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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
さらば南編
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・夏休みの工作 前編

・夏休みの工作 前編


「うわあすっごいなあ! これがこの世界の銃なんだね! すっごいなあ! へ~」


 かれこれミトラスはもう三十分近く、受け取った猟銃をためつすがめつしている。こういうのが好きって、本当に男の子って感じだな。


 俺としてはそうでもない。ゲームをしているときは気にも留めなかったけど、新しい魔法を覚えた矢先に、それを上回る攻撃力の武器を、前衛が装備したときの後衛の気持ちって、こんな感じだったのではないだろうか。


「壊すなよ。それ南にやるんだから」

「ええ! 勿体無いよ! うちの世界に持って帰って、軍事力の足しにしようよ!」

「南がいらないって言ったらな」


 福引で部長が引き当ててしまった猟銃は、実際大したものらしく、軽くネットで名前を引いたら、その手の愛好家の方々から、いたく好評なレビューがかなりの数で出てきた。


 やや長めの銃身に加えて、台木が素朴な灰色で、これが非常に味わい深い。この木の部分だけで、かなり価値があるんじゃないかな。


 弾が装填されてない状態で約4キロ。長さは約1メートル30センチ。日本刀よりも長い。そんなことを比べても仕方がないが、とにかく格好良いのは確かだ。


 ボルトアクション式だとか、装填数が五発だとか、他にも細かい部位の名前が、二十から三十に登るとか、使い方がよく分からんことを除けば、この銃というのは確かに良いものだと思う。


「ああ、この撃つこと以外何も考えてない感じがいいよね。無責任な感じが最高」


「銃好きは『撃ったのは俺だけど死んだのはお前だろ』っていう人ばっかりらしいけど本当だろうか」

「何それ恐い」


 それはさて置き、学校が閉まる前に、俺にはもう一つやるべき用事がある。部長と海さんが運び込んでくれていた、廃棄グローブを回収して洗っておかなければいけない。


「じゃあ俺ちょっと学校まで行ってくるから、留守番頼むな」

「あ、うん、いってらっしゃい」


 銃に夢中で気もそぞろなミトラスを置いて、俺は今度は学校へと向かった。夏休みに入ってから、日曜以外欠かさず来てるな俺。


 ――そして帰宅。


 なんとびっくりその数五十以上。何年も前のものまで放置されていたようで、使い物になるか怪しいものも含まれていた。


 うむ。鋏で開けば少なくとも、盾の表面を覆うくらいは余裕であるな。


「これからのこのグローブを洗って干すので、夕飯の支度よろしく」

「ええ~最近サチコやってなくない? まあいいけどさ」


 猟銃の改造を請け負っている、銃砲店のホームページを見ていたミトラスの、後頭部に声をかけると、彼は母親に用事を言いつけられた、子どものようにむくれた。


 可愛いけど一瞬ぶっ飛ばしたくなったのは内緒だ。


「今いい所だったのに」


 渋々といった様子で、椅子に掛けてあるエプロンを身に付けると、ミトラスは台所へ向かう。


 うちは基本的に冷蔵庫の中身が乏しい。買い置きした食品を、忘れた結果腐らせて、それを捨てるなんてことは、食費をドブに捨てることと同じだ。よって買い貯めはしない。


 後々面倒臭くても、多くて二食分までしか、買い物をしないようにしている。即ち晩と次の日の朝飯分。献立はその日の当番が考えて、足りない食材は買ってくる。とはいえそれも、舞台裏で済ませておいたから、ないことはないはずだ。


「美味しくなくても文句は受け付けません」

「はーい」


 ああ、猫耳緑髪のショタが、俺のために飯を作ってくれる。これだけで俺の、こっちの世界での人生のマイナス分が、チャラになってると言っても過言ではない。精神的にもご馳走様だ。


「さ、俺もやるかな」


 何時までも悦に入っていても仕方がない。風呂場の蛇口にホースを繋いで、庭に置いてある、先ほど買ってきた盥に水を張る。中には大量の汚いグローブ。これを鋏で切って、紐を抜いて開いてから洗う。


 水で洗うと傷むというが、カビが生えなければ問題ない。先ずは汚れが落ちればいいのだ。今日洗ってその辺の地面にでも置いておけば、夏の力で明日の日中には乾くだろう。


 この辺は住宅街の中でも、過疎な地域にあっ、て通販を頼まなければ、ろくに車も通らない。それこそ道路に敷いておいても大丈夫だ。


「よくもまあこんな集めたもんだよ」


 量が量なので、素手で手揉み洗いをすると、その内手の川が破れそうなので、ブラシでこする。


 やっぱりレザークラフト用の皮を買えば良かったか。でも綺麗に円形に切るための工具とか高いしなあ。大きさも……。


 見栄えと作業の簡略化のために、奮発するべきだったか。いや、それはこの作業が、上手く行かなかったときの、リカバリ手段ということにしておこう。


「それにしても汚えなあ。雑巾で拭くくらいしないのかよ」


 軽く土や砂の汚れを落とすだけのつもりが、どれもこれも年季が入っている。ブラシでこする度に段々と水が濁ってくる。洗ったら絞ってその辺に置く。グローブが水を吸うからだ。取り出すと当然水が減る。


 盥の水がすぐ減るからまた足す。水道料金が心配だな。これなら近所の公園か、学校ででやれば良かった。どっちも俺が金を払わずに水が使えるからな。


 最初の十個が洗い終える頃には三十分が経っていた。続けるうちに沈み行く夕日の明かりが、増々輝きを増していく。もうじき六時だ。今日一日やたら動き回っていたな。


「急ぐか」


 独り言を零してから作業に戻る。汗が眼鏡を伝って落ちる。作業を繰り返すうちに俺も慣れてきて、所要時間が短くなっていく。


 それでも終わったのは、ミトラスが夕飯の支度ができたと呼びに来てから、更に時間が経ってからだった。


 タダより高いものはない。そんなことを思いながら、最後の一つを洗い終えると、盥の水をその辺にぶちまける。夕飯は冷めてしまっていたから、レンジで温め直した。


 ――――――――


「お待たせ。ごめんよ」

「いいよ。随分熱心にやってたみたいだし」


 晩飯は肉豆腐とキャベツの千切り、それとお麩の味噌汁に白米。果物はスイカ。うん、豪華だ。異世界にいた頃と大差がないけど、異世界に行く前の食生活よりも、ずっと。


「いや、中途半端はよくないな。随分手こずった。こんなことなら素直に、簡単なほうを選んでおくんだったよ」


 言いながら味噌汁のお椀に口を付けた。白味噌がご飯に良く合う。思えばミトラスって、結構料理が出来るんだよな。そのせいか俺は未だに、こいつの胃袋を掴めないでいる。


 いや、もしかしたら俺のほうが。


「いや、よそう」

「え、何が?」

「何でもない」


 考えまい考えまい。俺も当番の日は料理頑張ろう。


「でもさ、そんなに大変なら、魔法で洗えば良かったじゃない」

「え」


 ミトラスの慈しみに溢れた笑顔が、こちらを見ている。感心していると顔に書いてある。外の薄闇を容易く押し返せそうなほど、温かく和らかな微笑み。


「前に洗濯物を乾燥させる魔法と一緒に覚えてなかったっけ。よっぽど手を抜きたくなかったんだね。でも魔法を使ったほうが、綺麗にできたかも知れないよ」


 魔法。そう、魔法。俺は魔法が使えるんだよ。本当だよ。嘘じゃないよ。この前も新しいの覚えたばっかりだし。


「ああうん。ほら俺、魔法に慣れてないじゃん……」


「そうだね。でもそこですぐに手作業でやろうって思えるのが、君のいいところだと思うよ」


「あ、うん、ありがとう……」


 そう、俺は生活に助かる魔法は、既に幾つか覚えていたはずなんだよ。


『自分は魔法が使える』


 そんなことをどうして忘れていたのか。飯の味が無くなるほど考えたが、結局、夕飯を食べ終えても答えは出なかった。


 これからはもう少し魔法を使うようにしよう。何となく、そう思った。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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