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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
平和な冬休み編
462/518

・番外編 魔王、身体を売る

今回長めです。

・番外編 魔王、身体を売る


 ※このお話はミトラス視点でお送りします。


 時は真夜中、サチウスはすっかり眠っている頃だ。でもってここは人の家。僕はとあるお願いをするために、この人の家を訪れていた。


「いやーまさか猫と喋る日が来るとは」


 夜中なのに一向に寝る気配がないのは、誰あろうサチウスの先輩である、北斎さんだ。暖房を点けず、厚着だけして寒さに備えている。


 その姿はさながら水を吸った藁人形のようだ。


 昔は日本人形ぽかったけど、今はもう何だか分からない物体になりつつあるな。最低限の束縛は、誰しも必要なのかもしれない。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「いやいやいいのいいの。懐かしい気持ちになるなあ」


 伸びた髪をカチューシャで留め、大きな目は眼鏡のせいか更に大きく見える。しかも目の下のクマまで深く大きい。


「サチコが異世界から来たって聞いたときは、君もそうなのかなって思ったけど、やはりそうか。使い魔って奴だろ」


 むむ、それはちょっと違うんだけど、でも今はそんなことに拘っている場合ではない。話が上手く進むなら、本当のことをわざわざ言わないことも大事だ。


 つい先日サチウスから学んだことである。騙すようで心苦しいけれど、大事なことじゃないのなら。いや、結構個人的には大事なことだけど。


「まあ、そうです。元々はただの猫でしたが」


 話だって作ってしまえ。サチウスが話したことから、ボロが出ないようにしつつ。


「ああ化け猫みたいなものかな。小動物をそのままじゃなくて、妖怪から使い魔になるって所に古典的な耽美さがあるよね。本来なら飼い主より上なのに」


「まあ、そうですかね」


 最後だけ合ってるなあ。


「あの」


「おっとごめんごめん。それで何だっけ。いや驚いたよ。いきなり窓から入って来るんだもん。ここ二階だよ」


「窓を開けてるのもどうかと思いますけど」


 ふう、ようやく本題に入れるぞ。彼女のテンションが少しおかしいから、直ぐ取り留めのないことになってしまう。


「それでですね」

「あ、そうだ、君って人間の姿になれるの」


 話の腰を折るなあ。でも押し掛けてきた立ち場で、上から目線の態度は良くないし、何か遊んでたのを邪魔したのも悪いし。


 それに僕が人間の姿になったとき、そっちのほうがウケが良かったら、頼みを聞いてもらい易くなるかも知れない。


 よーし。


「一応なれますが、見ますか」

「見たい見たい、生の変身シーンとか絶対見たい」

「では失礼して、はああぁぁー……」


 普段は一瞬で変われるけど、今回はそうだな。それっぽい煙を出して、虹色の光に包まれながら、徐々に体型を変えて、勿体ぶる感じで行こう。


「ふう、どうでしょうか」

「あれ服はどこから」


「毎回裸だといけないので、変身するときにはちゃんと服を着ているようにしたんです」

「どうやって」

「どうって、練習ですかね」


 何故か斎さんは納得いかないような、はっきり気に入らないと顔に出していた。いや、言い分としては正しいんだ。僕が個人的にそういう変身の仕方をしてるだけで。


「まあいいや。それで、君は猫と人間の姿を使い分けながら、サチウスと一緒に暮らしていたと、そういうことだね」


「あ、はい」


 何故か彼女は部屋の明かりを点けると、舐め回すように僕を見てくる。もしかすると、魔物の姿のほうが良かったのかなあ。


「あの、耳は猫のほうが良かったでしょうか」

「出せるの。じゃあ出して」

「はい」


 すごい高圧的だ。何を間違えたのか、彼女はこんなに嫌な感じのする人では、なかったような気がするんだけど。


「なるほど、こうなってるんだ」

「はい」

「で、一緒に暮らしてると。ご飯とか、お風呂とか」

「はい。生活はもっぱら人間の姿ですることが増えて」


 そこまで言うと、斎さんは部屋の明かりを消して、私物で散らかった室内の椅子に、乱暴に座った。そして。


「はあー!? あいつふざけてんのか! 何が天涯孤独だよ! 猫と美少年がいて孤独な訳ねーだろ! 人生舐めてんのかあいつ!」


 叫んだ。


「なっなん」


 突然の豹変にびっくりする。


 しかし例え相手がサチウスの恩人で、これから頼み事をしようという相手でも、突然の言いがかりには反論をしなくてはいけない。


 でないと僕のせいでサチウスの名誉が傷付いてしまう。


「何を言うんだ! そんなことで人生が何とかなる訳ないだろ! 舐めてるのは君のほうだろ! この生活態度は何だい! 第一君は一人暮らしだったんじゃなかったのか!」


「ぐっ! い、いいだろ冬休みくらい実家に帰省したって!」


 あ、こいつ言い返されたら尻込みしたな。


「学校より実家のが近いじゃないか!」

「はうっ」


「訪ねた身分で言うこっちゃないけど、こんな時間まで起きて! こんなの僕がいたってできないぞ!」

「おうっ」


「パソコンのために部屋を寒くしたままで、あまつさえ窓を開けてたりするから、僕が入れたんでしょ! 不用心にもほどがある!」

「むぐ、ぐっぐう」


「君も大学生ならもっとしっかりしなさーーーーい!」

「がああああーー!!」


 思ったより弱かったな。


 ――斎うるさーい。寝ろよー。


「あ、はーい。怒られちゃったじゃないか」

「君が悪いよ」

「説教臭いマスコットなんて今時古いんだよ」


 まだ懲りない様子だったので、机をバンと叩いた。

 あまり人の恩人を躾るような真似はしたくないんだけど。


「話を戻します。いいですね」

「あ、はい」


 僕はサチウスの近況を報告した。


「ほーん、そうかー、遂に身内とは縁を切ったか。あいつも頑張ったなあ。確かに今更出て来られてもって感じだけど、それでも大変だったろうなあ」


 斎さんはパソコンを消して、部屋の暖房を入れた。僕は少しだけ開いていた窓を閉めて、ベッドの上に座らせてもらう。床は足の踏み場がない。


「はい。部活も引退しましたから、後は卒業まで生きてればいいかってくらい、気力がなくなってしまって」


「燃え尽きたんだね」

「恐らくは」


 夏休み明けからこっち、気苦労が絶えなかったからなあ。どうにか乗り切ったけれど、完全に疲れ切っているようにも見える。


「休息が必要ですけど、漫然と休んでも効果は薄いと思うんです。それで誰か力になってくれそうな人を探していたら」


「私を思い出したと」


 斎さんの言葉に、僕は頷いた。一年生の後輩たちは元より、二年生の子たちもサチウスの詳細は、知らないというか、ほとんど教えられていない。


 彼女に家族がいるんだと思い込んでいる人たちを、そうではない家に招くことはできない。今からそれを教えた上で、気にせず家に来てくれというのは、時間が足りない。


「あの子のことを他の人よりも知っていて、それを気にせず接することができるのは、もうあなたしかいないんです」


「桜子さんは」

「もうあなたしかいないんです」


 何故か関係ない人の名前を出されたから、念のため最後のほうを繰り返す。今度はちゃんと聞こえたのか、斎さんは無言で小さく頷いた。


「みなみんもいないしなあ。分かったよ、それで私に何をして欲しいんだい。言っておくけど、あんまり優しい言葉とか無理だよ」


 それは分かってる。斎さんは自由な人だけど、そういうことは不得意というより、不出来って感じの人だもんね。


 思えばサチウスの友だちで優しかったのって、海さんと南さんだったな。それを両方失ったのは痛い。彼女たちとの接点が、今も日常的に続いていたなら、こんなに心配しなくて良かったのに。


「遊びに来て、コミケの売り子を手伝うように念を押してください。それでたぶん、元気が出ると思うから」


「君は親御さんみたいな猫だな」


 保護者だからね。家にあまりお金は入れらないけど。


「事情は分かった。そういうことなら良いよ」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし」


 待ったをかけられて、お辞儀をした頭を上げると、ビシッと指を突き付けられていた。机の上のスタンドライトを受けて、斎さんの眼鏡が怪しく光っている。


「私にも何か報酬が欲しい。タダではやらん!」

「な、元はと言えばそっちから頼んできたことなのに!」

「たった今立ち場が変わったからね。私が頼まれる側に」


 ぐ、それはそうだけど、断られたら困るのは自分だって同じくせに。どうして急にそんなことを。


「でもうちにお金は」


「君から撒き上げたお金でサチコのバイト代を払おうなんて思ってないよ。そんな奴に見えるの私が」

「今は」


 冷たい沈黙が部屋を包み込む。駆け引きって基本的に、人間関係を一段冷え込ませるから、あまり迂闊に持ち掛けないで欲しい。


「ごめん、私も意地悪を言ったけど、あんまり真面目な話だと息が詰まるから、茶々を入れたくなっただけなんだ。ほんと、その、気持ちでいいから、お礼とか欲しいなって、それだけだったんだ」


 眼鏡の光が消える。


「あ、そうですか、すいません。お礼、お礼か」


 気まずい雰囲気の中、僕はどうにか気持ちを示す方法を考えた。金品でないのなら、身体の一部とか行為だろう。


 僕の髪や耳の毛とかは価値が無いよね。こんなことならこの世界に来るとき、竜の鱗なり金貨の入った袋なり持ってくれば良かった。


 サチウスは売る手段がないから意味が無いって言ってたけど、人に渡すって考えはなかったな。


「僕が知ってる限りの異世界の話をするとか」

「うーん、もう一声欲しいな、話以外にも何か」

「魔法を使って見せるとか」

「そういうのもいいし、コスプレもして欲しいし」


 思ったより注文が多いぞこの人。他にも声を録音させて欲しいとか、僕の私生活が知りたいとか、僕からみたサチウスのことが知りたいとか。


「だったら、もしもサチウスが元気になったら、お礼に一日だけ、何でも言うことを聞いてあげます。これでどうですか。て言っても、何かを買うっていうのはできませんけど」


「え、いいの!」


 あれこれ注文を付けていた斎さんが、いきなり態度を変える。だって要は全部やって欲しいってことじゃないか。


 だったらこう言うしかない。


「それでいいなら」

「いやいいよ、全然いい。あのさ、みーちゃんくん」

「何ですか」


「君って、十八歳以上だよね」

「そりゃ人間よりは年上だと思いますけど」

「だよね! だよね! おっけー……」


 急に何をがっつき始めたんだこの人は。もしかして、まとめ払いとかされると尻込みしちゃう人なのかな。


 でもそれと年齢はたぶん関係ないような。


「じゃあともかく、そういうことでお願いします」

「あ、うん。君もお礼のほう、よろしくね!」


 交渉は成立し、僕は窓を開けると、猫の姿に戻って北家を後にした。


 ちょっと難航したけど、どうにか斎さんの助けを、取り付けることに成功したぞ。これでサチウスも少しは気持ちが立ち直るはずだ


 代わりに僕は報酬として、斎さんと何かしら付き合うことになったけど、惜しくない。


 さあ、他人任せばかりもしていられない。こっちはこっちで彼女を元気づける取り組みを考えなくては。


 こういうときこそ、僕の出番なんだから。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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