・斎、未来へ 出発編
今回長めです
・斎、未来へ 出発編
先輩の家へと駆け付けた俺が見たものは、川匂と蓮乗寺を加えた三人の姿だった。
「おおサチコ、本当に来たのか」
「本当には俺の台詞ですよ。なんで三人いるんですか」
「うーん、話せば長くなるから、一旦情報交換しようか」
家に上げて貰うと、俺たちはリビングで情報の共有をすることにした。時間を食うのでやりたくないが、そうも言っていられない。
ていうか俺のほうに比べて、先輩たちの話は、滅茶苦茶短かった。川匂が蓮乗寺に返り討ちに遭って、タイムマシンが、壊れたから先輩に泣きついただけ。
多くても三行。
対してこっちは長かった。
俺の拉致や歴史修正の首謀者が南だったこと。俺が改変と修正の、両方の遠因になっていること。俺を歴史上から排除すると、南の人生と引き換えに事態が解決するが、それは失敗したこと。
加えてタイムマシンを手にした人々が、蛮族と化して別の歴史や国を襲っていること。このままでは誰も彼も救われないので、南を助けつつ問題を解決しなければならないこと。
どうだこの情報量。全然嬉しくねえ。
「なるほどね、話は分かったよ」
『東雲』で貰った珈琲とパンを食べつつ、先輩は頷いた。
「立ち位置的に考えれば、通常の時間軸には出られん訳だから、一人ではほぼ詰んでたろうね。川匂さんを寄越したけど、サチコのことはこうして頓挫したし、みなみん相当追い込まれてるんじゃないかな」
先輩はお腹の上で手を組み、何やら考え込んでいる。焦りや苛立ちや疲労で回らない俺の頭より、何か良い手を思い付いてくれるはずだが。
「うーん、人数がいるな。最低でも三、四人は欲しい」
「四人」
俺は咄嗟に蓮常寺と川匂を見た。この場にいる全員なら足りる。いける。
「あの、悪いけど私行かないから。代わりに爺やを行かせるから、それでいいでしょ」
俺はメカクレ天狗の首を掴んだ。これで三人。
「頼まれるより強制されたほうがやり易いだろ。来い」
「……はい」
お前は自分に対する言い訳の仕方が回りくどい。
参加したいし参加を断ることもしたいとか止めろ。
「川匂」
「あ、はい」
所在無げに珈琲とパンを貪っていた未来人の後輩。俺の話を聞いて、すっかり立場と気力を失ってしまったようだ。彼女にはタイムマシンを、操作して貰わないといけないのに。
「困ったな。初めは川匂さんからして行く気だったのに」
先輩が頬をかきながら呟いた。やる気が失せたのか。
「川匂。お前と南は失敗したかも知れんが、致命的なことにはまだなってない。まだまだこれから取り返せるんだ。落ち込むことないって」
「そう言われましても」
川匂はすっかり気落ちしていた。自分が上手くやったと思ったのに、そんなことは無かったのだ。
南も俺たちを守ろうとしてくれたが、川匂視点だと南が失態の揉み消しに、自分と別件を利用したと、そう映っているのかも知れない。
そう思うと無理もないのだが。
こういう少しでも不純な理由が混ざると、一気にやる気を失くす奴って、結構いるのが困る。
「直ぐには割り切れないですよ」
時空警察側から見ると、マックスの歴史改変を追っている最中に、南が退職。このときのやらかしが今問題になっているのであり、一つの事件がまた別の事件を引き起こした形である。
その解決法が、どちらも同じだと思われていたのが、俺をこの歴史から追放するというもので、実際それは違っていたというのが、ここまでに判明したことだ。
「私、こっちの世界で、他の人を騙して一年間もいたのに、それが意味なかったって言われたら」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
俺に首を掴まれたままの蓮乗寺が急に喋った。
感触が気持ち悪いので放してやるとそのまま話し続ける。
「騙されてる人は、まだそうとは知らないんだし、あんたがずっと嘘吐き続けたら良いじゃない。意味がなくなるのは、ここで全部放り投げることよ」
蓮乗寺は珍しく噛みつくように話した。
「止めなかったら『途中でこんなことがあったけど』って言えるわ。あんた被害者ぶるけど全然そんなことないからね、ただ失敗しただけ」
何か気に食わないのか、川匂には妙に当たりがキツい。
「第一友だちと楽しそうに高校生活エンジョイしてたくせに、何が無意味よ。死ぬほど有意義な時間送ってたくせに」
「あの二人の間に元々私はいなかったんです。未来の機械で記憶を弄って、最初からいたように、見せかけてただけで」
「じゃあずっと見せかけてればいいじゃない」
蓮乗寺の言葉に、川匂の言葉が詰まった。
「何が不都合なの。何が気に入らないの。この期に及んで本当の友だちじゃないとか言い出しちゃうの」
「桜子、煽るな」
「だってそうでしょ。大事なのはこの子の気持ちじゃない。騙されながら友だちだと思ってる子たちの気持ちよ」
蓮乗寺の言葉は、川匂の心情を先回りするようなものだった。川匂は騙していた友人、飯泉と清水に悪いという態度を取りながら、その実二人のせいにしている。
そこに切り込んで蓮乗寺は、二人のためという名分を先にぶんどったのだ。
「嘘から始まったら後は全部嘘って、どういう予防線の張り方よ。あんた割り切れないんじゃないわ。自分の言葉を正当化する以外の逃げ方を知らないのよ」
「な、なんですかそれ」
ああ、なんとなく分かった。川匂は蓮乗寺に比べて、幾らか真面目で善良な面がある。しかし根っこの部分では同じなのだ。それが蓮乗寺は気に入らない。同族嫌悪だ。
このまま任せても川匂の言い訳を引っぺがすだけで、やる気にはさせられない。口を挟むか。
「川匂、結果的に仕事のほうは、上手く行かなかったかもしれない。でもそれとは別に、学校生活は楽しくなかったか。清水と飯泉は、嘘で始めた関係だから、友だちと思ったことは一度もないか」
「はい」
被せるように返事をしてきたな。意地で反発しただけだ。三人組でいるとき、川匂はいつも楽しそうだった。
「そうか。でもあの二人は違う。お前が機械で騙していたとしても、清水も飯泉も、お前を友だちだと思ってる。また明日、学校で会えると思ってるんだ」
言葉を選べ。こいつは南とどこか似ている。いまいちな所があるけど、使命感と良心に恵まれている人間だ。
「川匂、あの二人の明日にはもう、お前が必要なんだよ」
「……っ!」
川勾が口元をきつく引き結ぶ。手応えあった。
「お前たちの当初の狙いが上手く行っていたら、お前はいつか、あの二人の間から、消えなければならなかった。でもこの歴史を元に戻さなければ、お前は消えずに済む」
他人の記憶を操作して、自分の存在を勝手にする。後ろめたいことをしている人間以外には、それこそ後ろめたい行為である。
そして川匂は時空警察の仕事を、間違ったこととは思っていない。だからこそ、必要な行為とはいえ、友人二人にしたことを気にしていた。
この状況でその気持ちが一気に噴き出したに過ぎない。
「お前と友だちだった二人を、失くさずに済むんだ」
忙しなく川匂と、その友人たちと視点を変えつつ、でも川匂のために話しているという点を、崩してはいかん。阿れ。もっと阿れ。
「上手く行かなかっただけで、お前はまだ間違えてはいない。大丈夫だから、だから俺たちに手を貸してくれ。後の事は、俺たちでやるから。頼む」
説得とお願いが混ざったような、ちぐはぐな感じだけど、伝えておくべきことは伝えたと思う。
最後に頭を下げて、じっと相手の反応を待つ。
と、そのとき。
「川匂さん」
先輩が口を開いた。穏やかで落ち着きのある表情。それでいて、演技を止めたような、どこか真剣な雰囲気があった。
「私たちは難しい問題に直面しているけど、何も難しく考えることはないのね。今は過去じゃなく、未来を救うのが大事だってこと。そのためにあなたの力が必要ってだけなの」
言葉遊びにも似た言い回しで、先輩は事態を簡略化した。
内心ハラハラしていたが、しばらくして川匂は呟いた。
「……分かりました。皆さんを本部にお連れします」
「ありがとう、川匂さん」
ほっと胸を撫で下ろす俺と、ケッとそっぽを向く蓮乗寺。
どうにかこれで乗り込む用意が出来た。
「それでどうしますか。もう行きますか」
「爺やにはもうメール出したわ」
「じゃあ行こうか。って、どうしたんだサチコ、そんなに汗びっしょりで」
「いや、地味に危ないを橋を渡ったんだなって」
人を説得するのは難しいのだ。きっとこの人はそんなこと、全然考えてなかったんだろうけど。
「では行きます。私の傍を離れないでください。本部に行っても、私が安全を確保するまでは。いいですね」
先輩からタイムマシンを受け取った川匂が操作を始める。
周囲に光が満ちて行き、俺たちの身体を包み込む。
これで三度目だな。
「いよいよだな」
「そういやサチコ、みなみんどうしてた」
「先輩と会ったらきっと泣いちゃいますよ」
「そっか!」
個人の悲劇や不都合が、ご都合となって明日へ転がっていく。それからどうなるかは分からないが、一つ言えることがある。
ミトラス。さっきしたばっかりだけど、約束を果たすよ。
「三、二、一……行きます!」
一方その頃。
時空警察本部長室。
「やはり人員が足りないわ」
「マックス君は南さんといてもらうとして、僕の他に、せめて後二人は欲しいですね。あの警備のロボットを使うのはどうでしょう」
「人間ほどの寿命はないし、何かの拍子に壊れたり、ここに戻るようなことがあれば、振り出しに戻ってしまうわ。観測の拘束力が弱いのよ」
「誰か他の知り合いとか、部下の方とかは」
「そうだわ、川匂さんがまだあの時代にいたはず」
「そうか、あの子に愛同研の誰かを連れて来て貰えば」
「人手不足は解消できるはず、え」
光が薄れていく中で聞いたのは、そんな話だった。
「川匂捜査官、緊急の要件にて、誠に勝手ながら戻って参りました。本部長!」
どうやら無事に到着したらしい。目を開けると、そこにはさっきまで話していたアラサーの姿。
なんだよ、目真っ赤じゃねえか。
「川匂さん、あなた……それに」
「よっすみなみんおひさ―。いやあ老けたなあ!」
「いっちゃん……」
「私もいますよ」
南が駆け寄る前に、先輩が小走りに向かって、俺たちが後を追って歩く。色々あったし、微妙に元通りじゃないけど。ようやく揃ったんだ。俺たちが。
「サチウス」
「よう。折角勿体ぶったのに、割と直ぐだった」
「遅くなるよりずっといいよ」
傍まで行って、ミトラスの頭を撫でる。
数えれば十人にも満たないが、それでもやるしかない。
南と先輩、蓮乗寺、川匂、マックス、ミトラス、そして俺。今この場に集まった七人。
「サチコ……」
「言ったろ。必ず帰って来るって」
この七人で、俺たちの時間を守れるか。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




