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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
灰色のバレンタイン編
504/518

・萌しのまま

今回長めです

・萌しのまま



 結局ミトラスと先輩は、一向に距離が縮まらなかった。そんな中、月日は無情にも流れ、バレンタインデーを迎えることになってしまった。


 もっとも、正しくは明日なので、今日は前日ということになる。今日チョコを作って、明日学校に取りに来る。


「溶かして形を変えるだけなのに、妙にワクワクするぜ」

「あげる相手もいるし」

「チョコも美味しいし」


 飯泉、清水、川匂の一年生トリオが、エプロン姿でウキウキとしている。今日は料理部に頼んで、家庭科室を貸して頂いた。こんな所でも貸し切りだ。ちょっと偉くなった気分。


 ちなみに食器は家庭科室からの借用である。


「他のお菓子も大量に持ち込んだから、ただ食べるだけでも十分ですよ」

「難ならチョコレートを使った料理を作りましょうか」


 栄とアガタの二年生コンビも大分乗り気だ。

 皆こういうイベントに飢えてたんだな。


「それじゃ今日はよろしくお願いします」

『よろしくお願いします』


 そして予め誘っておいたので、ちゃんと先輩も参加した。OGがしれっと参加していることについては、特に誰も気にしてないようだった。


 卒業生が学校に来て、後輩に混ざって部活に出るってのは、有体に言えば変だ。でも別に悪いことじゃないしな。


「やはり南は来なかったか」

「声掛けたんだけど、歳を理由に断られた」

「今日だけでも若返ればいいのに」


 あいつって意外と真面目というか、頑固というか。


「これが自分のことじゃなかったら、みなみんも同じことを言ったと思うよ」

「でしょうね」


 明日南の分も持って行ってやるか。

 一年分くらいは積もった話もあることだし。


「じゃあサチコ先輩、そろそろ合図を」


「何言ってんだ栄、お前が部長なんだから、不甲斐ない俺たちに代わって仕切らないと」


「そうだぞ栄。私らのほうが偉いみたいに思われたら、皆に示しがつかないぞ」


「もう殆ど部外者だからっていい気なものね」


 調子に乗っていたらアガタにすげえ毒を吐かれた。

 部活を引退したら在校生でもOGだからね。


「無責任にバンバンものが言えるぜ!」

「飛ぶクビもないよ!」

「そこうるさい!」

『はい……』


 叱られてしまった。嫌味や憎まれ口ならどうってことないが、年下からちゃんと注意されると辛い。


「えー、ではこれより、愛同研主催のバレンタインデー用の、チョコレート作りを始めたいと思います。事故や怪我のないよう気を付けながら、それぞれ楽しんでください。では、始め!」


 やや固めの挨拶と共に、チョコ作りの開催が宣言された。ご丁寧にエプロンと白い三角巾、それにマスクを着用している。エプロンの柄は全員違うのに、制服を着ているよりも統一感がある。


「市販のチョコってこんなに種類あったのか」

「板チョコだけで全員別々になるとは驚きっすね」


 隣で飯泉が腕汲みをしながら唸る。ネットでダウンロードしたレシピを、色々と試してみるために、かなりの量が持ち込まれたのだが。


「これ全部そのまま食べたほうが良いんじゃ」

「量が多いから小分けにしたほうが良いよしーちゃん」


 清水と川匂がお得な業務用のチョコや、ビスケットと組み合わせたお菓子などを取り出す。


「一応果物も持って来ました」

「おせんべいとパンもあります」


 アガタと栄もチョコ以外を取り出す。この時点でチョコは少数派だ。


「目的の物を持って来てるのは俺たちだけだな」

「偉そうなこと言ってるけどさ、私らチョコしか持って来てないよ」


 それで良いと思うんだが。でももし全員が、他のお菓子やトッピングを持って来なければ、事故みたいな時間になっていたかも知れない。


「取り敢えずこれで、好きなようにやってみようか」

「そうだね」


 持参品のお披露目を終えた俺たちは、自分の欲しい物を取ると、家庭科室の方々に散った。一年生の三人組、二年生の二人組、そして俺と先輩。綺麗に三・二・二と別れた形だ。


「まあ何となく分かってはいた」

「サチコまた一人なの」

「三年は俺だけだからな」


 こういうのは一緒に組む友だちはいないのか、という意味である。だがそれに対して、学年や年齢を言い訳に出来るのは、学生ならではである。


「おいおい私やみなみんがいたら、一緒に組めてただろ」

「そうなんだけどさ」


 先輩を呼んでなかったら、栄たちに混ぜて貰おうと思ってたのは内緒だ。


「……私もさ、周りにずっと愛同研の、ううん、サチコとみなみんがいたらなーって、最近思うようになった」


「ずっとなのか最近なのか」

「最近になって、ずっといて欲しいと思うようになった」


 ポットのボタンを押して、ボールにお湯を注ぐ。その上にもう一つ、今度は空のボールを乗せる。温まったらチョコを砕いて入れる。


「彼氏が欲しいとか、異性がどうとかは今も思わないんだ。でも、誰かいてもいいかなって」


 先輩。


「それはそれとして、前から一人ではしてたんでしょ」

「当ったり前だろ。相手がいない人間は皆そうだよ」


 相手がいたって一人ですることはあるが、言うだけ野暮なので黙っておく。


「サチコはこの前さ、私でもイケルって言ったじゃん」

「イケ、ああうん」


「あれってさ、今でもそう思ってる」

「なんだみーちゃんと上手く行ってないのか」


「そうだけど、それとは別の話」

「どうしても無理なら無理で良いけどよ」


 溶け始めたチョコを、ヘラで均しながら言葉を探す。

 他のグループを見ると、やってることはてんでバラバラ。

 誰もレシピなんか見ちゃいねえ。


「俺がこっちに戻って来た理由って言ったっけ」

「うん。高校を卒業するためでしょ」

「お陰様で、どうにか出来そうだ」


 チョコを追加して、同じ工程を繰り返す。形になる前の液状が、一番綺麗な状態だと言う人もいるが、これを学生の頃と例えれば、頷く人もいるだろう。首を横に振る奴もいるだろうが。


「向こうでさ、こっちに戻ってもろくなことないって言われたよ。お呪いまでした」


 効果が無かったのか。それとも効果が有ってこれなのか。今でも分からない。


「二年のときだ。俺がもしも、向こうに行ってなかったら、高校を卒業出来ずに死んでたことを知った。向こうに行ってても、一人だったら卒業出来なかったかも知れない」


 修行や魔法もなしに、果たして何処まで、この時代を生き残れただろう。


「でも何故そうなるんだろうって、考えたことはなかった」

「サチコが生きていけない理由かあ。就職先とか、戦いの結果とかかな」

「いや、たぶんもっと根本的な話」


 ドライフルーツと砕いたナッツを加えて、よく混ぜる。溶かしたバターとヨーグルトも入れる。


 混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜて混ぜる。


「今思うとそういう俺は、たぶん部長に会えなかったんじゃないかって、思うんだ」


 隣を見る。随分と背が高くなっちまった。最初に出会ったとき、そんなに背丈は違ってなかったのに。ミトラスのときも思ったけど、こういう不揃いは寂しいな。


「もしも中学からそのまま進んで、あんたと出会えてたら、卒業は無理でも死にはしなかったし、向こうから一人で戻る場合でも、ギリギリ卒業までは行けたんじゃないかなって。それで」


 隣の制作状況を見ると、大きいビスケットの上にカステラを敷いて、そこにチョコをかけている。その上に繰り返しでまたビスケット、そしてカステラ。


「俺たちがそういう関係になることも、もしかしたらあったのかもしれない。その場合はたぶん、俺とあんたはそういうものなんだって、思ってるんじゃないかな」


 いつもと言って良いくらい、お前も一緒にいてくれた。


「なんだよそれ、それって結局、イエスかノーかどっちなんだよ」

「いつも最後はイエスだったろ」


 見れば先輩の顔は赤くなっていた。暖房や作業の暑さでないことは、俺にも分かった。


「私、やっぱりサチコのほうがいいかな」

「悪いけど売約済みなの。イテ」


 クサい台詞を言った直後に、肘で腰を突っつかれる。先輩は、斎は、眩しさに目を細めるような、そんな表情で笑っていた。


 ああ、俺やっぱり、この人好きだな。

 

「ねえ」

「んー」

「サチコはそういうけどさ、みなみんとの場合はどうなるの。どうっていうか、まあ色々すっ飛ばして、相手がみなみんだった場合」


「そこは南次第かな」

「なんだそれズルーイ」

「ずるくない」


 斎と南は違うし、あいつ自分からは動かない気がする。


「固まるのを待つ所まで行くともう暇だな」

「食パン焼いて塗ったらいいじゃん」

「余った分は食べて帰ろう!」


 見れば一年生たちは既にチョコ作りを終えて、消化試合に移ろうとしていた。時間にして一時間も経っていない。


 こっちも型に入れたり嵌めたりして、作業は済んでいる。


「そんなにすることないしね」

「私たちも引き上げましょう」

「そーすっか」


 俺たちは後片付けを済ますと、冷凍庫もしくは冷蔵庫に作品を仕舞い、栄から帰りの挨拶をして貰って解散となった。


「チョコを食うためだけに学校来んのか」


 溜息を吐きながら、帰り道で先輩が零す。周囲は当然の夕方で、本来なら心細さを覚えるだろう。エプロン姿の下に何故か学生服を着た、今でも学生にしか見えないこの人がいなければ。


「先輩の分だけ持って行きましょうか」

「いいよ。ちゃんと来るから。それよりもサチコ」

「何です」


 途中で別れるという辺りで、声を掛けられた。


「今夜ね、みーちゃんを呼んで欲しいんだ」


 どういう心境の変化か、先輩は言った。いつもの茶化すような雰囲気や、欲望に濁った瞳でもない。


 正直、この件は止めにしようと言い出したほうが自然なくらい、穏やかで優しい顔だった。


「先輩、それって」

「これでおしまいにするから。最後のお願い」


 頭の上で両手を合わせて、ふざけて見せた彼女だったが、どこかいつも通りとは違っている


「分かったよ。伝えとく」

「ありがと……サチコ!」


 笑って去って行く斎は、こちらを振り向くと、もう一度俺の名前を呼んだ。


「またね!」

「ああ、またな!」


 それだけ言って、また歩き出す。小さくなっていく背中が、見えなくなるまで待ってから、俺も家へ帰った。


 これで俺たちの何かが変わってしまうんだろうか。少しだけ不安になったが、俺の気持ちに反して今日は月が明るく、吹き抜ける夜風は、春風のように暖かかった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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