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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
灰色のバレンタイン編
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・共通の友人トライアングル

・共通の友人トライアングル



 それからの数日間!


 とある夜では。


「今日北さんと君のことを話したんだけど」


 同じベッドの中で、ファンタジックな緑髪の少年は、そう切り出した。相手の猫耳を撫でながら、自分の耳を傾ける。


「サチウスのことをよく見ててさ、僕も猫の姿で何度か学校に行ったけど、やっぱり日頃から、大事な人を見てくれてる人がいるのって、ありがたいなぁって思ったよ」


「具体的にはどう言ってたんだ」


「君の部活、愛同研の皆を助けたり、他の部を手伝ったり、そのときのことを教えてもらったよ。タイヤを運んだり、危ない実験に付き合うことも、あったんだってね」


 もうちょっとこう、別のエピソードに触れて欲しい。園芸部と一緒に花壇の手入れをしたとか、料理部と一緒に料理をしたとか。


「運動部と十人組手をしたり、サバゲ―で囮になったり」

「うん、うん」

「オカルト部と地鎮祭をしたり、とにかく凄かった」


 衣装部で初めてちゃんとした服のモデルをしたとか、漫研で制作を手伝った漫画が、雑誌の佳作になったりとか、そういう所には触れられなかったのだろうか。


「僕の知らないサチウスが、そんなに沢山あったんだって、ちょっと悔しかった」


「そ、そうか」


 楽しそうに語るミトラスに反して、俺は微妙な気持ちになった。思い出話は一つや二つじゃないから、もっと良い話もあるはずなんだが。


「それを言ったら俺だって、学校通ってる間は、ミトラスのことを見てられなかった。この三年間のミトラスを、俺は全然知らないんだぞ」


「前よりも二人で、近くで支え合って生きてたはずなのに。不思議で、何だか少しだけ寂しいね」


 乙女チックなこと言いやがって。気持ちは分かるけどさ。誰かと生きていくとき、これが一番大変なのかも知れない。


「湿っぽいのは止そう。先輩は他に何か言ってたか」

「まだまだ沢山あるよ。また会って、君のことを聞くのが楽しみ」


「そうか。俺もお前のことを誰かから聞けたらな」

「ふふ、古本屋か図書館に行けばいいんじゃない」


 悪戯っぽく笑うミトラスの言葉に、俺は二人の少年少女のことを思い出した。あの子たちは今頃どうしてるんだろうか。


「会えなかったとき、どうしていたか分かるっていうのも、良いものだね」

「悪いニュースが無ければな」


 俺がそう言うと、ミトラスが吹き出した。まあ、人の噂はだいたい良くないものだけど。


「北さんはね、君に嫌われたくなかったんだって。だからあんな回りくどいことをしたんだ。君だって結構好かれてるんだ」


「そっか。今回はあの人の欲求の種類が不味かったのと、それがたまたまこっちを向いたっていう、事故みたいなもんだし、俺もあんまり気にしてないんだけど」


 それにしても、この前と違って随分先輩と打ち解けたらしい。この分なら改めて一線を越える日も、遠くない出来事なのかも知れない。


 このときは、そう思ったんだ。



 そしてまた別の日。



 とある夜では。


「ごめんね。また原稿手伝って貰っちゃって」

「風景模写するだけだからいいですよ」


 同じテーブルを囲みながら、市松人形みたいになった先輩は、そう呟いた。白紙に背景を描き込みながら、俺は耳を傾ける。


 おかしいな。ちゃんと素材をトレースしてるはずなんだけど。俺が描くと変になってしまう。


「ていうか先輩まだロボット描いてたんですね」

「まだって言うなよ一生描くよ」


 先輩が参加予定の同人イベント、それに出す作品がまだ完成していないのだ。直接入稿だから大丈夫とは言うが、大丈夫だった例はない。


「今回は珍しく二次創作なんですね」


「うん、みーちゃんから異世界のことを聞いてね、イメージは出来上がったんだけど、いきなり形にするよりは、先ずは似たものでやってみようと思って」


 先輩のパソコンの画面には、魔物のケンタウロスと思わせるロボと、昆虫を思わせる人型ロボが二人一組で戦っている場面が映っている。


 原作が終了した作品同士を、一つの世界観に元々あったものとしてぶち込むという、ご長寿ロボットものには珍しくない構成をしている。


「メカデザインもある程度共通してるのな」

「並べてみると親和性があって妄想が捗るよ」


 そうこう言いながら、先輩は話をまとめるのに頭を悩ませている。この人に話を書きたいだけ書かせると、多くなり過ぎるきらいがある。


 必要な場面の取捨選択と、そこを繋げる再構成は、この人でも難しいのだろう。


「タイムマシンの中でゆっくりやったらいいのに」


「そんなの永久にやらないに決まってるだろ。締め切りはガソリンなんだよ」


 爆発するのか。


「折角異世界のゴーレムの話も聞けたことだし、熱量があるうちに、手と頭を動かしておきたいんだから、落ち着いたら逆にいけないよ」


「そんなもんですかね」


 ゴーレムか。異世界にいたときほ、地元の大会で優勝したこともあったな。後続がどんどん強くなるから、さっさと引退して勝ち逃げしたんだっけ。懐かしいな。


「そういや俺は首を突っ込まなかったけど、軍事用のゴーレムとかって異世界はどうなってたんだろう」


「え、サチコはそこ聞かなかったの。ダメじゃん異世界にいたのに」

「申し訳ない」


 つっても破産寸前の自治体で軍事の話なんかせんよ。

 でも帰ったらミトラスに聞いてみるかな。


「やっぱ本場の異世界人の話は新鮮だったよ。サチコとの惚気のほうが多かったけど」


「え、ミトラスから何聞いたんですか」

「沢山聞いたよお」


 先輩がやらしい笑みを浮かべる。


「例えば告白したときとか、初チューのときとか」

「聞かれたからってそんなこと答えるなよ……」

「みーちゃん自身はかなりノリノリだったよ」


 もしかして誰かに言いたかったのか。自慢したかったのか。その、俺とのことを。

 あやべえ急に恥ずかしくなってきた。


「私には経験のないことだからさあ、すっごい参考になったね。現実味もないから、これで十八禁作ったらイケルんじゃないかってくらい」


「やめてくれ」


 こいつ以前も俺でやりやがったからな。俺たちが異世界に帰ったら、間違いなくまたやるだろう。


「他にもお家騒動に巻き込まれたり、妖精たちと戯れたり、失敗したことや日々の様子なんてことまで言って、みーちゃんはサチコのことが、本当に好きなんだなって」


「むず痒くなってきた」


「サチコとはお別れになりそうだから、心配というか不安というか、そんな感じだったけど、二人が一緒ならきっと大丈夫だね。月並みだけどさ」


 先輩は先輩で、ミトラスの気持ちも分かってきたみたいだ。ミトラスから聞いた話だと、初めは無神経な性獣みたいな言われ方だったけど、ここに来て大分、人として成長したようだ。


 この分なら改めて一線を越える日も、遠くない出来事なのかも知れない。


 このときも、そう思ったんだ。



 しかしそれからも、二人はお互いが俺のことを良く言っている、思っていると言いながら、お互いのことに言及すること、殆どなかった。


 間に俺を挟んで、距離を詰めることを拒否していた。


 片や相手の気持ちなどは関係なく、スケベがしたいだけの先輩と、相手と自分の気持ちを重視するミトラス。


 恐らく二人共、自分たちの間にある溝には、気が付いているはずだ。そしてそれを埋める気が全くない。ミトラスに対する先輩の好感度は、たぶん友だちに近い所までで頭打ちだろう。現状では。


「これはいかん奴では」

「何がですか先輩」

「いや独り言だよ」

「はあ」


 とある日の放課後の部室。おやつを頬張っていた川匂とそんなやり取りをする。口元の食べかすを清水に拭いて貰い、どことなく満足げ。


「知り合いのことでちょっとな」


 一方でミトラスもまた、そこまで愛着とか情を育む気はないのだ。俺のこれまでの人生経験、二人との仲の発展を振り返ると、体験を共有することが大切だ。


 学校生活と冒険。私生活と夜の営み。そういうのを通して、俺は二人と仲良くなってきた。


 現状二人に営みをさせるには、気持ちの進展が必要だ。しかし気持ちの進展には、営みをさせたほうが早いと来ている。


 AのためにはBが必要だが、Bを得るにはAが必要だ。まるでモンスターの弱点を突くためには、そのモンスターを倒す必要があるという、どこぞのゲームみたいな話である。


 今からミトラスと先輩を同棲させてもなあ。俺は二人の性格をある程度知ってるから言えるが、最初の抵抗を無視して、回数を重ねて慣れるのが、手っ取り早いし無難だ。


 問題はそれさえもどうしたらいいか、見当つかないってことなんだが。


「うーむ、どうすっか」

「悩み事なら聞きますよ。聞くだけですけど」


 冬の寒さに屈して、髪を伸ばしっ放しの川匂が言う。

 相談、相談か。こんな話が出来そうな奴なんて……。


「清水、ちょっと話があるんだがいいか」

「え、私ですか。別に良いですけど」


 いることにはいる。ここは一つ、常日頃からこういうことを考えてそうな奴に、相談をしてみるしかないか。


 まさが折角上がった俺の株を、こんな形で売り払うときが来るとはな。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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