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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
時間の自由編
477/518

・たった一本の待ち針

今回長いです

・たった一本の待ち針



 視界を包む光が消えると、そこはどこかの部屋だった。自宅じゃない。荷物を入れる前のビルの一室のような、箱のような場所。


 白と灰色の空間。


 窓も電灯も無いのに、そういう明かりがあるときと、同じ目の見え方。五感を集中して見ても、物音はしない。匂いも無い、人気のない昼間の空気とも、寝静まった深夜の空気とも、判断がつかない。


「ここは」


 声を出してみても、外のように広がっていくばかり。『嘘臭い』という印象ばかりが強まっていく。


「そうだ、荷物は」


 俺は自分がつい先ほどまで、川匂を警戒するために持っていた物を確認した。スポーツバッグの中には鈴鹿と、騒速と、カガセオセット。よし、全部あるな。


 こうなった以上はもう装備しておこう。


「さてどうするか」


 状況を整理すると、俺は川匂に携帯電話のようなものを見せられた。それで光に包まれてここにいる。アレは見覚えがある。幾分洗練されていたが、たぶんタイムマシンだ。南が使ってたのより進歩してる。


 街中に現れた怪しい連中も、恐らくは関係があるだろう。その関係がどこに収束するのか。歴史改変という事件であり、事件を追うのは。


 時空アメリカ警察。


 忘れた頃に現れたな。いや、川匂が一員だとすると、南が卒業して直ぐに、赴任してきたことになる。


「うーん、ということは」


 腕を組んでもう少し考える。蓮乗寺が見せたスケッチブックにあった、この部屋。そして大量の灰色の男。時空警察と結びつけると、浮かび上がるのは。


「ここは時空警察署か何かか」


 差し詰め現在地は留置場だろうか。そして蓮乗寺の絵の内容は、これから死ぬ可能性があり、その後異世界に転生する者についてである。


 たぶん俺以外にも捕まってる奴がいるはず。

 目の前にはドアが一枚あるだけ。

 こういう描写が一番精神的に来るんだよな。


 開けたらあの顔が同じ連中がウジャウジャいそう。

 出たらたぶん戦闘もあるだろう。

 今はミトラスもいないし。うーむ。


「行くか」


 俺はドアノブを掴んで回した。施錠されておらず、そのまま外に出られた。


 外。


 夢から醒めたのか、いや、逆に夢の中に飛び込んだのか。世界の現実感が一瞬で失われる。


「うっ」


 真っ黒な空間に、赤い線が光って輪郭を成している。それだけのバーチャルじみた場所。これ以上身動きを取ることが憚られる。


 部屋に戻ることも考えて振り返れば、ドアはのっぺりとした平面と化していた。四角く引かれた赤線と、ノブを思わせる丸い玉。掴もうにも握ることは出来ない。


「誰が作ったか知らんが、酷え悪趣味だ」


 これでは部屋に戻れない。いや、そもそもあの部屋が本当に有ったのかさえ疑わしい。


 見取り図も無く、かといって向かってくる敵もいない。今は闇雲に歩き回るしかないか。目標はとりあえず、タイムマシンと捕まってる奴の発見と保護だ。


 南が使ってたデカい奴なら、たぶん使えるはず。かなり前だし正直うろ覚えだけど。でもやらん訳にも行かん。


「こんなとき、せめて俺以外にも喋れる奴がいれば」


 赤い線の間に広がる黒い平面を踏み、歩き出す。何処かで地面が消失していても、これでは分からないのが怖い。


 一つ明らかっぽいのは、誰かがこんな映像を俺に見せているということだ。まあ、ここが本当に時空アメリカ警察(以下アメリカ省略)の施設であり、未来であり、元々こういう建造物という線もあるが。


 駄目だな、推量もままならん。


「奥行があることだけは分かるが、ほっ」


 頭上に手を伸ばしてジャンプしても、何も触れない。今の俺の身長ならば、建物一階程度の高さは、これで触れるはずなのに。


 上を見ても吹き抜けのような黒。赤い輪郭の線だけが、距離の概念を崩さずにおいている。


「どうしたもんかな」


 それからもまた歩き出し、壁にドアらしき四角を見つける度に、数回ノックをして呼びかける。返事がないので歩き出すという行為を、かれこれ二十回ほど繰り返した。


 堂々巡りなのだろうか。時間にしても一時間は掛かってないが、体感的にはもっと長い間を過ごしたように疲れる。


『MOTHER2』のムーンサイドみたいなのは御免だが、俺自身の五感や、そもそも今が現実なのかさえ怪しいとなると、これは参る。


 一度深呼吸して、俺は徐に鈴鹿を抜刀した。

 こんな場所でも寒気を覚える刀身の禍々しさは変わらず。

 少なくともこいつの存在はそのままだ。


 まさか妖刀が精神的な松明になる日が来るとは。


「ふー、よし。まだまだ現実だな」


 待てよ。今までの四角い枠がドアなら、壊して中へ入れたんじゃないのか。歯が立つとは限らないが、やって見るか。


 俺は急いで引き返し、最初のドアの破壊を試みた。鈴鹿に騒速を取り付け、三枚刃の鉤爪状にする。騒速の変形ギミックは実は簡単で、縦と横がそれぞれ独立した線である。


 縦の棒の部分に、横の斧を取り付けて十字状にしただけ。そりゃあ刃の高さ調節できるわな。


 横線の取り付け場所が違うだけだし。縦も刀の柄を収納して伸縮するのと、先端が折れ曲がるだけだし。複雑だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。


「せーのっ! でぇい!」


 ともあれそんな武器を、壁に思い切り叩き付ける。すると甲高い金属音が鳴り、見た目はそのままだが、奥へと食い込む手応えがあった。


「うっへっへ、なんだよしっかり現実じゃねえか」


 こんな安心の仕方もどうなんだと思うが、ともかく黒い平面を何度もぶっ叩いていき、押し破ることに成功する。


 部屋へと続く穴が、ドアを失ってぽっかり開いた。あたかも2D画面の奥に、3D空間が広がっているかのようだ。


『ようだ』じゃねえな。実際そうだ。


「おっし。この調子で他の部屋も開けよう」


 やはり最後にものを言うのは暴力だな。


「よっしょっとお!」


 そうしてこれまでに見た、ドア状の枠線に同じように乱暴をしていく。物に当たるのは好きじゃないけど、この意図的に神経を衰弱させるような場所では、打てば響くというのは大事な感触であった。


「む、ここは止めておこう」


 たまに第六感が危機を報せて来ることもあった。


 たぶんスケッチブックの通り、中にはぎっちり敵が詰まっているのだろう。俺一人しかいないし無視する。


 後は変化があるまで繰り返して。


「そらぁっ!」

「うわあ!」


 内一つの中から悲鳴がした。ここか。


「おい、中に誰かいるのか。いるなら返事をしろ!」

「い、います。います!」

「良かった。今から打ち破るから、離れてろ」

「あっはい!」


 返事を聞いて十秒待ってから突入。流石に十枚以上ドアを破壊すると、疲れる。


「無事か」

「えっと、はい。一応」

「ようし、ようやく俺以外の人間と会えた……って」


 俺はてっきり、ここに捕まっているのは、異世界転生する予定の誰かだと思っていた。しかし目の前にいるのは、少し違っていた。


 確かに見覚えはある。色んな意味で何処かで見たことのある顔。無造作風の髪形、芋ダッサイコートを着た、黒目の外国人。こいつは。


「お前、マックス石塚か」

「え、なんでオレの名前を、あ、あなたは役所の!」


 お前の中で俺の情報それで固定なのか。


「あれ、でもそんなに大きかったっけ」

「何言ってんだ、この姿でもう二回くらい会ってるだろ」


 マックス石塚。マックスが転生後の名前で、石塚が転生前の名前。過労自殺でうちの異世界に転生したこいつは、時間移動のチート能力を引っ提げて、この世界に帰って来た。


 歴史改変の首謀者であり、理由は転生前の自分の自殺を、食い止めるためだった。目的を果たした後のことは知らなかったが、まさかこんな所にいるとは。


 状況的にもう嫌な予感しかしないな。


「そんなはずありません。オレがこっちに戻って来たのは、つい先日のことですよ。しかもその矢先に、変な連中に絡まれて、気が付いたらここに、なんでか能力も使えないし」


「んん、何だそれ、どういうことだ」


 マックスの言い分を聞くと、この三年間で会った当人じゃないような。戻った瞬間連れ去られたって、それじゃ俺たちのいた歴史にならな……。


「しまったそういうことか!」

「うわっいったい何ですか」


 時空警察は歴史改変の根っこを、掴んでるということだ。マックスの仕業ということを知って、彼がこの世界に最初に現れる日を狙い、拉致することで、犯行を阻止したのだ。


 こいつ個人の時系列上の未来である『過去の自分を救いに行ったマックス』じゃなく、これから救いに行くマックスを抑えられてしまったのは痛い。


「お前、異世界から帰って来た直後か」

「だからそうですってば」

「落ち着いて聞いて欲しい、実はな」


 俺はこの三年で、この世界に起きたことをマックスに説明した。つってもこいつの活動がメインで、手短にしたから十分も掛からなかったけど。


「歴史改変、そんなことが」


 自分の前世が助かったという部分では、大いに安堵していたが、代償に警察に捕まったという現状には、随分と気持ちが弱ってしまったようだ。


「如何にか逃げ果せないとやばいぜ」

「そうですね、でも変です」

「何がだ」


「これだとサチウスさんが浚われる理由がないんじゃ」

「言われて見れば」

「でしょう」


「ちょっと考えてみよう。今まで放置してたことを」


 ここで俺が登場する理由はある。マックスの歴史改変はあくまでも、今回はこうしたってだけの話であり、失敗は避けられないものだった。


 彼の前世はどう転んでも死亡するから、何度もやり直していただけで。救出したら転生が成立しなくなるから、改変は失敗するというループの類ではない。実は違う。


「確か石塚のほうが死んでも助かっても、マックスには変化が無いんだったよな」


「おかしな話ですけどね」


 俺もこの世界の石塚を助けたら、異世界のマックスは誕生しなくなるとばかり思っていたが、事実として、そうはならなかった。


 これはたぶん歴史の変化と前世の生存により、マックスのルーツに当てはまらなくなったのではなかろうか。死ぬ個体のみが転生するとか。知らんけど。


 ただ一つ言えるのは、歴史改変自体はいつも成功してはいたということだ。前世の救出失敗の理由については、異世界にいたときの俺たちが、元々の歴史を観測しちゃってたせいである。


「整理してみると複雑そうに見えて、案外そんなこと一個もねえな……」


 俺たちが異世界から帰って来たのも、全くの偶然であり成り行き。ただ改変後の歴史上に出たことで、漬物石めいて戻らなくなったのだ。


 そして歴史、というかマックスの前世救出を邪魔していたのは、俺たち観測者側だった訳だが、今回は俺たち自身でそれを解消してしまった。故にマックスの歴史改変行為は終了した。


 やり直しが無くなった以上、後はこのまま時間が過ぎて、俺が高校卒業して、ミトラスと異世界に帰れば、晴れてこの世界の歴史はこのままとなる。実態としては俺たちの存在がそうするんだけど。


「お前とは正月に色々と話したもんだが、今にしてみると、それぞれが食い違いや思い違いの類を、していたんじゃなかろうか」


 この歴史改変のポイントは、本来なら『最初のマックス』を押さえてしまえば、歴史改変はなかったことになる。そして元の歴史になっても、俺がいる以上前世のほうが助かることは、たぶん変わらない。


 本来ならば、俺はつくづくこの事件とは関係がないのだ。にも関わらず、狙われたのは何故か。この歴史はたまたま俺がいたことで、マックスの前世が助かり、歴史改変をされなくなっただけなのだ。


 たったそれだけの理由で『今』がある。この事件の焦点は一つ。歴史を元に戻すにはマックスを捕らえればいい。


 俺を呼ぶ理由は、なんだ。


「……何となく。分かったような気がする」

「本当ですか」

「ああ、分かりたくなかったが」


 その時だった。


 ――時空アメリカ警察本部へお越しの臼居祥子様。本部長がお呼びです。二次元迷彩を解除しますので、至急本部長室まで起こしください。繰り返します。


 建物内にアナウンスが響き渡り、急速に視界が本来の光景を取り戻していく。殺風景でコンクリ剥き出しの壁、安っぽい電球。


「これは」

「いよいよってことらしい」


 ドアの外は、白く寒々しい無人の廊下があるだけ。

 壁には簡易な見取り図があった。公共施設お馴染みの、幾つもある部屋。本部長室は最上階。


「行くんですか」

「ああ」

「止めたほうがいいですよ!」

「止めたら向こうから来る」


 言いながら部屋を出て、最上階へ向けて歩き出す。廊下の端のエレベーターに乗り、ボタンを押す。ワープ装置とか欲しかったな。


 しかし参ったな。可能性としちゃ他に無いもんな。


 ――時空アメリカ警察本部へお越しの臼居祥子様。


「聞こえてるよ」


 返事をするが、アナウンスが止むことはない。

 よく聞くと、上から降って来るそれは、随分と懐かしい声をしていた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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