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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
平和な冬休み編
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・そしてコミケへ 四日目 ~復活のサチウス~

今回長めです

・そしてコミケへ 四日目 ~復活のサチウス~



 昨日の気持ちが張り詰めるような一報から一夜明け、俺たちは当初の予定通り、先輩のサークルを手伝いに、またコミケに来ていた。今回はサークル側からお邪魔する形である。


「うーっす来ました」

「時間通りだな。こういうときサチコは信用できるよ」


 冬休みだってのに七時起きして、身支度を整えてミトラスの魔法で転移して、ここは有明朝八時。先輩は魔法のことを知っているから、こちらから見て、無理のないスケジュールをねじ込みやがったのだ。


 なお魔法のない先輩はというと、先輩から見て無理のあるスケジュールを強行している。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが」

「なんだよ」

「先輩この辺に宿取ってるんですか」

「んな訳ないだろ」


 徹夜をしたのか早起きしたのか。ともあれ目の前の着膨れした元コケシは、今日も元気いっぱいである。列に並ぶしかすることないけど。


「ブースの設営が終わったら、サチコには売り子の衣装に着替えてもらうからね」


「俺そんなの持って来てませんけど」

「勿論こっちで用意したよ」


 ということは、後で更衣室に行かないといけないのか。家以外でコスプレしたことないからな。少し緊張する。


「幸いうちは角っこだから、場所が分からなくなるってことはないよ」

「列を回ってればその内付くから安心だな」


 そう言って俺は隣を見た。本日のメインイベント、ミトラス(人間形態)同伴である。この状態を人間の知り合いに晒したのは。これが初めてである。


「今日はよろしくお願いします」

「はい、お礼の日程については後日連絡するね」


 深々と頭を下げるミトラスに対して、ふんぞり返る先輩。背丈にほとんど差がないので、おままごとを見ているような気分だ。


「ていうか、本当に良かったの」

「ええ、二人で決めたことですし」


 昨夜のことだ。蓮乗寺たちと夕飯の鍋を突っつき合っていたときに、ミトラスが今日の売り子の手伝いをしたいと言い出したのだ。


 色々とこれが最後だし、共同作業っぽいことをして一緒に過ごしたいとのこと。なんか怪しいけど、詮索しないことにして、俺はその提案を受け入れたのだ。


「二人でねえ。心配性だな」

「何がですか」


「私がサチコを誘った日にさ、この子がうちの人を誘ってくれって言いに来たんだ。奇遇だったね」


 最後お前がそれを言うのか。


「最近サチコ元気がないからってさ」


 そんな小学生の息子の友だちに「うちの子と仲良くしてやってね」っていうオカンみたいな真似を。


「それで昨日、急にあんなこと言い出したのか」


「自分で頼んだ手前、最後は自分も付き添おうかなって。あ、でも、二人で共同作業っぽいことをしたかったってのも、あるんだ」


 大掃除も終わったし、おせちもウルカ爺さんたちに手伝って貰ったし、後はもうすることがない。ミトラスの性分だと、ダラけるのも限度があるしな。


「分かってる。嘘とは思わないよ。ありがとうミトラス」

「サチコお前こんないい彼氏いたのか」


「いたというより、なったって感じですね。六年も一緒にいて、修羅場も一緒に潜ってきたし、思えば二人共だいぶ変わりましたよ」


「そうかー、その辺もまた詳しく聞こうか」

「そっすねえ、それはいいですけど」

「列が全然進まないね……」


 ここはコミックマーケット。


 サークル入場は九時までに頼むとか案内に書いてあるくせに、それまでにサークルが入り切った(ためし)がない。


「どうせまた開場が十時半前とかだろうし、それまでのんびりしてようぜ」

「早く来る理由が順番だけっていうこの前時代っぷり」

「如何にかならないの」


 前の歴史だとリストバンドとかいう、邪魔っけなものが導入されたっけ。圧倒的多数の参加者を待たせることに、正当性を与えた呪いのアイテム。


 こっちだと不審者の群れってことで、徹夜してる人たちが容赦なく銃撃されるから、深夜待機する連中は消滅したんだけどなあ。


「いっそのこと期間中は、ここに泊まれるようにして、警察と一緒に閉じ込められればいいんだけどね」


「ああ、絶対盗み働く奴出ますもんね」

「それにしても、本当に動きがないなあ」


 結構話したにも関わらず、列はほとんど動かない。待つだけ待って四十分。ようやく動き出した流れに乗って、俺たちもサークルの設営へと着手することができた。


 隣り合う他所様にちゃんとご挨拶も済ませてと。


「頒布はいつものようにロボットものと18禁が二種類で、あれ、他の人のは」


 先輩がちょくちょくお世話になってる、他の同人仲間の作品がない。今回は先輩の分だけだ。


「ないよ。今回は私の分だけ。あの人たちとは別れた」

「そりゃまたどうして」

「別れたっていうより空中分解だね」


 先輩が言うには、ある日サークル内でメンバーが、些細なことからケンカをしたのだという。理由は知らないが、それが解決しなかったのである。


「他人の創作物の粗探しから始まって、お前の本は実は置きたくなかっただの、お前の作りはどうだの、それを言うならあいつのほうがって、泥が跳ねたと思ったら、あっという間に沼が広がっていた」


「要するに縄張り意識が強すぎたんだ」

「女オタクにゃよくある話っすね」

「居場所を領地にしたがるってこと」

『そういうこと』


 端的に言えば物欲とか支配欲。現実を私物化したがるのは人間らしいっちゃらしいけど。


「まあ今となってはどうでも良いよ。それよりサチコ、衣装似合ってるじゃん」


「あ、それは僕もそう思う」

「そうかなあ」


 先輩が話題を切り替えようと、コスプレ姿に着替えた俺を指差す。今の俺は天女っぽい着物の上に、軍隊っぽい軽装備をした姿だ。


 上下に分かれたボディアーマーは緑や赤で中華鎧っぽく塗装されている。髪の毛は一本の太い三つ編みに結ってもらい、簪を二本差しにした。簪は漆塗りの木製品が祖母の。銀製が異世界の。


「これって何のキャラですか」

「エロいほうの女優、おっと脱ぐなよマナー違反だぜ」


 こ、こいつ、自分のエロ同人のキャラのコスプレを、俺にさせたのか。そりゃコスプレが二次創作でなくてはならないって決まりは無いけど。


「これセクハラですよね」

「罰なら後で幾らでも受けよう」


 開き直りやがった。それどころか責任も取る気だ。思い出した、こいつはそういう奴だった。代価や代償を支払って、欲しい物が得られるなら躊躇しない。


「これなら変身した姿でいたほうがマシだな」

「え、サチコお前変身できんの」

「でもあの姿だとあちこちぶつかるよ」

「どの道外じゃないといかんか」


 そうこうしながらも、一般参加者への開場も始まり、人が雲霞の如く雪崩れ込んでくる。ここが城で、俺が城主なら、正に絶望的な光景である。


「よろしくお願いしまーす。どうぞ、お手に取ってみてくださーい。ロボットものと青年誌の、抱き合わせとなっております」


 周りに合わせて俺たちも、やって来た人々に立ち読みを勧める。過去の売れ残りも含めてちょっとずつ売れていく。


 元々少部数しか刷ってないので、それでも完売が近付いていく。


 先輩の頒布はいつものようにロボットものだが、その世界観でのエロ本も出している。今までなら人類滅亡がテンプレだったが、エロのために人類を滅ぼすことが出来なくなったのだという。


 順番がおかしい。


「やってるー?」

「あ、桜子さん、ウルカさんも」


 昨日会ったばかりの天狗衆がやって来て、挨拶代わりに一冊ずつ買ってくれる。


「お久しぶりです」

「その節は本当にお世話になりました」


 あまり接点がない二人だが、その分仲が悪くなったりはしない。良くなってるのかも微妙だけど。そして何故かミトラスが、落ち着かない様子で俺たち三人を見る。


「なんとも異様な光景ですが、ここはそういうのに事欠かないのが良いですな」


「確かに」


 女が自分で男性向けエロ書いて、それを外国人のデッカい爺さんと、孫っぽい年頃の娘が買う。売り子には長身の俺と、どう見ても子どもにしか見えないミトラスがいる。


 二つも三つも犯罪の臭いがしている。


「また何かあったか」

「ううん、今日は遊びに来ただけ」

「何かあったら言えよ」

「うん、ありがとう」


 好きか嫌いかで言うと好きじゃないけど、かと言って放っておけるかというと、そこまででもないっていう。俺とこいつはそんな関係。


「あ、ねえねえ、この分だと昼過ぎには撤収出来そうだからさ、後で写真撮ろうよ。コスプレ広場で」


 先輩が俺たちを見るなり、そんなことを言い出した。全員顔を見合わせたが、嫌がる者はいなかった。また持ち込みが少数だったこともあり、本当に新刊は完売した。


 撤収用のフリーペーパーを席に置いて、俺たちは解散し、国際展示場外周の、撮影スペースことコスプレ広場へと移動した。


 蓮乗寺は俺と同じ衣装を着て、俺はカガセオのほうの変身をして、ウルカ爺さんとミトラスは本性を現して、先輩だけはロボットアニメのパイロットスーツを着て、五人の集合となった。


 猫耳にローブ姿のミトラス、天女姿の蓮乗寺、天狗の爺さん。一方でヒーロー姿の俺と先輩で、ファンタジーと現実世界モチーフに分かれてしまった。


 ていうかファンタジー勢強すぎるだろ。


「いやあ、一度やって見たかったんだよね」

「分かる分かる。知らない人に一緒に写真撮らせてくださいって、正直言い辛いし」


 そうして俺たち五人は記念撮影をして、それぞれに残りの時間を過ごすため、解散となった。蓮乗寺とウルカ爺さんは去って行き、後には俺たち三人が残された。


「なんつーか、事もなく半日終わってしまった」

「このまま一日も終わるよ。盛り上がりに欠けるけど、たまにはこういうのもいいでしょ」


 先輩は肩を竦めると、悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 まさかここに来て、穏やかな日を齎すのがこの人とは。


「……また一年が終わる」

「ああ。三年が終わるよ」


 視線を合わせてから遠くを見れば、冬の弱い日差しが、冷たい風と共に届く。乾いた感触と湿った石畳の香りが、顔を撫でる。


「最後の最後で何も無かったな」

「いいじゃんそれで。お疲れ様って言うときは、落ち着いてるときじゃないとね」


 もっともだ。この数日間落ち着かなかったけど、やっと一段落したように思える。実際はまた少し違うんだけど、疲れを自覚して、それを幾らか落とせたような気がする。


「サチコ、お疲れ様」

「先輩こそお疲れ様です」

「お使れ様でした」


 俺たち三人はそのまま「よいお年を」と、何処にでもある言葉で締めくくって、分かれた。もっと昔話の一つもするかと思ったけど、そこまで思いが募ったりもしてなくて。


「なあミトラス」

「なあに、サチウス」


「疲れたし、帰ろうか」

「うん、そうだね」


 そう、俺は疲れてたんだろうな。でもそれも休めば良い。自分で言うのも難だけど、結構頑張ってたと思うし。


 休もう。それで休みが明けたら、卒業までもう一息だ。


「ねえサチウス」

「なんだ、ミトラス」


「でも楽しかったでしょ」

「……ああ、そうだな」


 色々あったけど、楽しいことも多かった。最初の頃は、こうなるとは全く考えてなかった。だけど今だけは、はっきりと言えるよ。


「この世界に、帰って来て良かった」

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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