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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
時間の自由編
490/518

・迫る決着

今回長めです

・迫る決着


 ※このお話の前半は三人称視点でお送りします。


 彼らの祖国にとって、独自開発という言葉は20世紀には死後となり、21世紀には冗談か、或いは剽窃の暗喩となっていた。


 それで事足りるのだから、何か困ることがあるのか、というのがその国の人民の思考であった。


 タイムマシンが開発されたというニュースを、国を挙げて祝えと命じられたときも、自国のものではないと知りながら、上の言葉を真に受けるという勤めを、人民は果たした。


 時間という新たなる戦場を手にした彼らは、直ちにそのための軍を作ろうとしたが、誰もが全てを信じられない国であったがために、非常に長い時間が掛かった。


 そしてロシアを裏切り滅ぼした後、広大な土地に増えるだけ増えた末に、度重なる混血、肉体改造、宗教の蔓延などにより、本国の拘束は限界を迎えていた。


 いつしか国家や民族の概念も希薄化し、結果として新たな勢力を構築出来たというのは、皮肉と言う外は無かった。


 初めこそ咎めようのない罪に、酔いしれた彼らだったが、しかしいつの頃か、祖国滅亡の危機を訴える者が出始めた。タイムマシンの開発や、管理を行う者たちだった。


 当然ながら反体制的な不満分子、或いは国賊、反逆者、名前は何でも良かったが、とにかく敵として処断された。いつものことだった。


 本当のことは誰も言わなかったし、興味もなかった。


 とはいえ、これから起きることに対処をしなければ、起きるのである。彼らが目の前に迫った滅亡に、逃げ場が無いことを知り、対処を迫られ、出動を要請されたのは、彼らの世界の残り時間が、一日を下回ってからのことだった。


「Fuck!」


 ※日本で糞垂れの意。


 誰かが言った。彼らが話せる言葉は概ね中国語、ロシア語、世界中の罵詈雑言に、それと文章としてのヘブライ語であった。


 ヘブライ語は暗号用に改修、独占されて彼らの諜報活動を大いに助けはしたが、同時に宗教による思想の蚕食を、本国に齎した。


 些細な問題である。

 余命幾許も無い自分たちの命運と比べれば。


「Блядь!」


 ※ロシア語でfuckの意。


 誰かが言った。彼らは焼け広がる山から下りる最中だった。何でもいいからとにかく現地人を浚えという、作戦目標と言うにはお粗末な命令を、彼らは遂行しようとした。


 結果は散々だった。


 自分たちの世界が消える理由を、他の国からの攻撃だと言われていた。誰もが嘘だと思っていたが、次々に反撃や抵抗に遭遇したという報告に、本当のことだと自分から信じる気持ちになっていた。嘘なのだが。


「他媽的!」


 ※中国語でБлядьの意。


 タイムマシンで異なる歴史、時間に介入する場合、自分たちが与えるであろう影響を加味した上で、元の時間に戻れなければ無意味。


 故に彼らは安全のため、二つの基準を設けた。一つはタイムマシンの反応があること。そしてもう一つは、本国へ帰還できそうな歴史であること。


 たったこれだけを定めて、全軍は技術者の数も足りないまま、彼らの祖国はありったけの兵を、行けるだけの世界と、時間中へと遣わした。


 他の国とも衝突し、探り合いながら、砂漠から砂金を掬うような行為を始めたのである。もっと早くに訴えを聞き、取り組んでさえいれば、もう少し確実な絞り込みが出来ただろうが、全ては後の祭りだった。


 全員が死に物狂いでありながら、しかし全員が逃げ出したかった。だからだろうか、彼らの存在の猶予期間が、残り三十分を切ったとき、とある世界で、一つの楼船が兵を置き去りにしたのは。


「Chet tiet!」


 ※ベトナム語で他媽的の意。


 味方を捨てて、単独行動に出たのは。

 或いは、当然の行為だったのかも知れない。


 ※ここからサチコ視点。


 敵の攻勢が止んだ。よく言えば勝利し、悪く言えば取り残された俺たちは、眼前に広がる山火事への対応を、余儀なくされた。


 オカルト部の超能力で背後の川から水を組み上げ、天狗たちの力で放水するという形で、どうにか事は納まりそうだったが、さっきの黒い奴らを見失ってしまった。


「鎮火の目処は立ちましたが、大半はこの作業に専念させることになりそうです。申し訳ありませんサチコ殿」


 石の魔法剣でスコップを作り、火に土をかけていると、ウルカ爺さんが謝ってきた。


「謝るのはこっちのほうだ。本来なら消防にやらせる所を、皆にやらせることになった。蓮乗寺の家まで延焼せずに済みそうなのが、不幸中の幸いだな」


『ちょっと!?』


 タイムマシンから悲鳴が聞こえるが無視する。


「今までウルカ爺さんには散々世話になったのに、これでお前んちが燃えてもいいから手伝えなんて、口が裂けても言えないよ」


『私も結構力になってたわよね』

『桜子先輩前、前!』


 タイムマシンから戦闘音が聞こえるが無視する。


「かたじけない。ともかく奴らの後を追いましょう。二手に分かれたようですから、私が船を、サチコ殿は奴らを追ってくだされ。必ず合流するはずです」


「そうだな。まだチャンスはあるはず」

「待て待て、追うのは船だけでよろしい」


 俺たちは話しているとカルラ爺さんが割って入った。赤くて太っちょの天狗がウルカ爺さん。白くて細い天狗がカルラ爺さんだ。


「あ奴らは二手に分かれた訳ではないようじゃ。その証拠に、山を下りて行った連中は、船を必死においかけておった、たまに見失いかけての」


 どうやらカルラ爺さんは、一足先に奴らを追跡していたらしい。


「打ち合わせがあってのことじゃないのか」


「左様。何人かの人とすれ違いながらも、とにかく船を追うことに専念しておった」


 こっちにしてみれば致命的なシチュエーションだが、何もしなかったのか。


「どういうことだ」

「恐らくは見切りを付けられたのやも」

「見切りって」


 言われてしばし考える。下で少人数相手に、数の有利を活かせないまま、まごついていた連中を捨てて、自分たちだけで拉致を行なおうというのか。


 元々船だけで出来るんだから、その作業において兵隊は必要ないと言えばない。俺たちみたいに逃げる奴を捕まえるのには、使い道があるってだけで。


「要は自分たちだけで原住民を捕まえて帰ろうってことか」


「うむ。気に入らぬ者を戦地に置き去りにするというのは、昔からよくあることじゃ。兵隊を人間扱いしとらん国だと数も増えおる。何らかの理由を付けて捨てていくんじゃよ。だいたいは地域を荒らすためじゃが」


 何時まで経っても俺たちを捕まえられないから、下に降りた歩兵連中は切り捨てられたんだな。マックスを向かわせたのが裏目に出た。とはいえ、万一を考えると戻せないし。


「本当に軍隊なのかよ」


「サチコ殿。次の一分には消えているかもしれないとなれば、皆が落ち着いてはいられませぬ。不安も伝染しますし、いよいよという折に一丸となるのは、至難の業ですぞ」


 お叱りを受けたがそういうことなら都合が良い。残り時間は十五分もない。いい加減しぶといが、ここを凌げが駄目押しが出来るはずだ。


「なるほどな。てぇことはだ、下の軍団は帰りの足を失いつつあるし、俺たちは船だけを押さえればいいってことだな」


「そういうことじゃわい。お嬢ちゃん賢いのう」

「もっと褒めろ。やる気を出しておきたいからな」

「よっ別嬪さん!」


 おーし、ヨイショしてくれるのが妖怪爺二人ってのが悲しいが、空元気分くらいにはなったぜ。


「サチコさん、行くんですか」

「ああ。悪いがここは頼んだ」

「お気をつけて、消火が済んだらボクらも追いかけます」


 オカルト部の一人が遠くから声をかけてくる。あいつちょくちょく出張ってくるから、たぶん副部長とかなんだろうな。帰ったら名前を覚えよう。


「じゃあ爺さんたちは先に行っててくれ。俺もなるべく急ぐから」


 俺はそう言って、スコップを放り出して駆けだそうとした。しかし。


「走ってる暇などありませぬぞ」

「ちょっと揺れるから動くんじゃないぞ」


 何故か爺さんたちは俺を止め、両腕をがっちりと抱え込んだ。理解が追い付かないでいると、彼らは同時に翼をはためかせる。


 徐々に浮いていく、俺。


「このまま三人で船を追いましょうぞ」

「なあに一人挟んで飛ぶくらい訳ないわい」

「え、ちょ。ま、待て、待って、待って!」


 かくて羽ばたく翁が二人。崖から滑り落ちるような速さで、大空へと羽ばたいていく。地に足が付いてないまま高速で移動するのって、こんなに怖いんだなあ。


「んっふう、ほぐ、い、息が」


 真正面から鼻の穴に突っ込まれる冷たい空気。とてもじゃないが呼吸が出来ない。口を開けたら余計苦しくなると本能的に分かる。


『いよぉーし殲滅完了。つっても向こうが警告無視して、セキュリティに突っ込んでっただけだけど』


 斎の通信が復活した。無事難局を乗り切ったようだ。


『サチコ先輩、こっちは船が逃げていきます!』

『どうにか勝ったと言って良さそうね』


 川匂と蓮乗寺から勝利の報告が入る。群集の喝采みたいなのが聞こえるのは、たぶんこいつらのほうからだろう。


『サチウス。次は何をすればいいの』

『こっちも片付けたわよ。みーちゃんがだけど』


 ミトラスと南の声も聞こえる。無事だとは思ってたよ。


「よ、よかった」


 続々と入る吉報に、この戦いも終わりが近付いているのが伝わって来る。俺も元気よく返事をして、こっちに来てくれと言いたいが。


『私たちも急いでそっちに行くから、それまで持ちこたえてよ!』

『僕が行く以上、もう安心だからね』


 ああ、こんなに仲間に恵まれて、すごい嬉しいのに。

 名前の一つも読んでやりたいのに。


「んう゛う゛う゛ううぅぅぅぅ~」


 顔が冷たくて思うように動かせない。羽根の動きだけなのに、どんだけ速度出てるんだ。


「おお、見えたぞウルカや」

「追いつきましたなカルラ様!」


 霞む視界に敵の影。しかし身動き一つ取れない。だって両脇から吊るされてるような形だし。


「よし、突っ込むぞい!」

「サチコ殿、必殺技の準備を!」

「ええ!?」


 いきなり何を言い出すんだ爺さん。もしかしてこの状態で変身して、アレをやれっていうのかい。確かにお誂え向きだけども。


 麓の街の目前に迫った黒い宝船、それを俺に撃ち落とせっていうのか。出来るわけないだろ。でも皆を待ってる間に、誰かが捕まる恐れがある。


「時間がありませぬ!」

「分かった、分かったから速度を落とせ!」


 でもなあ、正直人に見られるのとか勘弁して欲しいんだけど。そうも言ってられないよなあ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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