・このレベルアップは一月三日に行われています。
今回長めです。
時間の自由編
・このレベルアップは一月三日に行われています。
「まさかこんなに早く改良してくるとはな」
明日に三学期の始業式を控えた、一月三日の夜。俺はカガセオベルト(最近命名)で変身した状態で、レベル上げをしていた。テレビにはいつものパネル。
「そうだね……」
生返事をするミトラスは、何故かげっそりしている。理由は思い浮かぶ。元旦の夕方に先輩から電話が掛かって来て、コミケのお礼として彼を要求したのだ。そして昨日一日先輩に貸し出されていたのだが、帰宅時には酷く疲れていた。
理由を聞いても謝るばかりだ。彼は基本的に、体力面で疲れることはないので、弱るのは決まって精神のほう。
つまり気持ちが参るような、何かがあったのだろう。俺に謝るということは、恐らく俺絡みで。
本人は言いたくないようなので、優しく抱きしめて、詮索しないまま許しておいた。何となく察しは付いたが、今更そんなことを気にする俺ではない。
「この鎧の継ぎ目の部分さ、前は何も無かったのに、今は布地が見えてるだろ。中は天女っぽくなってんだぜ」
スカートの下はもんぺとなっており、腕のほうは袖の余りを巻いて、ボタンで止まるようになっているので、ヒラヒラしない。ちと格好悪いが外からは見えないから問題ない。
「そうだね、外見はほとんど変わってないけど。ていうか前は素肌に鎧だったの」
「うむ。クレーム付けたら直ったぜ、ちょっと窮屈だけど。変身時の水も色が付いて、中身が見えなくなったし。ついでにオプションで羽衣も付けて貰った」
肩のキャノン砲みたいな水瓶を飾るように、天女の羽衣が浮いている。何でも最新型の羽衣だそうで、こういうアイテムにも新旧があることに驚く。
「何か効果があるの」
「うむ。天女が地上と天界を、行き来するのに使うというだけあって、空間というか、距離を操るらしい。俺もいまいち使い方が分からんけど、これで必殺技※の飛行距離問題は解決だ」
※必殺技『虎咆雷祥弾』:名前とは裏腹に多分に水属性の突撃技。相手を水で捉えてジェットで加速し、シャコパンチとテッポウエビの衝撃波を叩き込む捨て身の欠陥技。
「相手までの距離を誤魔化しながら飛んで、一番加速が乗ってるときに、羽衣の効果を解除して着弾するんだ」
「本来は距離を短縮するのに使うんだよそれ。逆の使い方をしようとするから、上手く行かないんじゃないの」
言われてみればそうかも知れない。今度ウルカ爺さんに連絡して、操作性の改善を頼もう。慣れるのはアップデートが終わってからするものだ。
「それと防御の課題は、俺で何とかすることになった」
「できるの」
「『甲塵万丈』を使う」
強化外骨格を発生させる、俺の第三の変身能力。だが実を言うと、露出を減らす意味合いが大きい。戦ったり魔物化して体が巨大化すると、服が破れて着る物に困るからな。
形になる前は白い砂状なので、これを拳と手甲の外側に纏う。衝撃波はハサミと化した手甲が閉じる際に発生するのだが、果たしてどこまで軽減できるか。
「後は急ブレーキの問題だが、天秤の強度不足等については、公正とか公平の神様に強化して貰えたらしい。肩入れはしないが、商売道具の祝福は、通常業務の範疇だから大丈夫なんだと」
「へー」
それで良いのかとは思うが、公正公平な裁判をしますなんて、日常生活においては、ありがた味が全くないし。ウルカ爺さんは、よくご利益を取り付けてくれたと思う。
修行や勉強はともかく、装備に関しては殆どあの人のお世話になった。卒業するときは必ず挨拶をしに行こう。俺は手に持った殴り書きのマニュアルを読みながら、固く心に誓った。そんな急がなくても。
「元々仕事してないようなもんだったからね。良かったじゃない」
「誰しも争いはするけど、裁判になるケースは少ないからな。よくこんなニッチな神様を戴こうと考えたもんだよ。裁判と神様ってよく考えると、相性最悪だと思うんだけど」
「そこはほら、何にでも神様はいるって奴だよ」
「お前は本当にこっちによく馴染んだよね」
余談だが、変身するときに体型と顔の整形機能が追加された。選択制であり、変身をすれば大きくなる前の身長になることも、魔法少女に相応しい顔になることも可能になった。これで身バレを防ぎ易くなった。
こんなの三年間で最初の最初に、持ってこないといけない奴じゃん。今となっては無用の長物。
「縮んだ体で過ごすだけでも、一旦変身してわざわざ鎧を脱がないといけないの、面倒臭いんだけど」
「じゃあ今度は変身魔法覚えようか」
「段々と少年ジャンプのババアキャラみたいになってきたな……」
などと雑談を交えつつ、レベル上げとは別の話題を消化したので、本題に入ることにする。今回取得する肉体のタブはこれ。
『減熱光』:皮膚から汗にかけて、遮熱、熱交換、反射の三層構造を付与します。また体に力を込めることにより、汗が発光するようになります。これにより体温以上の熱に耐性を付与します。副作用として肌に艶がなくなりますが、パネルを再度取得することで解消できます。
三度取得で上限、そして成長点を3,000点支払う。
「十一月に取らなかった奴だね」
「もしものときに備えて耐性を上げておこうと思って」
「電気のほうは取らなくて良かったの」
「それも取りたいが、成長点との兼ね合いがな」
こっちは一回1,000点で済むが電気への耐性は一回につき3,000点も要求される。一回のレベルアップで三段階分の熱耐性を獲得できると考えると、こっちのほうがお得。
「電気対策は追い追い」
「もう二回しかレベル上がらないけど」
「十分だろ」
電気・熱・物理に耐性があれば、RPGならそれだけで使用率が上がるからな。今の俺は状態異常にも強いし、異世界に帰ったら冒険者にでもなってみるかな。
「次に魔法のパネルはこれ」
『先鋭化』:魔法剣の性能が向上します。魔法による装備の具体化、具象化を行う際に、生成速度の短縮、収束率の向上、消費が低減されます。
取得。今までは使っても石の棒や槍止まりで、炎の剣や水の剣なんて、出したことはなかった。何故って必要な場面がなかったからだし、何より特定の形に留め置くのが、難しかったから。
しかし。
「魔法具現化はないのか」
「魔法が精神の具現化じゃない」
「それはそうだけど」
個人的にはそれが一番欲しかった。
「いいや、次行こ次」
「つっても取るもんなんか後は」
知能と特技のタブを、リモコンでポチポチと切り替えながら、何か面白そうなものはないかと探す。自分のことなのに実益よりも、面白さを優先するようになって来てるの、良くないと思う。
思うけど話題になるようなのが欲しい。
「お、これは」
『経験の賜物』:累計取得成長点が500,000を超えた場合に取得できます。無償かつ無条件で、パネルを一つ取得できます。
「実績解除系のボーナスか。今どれくらいだろう」
「月平均15,000点の今日までで、だいたい48万を越えたくらいだね。三月には取れるんじゃないの」
「お祝いみたいなもんか、他にもあるかな」
探してみると、肉体は直接的な殺人の経験が、魔法は連続使用時間が24時間以上必要とあった。前者は当然ながら取る訳にはいかないし、後者は取れそうだが辛い。
「魔法は祝日辺りに挑戦してみるか」
「特技はないの」
「これかな」
『水増し』:レベルアップの回数が30回を超えた場合に取得ができます。任意の成長点を20,000点獲得できます。
原点に戻って来た感じがする。何ていうか『ここからレベルも上がり難くなりますよ』っていう配慮のような。丁度このポイントがあれば、最初だけは今まで通りに一レベル上げられますよって、そう言われているような気がする。
「取得して、フリーの成長点を選択。これで累計が50万越えたはずだから、知能に戻ってと」
「あ、まさか!」
「そのまさかよ。『経験の賜物』取得!」
リモコンでカーソルを操作して、パネルを取得すると『欲しいパネルを選んでください』と出た。味気ないな。もうちょっと目出度い雰囲気を、出してくれたら良いのに。
「それでどれを取るの」
「『不滅の魂』がポイントで取れなければこれを使う。よしよし取れるな。じゃあ一旦キャンセルして」
画面に『このパネルを取得しますか?』と出たので一安心だ。今までポイント不足で取れなかっただけみたい。
『不滅の魂』:あなたの存在を脅かす事象に対して、極めて強い抵抗力を持つことになります。
説明が不穏。持てますとか、出来るようになります。じゃないの。持つことになるって、ちょっと重い言い方して来る。運命でも背負わせるみたいなニュアンス。
『このパネルは取得した場合変更できません』
しかも不可逆。こういう説明見たの、蓮乗寺の天狗化以来だよ。でも取得。さて気になる消費成長点は。
「おおっ」
「うわ、うわうわうわ、あ~」
5万あった点がごっそり消えた。そして燦然と輝くパネル。通常なら取得済のものは、明かりが消えるのに。
「しかし俺の存在を脅かすって、どんな事柄なんだろうか。俺個人の人生を、改竄する動きでもあるんだろうか」
「そもそも歴史改変が起きているんだから、またそういうことがあるんじゃないの」
「未来人もいた訳だし、どこでどんな余波や飛ばっ散りがあるか分からないもんな」
要するにいつも通りの俺でいられるってことだろう。
ならいいや。
「さ、じゃあさっきの奴で肉体のボーナス取るぞ」
「たまには犯罪者の一人くらい狩ればいいのに」
急に魔物っぽいこと言わないの。
『攻性脱力』:緊張による硬直を緩和することで、動き出しが滑らかになります。また動作への心身の抵抗を減らすことで、無駄な動きと消耗を軽減します。
取得。
「……これさあ、条件を考えたら、一人殺したら後は慣れていくだけってやつじゃない」
「そうだね」
やはり条件を満たしたら、色んな意味で不味かったよこれ。人生転げ落ちるってもんじゃないよ。
「でもまあこれで、心残りはだいたい消えたな」
とりあえずフリーの成長点が1,000点余ったから、『減熱光』の取得を一段階に減らして、3,000点で『光発電細胞』を取得。
『光発電細胞』:身体が浴びている光を電力に変換します。それに伴い体は感電し難い体質になり、発電した電力は、腹腔内に蓄えられるようになります。限界まで蓄えられている場合、発電は止まります。
以前は危なくて使えなかったが、先月『電力変換』を取り、二重に外漏れを防げるようになったことで、安全性が確保された今なら、たぶん大丈夫だろう。
「ふう、おっしまいっと」
「本当にお疲れ様でした」
テレビを消して俺も変身を解く。このときは水に包まれず、薄らと光って私服に戻る。
「残りの二回は何取るかなー」
「この作業を億劫にしていたこともあったくせに」
「うへへ、残りが見えればこんなもんだよ」
『不滅の魂』も想像してたほど大事じゃなかったし、後は卒業するくらいか。二月はバレンタインもあるけど、それも毎年やってるし。
卒業してやることって言ったら、旧校舎の爺さんに報告するのと、あとは。
「そういえば、まだ残りを読んでなかったな」
「何が」
「こっちの話」
南が卒業するときに残した三枚の手紙。その三枚目は、注文通り読まずに残してままだ。
「危うく忘れる所だったぜ」
「だから何が」
「いいのいいの。ほら、もう寝よう」
「あーあ、これでお正月休みも終わりか」
レベル上げを終えて部屋へと引き上げると、パジャマに着替えてから暖房のタイマーをセットして、布団へと潜る。
「そうか、あいつが卒業してから、もう一年になるのか、早いもんだな」
独り言を呟いてから目を閉じる。南の奴、今頃未来でどうしてるかな。元気でやってればいいんだが。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




