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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
さらば南編
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・夏休みの工作 後編

・夏休みの工作 後編


 翌日。九時頃には殺人的な日差しが世界を照らし、その辺に放り出しておいた、グローブの半分を乾かしていく。それらを裏返してから、遅めの朝飯にありつく。


 といってもトーストを齧るだけなんだけど。


 朝食が済んだら盾の製作に取り掛かる。先ずはミトラスにお願いして、中華鍋の持ち手の部分を、キレイに削ぎとってもらった。


 指の爪が伸びて、軽く手を振っただけで、然したる抵抗もなく鉄が切れる辺り、久しぶりにこいつが、モンスターだということを思い出す。


 それから盾製作のために買い込んだ品物を広げて、準備に取り掛かる。屋内作業の上に、専門的なことは何もやらないから、今日一日あれば出来るだろう。


 そう考えていた矢先、我が家のインターホンが鳴った。


「はい臼居です」

『あ、もしもしサチコ。私らです』


 南かと思って出てみれば、そこには先輩と海さんの姿。


「ちょっと待ってください。今朝飯食ったとこなんで、片付けてから出ます」

『熱中症にならないうちに頼むね』


 急いでミトラスの靴を、彼の部屋へと放り込んでドアを閉める。次に使っている食器やら何やらが、俺の分しかないように、二人で見せかける。


 指差し確認をしてから、最後にミトラスが猫に変身して隠蔽完了。


 知り合いが突然やってくるという事態に、地味に焦る。ここまで五分足らず。二人がかりなら何とかなるものだ。


「どうぞ」

「いやいきなり押しかけちゃってごめんね」

「先に電話したらって言ったんだけど」


 目下の先輩たちが悪びれもせずに言う。海さんは白いワンピースに帽子と日傘。そしてサンダルの白一色。自分の肌色を効果的に使ったファッション。正統派。


 先輩はややぶかぶかの作業服。あちこち塗料や油で汚れている。プラモデルを始めとした、製作系のオタ業をするときはこの恰好である。これはつまり。


「昨日の今日だから、絶対いるとだろうと踏んでね、手伝いに来たんだ。北だけに」


「嬉しいけど今度からは電話してくださいね。最低限度の常識っすよ」

「あ、はい、ごめんなさい」


 そんな訳で二人が手伝いに来てくれた。


「へえ、ここがサチコの家なんだ」

「お邪魔します。人の家に遊びに来るのって久しぶりで、何か緊張するな」


 物珍しげに室内を見回す二人を、リビングに案内する。ソファーなんて気の利いた物はないから、座る場所はテーブルか地面しかない。


「なんかわざわざすいませんね。俺一人でも良かったのに」


 室内のエアコンの温度を上げて、部屋から扇風機を引っ張り出す。コンセントに差し込まれている電源を、トースターのものと入れ替えてスイッチを入れる。


 エアコンと扇風機の同時使用なんて、昔は考えられなかったらしいけど、今は両方を低負担で使用したほうが、涼しいし電気代も安い。


「水臭いよ。二人には助けてもらったし、これくらいはね」

「私はこの機会にちょっとこういうのをやってみたかった」

「本音は?」


 海さんに聞くと、脱いだ帽子を手に持って、海さんが目を逸らした。だってなあ、この人も先輩も自分の宿題、もといプレゼントは決まってる訳だし。わざわざ手伝いに来る理由がない。女子とはそういうものだ。


「私だけ少しお手軽だったかなって、だからその、いっちょ噛みして私も何かやったっていう手応えが欲しくて……」

「私はこの機会にちょっとこういうのをやってみたかった」


 分かったからもういいよ。ていうか何でお前まで答えた。


 海さんは、あれだ。自分だけ早く済んだけど、手持無沙汰で、平均点よりも上で、傍から見れば悪いことは何もないはずなんだけど、さっさと済ませたことで空いた時間に、段々と罪悪感みたいなものが溜まっていくという、そういう心境になってしまったようだ。


 手を抜いたのではないかという自身への錯覚。疑惑。そんなことはないはずなのに、何故だかそうと言い切れない。


 こういうのって、最後に寄せ書きの一つもやってあげると、ほっとするんだよな。自分のデキの良さに慣れてないから、周りとのズレに焦るんだ。


「安心しなさい。海さんのそれは、宿題を早めに終わらせることに、慣れてない子どもの反応だから。別に焦ることはないから」


「そうだといいんだけど。でも手伝うよ」


 自信なげに言って、少し恥ずかしそうに頭をかく。手伝ってくれるのはいいけど、不安を持ち込むのは止していただきたい。


 振り替えればスルーされた北先輩が、じーっとこっちを見ていた。そろそろやるとするか。


「よし。じゃあ始めましょうか」

『はーい』


 そういう訳で、こちら側の世界で、生まれて初めて援軍を得た俺は、三人で作業を分担して、盾作りに取り掛かったのだった。




「私鍋やるけど動画撮っていい?」

「いや、俺ん家ですよ。ダメに決まってるでしょう」


 中華鍋への工作の前に、とんでもないことをさらりと聞いてくる先輩。彼女に釘を刺してから、俺と海さんはグローブの加工に手を付ける。


「お、綺麗に取っ手が取れてるじゃん」

「一晩かけました」


「臼居さんって斎さんとは、別のベクトルで行動力おかしいよね」


 実際はミトラスが一瞬だけど、そう言う訳にはいかないので、そういうことにしておく。さて、それでグローブなんだけど。


「乾かしておいたグローブを拾ってきます」

「この辺の道路に捨ててあった奴よね」

「干しておいたんです」


 で、回収に二十分。バスキーの鱗があっても、やはり暑い。そろそろ十一時半。


「明らかに解れて、使い物にならないのは捨てるとして、他はどうするの?」


 汚い物を触りたくないのか、予め持って来ておいたらしい、軍手を装備した海さんが訪ねてくる。


「錐を買ってきたからこれで穴を開けて、買ってきた紐で結びます。鍋が覆えるくらいの大きさになるまで。それを鍋に被せて、余分な個所を取り除いて、縁をまた縫い合わせます。紐を結ぶのが少し面倒ですかね」


 そう説明して作業にとりかかる。先輩は早くもステンレスの中華鍋を、工作用ガムテープでぐるぐる巻きにしている。


「やっぱりスプレーで塗って置きたいかなあ。でも綺麗に塗るの難しいしなあ」


 先輩は少しでも装甲の厚みを稼ぎたいのか、スプレーで塗装したいとか言いだしたが却下。シンナー臭いのは困る。


「開けてみるとグローブって案外薄かったのね」

「合わせるとあの厚みと硬さになるんすねえ」

「でも手の甲が見える穴が地味に邪魔ね」


 当然ながらグローブの前と後ろで、造りは異なる。なのでそのまま使うと、穴の開いた部分が、そのまま防御の薄い場所になる。


 でもそこまでこだわらない。だって俺たちは素人。


「できた! 我ながら完璧!」

『早い!』


 先輩が中華鍋をテープで巻き終わった。全部使い切る訳ではないとはいえ、しわやよれもないのは流石だ。銀色が見慣れた茶色に変わってしまった。


「次はゴムパッド」


 買っておいた厚さ1ミリのゴムパッドを鍋の前と後ろに貼りつける。これにより厚さを水増ししようというのだ。目標は全長50センチ重さ4キロ以内。


「数は十分だから、手の平のほうだけでカバーを作って、最後に裏側にぐるっと縫い付けちゃいましょ」


「それがいいっすね」

「できた!」

『早い!』


 その後もステータスを器用さに極振りしたような先輩のおかげで、作業はどうかしているほどの速度で進んだ。


 俺と海さんが、表面の皮のカバーを作っている間に、先輩は盾の取っ手部分を取り付けていた。


「深さが足を引っ張ると思ったから、長めの握りを予め用意しておいたんだよ」


 そう言ってこっちに見せてきたのは、プラスチックの大型ハンガーの、外枠の四隅を切り取り、間を鉄の細いパイプのようなもので繋げた、これまた長方形のフレームだった。間に握りがある他、後端にはマジックテープの帯が付いている。


「これで腕に括りつけられる。鉄の部分は捨てられた傘から切り出したもの。これを国民的接着剤でくっつける!」


 クレーン車で持ち上げても離れない接着力が、如何なくその力を発揮する。


「もうなんていうか、完全に斎さんの趣味になってるわよね……」

「言わんでください。分かってるんで」


 そしてお昼休みを挟んでから、眠くなってくる三時。我々は睡魔に耐えつつ、最後の針仕事を終えた。ステンレスの中華鍋が、ガムテープとゴムパッドで覆われ、その上からグローブの皮のカバーを被せられた。


 前と後ろを合わせた正方形の中に、盾が入ったので角を切って縫い直し。もともとペラペラになるまで使われて皮はすっかりくたびれていたので曲面にもジャストフィット。


 みすぼらしいながらも、結構ものものしい盾が出来上がった。三人がかりで、というかほぼ先輩のおかげで、徹夜すればできるという予定が、まさかの五時前完成。


「出来た」

「強度の確認をしたいけど、折角作ったんだから、傷つけるのはよしとこう」

「そうね」


 皮の盾の表面は、余った野球グローブの裏面を均等に貼り付けており、手の甲が見えるポケットの部分は途中で材料調達した靴ひもで結ばれている。


 ツヤがないから靴のクリームでも買おうかと言うと、海さん曰く『革製品の手入れは小まめに、それでいて丁寧にやらないといけない』とのことで断念。


 でもやっぱり味気ないので、最後に絵具で着色。外側から順に黄色、赤、黒、黄色という配色。畑でも鳥相手に使えそうな模様になった。ええい付加価値だ付加価値。


「まさかこんな一日でできるとは。二人とも、本当にありがとうございます」


「いいのよ、私なんてあんまり役に立てなかったんだし」

「これ動画撮っていい?」


 流石に先輩がほぼ一人でやってくれたので、今度は駄目とは言えなかった。外はまだまだ明るくて、二人の表情をそのまま俺に見せてくれる。


「今日は本当にありがとう。わざわざ来てくれて」

「うん、ちょっと安心した」

「またお店に来てね」


 海さんは一足先に帰り、先輩も一しきり盾を撮影してから去って行った。


 二人とも気を遣って、それで来てくれたんだということは分かっていた。俺の家のことを、彼女たちは詮索しなかったし、俺の部屋も、隣の部屋も探るようなこともなかった。


 南がいなくなることを、俺が気にしてて、寂しがってるんじゃないかって、そう思われたのかも知れない。二人の背を見送って、俺は一つ息を吐いた。


 唐突に、辺りの蝉の鳴き声が耳に入るようになった。


「ただいま。終わったよ」

「なんだか皆、僕に全然興味がないみたい」


 玄関を潜ってそう言うと、作業中うろついてはいたが、誰にも構ってもらえなかった猫が、不満の声を漏らした。お腹を見せて仰向けに寝転がっている。


「おーよしよし。これから構い倒すから勘弁してくれな」

「三十分は遊んでくれなきゃいやだからね」


 ミトラスがそんなことを言って、足元に近寄ってくる。まだ掃除をしてないんだけどな。でもいいや、明日にでも片付ければ。


 南の出発前にプレゼントを用意することができた。後はその日を迎えるだけだ。ミトラスと遊びながら、俺は残された日数を内心で数え直した。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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