・卒業 前編
・卒業 前編
いつもと同じ時間で学校が始まり、いつもと違う感じで体育館へ。俺たちは順番に席に座って、他の学年の生徒たちも、それに倣う。
さっきからずっとBGMに、卒業式で定番のピアノ曲が、延々とループしてる。
館内には入りきれないほどの保護者が、後ろにずらーっと並び、お子さんたちの卒業を見送らんとしている。中には当然、愛同研の三年生たちの親御さんもいて、初めて顔を知る人もいた。
誰もが礼服を着込んでいるが、たまにズレた感じの服装の人もいるのは、ご愛敬。
俺はと言えば、後輩たちのクラスが何処にあるかを見るくらいだ。保護者はいないし。ん、いや、アレは。
南と先輩と海さん。あとミトラス(猫)。来てくれたのは嬉しいけど、アラサーと猫はいいのか。特に猫。
律儀にバスケットに入ってるけど、それなら誰かその辺のおっさんにでも、化けたら良かったじゃないか。しかし四人揃うのも久し振りだな。
――ええ、それではこれより、20○○年度生の、卒業式を始めます。卒業生起立! ご来場の保護者の皆様、ご来賓の皆様は、ご着席ください。
先に外堀が座る。何故か『ここ要らないだろ』という起立と着席が、合間合間に挟まれるが、気にしてはいけない。
――それでは先ず。校長先生からご挨拶をお願いします。生徒起立!
号令と共に一、二年生たちも立ち上がる。この後他の学校からお越し頂いた、校長やら役員やらの挨拶があって、着席を言い渡される。
社交辞令の拍手を交え、縁も所縁も無い生徒代表たちの挨拶を聞いて、先生方のお話を聞いて、国家と校歌を斉唱して、卒業証書授与。
全員がこれを受け取るだけで、それまでと同じくらい時間が掛かる。構造上の欠陥ではとも思うが、見栄えを優先すると外せないんだろう。
つっても今日は俺にとっても、愛同研の連中の門出な訳だし、異議を挟むつもりはないが。
――東条光立。
「はい!」
元気よく返事をして、東条が壇上へと上がる。昭和系のハンサム顔だったお坊ちゃんが、三年間の鍛錬の末にゴリラとなった。最少は面倒臭い奴だったが、後々不良や他の部との抗争では、大変お世話になった。
戻って来る当人は、胸を張って歩いているのに、顔は涙ぐんでいる。ああ、立派になったもんだ。
ていうかお前の名前って『みつたつ』だったのか、何て書くんだろう。
その後も呼ばれる愛同研の面々。直接部活に入るのではなく、連盟してくれてるほうの部員たち。今初めて苗字や名前を知る連中の、まあ多いこと多いこと。
――風祭延清
んん? 延清? 延清は苗字だったはず。
ていうか風祭って運動部の卒業生であいつの彼女。
人違いか。
「はい」
いや合ってたわ。人違いと違うわ。もしかして婿入りしたのか。しかしそれなら、苗字が名前になってるのは何故。
改名したんだろうか。だとしたら元々の下の名前は、いったい何処に行ったのか。幼名か字にでもなったんだろうか。知らない所で身近な人にもドラマがあったようだ。
などと見送っている内に、とうとう俺のクラスまで順番が回って来た。思えば同じ学年の友だちは出来たけど、同じ年とか同じクラスの友達は、一人もできなかったな。
年齢のほうはどうにもならないけど、クラスのほうにご縁が無かったのが悔やまれる。
――臼居祥子
「はい」
名前を呼ばれて起立して、壇上へと歩く。周りの人たちがざわつくのが、ちょっとだけ恥ずかしい。
「臼居祥子、あなたは本学において、卒業の資格があることを、ここに証します。三年間よく頑張りましたね」
「ありがとうございます」
卒業証書が筒に納められ、手渡される。捧げ持ち、一歩下がってお辞儀をする。振り返ると見知った連中が、皆してこちらの顔を、ちゃんと見ていた。
愛同研の部員たちも、後ろの先輩たちも。ミトラスも。いつの間にやらちゃっかり人間に化けおって。
お辞儀をして、壇上を下りて席に戻る。次の人の名前が呼ばれて、そうして時間は過ぎて行った。
最後に先生方からまたお話があった。大学や就職に行く生徒に、これからの過ごし方や諸注意、社会人やその予備軍としての、心構え等々あって、そして。
――これにて20○○年度生の卒業式を終わります。
――卒業生、起立!
俺たちは立ち上がって、引率に従い体育館の裏から退場する。二年生と一年生の列の間、所謂花道ってのを歩く。
中には親しい後輩たちと、手を振り合ったり、声をかけて貰ったり。俺の場合はというと、栄たちの席が端っこにはないので、そういうやり取りは無い。
大勢の人の拍手に包まれ、見送られながら、それぞれの教室へと戻っていく。愛着の欠片もない教室に着けば、担任からのお別れと励ましの言葉、最後のホームルームに、誰も彼もがしんみりとしていた。
いじめに抵抗して、何人かの机と椅子が無くなった一年生の教室。
力を付けたら不良との争いが激化して、全員のロッカーや椅子や下駄箱まで被害を出した、二年生の教室。
それらも一段落して、平穏が訪れた三年生の教室。
気が付けば担任たけでなく学年主任も変わり、結構な数の生徒が退学になり、学校中のあちこちが壊れていた。そんな学校生活が終わろうとしている。
「それじゃあ体に気を付けて。何かに挫けたら、恥ずかしくても学校に来なさい。孤独を知らない人の、誰か頼れと言う言葉ほど、心を引き裂くものはありません。たぶん君たちの悩みを解決できないし、私たちは役に立たないと思います。それでも取り敢えず会いに来なさい。いいですね」
優しい口調で良いことを言うのは、クラスの副担任を勤めた、数学の先生だった。
うちの学校でも当たりの部類に入るのが、この数学の先生だ。これまで録でもない担任ばかり宛がわれたが、晩年が穏やかに過ごせたのは、この人を引いたからだろう。
今日という日を迎えたとあっては、数学の成績がいつも悪かったのは、申し訳ないことをしたと言わざるを得ない。ちなみに担任の挨拶は、卒業式の焼き直しみたいだったので割愛する。
「それでは、お前たちにとって最後の挨拶をする。日直」
「はい。起立! 気を付け! 礼!」
「……さようなら、今までありがとうございました」
『ありがとうございました!』
ここでうっかり『さようなら』の大合唱が起きないのは、事前に練習をしていたからである。でなければこの空気、絶対連られてしまうだろう。
教室から一歩外へ出れば、子どもの晴れ姿を祝う家族が、これでもかと集まっている。外は見計らったように晴れており、風も柔らかい。
校門の桜だってまだ散ってない。
絵に描いたように温かく、暖かい。
友だちや家族に囲まれ、写真を撮り、受験のときに話したであろう、これからのことをまた言い、或る者は直ぐに帰り、また或る者は学校中を練り歩く。
もう家で学校の話をしないような子も、今日ばかりは『自分の三年間はこうだったんだ』と、見せつけるように燥ぐ。
ふと思い立って、廊下の窓から校門を見る。外から二十台近い数のバイクが、静かーに集まっているのが見えた。暴走族ではない。バイク部の卒業生たちだ。
校舎から飛び出して、全速力で彼らの元へと走って行くのは、今日の卒業生。その場で制服からライダースーツに着替えて、納車されたばかりのバイクに跨って去って行く。
遠目から見てもワックワクのキラッキラ。
実年齢より十歳は若く見える喜び様。
間違いなくこの瞬間が人生最高の日。
「あいつら本当幸せそうだな」
思わず呟く間にも、全員が安全確認をしながら、順番に発車していく。あいつら以外にも、連盟部なりのお別れをしている頃だ。
俺もそろそろ行かなくちゃ。
足の向かう先はお馴染み、四階の空き教室だ。三年ひしめく最上階の片隅、奥にある空き教室。その一帯を占める部活がある。
俺の高校生活の在処。俺にとってもう一つの居場所。
そして、いつも皆がいる部屋。
その名も『愛同研総合部』
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




