・時を越えた三人
今回長いです
・時を越えた三人
「第三中華帝国だあ?」
昨日の激闘から明けて翌日の日曜日。俺と先輩とミトラスは、愛同研の部室で過ごしていた。時刻は昼前で、もうじき南が来る予定である。
「そうそう。本部にやって来た連中の持ち物と、タイムマシンを調べたら分かったんだよ」
歴史を修正したことにより、昨日の黒い兵隊たちは存在ごと消滅したが、時空警察本部に乗り込んだ分は残ってしまったらしい。
「ざっと150年後。ご丁寧にプロパガンダ映像まであってね。個人情報は無かったけど、そこで彼らのルーツが語られてた訳よ。見る」
向かいの席に座っていた先輩が、机をこっちに合わせながら言う。ついでに南の分もやっといてやるか。
「いや、話だけでいいです」
「えー見ようよー」
俺の机の上で横になっていたミトラス(猫)が、抗議の声を上げたので、無言で反対側に裏返す。
「第三ってことは第二と第一はどうなったんで」
「第一は滅亡、第二も第三も勝手に名乗ってるだけ」
「何だそりゃ」
先輩は持参したノートパソコンの画面をこちらに向けた。
世界地図のようだが三分の二が赤い。
「元々は中国が支配して、一つの地域として統一したのが第二。その後ロシアを滅ぼして出来たのが第三」
「第二帝国の範囲、これ殆どアフリカだな」
「ここで移民や工作員を集めて、延々とロシアに垂れ流してたみたい。そうして国内の治安を崩壊させてから、暴徒化させて、最終的に国を乗っ取ったんだ。めっちゃ誇らしげに言ってたよ。六ヶ国語くらいで」
先輩が指折り数える中には、日本語も含まれていた。
そんな世の中でも残ってるんだから、うちってしぶとい。
「こっちに来たのは第二か、それとも」
「第三。第一はロシアにしたことを、そっくりそのまま第二にやられたんだ。めっちゃこき下ろされてた」
「よく中国共産党に粛清されなかったですね」
「流入したマフィアの武力が当局を上回ったんだ。おっかない話だよ。利益で制御していたけど、彼らのボスとして君臨しようとしたのが命取りだった」
特別待遇でのびのびさせてれば良かったものを、わざわざ支配しようとして反発されたのか。
「そうして揉めてるうちに第三帝国は、当局の目を盗んで勝手に独立」
「独立したのに第三を名乗ってるのか」
「元々は違う名前の予定だったらしいけどね」
「まんまとパクられたのか。皮肉な話だ」
「後はそのまま地方の監視網が破壊されていって、国民が反政府で纏まってしまい、内乱とクーデターが勃発、無政府状態に突入しましたとさ」
元々相手の言うことを、全然聞かない人たちだったってのもあるだろうが、中国共産党は中国にしか無かったということでもある。
乱暴に締めくくると、その場の統治者としては、相応しくなかったってことか。よくある話だ。
「第二はその後どうなったんです」
「程無くして第二も内乱で分裂。国連も手を付けず仕舞い。第三中華帝国がロシアの代わりになってそのまま」
そこで混血が進んだことで、ああいう連中が生まれるようになったのか。時の流れは不思議だな。
「タイムマシンがあったのに」
「敵しか作れないなら、最後はそうなるんだろうよ」
先輩は小さく肩を竦めた。タイムマシンを使い、覇権を握りかけていても、免れないことはあるらしい。
「こう考えると、俺が愛同研のイメージ転換を図ったのは、正解だったかも知れん」
「スケール小さくなったなー」
「全ての敵を滅ぼせるようになると、全てを敵にしたくなる。人の性の一つだね」
「迷惑な話だ」
などと話しながら、裏返したミトラスを回していると、部室のドアが開かれた。
「日曜日だってのに学校に来て、何辛気臭いこと言ってるのよ、学生のくせに」
亜麻色のゆるふわヘアーに、未だ疲れの浮かんだ眠そうな目。十年で背も伸びた三十路の友人。
南だった。
「あ、先生」
「誰が先生よ!」
「もうそういう歳だから」
そういう先輩だって、教員の講座を受講していることを、俺は知っている。
「あんたらだって学校卒業したらもう終わりよ」
「もう終わりって言い方はないだろ」
「せめて若くないくらいに留めてみなみん」
「あんたらも早く歳取りなさいよ」
悪態を吐きつつ、南は俺たちが横付けしておいた席に座った。次にミトラスを下ろして、上体をだらしなく、机の上に伸ばす。
「そんなことよりもだ」
「マックス氏はどうなったんだい」
「ちっ、話をはぐらかしたわね」
当然のことに何故か舌打ちをした南だったが、咳払いをすると質問に答え始めた。
「ちゃんと記憶処理は済ませたわよ」
その報告を聞いて、俺は胸を撫で下ろした。この世界の歴史を維持するには、何よりマックスの行動が変わらないことが重要だ。
だからこそ、彼には事情を説明して記憶を消させてもらい、結果的に『何事も無かったことになった』昨日に戻す必要があったのだ。
まあこのことはさっき、先輩から突然聞かされたんだけども。南はって聞いたらこれだもん驚くわ。
「あいつが家に来たのは、俺にとっては二年前だけど、あいつにとっては二年後のことだしな。これからの行動が変わると、俺の過去も変わっちゃう恐れがあるし」
「十分なお礼をしてあげられなかったけどね」
「私の家に泊めてあげたんだから十分でしょ」
こういうのは早めに済ませておきたかったしな。ていうか気にしてなかったが、あいつ南の家に泊まってたのか。
「いやアレなら別にお礼ってほどでも」
「え、あの人何かやったの」
「消防車を山に来させないために、自転車を盗んでは片っ端から進路上に並べたそうだ。おかげで黒いのとの鉢合わせは避けられたけど、格好は良くなかったな」
質問に答えると、南は何とも言えない表情になった。もしも思い出に残すか、残さないかが選べるなら、かなり悩む所である。
「ともあれこれで一件落着だ。タイムマシン拡散は無かったことになり、時間に平和が訪れた。みなみんも消えずに済んだし、私たちも無事。めでたしめでたしじゃないの」
終わって見ればこの事件、二つの未来が残った。
一つは初めからタイムマシンが拡散されなかった未来。
一つはタイムマシンの拡散が無かったことにされた未来。
後者は目の前の南が帰る未来で、前者はこれから始まる、新しい未来である。
「礼と言えば、蓮乗寺たちは来ないんですか」
現代での防衛成功は、間違いなくウルカ爺さんとあいつのコネのおかげだ。当人たちにもまた恩が出来た。この世界をお暇する前に、その辺ちゃんとしておかないと。
「それがオカルト部の皆や、集まった天狗の仲間たちに、お礼を言って回るのに忙しいんだって」
「あいつも人の上に立つ身か」
「川匂さんのほうは」
「あの子なら、マックス氏の記憶処理のときまでは一緒にいたけど、その後は友だちに会いに行くんだって」
「あいつって妙にお前に懐いてるよな」
「本当、初対面のときから気に入られちゃって」
「お前に似てるからだな」
「サチコに似てるからかしら」
……?
聞き間違いかな?
「いや、川匂は南に似てるだろ」
「ふっ、どう見てもサチコ寄りでしょ」
たぶん俺たちは川匂の悪い所を指して、お互いに似てると思ってるのだ。誰の腹が出てるってんだよ。
「私は太ってないわよ」
「想像の裏付けご苦労さん」
「この話は止そう。止め止め!」
先輩の言葉に、俺と南は一度深呼吸をした。二人共成人してるからな。もっと言うと女子高生の年齢は、この場に存在しない。
「ねえ、僕にはないの」
机を下ろされたミトラスが不満そうに言った。抱き上げて南の背中に置くと、すると南はわざとらしい呻き声を出してから、体を起こした。
「そういえばみーちゃんの所には、どのくらいの敵が出て来たんだい」
「九十隻くらい。もうちょっとで百隻落とせたのに、途中から出なくなっちゃって」
「川匂さんのとこだって三十行かなかったのに」
俺だってありったけの力で一隻がやっとだったのに。
「凄かったわよ。残骸で山が出来てたもの」
「お前ってやっぱり魔王なんだな」
「撃墜王だね」
「撃墜魔王って呼んで」
などと言いつつ三人でミトラスをもみくちゃにした。身も蓋も無い言い方をすれば大量殺人だが、相手が敵なら話は別だ。非常に頼もしく、誇らしい。
「そういやサチコとみーちゃんって付き合ってるのよね」
「同棲してそろそろ丸六年になります」
「異世界のことは話してくれたけど、彼氏のことは黙ってたよね。なんで」
先輩がいきなり鋭い質問をぶっ刺してくる。二人には俺のことを打ち明けたけど、ミトラスの正体については黙っていた。
「今の人間関係を、そのままにしておきたかったんだ」
「話しても変わらなかったんじゃない」
「いやどうだろう。僕は結構モテるし」
「自分で言うんじゃありません」
ミトラスの言葉を冗談として受け取り、南は笑っていた。しかし俺と、顎を撫でられてふるふる言ってるそこの猫にとっては、かなり重い要素である。
なんだかんだで先輩も物欲しそうに見てるし。
「正直言うと、三人の間に男を入れたくなかったんだ」
『うわあむかつく』
「違う。そういう意味じゃない」
これでは俺が二人の嫉妬を買いたくない、嫌な女になってしまう。そういう気持ちが無かったかと聞かれたら、ちょっとはあるけど。
「ミトラスには悪いけど、三人でいられるときは、三人でいたかったんだよ。こっちはこっちで居心地が良かったから」
俺がそう言うと、ミトラスはちょっと拗ねたように身を捩って、むすっとしてしまった。ごめんよ。
「まあそういうことなら」
「分かる。私も栄がちょいちょい邪魔だったし」
「やめようぜ。そういうカミングアウト」
上手くいかない場合もあるだろうけど、こういうときに冷やっとすることを言わないで欲しい。
「でもこれで今度こそ全部喋ったし、本当にすっきりした」
「秘密なんてパソコンのやらしい画像くらいでいいんだ」
「いっちゃんはもう少し、いえ何でもないわ」
南が説教をキャンセルして溜息を吐く。無駄なことだと気付いたようだ。
「私はまだ十代だからいいの。みなみんこそ、これからどうすんのよ」
先輩が聞き返すと、南は少しの間黙った。
俺も気にはなっていた。これから。
卒業して曲りなりにも、自分の人生を生きて来たこいつが、これからどうするのか。
「職員を集め直して、また時空警察でもやるのか」
「折角本部長まで上り詰めたし、あくまで今回の件が片付いたってだけだしね」
裏稼業ったって一応は政府筋の仕事みたいだし、身の危険や金に困るってこともないだろう。或いはこのまま本部を独占したっていいんだ。
「それなんだけど、時空警察を解体しようと思って。当面はこの時代で休むし、川匂さんとの相談もまだなんだけど」
「ん」
「そっか」
俺と先輩は、南の言葉に言い返さなかった。別に止める理由もないし。
「元々はお前が詐欺紛いの雇われ方したのが原因だしな」
「支部がどれだけあるか知らないけど頑張って」
「ありがとう二人とも」
ほっとしたのか、南は少し俯いて笑った。顔に掛かった髪が、ふわりと揺れる。
「やっぱりね、時間は人の手に余るわ。だから今度こそ、また人の手を離れて、自由にしておこうと思ったの」
「自由な時間を得るんじゃなくて、時間を自由にしてやるのか」
「勿体ねー!」
「勿論、私が生きてる間は、私だけタイムマシンを使うわ。でも、私が死んだ後には、失われるようにするつもり」
変な私利私欲の形もあったものだ。正義感が強くて、憎たらしいくらい長所が多くて、本当にお前は育ちが善い。
「俺はもう異世界に帰るから、困ったら先輩を巻き込むんだぞ」
「ねえみなみん、タイムマシン改造して異世界行けるようにならない」
「やめろ。こっちに来るんじゃない」
「ふふっ大丈夫よ。ちゃんと頼りにするから」
安心したように吹き出した南の顔は、卒業のときに分かれた女の面影を、そのままにしていた。
「そうか。でも今日くらいはゆっくりしていけよ。なあ先輩」
「んだね。久しぶりに三人でうだうだしようぜ」
「せめて遊びに行きましょうよ……」
こうして俺たちを巻き込んだ、非常に壮大な事件は解決し、壮大に何事もなくなった。
「じゃあその前に飯でも食い行くか」
『さんせー』
俺と南と斎は、とりあえず昼飯を摂ることで合意すると、愛同研の部室を後にした。
「ミトラス」
「いいよ僕は。三人で行っといで」
南がいつまでいるのか、俺たちは聞かなかった。ただいつもの面子で、もう一度この時を過ごせること、それが嬉しくて。
「ごめん、ありがとう。そんで行ってきます」
「行ってらっしゃい」
三人で並んで歩く学校の廊下は、久しぶりに狭かったけど、でも、楽しかった。
<了>
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