・クリスマスプレゼント 防具編
今回長いです。
・クリスマスプレゼント 防具編
「そ、それは!」
ミトラスが頭上に掲げたのは、見るからに玩具感満載のベルトだった。日曜日の特撮ヒーローを思わせるそれは、杖のような十字の横に、丸が付いている。
「この変身ベルトを装着して、掛け声と共にポーズをとれば、君は魔法少女になるんだ!」
目をキラキラさせて俺にベルト押し付けるミトラス。もしかしなくても前々から用意してたのか、以前に一度釘を刺しておいたはずだが、虎視眈々とこのときを狙っていたのか。猫科っぽいもんな。
でも俺、変身自体は三つあるのよね。ゾンビ化入れたら四つで、巨大化含めたら五つ。通常時で六。まあ七変化っていう言葉もあるくらいだし、いいか。
「すー、はー。俺今年で二十一歳だぞ」
「魔物から見ればまだまだ全然!」
「人間からしたら少女とは言わねえ」
俺は自分の顔に手をやって、静かに息を吐いた。
そんなお爺ちゃんみたいな感覚で言わんでくれ。
「大丈夫、自信があるんだ。すごい出来栄えなんだって!」
いつかこんな日が来ると思ってはいた。来なければいいとも思ってはいた。折角作ってくれた以上、拒否する訳にもいかない。
「ちょっと待ってくれ。心の準備をしてくる」
「どうぞどうぞ!」
洗面所まで行き、鏡で自分を見る。身長二メートルを超えた美形に非ざる二十一歳の女。マッチョな男がお祭り気分でロリのコスプレするのとは、根本的に違う。
ああ、だがしかし、これも年の功。恥をかくことに対し、今やそこまで初心な反応も出ない。深呼吸をして、魔法少女の恰好をする自分を想像する。
「よし……いいぞ、ミトラス」
リビングまで戻って、彼からベルトを受け取る。ズボンにベルト用の輪っかは付いてないが、それでも天秤のベルトはガッチリとはまった。
「それともう一つ、これを」
「え、まだあるの」
「勿論、女の子だもんね」
そう言って目の前の緑髪は、ポケットからごそごそと何かを取り出した。水晶が埋め込まれた白い腕輪が二つ。壺っぽくてごつごつしてる。
手を通した後に拳を握ると、抜けなくなる絶妙なサイズ。
ダブル腕時計がダサいと言ったことがある手前、これは予想外の攻撃。だがこれはつまり、そういうことだろう。
「じゃあ変身の手順を教えるね! 最初に天秤ベルトの横の丸を、下に押し込むんだ!」
ミトラスの熱の篭った指導が始まった。
「どれどれ、おお、レバーを捻るような感じだな、下まで直角になると、おお、天秤になった」
丸は皿か。実際の皿だと底に平たくなるものだけど、それだとつっかえるし、デザインということで納得しておこう。
「二枚のメダルを差し込んでお皿にする案もあったけど、失くすのが怖いからそうしたんだ」
「操縦用のリモコンや変身用のアイテムは、管理するのが一番大事だからな」
などと言っていると、天秤の皿がウィーーン! っとけたたましい音を立てて回転し始めた。ベルトのあちこちが点灯し、謎の電子音が鳴り始める。
「次はいよいよポーズと掛け声、ちゃんと真似してね!」
「よし、こい!」
ちょっと心配だったけど、過程は楽しめるねこれ。
「行くよ! 変神、カガセオーッ!」
両手を前方に伸ばして交差させ、そのまま顔の右側へと持ってくる。このとき右手が前、左手が後ろなのがポイント。ここまでが変身。
そして右の拳を突き出してから、左の拳を頭上に突き上げる。ここでカガセオと叫ぶ。なんだろうカガセオって。
「なあミトラス、カガセオってなんだ」
「カガセオは君の国が大陸の神様に支配されるとき、負けはしたけど最後まで服従しなかった神様で、正真正銘この島の神様だよ。水瓶の神様なんだ。平将門はかの神様のご加護を受けていたとも言われているってウルカ先生が言ってた」
「へー。でも俺天秤座だけど」
「そこはまた話せば長くなるんだ。先ずは変神してみてよ。いい、変身じゃないからね。『み』じゃなくて神様のほうだからね」
言わんとしていることは何となく分かった。『変神』か。
「分かった。変……神……! カガセオオォォーーーー!」
全身全霊を賭けて声を上げ、ポーズをとる。するとどうだろう、ベルトの皿だけでなく、腕輪まで回り始めたではないか。いやそれどころか、猛烈な勢いで水が溢れ出して来る。
瞬く間に体が水に包まれていく。着ている服の感触が、別の物へと置き換わっていく。意識が冴え渡り、力が漲るのを感じる。
「天津甕星・サチウス、見参!」
「やったー!」
水が弾け飛ぶのに合わせ、とりあえず名乗りを上げてはみたものの、今の俺ってどういう姿をしてるのだろうか。
動くとガシャガシャ言うし、視界は少し狭まった。これは、鎧か。アーマー系か。考えてみれば特撮が好きなミトラスだ。女の子のひらひらした服よりも、好みを優先するだろうし、俺に似合うという理由がそれを後押ししたはず。
命拾いしたな。
「スースーしないからスカートの類は履いてないようだけど、鏡見せてくれる?」
「はいどうぞ!」
ミトラスは非常に高いテンションで、指を鳴らして姿見をその場に作り出した。随分と大きいけど、もしや俺また巨大化したんじゃあ。
「こ、これは」
俺の不安は、ある意味では当たった。
鎧がごっついのだ。
例えるならマクシミリアン甲冑、あのぴったりした感じの西洋甲冑に、源氏や平氏の貴族が着込むような、派手な大鎧が装着されている、そんなデザイン。
「……意外にかっこいいな」
「でしょ、でしょ!?」
大袖や草摺りも付いて、襟もちょっとごっつい。肩当てもゴム紐らしき物で釣ってあるのから、万歳ができる。
もんぺ的な履物じゃないと、細く見えてボリュームが不足しがちな太腿の部分も、俺の太さで補えている。うるせえ。黙れ。俺の冷静な部分よ。
兜も西洋式のフルフェイスで、面頬は可動式で鶏冠に赤い房が付いている。米噛みの部分には、羽根飾りが付いてるのもいい。
ここまではいい。ここまでは。
「ただちょっと色合いが派手だな」
「何言ってるの、日曜日じゃこれくらい普通だよ」
そう。鎧は恰好良いんだけど、所々が玩具っぽい。何より色が原色多めで派手というか、けばけばしいのだ。
いや鎧一領とっても大分派手だけど、外側が青くて中が赤い。所々に銀や金色があるけど、もうちょっと落ち着いた色味したほうが。
いや、ベースの甲冑が板金っぽい光沢してるから、合わせると外がそうなるのか。でも見えてる部分だと甲冑が少数派だから、大鎧に合わせたほうが良かったのでは、うーん難しいし悩ましい。
でも文句は言わない。
「あと後ろに付いてる壺は」
「あれは水甕だよ。放水して攻撃できるよ」
「ふ、ふーん」
肩からキャノン砲みたいなのが見えてると思ったが、コレ水瓶なのか。そうか、水ねえ。
よく見ると鎧も水っぽい。大袖はギザギザで青白くサメのようだ。甲冑の上に羽織るようにしている胴も、心なしか伊勢海老っぽく見えて来た。
水っていうか海産物。何だか嫌な予感がしてきたぞ。
「左右の腿に付いてる紡錘形のコレは」
オレンジ色で拳大くらいの大きさがある。
「釣りのウキだね。鞭みたいに振り回すんだけど、紐も伸縮可能だから安心してね」
フレイル枠か。丸めた白いホースみたいなのが引っかかってるけどそうか、紐か。百円玉とビニール袋で車のガラスも割れるっていうし、威力は心配しなくても良さそうだ。
「背中に付いてる天秤は。皿が無いけど」
「ジェット」
「ジェッ……」
聞き間違いだろうか。もしかしてこの柱だけになった天秤が、本当にジェットになるのか。
今や大きな筒だぞ。だいたい皿はどこに。
「はっ、この踵に付いてる拍車、よく見たら」
「それブレーキとかランディングギアっていうのの役目だから、空を飛んだり着陸したりするときに、足元に出るようになってるんだ」
事も無げに告げるミトラスから、本気で言っていることが伝わる。そして戦慄する俺を他所に、彼は続けた。
「籠手が大きなハサミになってるでしょ。それが君の必殺技になるから。期待しててね」
腕輪をしていた箇所が、分厚く角張ったケースになっている。上下に分かれていて、自分の意思で開け閉めできる。強そうだけど絵面がえぐいことになるから、極力鈍器として運用することになりそうだ。
あと上側が妙に大きく開くのが気になる。
「詳しい操作方法はまた今度するね。流石にこれを超える物は出て来ないと思ってたけど、あっさりと上を行かれたのにはびっくりしたけど、とにかくこれが、僕からのクリスマスプレゼントだよ」
メリークリスマス、とミトラスは言った。凄さだけで言えば間違いなく凄い贈り物だけど、ごめん。
生まれて初めてコレジャナイって思ってる。
「あの、経緯を聞いてもいいかな」
「あ、うん」
どうしてこうなったのか。それを聞くと、彼は露骨に気落ちしてしまった。何気なく時計を見れば、時刻は早朝から朝へと移っていた。
「変身ベルトを作ろうと思って、君宛てだから君に合わせて天秤をモチーフしようとしたんだ」
そこまでは分かる。ベルトが天秤だったもんな。問題はその後だよ。
「そこから機能を考えたんだけど、お皿を盾にしたり、柱を剣や杖にしたり、まとめて弓にするのもその、ありきたりかなって」
そこはありきたりで良かったと思う。
「そこでウルカ先生に相談したら、折角だから神様のご加護を与えたらどうかって、それなら余程変なのじゃなければ様になるし、そういうものだって割り切れるかなと思って。ブレスレットもそのとき追加で作ったんだ」
外れの少ないくじ引きをさせて、話を進めようとしたんだろう。朧気ながら展開が見えて来たぞ。
「それで儀式をしてみたんだけど、天秤を象徴とするような神様は、こういう贔屓みたいなことには、全然応えてくれなくって」
確かに公平とか公正の神様のご加護って聞くと、矛盾を感じざるを得ない。ていうか何しれっと他の神様と渡りを付けようとしてるんだ。
「それで僕は可能な限り君のプロフィールをまとめ、マッチングしてくれる神様を探していたところ」
「そのカガセオっていうのがいたと」
ミトラスは頷いた。この際にウルカ爺さんから、由緒ある古神であると聞かされて、ここを逃せば次は無いと飛び付いたそうだ。
婚期を逃しそうな娘の見合いを申し込む親みたいなことをしよって。
「で、蓋を開けたら水瓶の神様だったと」
「うん。だけど不屈とか反骨の星と言われて正直、平等とか法律の神様より君に似合うと思ったから。それに水属性ってことは青だし、そこも女性向けかなとも思って、前向きに検討した結果、いいかって」
妥協というよりは妥当。
「和洋折衷のアーマーについては」
「今の番組で人気なのがその二つのヒーローだったから」
考え方が手堅いな。
「そうか、大変だったな」
「うん……」
これだけ堅実そうな意見を持っていながら、最初にオリジナリティを発揮したせいで、大きく脱線してしまったのか。当初の予定とは大きく異なるが、これはこれでちゃんと完成品なのだ。
鎧が海産物っぽくなったのは、加護の余波みたいなものらしい。複雑な気持ちだが、ここは喜ぼう。ミトラスが苦労して用意してくれたんだし、ダサいとまでは行かないし。
俺一人で戦争でもすんのかって重装備だけど。
「装着する機会はあまりないと思うけど、プレゼントを貰うのは素直に嬉しいよ。ありがとうミトラス」
「! 良かったあ……」
ミトラスはプレゼントを喜んでもらえたことに、安堵したようだった。チョイスがおかしいだけで、それ自体にも責める所はない。
「よし、じゃあ今度こそプレゼント交換は終わりだな。朝ご飯にしてどこか出かけよう」
「だったら早速それの練習しに行こうよ。まだまだ紹介してない機能もあるんだ」
「そ、そうか」
初めて平和なクリスマスなのに、どうしてこう変な方向に行くのだろう。俺としてはこの話題は、ここまでにしておきたかったのに。
「必殺技についてもまだだしね」
「そういやあったなそんな話」
必殺技か。思えば魔法と通常攻撃だけで、それっぽいのは無かったな。強いていうなら巨大化か。蓮乗寺にもあるし、有って悪い気はしない。
ただ。
「ほどほどにしような、ミトラス」
「うん、分かった!」
分かってないっぽい。今日はクリスマスで俺もその気なんだけど、この空気から今晩、果たしてえっちな気分に持っていけるのだろうか。
「楽しみだなあ」
「そうだなあ……」
このときばかりは屈託のない少年の笑顔が、眩しさよりも虚しさを俺に与えてくるのであった。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




