・再確認
・再確認
「はい、これでよし」
ミトラスは額の汗を拭うと、一仕事を終えた達成感からか、スッキリとした表情でそう言った。
テーブルの上に乗っているのは、一昨日先輩が福引で当ててしまったライフルと、昨日三人で作った皮の盾の皮を被ったステンレスの盾、というかおなべのふた、じゃなくて鍋だったもの。
「こんなこともあろうかと、こっそりタニヤ校長から教えて貰っておいてよかった」
※タニヤ校長
前シリーズのキャラ。『魔物が校舎を建てるには』に登場した妖精さん。学校の校長先生で、ウィルトにお熱。手乗りサイズの銀髪眼鏡縦ロール。羽音が恐い。
「見た目が変わったようには見えねえけど」
実をいうと、彼に頼んでこの二つに、妖精さん印の品質向上の魔法を、かけてもらったのである。その証拠に銃床と盾の取っ手には、丸の中に妖精の羽を重ねた紋章が掘られている。妖精学校の校章である。
効果は品質保持という触れ込みだが、実際はかなり高度な魔法らしく、簪にかけてみたら素材が豪華になったり、傷み難くなったりする。
それどころか年季が入って味が出るなど、アイテムの質を文字通り、ワンランクアップさせてくれるのである。
そのはずなんだけど、高度すぎる武器と、粗末すぎる防具には、効果があるようには見えない。強すぎてもダメすぎても、効果は出ないのだろうか。
「銃のほうは土属性のエンチャントもしたからね。年単位で手入れしなくても、狂いなく使えるようになったよ。盾もだいぶ頑丈になってるし、安心していいよ」
なるほど。目に見えて分かる類ではないけど、強化はされたのか。これで銃はともかく、盾のほうは皮の盾もどき+1になった訳だ。回避1防御2か。Bランク装備としては破格だな。発動体と専用装備化すれば、ずっと使っていける。
「これでなんとか質の確保はできたな」
「元から出来てたような気もするけど」
贈り物としてのピントがずれている点で、価値が下方修正されているのだから、もう一つ実用性を高めなければいけないんだよ、こういうのは。
「忘れてると思うが、ライフルは先輩のプレゼントだからな。うちに置きっぱなしだけど」
「あれは惜しいなあ。やっぱり欲しいなあ」
溜め息混じりに、ミトラスが銃をちらりと見る。そんなに良いものか?
とはいえこれで先輩が漫画とライフルのセット。海さんのほうはティーセット。俺が盾(合作)と南への餞別は用意できた訳だ。あれ、手伝って頂いておいてなんだけど、俺だけ配分少なくないか。
なんだか夏休みの工作を、手伝ってもらったのを提出するかのような、いや止そう。そもそもこの話を二人に持ちかけたのは俺だし、段取り組んだのも俺だ。その辺でバランスが取れていると思い込もう。
「しかし早いな三ヶ月。群魔の三年も過ぎて見れば、あっという間だったけど」
「こいしくなった」
「毎日そうだよ。ミトラスがいるから耐えられるんだよ、ありがとうな」
本当にそう思う。一人暮らしのつもりだったが、今の俺がどれだけ恵まれているだろう。こいつが付いてくるって言ってくれて、本当にそうしてくれて、今の俺がどれだけ救われているだろう。
見れば、彼は少しだけ照れたように、そっぽを向いて猫耳を伏せている。顔もちょっとだけ赤い。二人でいる間、俺たちは、概ね幸せだった。
「もう、いきなりそんこと言わないで……そこ座って」
「ん」
言われるがままに椅子に座ると、ミトラスが膝の上に座る。体勢が不安定だから、足を開いたほうがいいんだけど、その分は俺が抱っこすればいいだけのこと。
「んぅ」
ミトラスが甘えて、夏の緑を思わせる髪を、胸に押し付けてくる。それに合わせて、少し姿勢を崩して抱え易くする。嗅ぎ慣れた匂いが鼻をくすぐる。猫耳が今はピンと立っている。
「なんかこうするの、久しぶりだな」
「他のことばっかりしてたからね」
言われて今度は、自分の顔が熱くなるのを感じる。悪いものではないけど、少し夢中になりすぎたという自覚はある。そのせいで、こうしてまったりと二人で過ごすことを忘れていた。
「忙しかったし」
「あ、ああそっちか」
そうか。普通はそうだよな。
「ねえ」
「ん?」
呼ばれて顔を覗き込もうとすれば、彼は目を逸らしつつ、俺の髪を引いた。
ああ、そうか。俺たちはもう、その意味が分からないような仲じゃなかった。
「ほら」
伸び過ぎなほどに伸びた俺の黒髪。ミトラスがそれを、こういう場面で引っ張る理由は一つだけ。前へと回し、垂らして少年の体をすっぽりと覆い隠す。
まだ日も高いけれど、俺に抱かれた彼の周りは暗く、黒い。その狭く小さい帳の中で、金色の瞳だけがこちらを見上げているのが分かる。目と目が合う。顔に息がかかる。
瞳が近づく。俺が近づいている。
闇の中にあった光が失われて、触れる。柔らかく、何度も、強く、吸い付く。
かかる息で口元が湿り、その湿りをしゃぶる。二人で、なんども、なんども。
本当に、久しぶりの時間だった。
誰からも見えない。俺たちだけの。
何回もした。これまでも。これからも。今も。
「もっと」
そろそろ終わろうかという頃に、声がする。服を強く掴まれ、離そうとした顔に合わせて、彼が少しだけ背を伸ばす。
聞こえたときにはまた、触れている。引きずり込まれるように、抱きしめられる。
髪の隙間から差し込む光が、俺の中で踊る者の姿を時折、浮かび上がらせる。
ぽっかりと空けた筒状の広がりを何度も繋げては、離す。繰り返す度に、濡れた橋が切れたり架かったりする。
嬉しかった。求めることも、求められることも、俺は嬉しかった。
気が付けば、二人はお互いの背中を掻き毟るように抱いていた。汗が垂れれば、その味が混じることもある。息が苦しくなっても、止めたくなかった。
「もっと」
どっちの言葉だろう。
「ねえ」
不意に声が響く。誰の声だろう。知っている。分かっている。彼は続けた。
「さみしくないの」
野暮ったいことを聞く。でも、ここで答えないと終わってしまうだろう。再び闇の中に灯った光を、見つめながら答える。
「さみしいよ。でも、だからじゃないから」
「よかった」
笑みの形に歪んで閉じる、俺の月。俺のとっての、何もかも。
「サチコ」
「呼ぶな」
「サチコ」
「ミトラス」
もう一度名を呼びそうになったから、口を塞いだ。何度も名前の形に動くから、言わせないように覆いかぶさる。髪の帳から、彼の両腕が突きだされ、俺の頭を抱え込んだ。
どれ程の時間をそうしていただろう。
「サチコ……」
その声を最後に、唇を強く吸った。
――ーーああ、良かった。
――俺は今も。
お前のことが……。
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