・体力だけは満タン
・体力だけは満タン
クリスマスという名の二学期終業式を、目前に控えた愛同研。暖房も大して効かないこの部室だが、馴染みの面子は元気な子。何処吹く風で過ごしている。
俺に加えて一年生三人、二年生二人、猫が入って六人と一匹、いや七人の揃い踏みだ。
「あれ先輩何してんすか」
せっせと編み棒と毛糸を動かす俺に質問をするのは、冬でもベリショの飯泉だ。未だに私服は半袖半ズボン。こいつのツリ目も可愛く見えて来るんだから、慣れとか付き合いの長さって侮れないな。
「見りゃ分かるだろ。セーター編んでるの」
「先輩が? 誰に向かって?」
「間違いとも言い切れないけど、向けてって言おうね飯泉」
この頃は馬力を掛けて、作りかけだった手袋と靴下とマフラーは仕上げた。中途半端に弄っては止めを繰り返していたが、それでも少しずつ出来上がってはいたので、そこまで時間を必要としなかった。
「妹さんにあげるんでしょ」
「ああ、この前の文化祭の」
横から聞こえたのは、アガタと斎の声だ。二人とも珍しく筋トレをしている。冬休みに肥えることに備え、今から訓練メニューを考えているらしい。
二人は先月の文化祭で、俺の異父妹と会っている。
「まあそんなとこだな」
誤魔化しても意味がないし、ミトラスのことを言う理由もないので、やんわりと肯定しておく。毛糸のセーターはチェインメイルみたいなものだな。線と輪っかを作って引っ掛け続けてと。
うーん、テキストに首っ引きで肩がこる。
「へえ、先輩も家庭的なとこあるんですねえ」
「でも意外って感じはしないよしーちゃん」
後ろの席で旅行雑誌を広げながら、タレ目の清水とリバウンドしつつある川匂が言う。清水は最近自分の目つきに合わせ、少しだけ肉付きが良くなった。
高校一年生なのに妙にエロイ雰囲気になったが、見た目よりずっと筋肉が付いてるとは飯泉の弁。マシュマロは川匂だけだな。
「先輩はサンタさんって訳ですね」
「トナカイのほうが似合いそうだけど」
今度は栄とアガタだ。お前ら人の頭越しに話すの止めろ。
「そういや皆クリスマスとか、冬休みって何か予定あんの」
「私らはお正月にお年玉を使って、三人で旅行に行きます。だからそれまでに宿題終わらせますよ」
「だからクリスマスは三人で宿題会ですよ。へへへ……」
「本当にそこまでする必要あったのかなあ」
行動力に溢れる一年生たちは、結構大掛かりな目標を設定しているらしい。行先は料金と安全を考慮して、伊豆にするそうだ。
女三人冬の海ってチョイスは正直、年齢にそぐわない気もするが、スキーにでも行って『かまいたちの夜』みたいなことになっても困るしな。
せめて小田原が地元じゃなければなあ。
「アガタは家族と過ごすだろ」
「はい、24と25はお店閉めます。その後はまた少し開けて、31日から4までお休みです」
「それ店の予定だろ。お前の予定だよ」
「両親の実家に行くかもしれないです」
「気温の差で体壊すぞ」
アガタは中国人とブラジル人のハーフである。気温差が三十度以上ある地域に行くなど、それはそれで心配だ。こっちの歴史だと中国は存在しないから、旅行自体は安心ではあるのだが。
どうでもいいけど、中国が存在しないから、厳密には中国人とは言わないんだよな。アメリカ人だって、この世界じゃメキシコ人だし。
「アレ本当にキツイんですよね……」
「栄は」
「私は予備校ありますから」
部室の空気が一瞬だけ漂白される。
うん。なんかごめんね。聞いてしまって。
「あ、そういえば先輩、斎がまた売り子手伝ってくれって言ってましたけど、どうしますか」
斎とは我らが愛同研の創設者で俺の先輩こと北斎である。あだ名は文字通り北斎。勉強したり機械を作ったり、漫画を描いたり遊んだりと、欲望に忠実な人だ。
「例年出てたけど、正直どうするかなあ」
「行かないんですか」
「栄先輩、幾らサチコ先輩だってご家族と過ごすんじゃ」
俺の家族って現状ミトラスだけだから、間違いじゃねえんだけど、何故ちょっとトゲのある言い方をしたんだ川匂君。
「うーん、今年はどうにもやる気がなあ」
「じゃあ今年は無しということで」
「いやいやいやいや、待って待って待って。そこは流石に自分から連絡するって」
最後のコミケだろうしなあ。どこかで一日くらい参加するとは思うけど、売り子の手伝いかあ。
「はあ~」
「おや珍しい、先輩が溜息なんて」
「むや~」
「ほら、みーちゃんも心配してますよ」
アガタがミトラスを抱っこしながら言う。こうしている分には、ただのお嬢さんって感じなのにな。
「年中暇してるのは確かなんだけど」
「今年はどうにも気持ちが出て来ないと」
「ここに来て疲れが出たんですかね」
アガタと清水の言葉に頷きそうになる。
本当にそうだろうか。
「疲れてるなら休むのが大事ですけど、気持ちの問題なら、無理にでも空元気を出さないといけませんよ。やる気なんて放っておいても出ませんから」
栄から忠告と説教を受けてしまった。それはそうなんだけど。俺のすることって、後はもう第二部室を建てたときの金を、清水に返すくらいしか残ってないし。
「あれだけ仕事をしたくないと思ってたけど、いざ仕事がなくなっていくと、ダラダラする気力も湧かないんだなって」
「そりゃそうですよ、辛いことから逃げたいから、遊ぶんであって、遊びたいから遊ぶって中々できないですよ」
「え、しーちゃんはそうなの」
「清お前……」
「なんだよ!」
そうか、俺の中のストレスという名のエンジンが、仕事というガソリンを失って停止しようしているのか。そのため欲望に向ける活力を、発生させられなくなったと。
自由に手にして自由を失うか。皮肉だな。
思った以上に事態は深刻なのではなかろうか。
「退屈とかそういうことでもないし」
「先輩って彼氏いないんすか」
「みーちゃん」
「アガタ先輩にめっちゃノド鳴らしてますけど」
所詮は猫か。
「先輩は疲れてるんだと思います。冬休みを充電期間にして、ガス欠の状態に、踏ん切りを付けないといけませんよ」
栄から真っ当な休みの使い方をするよう言われるが、それを言うならお前も予備校休めよと、思わずにはいられない。
しかし疲れ、疲れか。確かにな。
先月はたったの二日で死ぬほど気疲れしたし。
「先輩ってお休みはどうしてたんですか」
旅行雑誌に赤ペンで何やら書きつけながら、川匂が質問をしてくる。〇を付けたり×を付けたり、どうも候補地を絞り込んでいるようだ。
旅行に行くほどの金を使うのは不安だ。俺もバイトで月々の消費を抑えてはいるけど、それでも卒業するときには、果たして幾ら手元にあることやら。
「家でゲームしたり、文庫読んだり、録画してたアニメ流し見したり、動画を流し見したり」
「休み方が下手糞!」
「見るという行為に偏り過ぎてますね」
飯泉と清水からダメ出しを受ける。
「他には」
「気に入ってる曲をずっと聞いてたり、ラジオを掛けながら寝たり」
「完全に力尽きてますね、いけませんね」
「休みの日に本当に休んだら、何もできなくなりますよ」
今度は栄とアガタから忠告を受ける。もしかして俺って、あんまり休みの過ごし方をしてなかったのか。
「先輩、連休とか長いお休みはあ、遠出が一番ですよ。お散歩でもいいですから、ゆっくりした気持ちで、お外に出てみましょうよ」
川匂に至っては、ケースワーカーみたいなことを言ってくる。おかしいなあ、俺なりに割りと一生懸命とか、精一杯と言っていい生き方をしてきたつもりだのに。
「たぶん頑張り過ぎですね。これ機に生活を見直してみたらどうでしょうか」
「え、この時期に」
高校三年生の冬休みでそれは無いだろ栄。俺が進学しないからって、卒業後まで高校生基準の暮らしは送れないよ。
保っても四か月。そのために生活を見直すってのも。
「あくまでも気持ちを切り替えるだけです。それができたら、また元通りにすればいいんですよ。元気が戻って来たなら、ここでいつも通りウダウダできます。きっと」
妙に実感を込めて栄が言う。思えば二学期頭の料理部の一件は、俺たちにおよそ二ヶ月は暗い影を落とした。立ち直るまでにも紆余曲折あったし。
そう考えると栄の言うことももっともか。
「まあその内、暇にも飽きると思いますよ」
うどんを捏ねるようにして、猫を揉み解していたアガタが言う。もうちょっと絵面を良くして欲しかったかな。
「だといいけどな」
「でも何ていうかアレっすね」
「ん、なんだアレって」
飯泉が腕を組んでぼそりと呟いた。何故か視線を宙に投げ、遠くを見つめている。
「誰も先輩が風邪とか、インフルエンザっていう線を考えないですね。全く、全然」
言われて周りを見ると、何故か誰も俺と目を合わせようとしない。飯泉に至っては目を閉じた。
「ほら……俺って元気が取り柄だからさ……」
「……そうですね」
誰かが同意を示してくれたけど、不思議と誰かは分からなかった。室内に静寂が広がって行き、猫が後ろ脚で首をかく音が響き渡る。
とりあえず今はこのセーターを仕上げてしまおう。それと先輩に電話をしよう。あとは例年通りにして、それからのことは、またそのときにでも考えよう。
それにしても。
「ここはさ、笑い飛ばしてくれると嬉しいんだけど」
「すいません」
空気がまた冷え込んで来たな。俺の体はこんなにも元気なのに、気持ちは中々温まらない。
ていうか皆、もうちょっとくらい心配してくれても、罰は当たらないんじゃないかな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




