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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
平和な冬休み編
466/518

・クリスマスプレゼント 必殺技編

今回長いです。

・クリスマスプレゼント 必殺技編



 時刻は昼、場所は京都近くの人が入らぬ森の中。落ち武者と戦うことから始まった、俺の修行の地である。


 有言実行のミトラスに連れて来られた俺は、ミカボシの鎧(という名前にした)を着込んだ特訓をすることになった。


「うおおおお!」


 振り回したウキが岩を砕き、木々を粉砕する。適度な重さに速度が加わり、しっかりとした破壊力が発揮される。使うほうにも手応えが伝わり、結果が予想し易い。


 初めて使ったのにも関わらず、手足のように馴染む。俺の意思に応じて紐の伸縮を、鞭のほうでしてくれるのが大きいんだろう。本来なら操作に必要な技術が、一つ省略・補正されているのだから、当然か。


「じゃあ次はこれ!」

「そこ!」


 掛け声と共に飛来した分厚い木板を睨めば、背中の水瓶から凄まじい勢いで水が放たれる。体全体にかかる反動に耐えて、射線を定めると、水の流れは見事に木片を穿った。


 木に穴開けるとか、これもかなり殺傷力ありそうだな。


「サクサクいこうね! 行けっスカルヒーロー!」

「おお、ふっせぇあ!」


 予め俺が召喚しておいて合体魔物『スカルパラディン』改め『スカルヒーロー』※が躍りかかって来るのを、腰に佩いた鈴鹿を抜いて迎え撃つ。


 ※スライム、リビングアーマー、スケルトン、ゴーストの四つの魔物を一人として集合させた、サチウスお手製の魔物を修行用にミトラスが強化したもの。


「ぐっ、ぬう」

「怖がらないで! 鎧があるでしょ!」


 武器での扱いで負けて、その度に攻撃を受ける。攻撃を受けるたびに肝が冷えて、神経がガリガリと削れていくのを感じる。


 武器でも防具でも勝っているのに、腕前で負けている。そうだ、防具はスカルヒーローの攻撃を受けても、びくともしてない。


「いいぜ、そのまま調子に、乗ってろよ……!」


 体を傾けて大袖を相手に向ける。歯を食い縛って、何度も肩に叩き付けられる剣の感触に耐える。一、二の三、一二の、三。一、二。


 ここだ。


「ぜやあぁっ!」


 後退りで生まれた僅かな力の溜まりを、全身のバネを使い、敵の攻撃に合わせて打ち出す。己の肉弾が、強かに躯の戦士へと食い込むのが分かる。


「まだまだ!」


 跳ね上げた身体に、今度は打ち下ろすように飛び込む。相手が態勢を崩したのが見える。勢いに任せて下から斬り上げて、スカルヒーローの腕を斬り飛ばす。


 そこから剣を手放して、俺は腰にある手斧を掴んだ。後ろへ振って、半円を描いて振りかぶる間に柄は伸び、両手で持つに十分な長さになる。遠心力と両手の力を乗せた一撃を、頭蓋に向けて打ち下ろす。


「どあああーー!」


 生物ならばこれで決着するが、しかし相手はアンデッド。斬り飛ばした腕が、剣を握って戻ってくるのを予期していた俺は、それを斧で薙ぎ払ってから、先ほど手放した鈴鹿の元へと戻る。


 そして斧の蓋をズラして、地面に突き刺さっている刀の柄を差し込む。長巻斧槍となった鈴鹿と騒速を、大上段に構えて。


『光よ!』


 夏の肝試しで閃き、体得した光属性エンチャントを、刀身に満たしていく。ガシャドクロとは違い、鈴鹿たちは光と闇を両立させて、刃を白く輝かせる。


「これで止めだ、いっけえぇぇーーっ!」


 僅かな距離を全力で駆け抜け、そして振り下ろした一撃は、過たず魔物の戦士へと吸い込まれていった。



「ふう、終わったぞ」

「すごいすごいすごい! 本当によくやったよサチウス!」


 決着を見届けてミトラスが大はしゃぎする。こちらまで駆け寄って、ひしっと抱き着いて、やたらと褒めてくる。


「本当に、よくここまで強くなって」

「よせやい。まだまだ及第点だろ」

「今日くらい素直に喜びなよ、もう、本当にもう」


 俺としては強くなるのはそんなでもないんだけど、ミトラスは本当に嬉しいんだろうな。ちょっと複雑。


「じゃあ今日はここまでにしようか」

「何言ってるの、最後に一つ残ってるでしょ」


 穏やかな笑みを浮かべつつ、ミトラスは右手の人差し指を立てた。すると近くの大地が隆起して、即座に土の壁が出来上がる。


「どうしてもやらなきゃダメ」

「出来たら今晩は沢山してあげるから」


 そういうさあ、彼女が彼氏にえっちしてあげるからみたいな餌のぶら下げ方、良くないと思う。それって俺が言う立場じゃん。


 第一ムードが無いじゃないか。まあ頑張るけどさ。


「安心して。君は技を出すことだけ考えればいい」

「もう少しリスクのない必殺技を考えられなかったのか」


「じゃあこっちにする? 破ぁー!っていうの」

「ごめん、俺が悪かった」


 ミトラスが腰だめに両手を合わせて前へと突き出す。他に拳を前へと突き出して光を放つなど、およそ日本の漫画で数十年に渡り、愛された形だ。


 やれてもやったらいけない気がするので、やむを得ず選択肢を放棄する。。


「じゃあやるけど、駄目だったら本当に助けてくれよ」

「任せて!」


 深呼吸をして、事前に受けた説明を思い出す。


 これからやる技は、端的に言えば『人間魚雷』とか『肉弾特攻』の類である。


「すうー、はあー」


 目の前にはおよそ家くらいの大きさの壁。家と違うのは中身がみっちり詰まってるってこと。いっそスカスカだったら、失敗しても突き抜けられただろう。


 一歩間違えば死ぬかも知れない。イメージしろ。動きはゆっくりでいいんだ。壁との距離はだいたい二十メートル程度。ここからだ。


「一つに戻れ大八洲、この門潜れ大嵐、怒涛穿波蝕(どとうせんぱしょく)!」


 両拳を握り、胸の前で合わせて前へと伸ばす。籠手となっていたハサミが展開し、プロペラシャフトの如く回り出す。


 そして肩の水瓶と共に、正に怒涛の勢いで放水が始まる。これだけで十分過ぎるほど威力がある。ミトラスから教えてもらった高レベルの水魔法だ。俺だと装備の力を借りて、ようやく使える。


「包み込め!」


 水は意思を持っているかのように、土壁の面という面に広がっていく。やがて全体が包み込まれ、俺の腕の先から、水のトンネルとでも言うべき、円筒形の形が出来上がる。


「水の廊下の中を進むんだよ!」

「分かってる! 飛べ!」


 放水を続けながら叫ぶと、背中の天秤の柱から、ジェット機が離陸するときのような音がし始める。足を脱力し、滑走、離陸、飛翔、突撃!


「ぐううぅーーっ!」


 水の圧しながら突進する感覚、経験したことのない重さと手応え、相手との距離が縮む一瞬毎に、恐怖が倍増する。


 駄目だ! 早過ぎるし、近過ぎる!


「……ッ!」


 天秤の紐が前方に防護ネットのように広がる。その直前で着地し、踵の拍車でブレーキをかける。紐が体に食い込み、拍車が悲鳴を上げる。全身に溜まった反動が、二つのブレーキを破壊する。止まりかけて一点に集約された、全ての力は余すことなく、殺がれることなく、前方へと飛び出す。


 着弾、土の壁を両手が貫き、直前に形を戻していたハサミが、ほぼ同時に閉まる。壁を覆っていた水を通じて、爆発的に気泡が発生、プラズマ光を伴って、本当に爆発する。


「ぐっが……、うおぉああああぁぁああーーーー!」

「やった!」


 破裂した水廊の中から、天高く吹き飛んだ俺だが、ジェットのおかげで軟墜落することができた。体中が痛い。腕の感覚がない。正直どうなってるか見たくない。


「う、う……あぐ」

「すごい、本当にすごい、一発で成功するなんて、待ってて、今元通りにしてあげるね」


 ミトラスの声が遠くに聞こえる。何か怖いこと言ってるみたい。やっぱり俺の腕、あ、痛い。凄く痛く、あ、でもすぐ痛くなくなって。


「はっ」

「意識の混濁も消えたようだね」


 ミトラスはさっきと同じく笑顔で俺を抱きしめていた。


 必殺技は成功したのだろうか。いや、そんなはずはない。俺は自分の腕を恐る恐る見た。そこには生まれたてみたいにツルツルスベスベの両腕があった。あったが。


 腕の防具は木っ端微塵に吹き飛んでいた。


「失敗したのか」

「成功したんだよ。君はアレを使って生きてたじゃないか。大成功だって」


 どうやら見解の相違があるらしい。俺は十分な、本来の威力が出せていないから、失敗したと言ったのだが。


「でも本来の威力じゃないのでは」

「そんなことしたら、今の君では死んじゃうけど」


 馬鹿を見る様な真顔で言わないで欲しいな。


「最大威力で使えば死ぬような技を、死なないように威力を抑えて使える時点で、これ以上ない成功なんだよサチウス」


「言いたいことは分かるが、やっぱ残念だって」


 俺が先ほどやった人間魚雷は、いわばシャコとテッポウエビという、海産物界の二大ヘビーパンチャーの良い所取りである。


 水魔法で捉えた相手に、全身砲弾と化して突っ込み、全体重と加速を乗せてシャコのパンチを再現、直後にテッポウエビのプラズマ衝撃波を叩き込むというものである。


 水で相手を包むのには三つ理由がある。一つは相手を逃がさないことと、衝撃を広範囲に拡散させるため。もう一つは俺自身を守るためだ。


「申し分のない威力だと思うけど」

「なにせ貰ったばっかりの鎧が壊れたからな」


 ミトラスは前半分が抉れ、残りがズタズタになった土壁を見ながら言った。俺にも反動のダメージがひどいが、未完成ながらこの二段構えは、家の半分くらいは吹き飛ばせるみたいだった。


「鎧は放っておけばその内直るよ」

「ああ、これそういうタイプの奴か、よかったぁ」


 まあ技って言っても、実際はほとんど鎧の自動操縦で、俺の役目は魔法と意思決定くらいにしか無いんだが。


「それとな、使ってて改良点は色々見つかったぞ」

「嫌々だったくせに結構乗り気になるんだよなー」

「なんだって」

「なんでもない」


 こういう結果を見ると、まんざらでもなくなってくるんだから、俺ってほんと現金な奴だと思う。


「まあ課題は追い追い聞くとして、その前にやることがあるでしょ」

「え、まだ何かあったっけ」

「技に名前を付けなくちゃ」


 言われてみればそうだ。仮に鎧の固有技だったとしても俺が最初にやった以上、俺が命名するのが筋というものだ。


「そうだな。取り敢えず、要素を抜き出すとシャコとテッポウエビだが、漢字に直すと蝦が被るので、蝦蛄と鉄砲で分けよう。で、読み方から別の字を当てよう。鉄砲は、徹崩って字にするのはどうだろう」


「いいね。体当たりだから肉弾だし、そもまま繋げて徹崩弾にしよう。あとは上の言葉だけだね」


 シャコを上手いこと誤魔化して字を当てるの難しいな。先ず『コ』の読みが一つだけだし、蝦はカとガしかない。


「うーん、カコか、ガコか、引っくり返してもコガ、虎牙徹崩弾じゃあ秘奥義って響きじゃないな、人間魚雷ってイメージでもないし」


「じゃあシャコとテッポウエビと魚雷と君の名前から、それぞれ一文字取るのはどうかな」


 すげえ子どもっぽい発想だけど、この際それでもいいか。こういうのは長引くと、絶対ろくなことにならないし。


「こういうのは邪魔な要素を先に排除して固めていくんだよ。先ずシャコはコの字を取ろう。虎だな。次にテッポウエビだが、これはホウの字を取ろう。咆の字を当てて虎が咆えるとすれば意味が繋がるだろ」


「ふむふむ、じゃあ次は魚雷だけど、これは雷一択だね。サチウスも祥しかないし」

「反論できないけどちょっとムカつくな」


 そうして完成したのが。


「えー現状では『虎咆雷祥弾』に決まりました」

「これにて一件落着!」

「まあまた良いのが浮かんだら都度変えるということで」


 かくして、遂に俺も必殺技と言うべきものを手にすることができた。利点と欠点と危険と安全性が、まるで釣り合ってないような気もするが、それでも気分はだいぶ良かった。


 単に重傷を負ってハイになっていただけとも言うが、気分は良くなっていた。


「さあ、帰って休んだら、後は夜を待つだけだ」

「やらせておいてアレだけど、体大丈夫なの」


 どうやったかは不明だが、ミトラスが全身で回復させてくれたので、今はもう傷一つない。腕もまるで新品になったかのようだ。


「大丈夫じゃなくてもやるの。言った責任は持つもんだぞミトラス」

「じゃあいいけど、今日は君が音を上げても止めてあげないからね」


 そうして俺たちはしばらくの間、今夜の予定を話してから家に帰った。


 流石に色々駄目かと思ったけど、体を動かしたらスッキリして、ムラムラするんだから、生き物のリビドーって正直。


「しかし必殺技かあ、照れるなあ」

「照れない照れない」


 この日ミトラスは、終始俺の成長を喜んでくれていたが、ごめんねミトラス、一言だけ、一言だけ心の中で、言わせて欲しい。



 この特訓やる必要なかっただろ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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