・時に追われて
・時に追われて
「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ」
当然と言えば当然ながら、エレベーターは止められた。徒歩で三十階くらいから、一階まで降りなくてはならない。
俺は南に背を向けてから、駆け足で建物内を探索し、階段を発見。下までの道を急いだ。人間が使う以上、非常用のアナログな経路は廃止できなかったようだ。これが全部ワープ移動とかだったら詰んでたぜ。
とはいえこれまた、当然といえば当然ながら、邪魔が入るようにもなったが。
「うちの学校でさえ、一階には余裕で百人は入る。撃ち止めはなさそうだな」
大量の灰色の男たちが、際限なく襲ってくるのだ。単体でも結構頑丈で、しかも人海戦術と来たから、群がられてかなりしんどい。
それでも壁や天井から覗く、銃や砲のようなものまでは動かない辺りに、南の優しさを垣間見える。
「まあ、要らなそうと言えばそれまでか。退きなッ!」
コンクリ剥き出しの、如何にも低予算の階段を駆け上がり、または駆け下りて来る背広共。既に何度目か分からんが、鈴鹿を構えて群れへと飛び込む。
人の形をしたものに刀を振り回せば、抵抗を超えて刃が通る。肉のような弾力に、骨とも金属ともつかない硬さ、引き裂いても悲鳴一つ出さない。
代わりに断面から漏れ出る電気が、意思を持っているかのように飛んでくる。
「生憎俺にそいつは効かねえぜ」
飛び散るのは虫の体液のような、白や透明の血液に、臓物や血管を模したチューブ。何より嫌悪感が沸くのは、人よりも効率的な構造をしているであろう、針が放射状に飛び出したような骨組み。
人の皮という洞とか筒の中に張り巡らされた、人間を精神的に追い詰めるための絡繰り。
「失せろっ!!」
身体強化の魔法を掛けて、八尺形態と化したこの身は既に、身長三メートルを超えている。これ以上変身と強化をすると、俺の巨大化の倍率も上昇して、体がつっかえてしまうので出来ない。
カガセオの変身も装備が手摺や残骸に引っかかる。アレは防御力が上がるのは良いが、こいつらを倒すのにはあまり有用じゃない。
フルポテンシャルって中々活かせないね!
『ア゛ア゛アァオ゛オ゛ォオーー!』
「黙ってろっつの!」
精神病者の声でもサンプリングしたかのような、悍ましい絶叫を、サイレンのように定期的に、背広共が発する。
赤く光る目には幻覚を見せる効果があった。一体が発動すると、建物自体がサポートでもしてるのか、目を合わせてなくても、光が視界に入るようになる。
とは言えこれは足を止める必要があって、最初の一体を発動前に破壊すれば問題はない。大きくなった拳で頭部を粉砕する。
「つくづく人間の心を挫くように出来てるよなあ」
やられたときを限りなく破壊ではなく、殺人に近づけた代物。こんなものを相手にし続けたら気が触れてしまう。
それでなくても、人間じゃない力を使っていなかったら、俺はあっという間に負けていただろう。
「針も刺さらねえのよ!」
攻撃の合間にも押し寄せて、張り付いた連中の指と爪の間から、注射針が飛び出す。或いは舌が外れて、中から尖った舌が何枚も射出される。
幸い今の身体なら、硬度が勝って刺さらないようだが、一滴でも体に入れたらいけない奴だろう。
「俺を止めるなら、人間の振りを止めるんじゃなかったな」
半ば刀を振り回して、転げ落ちるようにしながら階段を下りていく。いったいどれほどの間そうしていただろう。もしかしたらこの階段自体が、延々と下り続ける無限ループだったとしたら。
いい加減体力も辛くなって、他の階に出るドアを開けようかと思った頃。
「しまった行き止まり、じゃない」
切り返しの先に降りる場所ない。ということは。
「着いた!」
慌てて階段と通路を繋ぐドアへ振り向くと、上から横からと、続々現れては迫る灰色の男たち。手汗と返り血で今にも手が滑りそうだ。
「頼むぞ貴童丸。俺を離さないでくれ」
刀の柄を握り直し、意を決して灰色の群れへと突進する。偽人間共を切り倒して、通路へ入、れない!
ぎっちり詰まってる!
「畜生が!」
身動きがほとんど取れないほど、大量の人員で塞がれている。これでは入れない。恐らくは他の階でもそうだろう。原始的な解決方法をしやがって。最初からこれだけで良かっただろうが。
どうする、壁や天井の銃火器が使えれば或いは。いや違うな。俺にそんな手札はねえ。ここまで来たらやるしかねえ。
「はあ、はあ、ふう、ふう、ぺっ」
依然として上からも、そして前からもこの灰色共は迫って来るし、何より俺たちと南の人生が賭かってるんだ。
何一つ、俺に選択肢なんか無え。
「退けえええぇえええええええええええぇぇぇぇーーーー!ぶっ殺すぞおおおおぉおおおおおおぉぉぉーーッッ!」
色の無い血煙を上げながら、まるで人なのに、命のない物を壊して、前へと進む。進み続ける。マックスがいたはずの、あの部屋へ。
「後少し、あとすこし、ぐっぎいいい」
あいつを連れ帰るのが、最初の目的のはずなのに、随分と遠い。それでも歩き続けると、ドアを壊した部屋が見えて来る。距離はもう幾らも無い。
「岩、出ろ!」
渾身の魔力を込めて、普段は投擲用の石を、大きな岩として背後に出す。通路を埋めて、背後からの追撃を遮断する。そして。
残る背広を全部ぶった切って、叩き潰す頃には、俺は振り出しに戻っていた。
「サチコ……」
「そりゃあお前のが早いよな」
マックスは最初と違って、南率いる灰色の男たちに、取り囲まれていた。そうだよね、そっちは自由にエレベーター使えるもんね。
「げほっ。なあ、俺何分くらいかかった」
「最上階からこっちまで、三十分ちょい」
「そっかあ」
大見栄切ったものの、まだタイムマシンも手に入れてないし、すげえ疲れたな。特にお前と、こんなことで揉めるっていうのが。
「止まりなさいサチコ。止まって」
「お前自分の言ってること分かってるのか。俺たちのために、俺たちのこと手放すって言ってんだぞ」
「分かってるわよ、でも分かって頂戴。でないと私はあんたを」
「例えお前が何年後の奴だろうと、俺にとっては一年前のお前だし、そんなの昨日みたいなもんなんだよ」
「愛同研の皆がどうなってもいいの」
「どうもなってねえ内から不安になるんじゃねえ」
中に入ると、手近な背広が俺に向かって手を伸ばして来る。それを押し退けて、マックスへと手を伸ばす。
「ひっ」
しかしマックスは逆に逃げてしまった。
「もう止してよ。私が悪かったから」
叱られた小学生みたいなこと言うな。二人して悔いや怖れを浮かべて、俺を見やがる。だけどそれが何だ。
「これが俺一人の見た夢だっていうなら、諦めもつく。だけどそうじゃないなら、例え人間を辞めたって、俺はお前らのことを諦めない」
無くしたくないんだ。
「俺の親はろくでもなかったから、俺にとって家族は一番大事なものじゃないんだ。どれだけそこに近くなっても、本当は違うから良いんだ」
「どうあっても、止まらないのね」
「ああ」
「そう、ごめんなさい、サチコ」
そう言って南が腕を頭上へと伸ばした。手首に巻かれた金色の懐中時計が、火花を散らして輝き始める。
「それもタイムマシンか」
「歴史の改変を察知できるということは、即ち数多の世界を観測できるということでもある。あんたを、あんたがいない世界に送るわ」
「そんな!」
それまでじっと黙っていたマックスが、一言だけ悲鳴のような声を上げた。
「そんなことしたら、本当にただの一人になるぞ」
「いいよ。やって見な」
情けないことに、少し声が震えた。
元より無理があるのは分かってる。強がりでやってるだけだったし、それでも、飛ばされた世界に俺がいなくても、お前のいる未来に繋がっているのなら。
「南、俺は必ず、お前の元へ帰って来るぞ」
「さようなら、サチコ」
腕時計から一筋の光が放たれ、俺の身体を貫いた。何の感触もないが、淡い光に包まれたと思ったら、段々と体が薄く透けていく。
消えるという直勘があった。
「しまった、遅かったか!」
不意に聞こえた声に振り向くと、そこにいたのは、少し前まで一緒にいたはずの。
「ミトラス……」
「サチウス!」
飛び込んで来た彼は、しかし俺の身体を素通りした。
「ああ……!」
「ごめん、お前のことを放っておいて、俺」
「サチウス、どうして」
どうしてって、俺だってお前に聞きたいことがあるよ。でも今となっちゃあ。
「悪い。こんなことになっちゃって、お前まで巻き込んで、何て言ったらいいのか」
俺は死ぬ訳じゃないし、大丈夫だって言いたいけど。
きっと卒業は出来ないし、あいつらのことだって。
全然大丈夫じゃないよ。
「ミトラス、こんなときにずるいと思うけど、頼みがある」
「なに、サチウス」
話したいこと、謝りたいこと、伝えたいこと、色々あるけど。もう光に飲まれて、消えてしまう。
「このままじゃ、皆が危ないんだ。斎も、南も、部活の奴らだって」
「うん……うん……」
「俺、必ず帰って来るから、だからそれまで」
――皆を守って。
最後まで、言えただろうか。声が出せただろうか。
光は全てを消し去っていき、俺は。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




