・あの日の直前の出来事
今回長めです
・あの日の直前の出来事
※このお話は南視点でお送ります。
消滅を避けようとする、異なる歴史の軍団から侵略を受け、サチコたちは各年代にてこれを迎え撃つこととなった。
ある時代では。
「唸れ雷!」
「撃墜しました、流石の超能力!」
「数で負けてない内に私たちも行くわよ」
「分かりました!」
街を戦場にした苛烈な集団戦が行われた。
またある時代では、一方的な処分が続いた。
「ん。要は全滅させればいいんだね」
ミトラスはロイドメンから受け取った手紙を懐に仕舞い、ぼんやりと空を眺めた。独り言のように歌を口遊むと、空に浮かぶ船団が次々と墜落していく。
「何時まで保つかな」
そしてまたある時代では。
「おいあいつら銃火器取り出したぞ!」
「この際一人でも生きてればいいやということでしょう」
「雑な仕事だな畜生!」
石のバリケードを挟み、超能力と光線銃の撃ち合いとなる所もあった。
――斯様な戦いを背に南とマックス、一組の男女は今、一部の世界の命運を賭けて、異世界へと降り立っていた。
「ああ~出ない~私の世界が出ない~!」
「ちょ、止めてください、壊れたらどうするんですか」
うっさいうっさい! 私たちがこうしてる間にも、サチコやいっちゃんたちが、危険に身を晒しているのというのに。
「オレらはあくまでも、こう、上手く行った未来に戻れたら良いだけなんですから。焦る必要はないですよ」
「条件や立場としてそうでも、気持ちはそうはいかないの。あなた友だちいないの!?」
思わず噛みついてしまったけど、言ってからしまったと思った。そうよね、いるわけないものね。時間移動者の超能力者なんて、絶対孤独だろうし。
「いや、いませんけど」
「ほらやっぱり!」
ほらやっぱり!
「そんなことどうだって良いでしょう。ともかく、装置を乱暴に扱って壊しでもしたら、おしまいなんですからね」
「う、わ、分かったわ。ごめんなさい」
たぶん目下のはずの男に、注意されてしまった。結構悔しいけど、非はこちらにあるんだから、変にごねたら駄目よ。
「それに魔物が来て、揉め事でもになったら大変ですよ」
「そうね。結構強そうだったもんね」
私たちは現在、サチコたちが暮らしていたという異世界に来ている。言葉は分からなかったが、どのモンスターも、割と文化的な生活を送っているようだった。
実物の質感は特殊メイクとはまた違った趣があって、中でも一番ショックだったのは、妖精の羽音が怖いことだった。リアルだけど夢が壊れたわ。
「とにかく根気と運の問題ですから」
「試行回数が大事ってことよね」
言いつつ私はまた台座のツマミを回した。『続きの扉』とかいうこの装置は、足元に怪しげな魔方陣、目の前に巨大な鋼鉄の門の前、そして一対の台座が設置されているというもの。結構それっぽい。
台座の上にはマックス氏の使った水晶玉を、大きくしたものが乗っている。横にツマミが複数あって、これがチャンネルの切り替えや、映像のズーム機能を担っているみたい。
「早く出ろ~早く~!」
本決まりになったら決定ボタンを押す、すると門が開くそうだ。後は中に入るだけ。なんだけど。
「ああ出ないー、なんで出ないのー!」
「望みの世界を選ぶのに一日掛りとかありますし」
「冗談じゃなわいわよ」
隣のボサ髪が言うことには、冒険できるくらいには未開で、しかもそこそこの危険があるのが人気らしいけど、私がいたのは文明の光が、人間の目を焼いた世界、先が見えないのに明るい感じで誤魔化してるだけの世界なの。
言っててちょっと悲しくなってきた。
「だいだいこの水晶が映せる範囲が、あやふやなのが悪いわ。これじゃ本当に自分の世界が出ても、分からないかも知れない」
「それはまあ」
ほら見なさい。穴が開くほど水晶を見たって、そこに特徴のある景色が映らなければ、意味が無いのよ。一つの場面だけをズームしても足りないの。一世界一場面じゃ、圧倒的にチャンネル不足よ。
ああ、もしかしたら、ここまでに流した世界の中に、当たりがあったんじゃ。
「ぐあああ~当たれ~!」
「南さんはガチャ向いてないっすね」
射幸心は堕落の元よ! エリートには無用の長物!
「くう、皆はきっと上手くやってくれてるから、後は私が帰るだけなのに」
何もピンポイントで私のいた時間に戻せって訳じゃないのよ。みーちゃんと蓮乗寺さんたちの間の、改変された歴史に戻れれば、タイムマシンで本部から帰れるんだし。
「こういうのって案外ぽろっと出るもんですから」
「じゃあ今すぐポロりして頂戴っての!」
「だからそんな連打しちゃ駄目ですって!」
「なーんださっきっからうるせえな」
少し離れた所からかけられた声。職員の方かしら、いや順番待ちの人かも。そうよね、私たちで独占できるものじゃないし。文句を言われるのも当然だわ。
それになんだかんだ夕方だし、しまった、宿の手配をしてない。お金なんか持ってないし、このまま外に出て野宿をすることなるのかしら。
最悪マックス氏にお金を借りることになるかも。出来ることなら日を跨がずに、終わらせたかった。
「そろそろお開きの時間だぞ」
って。
「え、お重……?」
「あ、あなたは」
「よっ」
気さくな態度で片手?を上げたそれは、赤漆塗りの重箱だった。それも人間大の大きさ。足音も無くスススっと近付いて来る。
「この前出て行ったと思ったら、もう戻って来たのか。それも女連れで。ほれ、水晶玉貸しな。新しいのと取り替えてやるから。お代はいいぜ。今回だけサービスしてやる」
喋る度に蓋がパカパカ開くのが何だか可愛い。
さっきの片腕的なのも蓋ね、声はどこから出してるのかしら。
「あ、どうもすいません」
マックス氏が使い終わった水晶玉を、お重の中に放り込む。蓋が閉まって少しすると、さっきと同じものが出て来る。本当に交換したのかしら。
「そんで、何をそんなに騒いでたんだ」
「いや、騒いでたのはオレじゃなくて」
「そっちのお嬢さんか。恰好からして異世界人か」
おお、やっぱりここの装置が異世界云々ってのは本当なのね。ちゃんとそういう認識がある。
「そうなんです。私今、自分の世界に戻れなくて困ってて」
「ほーん? 自分から来た訳じゃないのか」
「まあ話せば長くなるんですが」
「手違いか、他の冒険者が連れ込んだってとこか」
重箱の当て推量に私たちは頷いた。ここで違うと隅っこを突っついてはいけない。話を長引かせる理由はないのだから。
「それでどこから来たんだ」
「地球のアメリカです。西暦は」
「いやいや南さん、そんなこと言っても分かりませんて」
マックス氏に止められてはっとなる。そうだ、文明的に異なって、しかもやや遅れている所に、別世界の星と国の名前を言っても、私の頭がおかしく見えるだけだ。
これは世間話の類よね。
「あ、そ、そうね。ごめんなさい」
「地球のアメリカの、何年だって」
「いえですから」
「合わせてやるから言えって」
彼、彼? はそう言うと、台座の元へと移動し、お重の中から鎧の腕を伸ばし、ツマミを操作し始めた。さっきまで中は何も無かったのに、今は何も見えない。
「え、これって場所を決められるんですか」
「一部の職員だけな。知ってる奴も限られる。続きは」
「ああ、西暦ね。年は……」
「ふんふんふむふむ。よし、そこの玉に触れて見ろ」
「こうかしら」
「それでお前さんイメージしてる場所が出るはずだ」
お重は私の言葉を受けて、台座を操作した。すると何ということだろう、水晶玉にはもう長いこと帰っていない、私の自宅が。
「出た!?」
「うーし」
お重は満足そうに言うと腕を引っ込めて、くるっとこちらを振り向いた。正直どこが前なのかよく分からないわ。
「これで帰れるはずだぜ」
「あ、ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」
「いいっていいって。これに懲りたら迂闊に異世界に来るなよ。危ないからな」
「はい。本当にありがとう。素敵な拵えですね」
「明日は身内の見送りがあってな。俺もおめかししたの」
お重の身内。箸とかお茶碗かしら。
「南さん、元の世界が見つかりましたし、行きましょう」
「そうね。それじゃお重さん、私たちもう行きます」
「おう、気を付けてな」
私たちが台座の操作をすると、魔方陣が光り、扉が重々しい音を立てて開かれていく。
「達者でな!」
「ありがとう!」
「ありがとうございました!」
去って行くお重に手を振って、私たちは門へと向き直る。白い靄のようなものが広がっており、ここに飛び込めばいいのかしら。
先が見えないせいで、突入が躊躇われる。
「あの」
「何ですか」
「あの人、いや箱って何だったんですか」
「あの人、ごほん、あの人はミミックっていう魔物らしいですね」
ミミック。ああ、宝箱の。どっちかっていうと付喪神とか妖怪の類だと思ったわ。
「ああ見えて魔王さん直々の配下だそうです」
「あれで、確かに高級そうだったけど」
みーちゃんが猫の姿のときは、アレの中に納まって寝るんでしょうね。すごい和やか。とてもモンスターとは思えない絵面だわ。
「もしかしてボスキャラだったの」
「はい。かなりの大ボスですよ」
「大きさ以外見た目は上品なのに」
揉めなくて良かった。鎧の腕を見る限り、たぶんアレで中に押し込んで来るに違いない。食べる系の攻撃って、想像の段階からして怖いから嫌だわ。
「ともあれこれで戻れますからね、さあ、入りましょう」
「え、ええ……」
やっぱり誤魔化せないわよね。でも行かなくては。こうしてる間にも、皆は待ってくれてるんだし。私が戻らないことには、話も終わらないんだから。
「よし、行きましょう!」
「はい!」
「せーっの!!」
私たちは意を決して、扉の向こうへと飛び込んだ。冷静になると、自分の家に男を連れこむことになるのね。
「これって何処に向かえばいいんですか」
「適当に進み続ければ、その内靄は晴れますよ」
そういう演出だと割り切ることにして、しばらく歩き続けると、言われた通り視界が開けて行った。
ドアも壁も関係無しに、やがて私は、もう何日帰ってなかったか分からない自宅へと戻っていた。
「着いた……本当に帰ってきた。あ、あ、消えない。消えてない。私消えてないわ!」
生活感の欠片も無い、片付いた一軒家。時代が二十一世紀で止まった内装。私の家、私の部屋。
「へえ、これが未来かあ。つっても家の中じゃよく分からないけど」
しばらく様子を見ていたけど、私自身何ともない。ということは皆が失敗したか、或いは成功したか。
「おっとこうしちゃいられないわ。いっちゃんに連絡して、一旦本部に戻らないと」
腕時計型タイムマシンを起動して、本部に連絡を入れる。作戦は成功したし、これで皆を安心させられる。
そう思って本部に回線を繋げた直後。
『あ! みなみん帰って来たね!』
「いっちゃん。ありがとう、お陰様で私」
『大変申し訳ないんだけどさ! 世界の防衛に向かってくれないかな! いや本当いいタイミングで帰って来たよ! マジで!』
「え? ちょっとそれどういうこと?」
『とにかく本部に戻ってよ! 今手一杯だから、全員!』
どうやら予想外のトラブルに見舞われているらしい。
「何があったんですか」
「分からないけど緊急事態みたい、行きましょう」
「オレたちってホント平和と縁遠いですねえ」
マックス氏のうんざりとした呟きに、内心で全面的に同意しながら、私はタイムマシンを起動した。
いったい何が起きているというのか。
どうか皆無事でいてくれたらいいんだけど。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




