもらい、或いは引き摺られてここまで来た。


「あなたは俺の学校生活において、一番最初の友人でした。あなたの作った愛同研総合部があったから、俺はこの三年間、学校に通い続けることが出来ました。ありがとうございました」


「サチコもよく私に愛想を尽かさずに、付いて来てくれたね。おかげで私の高校生活は、満足の行くものになったよ。こちらこそありがとう」


「いつもいつも突飛なことを言い出すけれど、それが楽しみだった。これからもお元気で」


 軽くお辞儀をし合って、話を終える。


「東海」

「はい」


 次に呼んだのは、元バイト先の上司こと海さんだ。最初に会ったときと比べて、一番見た目が変わったのはこの人。


 髪も伸びて、礼服も似合ってる。俺のほうが年上なのに、ずっと大人びて見える。


「東雲で働かせてくれて、ありがとう。あの店と海さんがなけりゃ、俺は食い詰めてたと思う。働くだけの場所でもなくて、俺の神経が保ったのは、間違いなくあなたのおかげだ。本当に感謝してもし足りない。その後大学はどうです」


「お陰様で頑張れてるわ。私のほうこそ、サチコさんがお店に来てくれて、良かった。他の子と違って、貴女だけは私の友だちだった。仕事上は良くない関係なのかも知れないけど、私も助かってた。卒業おめでとう」


 示し合わせた訳でもないのに、互いにお辞儀をして終わる。俺の中の大人とか、社会人的な部分は、あの店で培ったものだ。


「次、南号」

『はい』


「どっちかにしなさい」

「じゃあ若いほうで」


 そう言って若いほうの南が前に出ると、若くないほうが舌打ちした。まだまだスーツがピカピカで、服に着られている感じだ。


 並んでみるとそっくりだが、十歳くらい違うと、確かに年齢の違いが分かる。


「初めはこっちのこと見下してて、まあ鼻持ちならなかったね。気に食わなかった」


 一年生たちがどよめき、栄が苦い顔をする。でも俺たちはこれで良いって、知ってる人らはそうじゃない。


「でも案外正義感が強くて、お節介で、かと思えば仕事は不真面目。好奇心が強くて八方美人だったが、作ってる態度が完全にお喋りなおばちゃんで、直ぐ残念なことになった。俺や先輩の身嗜みに、お前のほうが気を遣ってたのは、今でも覚えてる」


「あんたは人嫌いのくせに、根は寂しがりで心配性だったわね。いつも色んな事に巻き込まれたり、首を突っ込んだりして、恰好付けてるのかと思ったわ。乱暴者のくせに気が小さくて、何か問題が解決したときには、必ずへとへとになってニコリともしなかったわ」


 これじゃ憎まれ口叩いてんだか、称え合ってんだか分からんな。どっちでもいいけどさ。


「あんたはもうちょっと我が侭になりなさい。卒業おめでとう」

「あんがとよ。お前はもっと気を利かせろよな」


 二人の南を見て、一つ頷く。先輩が言い忘れていたことに気付いて『おめでとう』を取って付けたが、それはまあ置いておく。


「次、黄縣蘭。アガタ」

「はい」


 改めて見るとアガタは、初めて出会ったときから、雰囲気が随分と変わった。小顔に形のいい鼻、柳眉に切れ長の目、長い手足に膨らんだ胸、背も伸びて、何より愛嬌が付いた。


「綺麗になったな」

「ええ」

「そんで可愛くなった」

「でしょう」


 一ミリも謙遜しない態度で、ニコニコしながらこちらを見つめて来る。自慢が半分で、褒めるのが半分だ。


「皆さんのおかげですよ」

「まさかお前からそんな言葉が出るとはな」


 思わず笑ってしまったが、アガタは怒らなかった。今や全てが美しく、それでいて愛らしい。命の塊みたいな子だ。


「如何にも問題児って感じだったけど、大変なのは最初だけで、後はどんどん育っていくんだもん。思ったより手は掛からなかったぞ」


「そうですか? 私もっと嫌な子だと思いましたけど」

「気のせいだ。その証拠にお前はずっとここに来てた」


「ふふ、そうですね。腹立たしいことも有ったし、あなたと揉めたこともあったけど、後悔したことなんて無かった」


 後悔なんて無縁だろうとか言ってはいけない。


「今でも蘭は描くのか」

「ええ。これからもずっと描きますよ」

「そうか。達者でな」

「先輩も。今までありがとうございました」


 俺を見上げるアガタは、誇らしげにそう言ってくれた。


 元々才能の塊みたいな奴だったけど、愛同研で過ごすうちに余裕が出来て、人間的にも大化けした。そこは俺の自慢。


「北宋」

「はい」


「お前は心臓に悪かった」

「すいませんでした!」


 いきなり頭を下げないでくれ。頼むから。


「意外にノリが良かったし、周りとも馴染んで、問題が無さそうだった。先輩とも仲直りしたし。でも関係が深まるにつれて、それは見えてないだけだったと、思い知らされた」


「先輩」

「問題になってないから、問題がないかと言えば、それとこれとは別問題。これもう一生の標語にするから」

「先輩!」


「栄、褒めろ褒めろ!」

「そうよ栄さん、急いで媚びなさい!」

「外野は黙っとれ」


 俺はそんなこと強請ってないんだ。失敬な。


「最終的に二人して、滅茶苦茶しんどいことになったが、まあ何とかなったし、良かったと思う」


 少し屈んで目線を栄に合わせる。


「栄。お前はもう部長だ。選択を迫られたとき、お前が愛同研を取ることから、全ては始まる。それを忘れないようにな」


「はい……私こそ、最後の最後で、あんな」

「いいんだ。ちゃんと部員たちを頼れ。それだけでいい」

「はい、あの私、先輩が、先輩で良かったです」


 栄は少し涙ぐんで、鼻を啜り始めた。その肩を軽く叩いて、先輩たちに渡す。


「うん。ありがとうな、栄」

「サチコ先輩、今までお世話になりました……!」


 栄は挫けなければ、傷付く度に成長する奴だ。だからこそ、困難に向き合わせ続ける必要がある。本当はたぶん、あいつが一番手が掛かる。


「やれやれ、ようやく一年か」

「もうひと踏ん張りですよ先輩!」

「頑張ってください!」


 清水と飯泉が茶化すように言って来る。川匂は自分の番を待っているのか、顔を紅潮させ鼻息を荒くしている。そんなに期待することか。


「飯泉馨」

「うっす!」


 元気の良いツリ目の刈り上げ。寒さが和らいだので髪形が戻っている。背は人並みだが、筋肉はしっかり付いている。


「お前は結局体育会系に行かなかったな」

「私は体鍛えるのが好きなんであって、上下関係は緩いほうが好きっす」

「はっきり言うね」


 ふざけてパンチを打って来るが、鋭い拳には冗談の一つもない。色気も愛嬌もあるし、下手すると俺より体力派。


「正直なとこ、先輩方のおかげで私、初めて野球で勝てましたし、野球に勝てました」


「もう負け癖持ってるってことも無いだろ」

「はい。野球やってて良かったけど、野球辞められて良かったです」


 飯泉はしんみりしつつ、重い本心を吐き出した。


 こういうことは滅多に言わないだけに、どれだけこいつの中で、野球が枷になっていたことか。


「四月の試合じゃその、ボールぶつけちゃって、すいませんでした」


「ありゃ補り損なった俺の責任だろうが」

「投げ損なった私の責任でもあります。バッテリーってそういうことですから」


 この中で一番、自分とか甘えに厳しいのは、こいつかも知れない。凛々しくなったもんだよ。


「そっか。飯泉は面倒見が良いし、包容力もあるのは良いが、弱音をあまり吐かないのがいかん」

「そうなんですか」


「結局は頑張るんなら、弱音を吐きながらでもいいんだ。お前はもう少し自分を大事にしろ。いいな」

「だったら先輩もですよ。ありがとうございました!」


 勢いよくお辞儀をして、飯泉が下がる。それは受け入れかねるって感じだ。後は飯泉次第だが、言っておくべきことは言った。


「清水花麻里」

「あっはい」

「俺もう支払い残ってないよね」

「やめてくださいよ私のときだけ!」


 第二部室に掛かった諸費用は、一応今日までに支払い終えたはずである。カンパも集まって、そこは何度も確認した。したけど。


「未だに心配なんだよ。もう無いよね」

「無いですよ。ありません! あるとするなら贈る言葉! 私に! あなたが!」


 珍しくタレ目を怒らせている。そうは言うけど話を持ち掛けたり、取り立てたりしたのは君だぞ。乗ったのは俺だが、追い立ててるのはあなた。


「じゃあ言うけど」

「じゃあって何だよ言い直せよ」


 真剣に言われて俺は動揺した。ここまでがっつかれるとは想定してなかった。思ったより必死だ。


「ごめん。おほん、清水は悪賢いけど、その分目端が利いて、遠くまで物事が見えてる面がある。しかも割と積極的だ。お前が居なかったら、第二部室はあそこまで立派にならなかったろう。計画を立てて実行出来るのがお前の強みだ」


 うんうんと頷く清水。どうやら機嫌が直ったようだ。


「反面清水は甘えん坊というか、寂しがり屋みたいなとこがあって、孤独に弱いのは不味い。俺の人生だから参考にはならないかも知れないけど、生きてるとかなり寂しいときが、かなりの場面である。誰かと一緒にいたいなら、一人で居られるようになれ」


「はい。肝に命じておきます。その、今まで色々とお付き合いくださり、ありがとうございました」

「早く告れよ」

「うるせ!」


 耳打ちしたら追い払われてしまった。こいつの恋路を見届けたかったが、まあ頑張れよ。


「最後に、川匂伽織」

「はい」


 ツインテールのぽっちゃり系だが、最近ちょっと痩せた。未来から来た二代目ポリス生活も、ここで一旦おしまいか。


「お前は地味に何でも卒なく出来るが、距離を置いてる所がある。やってあげろって言うんじゃない。心配せずに、乗りかかって見ろ。俺たちは馬鹿だからよ、そのほうが楽しい。もっと楽しめ」


「先輩って、やっぱり結構皆のこと見てたんですね」

「狭い部室だ。嫌でも目に付く」

「そうですね。サチコ先輩……お世話になりました」


 柔らかな笑顔を見せて、川匂は皆を振り返った。元々自分で歩いてたんだ。他の奴らもいるし、きっと大丈夫だろう。


「これで、今度こそ終わりだな」


 少しだけしんみりするけど、涙が出るって感じじゃない。

ああでも、疲れたな。眩しいような疲れだ。


「この後は知っての通り、アガタの家で打ち上げやるから、来る奴は現地集合。以上解散、お疲れ様でした」


『お疲れ様でした!』


 最後の挨拶をしてから、一同を見回す。この三年間で、俺といてくれた仲間たち。どれだけうんざりしたり、救われたりしただろう。


 俺は解散後、ミトラスと家に帰って一旦着替えることにした。見れば他の教室でも、部室でも同じようなことになっている。


 ああ、いい三年間だった。


 そんなふうに思いながら、俺は自転車を押して、桜の吹雪く校門を潜った。


 さらば米神高等学校。俺の母校。

 さらば愛同研、俺の居場所。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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