・愚行であるが過ちではない文化的な愚行
・愚行であるが過ちではない文化的な愚行
俺は愛同研にて清水を連れ出すと、グラウンド側にある第二部室へとやって来た。既にローン返済もやり遂げてあり、これだけは紛れもなく、俺の部長としての功績である。
「でだな、お前に相談したいのは他でもない。エロいことについてなんだ」
「私一人だけって時点でそんな気はしてました」
清水はスケベそうなタレ目に違わずスケベである。若い内から性欲が強く、しかも女生徒にその視線を向けて、日々を過ごしているのだ。
何気に俺の知り合いの中では、こういうことを話せる貴重な存在である。
「実はな……斯く斯く云々という訳なんだ」
「なるほど、それは面倒臭いことになりましたね」
俺が掻い摘んで事情を説明すると、清水は険しい表情で頷いた。皆こういうとき理解が早くて助かるぜ。
「とりあえず言えることは、その女の人は最低限度、相手の男が好きですね。でなきゃそんな条件や判定に、先ず引っかからないですから」
「やはりそう思うか」
「これはもう確定かと」
そうだよね。幾らデリカシーの欠片もない先輩でも、前提としてミトラスを好き好んでいるから、こんな話を持ち掛けているんだし。
「そして男の人は、気持ちが乗らないとは言いつつも、裸が気に入らないとは、言ってないんですよね」
「そんなこと思っても言わないと思うぞ。思ってもないと思うけど」
「落ち着いてください先輩」
清水の言うことが、何となく心臓に悪かったので、思わず早口になってしまった。
「これはですね、一見複雑そうに見えて、実はかなり単純な問題ですよ」
「真面目に」
「マジマジ」
こんなことで真面目もへったくれも無い気もするが、とにかく話を聞こう。
「男の人からすれば、性格が合わないだけで、体はイケるってこと。これ大事。やる以上は相性が大事なんですから、直に触るんですから、ここがイケるなら大丈夫です」
すげえ自信だ。まるで百戦錬磨、一騎当千。
「でも性格で萎えるってよっぽどだぞ」
「気持ちの問題は結構やり過ごせるし、誤魔化せますよ」
「いいのかそれ」
「いや、元々付き合っても無い男女に、エッチさせたいっていう先輩が、言っていい台詞じゃないですよ」
ごもっとも。
「だいたい何でそんなことになったんですか」
「相手の女は俺の先輩なんだよ。ようやくそういうのにも興味が出て来たし、出来ればさせてやりたいっていうか」
本音は他の女に言い寄られて、えっちをする度に心の傷が増えていく、ミトラスの状況を改善したいというものだ。
まあ先輩のことも嘘ではないんだが。
「ああ分かります。こういうのって普段より真剣になっちゃいますよね。妙に肩入れしたくなるっていうか。でも先輩の先輩っていうと、あの」
「そうその」
清水は先輩のことを思い出してか、少しの間沈黙し、しばらくの間部室をうろうろと歩き回り、最終的にはベッドに座り込む。
「確かに。ここを逃したらって気持ちになりますね」
「やめろ。俺は見合い婆でも高齢親でもない」
「でも親切心でやってますよね。幾らかは」
「ぐっ」
清水の言葉が胸を抉る。自分がこんなくだらないことに、良心から参加していることを、認めたくなかった。しかし否定できない。
俺にもっと分かり易い下心があれば、こんな気持ちの悪い後ろめたさに、苦しまずに済んだものを。
「そ、それはそうだろう。俺がする訳じゃないんだし」
「……そうですね。すいませんでした」
やめろ。謝るな。余計に辛くなるだろうが。本当はミトラスが俺の彼氏だと言えれば、いや、それはそれで不味い気がする。
なんだこれ。もしかして詰んでねえか。もしかして俺の頭がおかしいのか。いや冷静に考えなくても断ればいいだけのことを進めてしまった時点で完全に言い逃れのしようもなく客観的に俺の判断を肯定的に捉えることは極めて困難で
「うーん」
「サチコ先輩、話を戻しましょうよ」
「あっああうん。そうだね」
いかんいかん。こういうとき素面になると、大変なことになる。危ない所だった。
「相手の女の性格が合わないなら、喋らせないでその気にさせたら良いんです」
「いきなり始めろってこと」
「それが出来れば一番ですけどね、こういうのは文明の利器を頼るんですよ」
「……最初からある程度出来上がってる状態にするのか」
清水は非常に軽快な動作で人差し指を立てると、得意げに「そういうこと」と言った。そうか、何も一から十まで全部二人にやらせる必要はないのか。
となると、ミトラスは直前まで俺が相手をして、先輩には悪いが自分で準備をして貰うか。それで途中まで行ったら、最後に引き合わせて。
「上手くいくかな」
「簡単ですよ。こういうとき昔から使われてきた、強力な手段がありますからね」
清水が勝ち誇ったような口調で言う。猥談でこんなに自信満々とか、こいつの将来がちょっと心配。
「そんなのがあるのか」
「ありますよ。凄い簡単なのが」
「あるのか。それはいったい」
俺の問いに対して、目の前のタレ目はチラリとテレビを見た。正確にはテレビの下を。どちらも部員たちが持ち込んだ物だが、この流れで言わんとしていることは、俺にも理解できた。
ビデオデッキ。
DVDも再生できるやつ。
「エロビの鑑賞会ですよ」
「お前女子でそれをやるのか」
「女子だからこういうことしません?」
「誰と」
「え」
「誰とよ」
清水と目を合わせて喋るのが辛くなってきた。言葉を交わすにも距離が生まれたように思える。
「飯とか……」
「川匂とは」
「川やんは別にいいじゃないですか!」
「仲はどこまで進展したんだ」
「川やんとは、こないだ手を繋いで……」
「飯泉とは」
「飯は別にいいじゃないですか!」
「どこまで」
「いやその、こういうの見たら、そういう気分になるし」
気の毒だがな清水。お前の恋は叶わないというか、最終的にお前の横にいるのは、俺はやっぱり飯泉なんじゃないかと思うんだよ。
あいつはお前でもいいかなって、まんざらでもなかったし。先に関係を持って、事実婚状態に突入するとしたら、明らかにツリ目のほうだよ。
「そっか。頑張れよ」
「ハイ。アリガトウゴザイマス」
話が脱線したことで、思わず後輩に手傷を負わせてしまったが、これで一つ目処が立った。何も最初に相手に欲情する必要はない。
とんでもねえ爆弾発言だったが、これはまあその通りだ。先輩にも俺にも、当然ミトラスにも性的志向がある。お互いの部屋に、決して触れてはならぬゴニョゴニョがある。
これで気分を盛り上げて、問題の箇所をスルーしてしまえばいいのだ。
問題は鑑賞会をして、相手の代わりにやる気にさせる以上、異性の代わりをするという点であり、先輩とミトラスが共通して、ムラっと来るコンテンツが必要だということだ。
「なあ清水、聞いておいて悪いんだけど、両方がその気になる作品がなかったら、どうなるんだ」
「ああ、片方には無理だったりする場合ですね」
「そうだ」
「諦めましょう」
あっさり言いやがって。でもエロビの鑑賞会なんかしてる状況だぞ。健全な青少年ならば、熱中しておしまいのはず。
「大丈夫です。よほど特殊な内容でなければ、ちゃんとやらしい気持ちになりますよ」
こんなマインスイーパーやりたくなかったな。だが傾向と対策の把握は可能だ。家に帰ってミトラスの部屋を漁ったら、今度は先輩に連絡する。やましい資料の母数は先輩を基準にしたほうが、圧倒的に有利だからだ。
その中からミトラスの好みと、合致するものを選び、無ければ用意する。可能ならば、先輩の好みも折衷するようにしつつ、だ。
性接待ってこんな苦労しなきゃいけないもんだったのか。
苦界だなあ。
「本当、生きてると何が起きるか分からんよ」
「こんな事態に直面する人滅多にいませんけどね」
「分かってるけど言うな。疲れる。すー、ふう。ん、じゃあ帰るわ。今日はあんがと」
「え、折角だから寝ていきましょうよ」
清水はベッドに座りながら、自分の隣を軽く叩いた。
「構わないけど、俺でいいのか」
「むしろ一番割り切れますから」
ドアに鍵をかけると、俺は清水の誘いに乗って、彼女に覆いかぶさった。息を吸うと、石鹸ともシャンプーとも違う、生の匂いが肺の隅々まで広がる。
「どこまでするんだ」
「このままでいいです。私、やらしいのも好きだけど、同性と抱き合うだけっていうが、一番落ち着くし、本当は一番好きなんです」
好色なのはキャラ付けか。難儀な奴だ。川匂と飯泉との関係も、その辺関係ありそう。
「皆がもっとえっちで開放的なら良かったのになー」
「今はこれで我慢しろよ」
「はあい、えっへへ」
そう言って、清水は少しして寝息を立て始めた。欲求を持て余す者と、そうでない者の個人差はあまりにも大きい。
このタレ目が言ったように、ミトラスがもう少しオープンで、或いは先輩がもう少し彼の好みだったら、気を揉まずに済んだのだろう。
「先輩はもうちょっと体臭きついほうがいいですよ」
「うっせえ黙って寝ろ」
そうして俺たちは、放課後までの時間を第二部室で過ごした。腹が出てるほうがいいだの、体臭がきついほうがいいだの、どいつもこいつも好き勝手言いやがって。
人の好みというものは、本当に度し難い情緒である。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




