表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
時間の自由編
483/518

・斎、未来へ 出発編

今回長めです

・斎、未来へ 出発編



 先輩の家へと駆け付けた俺が見たものは、川匂と蓮乗寺を加えた三人の姿だった。


「おおサチコ、本当に来たのか」

「本当には俺の台詞ですよ。なんで三人いるんですか」

「うーん、話せば長くなるから、一旦情報交換しようか」


 家に上げて貰うと、俺たちはリビングで情報の共有をすることにした。時間を食うのでやりたくないが、そうも言っていられない。


 ていうか俺のほうに比べて、先輩たちの話は、滅茶苦茶短かった。川匂が蓮乗寺に返り討ちに遭って、タイムマシンが、壊れたから先輩に泣きついただけ。


 多くても三行。

 対してこっちは長かった。


 俺の拉致や歴史修正の首謀者が南だったこと。俺が改変と修正の、両方の遠因になっていること。俺を歴史上から排除すると、南の人生と引き換えに事態が解決するが、それは失敗したこと。


 加えてタイムマシンを手にした人々が、蛮族と化して別の歴史や国を襲っていること。このままでは誰も彼も救われないので、南を助けつつ問題を解決しなければならないこと。


 どうだこの情報量。全然嬉しくねえ。


「なるほどね、話は分かったよ」


『東雲』で貰った珈琲とパンを食べつつ、先輩は頷いた。


「立ち位置的に考えれば、通常の時間軸には出られん訳だから、一人ではほぼ詰んでたろうね。川匂さんを寄越したけど、サチコのことはこうして頓挫したし、みなみん相当追い込まれてるんじゃないかな」


 先輩はお腹の上で手を組み、何やら考え込んでいる。焦りや苛立ちや疲労で回らない俺の頭より、何か良い手を思い付いてくれるはずだが。


「うーん、人数がいるな。最低でも三、四人は欲しい」

「四人」


 俺は咄嗟に蓮常寺と川匂を見た。この場にいる全員なら足りる。いける。


「あの、悪いけど私行かないから。代わりに爺やを行かせるから、それでいいでしょ」


 俺はメカクレ天狗の首を掴んだ。これで三人。


「頼まれるより強制されたほうがやり易いだろ。来い」

「……はい」


 お前は自分に対する言い訳の仕方が回りくどい。

 参加したいし参加を断ることもしたいとか止めろ。


「川匂」

「あ、はい」


 所在無げに珈琲とパンを貪っていた未来人の後輩。俺の話を聞いて、すっかり立場と気力を失ってしまったようだ。彼女にはタイムマシンを、操作して貰わないといけないのに。


「困ったな。初めは川匂さんからして行く気だったのに」


 先輩が頬をかきながら呟いた。やる気が失せたのか。


「川匂。お前と南は失敗したかも知れんが、致命的なことにはまだなってない。まだまだこれから取り返せるんだ。落ち込むことないって」


「そう言われましても」


 川匂はすっかり気落ちしていた。自分が上手くやったと思ったのに、そんなことは無かったのだ。


 南も俺たちを守ろうとしてくれたが、川匂視点だと南が失態の揉み消しに、自分と別件を利用したと、そう映っているのかも知れない。


 そう思うと無理もないのだが。

 こういう少しでも不純な理由が混ざると、一気にやる気を失くす奴って、結構いるのが困る。


「直ぐには割り切れないですよ」


 時空警察側から見ると、マックスの歴史改変を追っている最中に、南が退職。このときのやらかしが今問題になっているのであり、一つの事件がまた別の事件を引き起こした形である。


 その解決法が、どちらも同じだと思われていたのが、俺をこの歴史から追放するというもので、実際それは違っていたというのが、ここまでに判明したことだ。


「私、こっちの世界で、他の人を騙して一年間もいたのに、それが意味なかったって言われたら」


「誰もそんなこと言ってないでしょ」


 俺に首を掴まれたままの蓮乗寺が急に喋った。

 感触が気持ち悪いので放してやるとそのまま話し続ける。


「騙されてる人は、まだそうとは知らないんだし、あんたがずっと嘘吐き続けたら良いじゃない。意味がなくなるのは、ここで全部放り投げることよ」


 蓮乗寺は珍しく噛みつくように話した。


「止めなかったら『途中でこんなことがあったけど』って言えるわ。あんた被害者ぶるけど全然そんなことないからね、ただ失敗しただけ」


 何か気に食わないのか、川匂には妙に当たりがキツい。


「第一友だちと楽しそうに高校生活エンジョイしてたくせに、何が無意味よ。死ぬほど有意義な時間送ってたくせに」


「あの二人の間に元々私はいなかったんです。未来の機械で記憶を弄って、最初からいたように、見せかけてただけで」


「じゃあずっと見せかけてればいいじゃない」


 蓮乗寺の言葉に、川匂の言葉が詰まった。


「何が不都合なの。何が気に入らないの。この期に及んで本当の友だちじゃないとか言い出しちゃうの」


「桜子、煽るな」

「だってそうでしょ。大事なのはこの子の気持ちじゃない。騙されながら友だちだと思ってる子たちの気持ちよ」


 蓮乗寺の言葉は、川匂の心情を先回りするようなものだった。川匂は騙していた友人、飯泉と清水に悪いという態度を取りながら、その実二人のせいにしている。


 そこに切り込んで蓮乗寺は、二人のためという名分を先にぶんどったのだ。


「嘘から始まったら後は全部嘘って、どういう予防線の張り方よ。あんた割り切れないんじゃないわ。自分の言葉を正当化する以外の逃げ方を知らないのよ」


「な、なんですかそれ」


 ああ、なんとなく分かった。川匂は蓮乗寺に比べて、幾らか真面目で善良な面がある。しかし根っこの部分では同じなのだ。それが蓮乗寺は気に入らない。同族嫌悪だ。


 このまま任せても川匂の言い訳を引っぺがすだけで、やる気にはさせられない。口を挟むか。


「川匂、結果的に仕事のほうは、上手く行かなかったかもしれない。でもそれとは別に、学校生活は楽しくなかったか。清水と飯泉は、嘘で始めた関係だから、友だちと思ったことは一度もないか」


「はい」


 被せるように返事をしてきたな。意地で反発しただけだ。三人組でいるとき、川匂はいつも楽しそうだった。


「そうか。でもあの二人は違う。お前が機械で騙していたとしても、清水も飯泉も、お前を友だちだと思ってる。また明日、学校で会えると思ってるんだ」


 言葉を選べ。こいつは南とどこか似ている。いまいちな所があるけど、使命感と良心に恵まれている人間だ。


「川匂、あの二人の明日にはもう、お前が必要なんだよ」

「……っ!」


 川勾が口元をきつく引き結ぶ。手応えあった。


「お前たちの当初の狙いが上手く行っていたら、お前はいつか、あの二人の間から、消えなければならなかった。でもこの歴史を元に戻さなければ、お前は消えずに済む」


 他人の記憶を操作して、自分の存在を勝手にする。後ろめたいことをしている人間以外には、それこそ後ろめたい行為である。


 そして川匂は時空警察の仕事を、間違ったこととは思っていない。だからこそ、必要な行為とはいえ、友人二人にしたことを気にしていた。


 この状況でその気持ちが一気に噴き出したに過ぎない。


「お前と友だちだった二人を、失くさずに済むんだ」


 忙しなく川匂と、その友人たちと視点を変えつつ、でも川匂のために話しているという点を、崩してはいかん。阿れ。もっと阿れ。


「上手く行かなかっただけで、お前はまだ間違えてはいない。大丈夫だから、だから俺たちに手を貸してくれ。後の事は、俺たちでやるから。頼む」


 説得とお願いが混ざったような、ちぐはぐな感じだけど、伝えておくべきことは伝えたと思う。


 最後に頭を下げて、じっと相手の反応を待つ。


 と、そのとき。


「川匂さん」


 先輩が口を開いた。穏やかで落ち着きのある表情。それでいて、演技を止めたような、どこか真剣な雰囲気があった。


「私たちは難しい問題に直面しているけど、何も難しく考えることはないのね。今は過去じゃなく、未来を救うのが大事だってこと。そのためにあなたの力が必要ってだけなの」


 言葉遊びにも似た言い回しで、先輩は事態を簡略化した。

 内心ハラハラしていたが、しばらくして川匂は呟いた。


「……分かりました。皆さんを本部にお連れします」

「ありがとう、川匂さん」


 ほっと胸を撫で下ろす俺と、ケッとそっぽを向く蓮乗寺。

 どうにかこれで乗り込む用意が出来た。


「それでどうしますか。もう行きますか」

「爺やにはもうメール出したわ」


「じゃあ行こうか。って、どうしたんだサチコ、そんなに汗びっしょりで」

「いや、地味に危ないを橋を渡ったんだなって」


 人を説得するのは難しいのだ。きっとこの人はそんなこと、全然考えてなかったんだろうけど。


「では行きます。私の傍を離れないでください。本部に行っても、私が安全を確保するまでは。いいですね」


 先輩からタイムマシンを受け取った川匂が操作を始める。

 周囲に光が満ちて行き、俺たちの身体を包み込む。

 これで三度目だな。


「いよいよだな」

「そういやサチコ、みなみんどうしてた」

「先輩と会ったらきっと泣いちゃいますよ」

「そっか!」


 個人の悲劇や不都合が、ご都合となって明日へ転がっていく。それからどうなるかは分からないが、一つ言えることがある。


 ミトラス。さっきしたばっかりだけど、約束を果たすよ。


「三、二、一……行きます!」



 一方その頃。

 時空警察本部長室。



「やはり人員が足りないわ」


「マックス君は南さんといてもらうとして、僕の他に、せめて後二人は欲しいですね。あの警備のロボットを使うのはどうでしょう」


「人間ほどの寿命はないし、何かの拍子に壊れたり、ここに戻るようなことがあれば、振り出しに戻ってしまうわ。観測の拘束力が弱いのよ」


「誰か他の知り合いとか、部下の方とかは」

「そうだわ、川匂さんがまだあの時代にいたはず」


「そうか、あの子に愛同研の誰かを連れて来て貰えば」

「人手不足は解消できるはず、え」


 光が薄れていく中で聞いたのは、そんな話だった。


「川匂捜査官、緊急の要件にて、誠に勝手ながら戻って参りました。本部長!」


 どうやら無事に到着したらしい。目を開けると、そこにはさっきまで話していたアラサーの姿。


 なんだよ、目真っ赤じゃねえか。


「川匂さん、あなた……それに」

「よっすみなみんおひさ―。いやあ老けたなあ!」

「いっちゃん……」

「私もいますよ」


 南が駆け寄る前に、先輩が小走りに向かって、俺たちが後を追って歩く。色々あったし、微妙に元通りじゃないけど。ようやく揃ったんだ。俺たちが。


「サチウス」

「よう。折角勿体ぶったのに、割と直ぐだった」

「遅くなるよりずっといいよ」


 傍まで行って、ミトラスの頭を撫でる。

 数えれば十人にも満たないが、それでもやるしかない。


 南と先輩、蓮乗寺、川匂、マックス、ミトラス、そして俺。今この場に集まった七人。


「サチコ……」

「言ったろ。必ず帰って来るって」


 この七人で、俺たちの時間を守れるか。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ