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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
時間の自由編
488/518

・あの日の直前の出来事

今回長めです

・あの日の直前の出来事


 ※このお話は南視点でお送ります。


 消滅を避けようとする、異なる歴史の軍団から侵略を受け、サチコたちは各年代にてこれを迎え撃つこととなった。


 ある時代では。


「唸れ雷!」

「撃墜しました、流石の超能力!」

「数で負けてない内に私たちも行くわよ」

「分かりました!」


 街を戦場にした苛烈な集団戦が行われた。


 またある時代では、一方的な処分が続いた。


「ん。要は全滅させればいいんだね」


 ミトラスはロイドメンから受け取った手紙を懐に仕舞い、ぼんやりと空を眺めた。独り言のように歌を口遊むと、空に浮かぶ船団が次々と墜落していく。


「何時まで保つかな」


 そしてまたある時代では。


「おいあいつら銃火器取り出したぞ!」

「この際一人でも生きてればいいやということでしょう」

「雑な仕事だな畜生!」


 石のバリケードを挟み、超能力と光線銃の撃ち合いとなる所もあった。


 ――斯様な戦いを背に南とマックス、一組の男女は今、一部の世界の命運を賭けて、異世界へと降り立っていた。



「ああ~出ない~私の世界が出ない~!」

「ちょ、止めてください、壊れたらどうするんですか」


 うっさいうっさい! 私たちがこうしてる間にも、サチコやいっちゃんたちが、危険に身を晒しているのというのに。


「オレらはあくまでも、こう、上手く行った未来に戻れたら良いだけなんですから。焦る必要はないですよ」


「条件や立場としてそうでも、気持ちはそうはいかないの。あなた友だちいないの!?」


 思わず噛みついてしまったけど、言ってからしまったと思った。そうよね、いるわけないものね。時間移動者の超能力者なんて、絶対孤独だろうし。


「いや、いませんけど」

「ほらやっぱり!」


 ほらやっぱり!


「そんなことどうだって良いでしょう。ともかく、装置を乱暴に扱って壊しでもしたら、おしまいなんですからね」


「う、わ、分かったわ。ごめんなさい」


 たぶん目下のはずの男に、注意されてしまった。結構悔しいけど、非はこちらにあるんだから、変にごねたら駄目よ。


「それに魔物が来て、揉め事でもになったら大変ですよ」

「そうね。結構強そうだったもんね」


 私たちは現在、サチコたちが暮らしていたという異世界に来ている。言葉は分からなかったが、どのモンスターも、割と文化的な生活を送っているようだった。


 実物の質感は特殊メイクとはまた違った趣があって、中でも一番ショックだったのは、妖精の羽音が怖いことだった。リアルだけど夢が壊れたわ。


「とにかく根気と運の問題ですから」

「試行回数が大事ってことよね」


 言いつつ私はまた台座のツマミを回した。『続きの扉』とかいうこの装置は、足元に怪しげな魔方陣、目の前に巨大な鋼鉄の門の前、そして一対の台座が設置されているというもの。結構それっぽい。


 台座の上にはマックス氏の使った水晶玉を、大きくしたものが乗っている。横にツマミが複数あって、これがチャンネルの切り替えや、映像のズーム機能を担っているみたい。


「早く出ろ~早く~!」


 本決まりになったら決定ボタンを押す、すると門が開くそうだ。後は中に入るだけ。なんだけど。


「ああ出ないー、なんで出ないのー!」

「望みの世界を選ぶのに一日掛りとかありますし」

「冗談じゃなわいわよ」


 隣のボサ髪が言うことには、冒険できるくらいには未開で、しかもそこそこの危険があるのが人気らしいけど、私がいたのは文明の光が、人間の目を焼いた世界、先が見えないのに明るい感じで誤魔化してるだけの世界なの。


 言っててちょっと悲しくなってきた。


「だいだいこの水晶が映せる範囲が、あやふやなのが悪いわ。これじゃ本当に自分の世界が出ても、分からないかも知れない」


「それはまあ」


 ほら見なさい。穴が開くほど水晶を見たって、そこに特徴のある景色が映らなければ、意味が無いのよ。一つの場面だけをズームしても足りないの。一世界一場面じゃ、圧倒的にチャンネル不足よ。


 ああ、もしかしたら、ここまでに流した世界の中に、当たりがあったんじゃ。


「ぐあああ~当たれ~!」

「南さんはガチャ向いてないっすね」


 射幸心は堕落の元よ! エリートには無用の長物!


「くう、皆はきっと上手くやってくれてるから、後は私が帰るだけなのに」


 何もピンポイントで私のいた時間に戻せって訳じゃないのよ。みーちゃんと蓮乗寺さんたちの間の、改変された歴史に戻れれば、タイムマシンで本部から帰れるんだし。


「こういうのって案外ぽろっと出るもんですから」

「じゃあ今すぐポロりして頂戴っての!」

「だからそんな連打しちゃ駄目ですって!」


「なーんださっきっからうるせえな」


 少し離れた所からかけられた声。職員の方かしら、いや順番待ちの人かも。そうよね、私たちで独占できるものじゃないし。文句を言われるのも当然だわ。


 それになんだかんだ夕方だし、しまった、宿の手配をしてない。お金なんか持ってないし、このまま外に出て野宿をすることなるのかしら。


 最悪マックス氏にお金を借りることになるかも。出来ることなら日を跨がずに、終わらせたかった。


「そろそろお開きの時間だぞ」


 って。


「え、お重……?」

「あ、あなたは」

「よっ」


 気さくな態度で片手?を上げたそれは、赤漆塗りの重箱だった。それも人間大の大きさ。足音も無くスススっと近付いて来る。


「この前出て行ったと思ったら、もう戻って来たのか。それも女連れで。ほれ、水晶玉貸しな。新しいのと取り替えてやるから。お代はいいぜ。今回だけサービスしてやる」


 喋る度に蓋がパカパカ開くのが何だか可愛い。


 さっきの片腕的なのも蓋ね、声はどこから出してるのかしら。


「あ、どうもすいません」


 マックス氏が使い終わった水晶玉を、お重の中に放り込む。蓋が閉まって少しすると、さっきと同じものが出て来る。本当に交換したのかしら。


「そんで、何をそんなに騒いでたんだ」

「いや、騒いでたのはオレじゃなくて」

「そっちのお嬢さんか。恰好からして異世界人か」


 おお、やっぱりここの装置が異世界云々ってのは本当なのね。ちゃんとそういう認識がある。


「そうなんです。私今、自分の世界に戻れなくて困ってて」

「ほーん? 自分から来た訳じゃないのか」

「まあ話せば長くなるんですが」

「手違いか、他の冒険者が連れ込んだってとこか」


 重箱の当て推量に私たちは頷いた。ここで違うと隅っこを突っついてはいけない。話を長引かせる理由はないのだから。


「それでどこから来たんだ」

「地球のアメリカです。西暦は」

「いやいや南さん、そんなこと言っても分かりませんて」


 マックス氏に止められてはっとなる。そうだ、文明的に異なって、しかもやや遅れている所に、別世界の星と国の名前を言っても、私の頭がおかしく見えるだけだ。


 これは世間話の類よね。


「あ、そ、そうね。ごめんなさい」

「地球のアメリカの、何年だって」

「いえですから」

「合わせてやるから言えって」


 彼、彼? はそう言うと、台座の元へと移動し、お重の中から鎧の腕を伸ばし、ツマミを操作し始めた。さっきまで中は何も無かったのに、今は何も見えない。


「え、これって場所を決められるんですか」

「一部の職員だけな。知ってる奴も限られる。続きは」

「ああ、西暦ね。年は……」


「ふんふんふむふむ。よし、そこの玉に触れて見ろ」

「こうかしら」

「それでお前さんイメージしてる場所が出るはずだ」


 お重は私の言葉を受けて、台座を操作した。すると何ということだろう、水晶玉にはもう長いこと帰っていない、私の自宅が。


「出た!?」

「うーし」


 お重は満足そうに言うと腕を引っ込めて、くるっとこちらを振り向いた。正直どこが前なのかよく分からないわ。


「これで帰れるはずだぜ」

「あ、ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか」


「いいっていいって。これに懲りたら迂闊に異世界に来るなよ。危ないからな」

「はい。本当にありがとう。素敵な拵えですね」

「明日は身内の見送りがあってな。俺もおめかししたの」


 お重の身内。箸とかお茶碗かしら。


「南さん、元の世界が見つかりましたし、行きましょう」

「そうね。それじゃお重さん、私たちもう行きます」

「おう、気を付けてな」


 私たちが台座の操作をすると、魔方陣が光り、扉が重々しい音を立てて開かれていく。


「達者でな!」

「ありがとう!」

「ありがとうございました!」


 去って行くお重に手を振って、私たちは門へと向き直る。白い靄のようなものが広がっており、ここに飛び込めばいいのかしら。


 先が見えないせいで、突入が躊躇われる。


「あの」

「何ですか」

「あの人、いや箱って何だったんですか」


「あの人、ごほん、あの人はミミックっていう魔物らしいですね」


 ミミック。ああ、宝箱の。どっちかっていうと付喪神とか妖怪の類だと思ったわ。


「ああ見えて魔王さん直々の配下だそうです」

「あれで、確かに高級そうだったけど」


 みーちゃんが猫の姿のときは、アレの中に納まって寝るんでしょうね。すごい和やか。とてもモンスターとは思えない絵面だわ。


「もしかしてボスキャラだったの」

「はい。かなりの大ボスですよ」

「大きさ以外見た目は上品なのに」


 揉めなくて良かった。鎧の腕を見る限り、たぶんアレで中に押し込んで来るに違いない。食べる系の攻撃って、想像の段階からして怖いから嫌だわ。


「ともあれこれで戻れますからね、さあ、入りましょう」

「え、ええ……」


 やっぱり誤魔化せないわよね。でも行かなくては。こうしてる間にも、皆は待ってくれてるんだし。私が戻らないことには、話も終わらないんだから。


「よし、行きましょう!」

「はい!」

「せーっの!!」


 私たちは意を決して、扉の向こうへと飛び込んだ。冷静になると、自分の家に男を連れこむことになるのね。


「これって何処に向かえばいいんですか」

「適当に進み続ければ、その内靄は晴れますよ」


 そういう演出だと割り切ることにして、しばらく歩き続けると、言われた通り視界が開けて行った。


 ドアも壁も関係無しに、やがて私は、もう何日帰ってなかったか分からない自宅へと戻っていた。


「着いた……本当に帰ってきた。あ、あ、消えない。消えてない。私消えてないわ!」


 生活感の欠片も無い、片付いた一軒家。時代が二十一世紀で止まった内装。私の家、私の部屋。


「へえ、これが未来かあ。つっても家の中じゃよく分からないけど」


 しばらく様子を見ていたけど、私自身何ともない。ということは皆が失敗したか、或いは成功したか。


「おっとこうしちゃいられないわ。いっちゃんに連絡して、一旦本部に戻らないと」


 腕時計型タイムマシンを起動して、本部に連絡を入れる。作戦は成功したし、これで皆を安心させられる。


 そう思って本部に回線を繋げた直後。


『あ! みなみん帰って来たね!』

「いっちゃん。ありがとう、お陰様で私」


『大変申し訳ないんだけどさ! 世界の防衛に向かってくれないかな! いや本当いいタイミングで帰って来たよ! マジで!』


「え? ちょっとそれどういうこと?」

『とにかく本部に戻ってよ! 今手一杯だから、全員!』


 どうやら予想外のトラブルに見舞われているらしい。


「何があったんですか」

「分からないけど緊急事態みたい、行きましょう」

「オレたちってホント平和と縁遠いですねえ」


 マックス氏のうんざりとした呟きに、内心で全面的に同意しながら、私はタイムマシンを起動した。


 いったい何が起きているというのか。

 どうか皆無事でいてくれたらいいんだけど。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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