・全快しない系レベルアップ
平和な冬休み編
・全快しない系レベルアップ
「は~」
師走。外は灰色のイメージがあるけど、昼は青いし、夕方は赤い。身を切るような寒風が吹き荒び、何故か女子たちは生足を晒している。
そのほうが細くなるって都市伝説もある。しかし実際はタイツやストッキングだと、トイレ行ったときに、ずり下ろし難いという弱点があるので、多くの女子はそれを嫌うのだ。
「は~~」
「…………」
冬は寒くてトイレが近くなるからな。多少温かくても、急な便意や尿意に襲われて、もしも脱ぐのが間に合わないと、二重に汚い。
生理があって人一倍不衛生な生態なので、他の女子が座った便座には絶対に座りたくない者もいて、それはまあ否定できないスタンスである。
となるとやはり、身軽さを選ぶのも幾らか妥当性のあることなのだ。スカート辞めてズボンでいいだろと思うが、ダサいのも嫌だというから、難しい話だ。
まあ何が言いたいかというと、俺がズボンとタイツと毛糸のパンツで、冬支度を済ませた状態に引いていた後輩たちは、この寒さでお腹でも壊せばいいんだ。
「は~~~」
「……………………」
そんなことを思いながら迎えた金曜日の夜。珍しく休日の前にレベルを上げるかと思ったのだが。
まるでやる気が出ない。リビングの椅子にふんぞり返っては、足をブラブラさせるだけ。その内ずり落ちそう。椅子小さいから、元より大分はみ出てるんだけど。
「は~~~~」
「えい」
「うあっ!?」
突然菊座に走った衝撃に思わず悲鳴が上がる。ミトラスが椅子の下に潜り込み、俺の足を持ち上げて、指を突っ込んで来たのだ。
「なん、何だヤんのか」
「溜息がうるさい」
「え、そんなに声デカかった」
「ていうか回数が多過ぎ。何回はあはあ言うの」
「ごめんよ」
「そんなに落ち込むくらいなら、縒りを戻せば良かったじゃないか。僕は上手く行くと思ったのに」
自宅では魔物の姿のままでいる彼は、少し長くなったファンタジックな緑髪をかき上げた。そろそろ切らないとな。
「今回は怒りや憎しみから縁を切った訳じゃないからかな。結構引き摺ってたみたいだ。面目ない」
「家族が恋しいなら、素直にそうして良いんじゃない。あの子となら上手く行くよ」
あの子というのは、先月の文化祭で再会した、俺の胤違いの妹のことだ。最後まで俺たちが血縁であることは、明かさずに別れた。
「悪いがそれだけはしない」
「なんで」
「なんでも」
「どうして」
「どうしても」
ミトラスは元の異世界で、仲間や家族との暮らしを取り戻せたから、余計にそう思うんだろう。でも俺があの子と上手く行っても、周りと同じようにやっていけるとは限らない。
あの子にはあの子の家族と暮らしがある。ぶつ切りでそこだけ取り出すなんてことは出来ない。
「君はこういうとき、損を選びたがるね」
「得をしてないだけだよ。さ、レベル上げるか」
服越しとはいえ、とてもケツの穴に指を突っ込まれてする話じゃないし、さっさと用事を済ませてしまおう。
テレビのリモコンでチャンネルを『サチコ』に合わせて、出て来るタブと無数のパネル。
この画面もそろそろ見納めだな。
『電力変換』:体内で起きた電力を、体力と精神力に変換します。消耗しておらず、また蓄電量の上限に達していた場合発電を止めます。
「これは前回試した奴の派生っぽいな」
「体が自家発電に適応したんじゃないの」
安全面が確保されるなら、前回取り止めにしたパネルたちも取れるな。いわゆる自然回復を補助する形だ。復調する方向でタフさを底上げするのは、結構珍しいパターンかも。
「取得。む、まだ取れるぞ」
「変換効率の問題だろうね」
いつものように成長点を3,000点払って取得。このお薬生活も長くなったもんだ。継続力だけは自慢できるな。内容は人に言えないけど。
「知能は、なんだこれ」
『罵詈雑言』:暴言の攻撃力を上げます。
「酷いな、何故これが知能の枠なんだ」
「効果的な悪口を考えるのは頭を使うからね」
本当だ……。ステータスの知力のバーが結構伸びる。嫌だなこういうの、如何にも人類って感じがして嫌だ。でもいざ相手に悪口を言うとき、効果が無いのも困る。
取得。
「あ、取るんだ」
「バーカ! どうだ傷付いたか」
「いやごめん、今この瞬間は君こそ馬鹿だと思う」
なんだバグか? パネルの不具合か?
俺のほうこそ傷付いたじゃないか?
次行こう。これ以上はミトラスの視線に耐えられない。
「魔法は何取ろうか」
「魔法でやりたいことはないの」
「うーん、できれば便利で平和的なのが」
「水と土と風の魔法を習熟すればいいよ」
ミトラスが言うには、水の魔法に長じれば飲み物が、土の魔法なら食器が、風の魔法なら飛ぶなり浮かせるなりが可能になるのだという。
俺の場合は魔法の合成だって出来るから、やろうと思えば陶器の焼成や、ベーキングパウダー生成から、ケーキだって作れるはずなのだそうな。植物を発生させて収穫ができれば作物だって取れる。
うーん、古今東西の絵本みたいな魔法も、基本的な所から来てたんだな。
「あ、クリスマスにはお菓子の家でも出そうか」
「出すなよ余るんだから」
清潔な空間と地面が必要になるし、食べきれないのは勿体ない。加えて家サイズのお菓子なんぞ捨てたら、それだけで不審者だ。
「魔法が使えても有利になる戦いとかあんまりなかったし、この際相手の魔法を封じる手段でも持つか」
「あるよ、ほらそれ」
ミトラスが俺の台詞に被せながら、画面のパネルを指差す。本当によく見てるよね、たまに言わなくていいことまで言うけど。
『封印』:自分の精神力を消費した分だけ、対象の精神力を減らします。
非常に簡潔。自分のMP減らした分だけ相手のMP減らすのか。ゲームの仕様によってはMP攻撃系ってあんまり意味ないんだよな。
具体的には敵がリソース消費無しで、単純にそういう行動が取れたり、ターン毎にMPが全快してたり。現実だと果たしてどういうことになるのか。
「取得と。うーむ、いまいち実感が湧かないな」
「君は魔法の練習あんまりしないからね」
練習するということは、ハードとソフトの両方を更新するということである。俺のレベルアップはハードの改良がメインなので、使用感が付いて来ることは少ない。
「ちょっと試してみよう。この火を消してみて」
ミトラスが指先に蝋燭ほど火を灯したので、それに向かって手をかざす。目には見えないけど、見えてるのと変わらない感覚で、自分の魔力的なものを目線で追う。
腕を伸ばすような感覚で、見えない力を押し付けると、火はゆっくりと消えた。
「おお、出来た」
「でも完全に動きが止まってたから、次からは動きながらでも出来るようになろうね」
今の俺だとこれを使ってる最中は身動きが取れないのか。あまり意味がねえな。そういや先月の発電能力と、さっきの電力変換があれば、精神力が自家発電で回復できるのでは。
思ったより強い能力になりそうではある。
「次は特技だな」
「流しても無駄だぞー。絶対鍛えるぞー」
ミトラスが隣に座って纏わりついて来る。そんな所ばっかり俺に似なくてよろしいんだよ。ええい、鬱陶しい。特技はこれでいいか。
『団結』:あなたが徒党を組むとき、あなたと仲間の能力が底上げされます。『統率』があると更に強化されます。
『統率』:あなたが一党を率いるとき、仲間の能力が底上げされます。『団結』があるとあなたも強化されます。
有用そうなのに、二つ合わせて必要成長点はたったの3,000点。仲間は別に用意する必要があるからね。使える場面は限られてるし。ていうか団結ないと、統率の効果が半減なの辛いな。
「使える場面、もうないんじゃ」
「言うなよ。俺もそう思ってんだから」
経験の末に追加されたパネルは強力だが、俺の場合だいたいそこまでなのよね。次があっても困るような案件ばっかりだからいいけど。
「こんなとこだな」
「フリーのほうは見ないの」
「どうせ今回もアレ取れないだろ」
アレというのは『不滅の魂』という名のパネルである。現在フリーの成長点は28,000点。月末には3万に届くだろう。『きれいな遺伝子』レベルだとすると取得はその頃だ。
あのときは色々大変だったが今回はどうなるのやら。
一応確認してみたが、やはり音沙汰がない。
「成長点が3万点を超えて取れなかったら、パーっと使ってしまおう。先月の熱やら電気やら取れば、俺の持久力がもっと伸びる」
「最初は取柄がないからって健康路線を進んでたけど、気が付けば丈夫で長持ちが、君の長所になってたね」
「何となくでも、続けてやってることがあれば、それなりに恰好は付くってことだな」
レベル上げは趣味みたいなものだったが、趣味を辞めるなんてことはない。ご無沙汰になることはあっても、またいつでも始められる。
そう考えるとこの活動も悪くなかったな。いや、随分と助けられたってのが本音だ。
「よし終わり。寝るか」
「え、もう」
「することないしなあ」
そう、最近はもうすっかりやることがない。年の瀬でアガタの家も休みになるし、そうなったら熊みたいに蟄居するしかない。
「ちょっと退屈じゃない」
「平和でいいじゃないか。残る予定なんてクリスマスと正月くらいだし」
「それはそうだけど」
ミトラスは不満そうな、でもどこか心配そうな顔でこっちを見て来た。言いたいことは伝わってるんだけど。
「じゃあお休み」
「あ、サチコ!」
俺は部屋にとっとと引き上げると、そのまま寝ることにした。ごめんなミトラス。
自分でもよく分からないんだけど、最近何だかスッキリしたような、そうでもないような、とにかくやる気が、全くと言っていいほど出ないんだ。
それなのに嫌な気持ちにもならないし。
困ってないけど、困った状態になってるっぽい。
どうしようかな。どうもしないでいいか。なんだかこの頃、胸にぽっかりと穴が開いたみたいなんだよなあ。
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文章と行間を修正しました。




