・ファウルボール
・ファウルボール
俺たちはホームセンターに来ていた。用件はプレゼントの自作盾用の材料調達である。メンバーは俺、北先輩の二人。ミトラスは留守番である。
始めは乗り気だったミトラスだが、勝手に獣を狩ってはいけないという決まりが、この世界にはあると知って、がっかりしていた。
「そんなことをしたら、自給自足で生きていける人が、生きていけなくなるのでは」
「近現代の国家はな、先ず最初に人民を、独歩独立で生きられないよう囲い込むんだよ」
と出発前にこんなやりとりがあったのだ。自分一人で生きていける人だらけなら、国としてやっていけない。
だからどうやっても、他人に依存しなくてはならない状況を作り、その枠内に人々を押し込んで、搾取しないといけないのだ。
共同体の便利さはしかし、富裕層から見れば鼻くそみたいなもんだしな。貧困は世代を超え歴史的に吹き溜まり、国情が貧しくなれば、のびのび蛮族暮らしが横行する。
その後は何一つ明るい要素のない文化が発生するが、それは今関係ないから置いておこう。
「そんなことより、動物の皮が手に入らないと、皮の盾が作れないよ……」
「何とかしてみないとなあ」
そんなふうにしょげ返っていたミトラスに、一応探してみると言ってから、こうして出てきた訳だが、実を言うと、皮の調達の目処は立っている。
「野球部の部室に、壊れたグローブが捨てずに置いてあったから、貰って来たよ」
「うちにもあったわ。貰っていいか聞いたら、マネージャーの子が喜んで譲ってくれたの」
うん。真面目にやらない数ばかりの、弱小野球部の備品管理なんて、こんなものだな。まとめて捨てるためにまとめたのに、そのまま捨てない。臭くて汚いからやりたくない。
やろうとしても、そんなの後にしろと言われて、そのまま忘れ去られる。そんなものである。
帰りに部室へ寄って、彼女たちが貰ってきてくれたそれらを、回収するのである。
「皮はこれでいいが」
では他に何が必要なのかと言えば、グローブを切るための鋏、補強用の糊、ガムテープ、糸、ゴムパッド、両面テープ、塗料、盥とブラシに中華鍋等々。
「サイズで考えると50センチは欲しいけど、それだと重たくなりすぎる。ステンレスにして更にサイズを落として、何とか4キロ未満に抑えたいね」
電灯の光が眼鏡に反射して、先輩の表情が怪しく見える。当事者の俺はさっぱりだけど、先輩の頭の中には、既に製作の段取りが入っているみたいだった。
「木の板じゃ駄目なんすか。レザーシールドは、木の板に皮を貼り付けた物らしいですけど」
「折角なんだから、出来る限り防御力を上げたいじゃないか。本場の拳銃の弾が防げるくらい」
「ちょっと高望みだと思うわ」
海さんが苦笑する。俺もそう思う。そういうのは盾とは別に、防弾チョッキの一つも着て、合わせて防げるくらいで良いのではないだろうか。
いや、気持ちは分からんでもないけど。
「現代で昔の装備を作ろうとしたら、パワーアップしてなきゃいけないと思うんだよね。私は」
「それでわざわざ木のお盆じゃなくて中華鍋を探すんすか」
「材料さえ揃えば、後は加工して張り付けるだけだから、大丈夫イケルイケル!」
この人オタクだけど、ゴーサインの出し方が体育会系のノリなんだよな。任せっぱなしにしておくと楽だけど、様子を見ておかないと大変なことになる類。鍋の深さが後々響かないといいけど。
「ところで海さんのそれは何ですか」
「ああこれ? 製麺機よ。知らない?」
知らないなあ。首を傾げていると海さんはそうよねえ、と前置きしてから話し始めた。彼女が買い物籠に入れているのは、鋳鉄製の台座。ハンドミキサーのようで違う。
複数のローラーとハンドル、何かの投入口らしきものが付いた、カキ氷機や綿飴を作るマシンと、同じ匂いを発している謎の物体。
「自家製のパンとかお酒ってあるでしょ。あれと同じことが麺でも出来るのよ。ちょっとうちでも、試してみようかと思ってね」
彼女の家は喫茶店で、海さんの業務は接客か、惣菜パンの調理である。焼きそばパンに梃入れでもするつもりなのだろうか。
「焼きそばの麺は別に買ってるんだけど、その分を浮かせられないかなって」
「んん? どういうこと?」
少し恥ずかしそうに話す海さんに、先輩が問いかける。泣かせる話だが、先輩にはいまいち分かり難かったらしい。
「別売りの麺がパン用の小麦粉より、ちょっとお高いんでしょう。それを自家製でやれば、小麦粉の一本化ができるかも知れないし、そうなれば麺の在庫を気にしなくて済みます。それに麺に割いていたお金が浮けば、焼きそば用の小麦粉を買えます。パンに使ってるものよりも安いものが使えれば更に予算に余裕ができます。あとはこれで美味しければ、言うことなしとこういうことですね」
「なあるほどぉ。一車両だけハイオクが混じってたけど、軽油にできそうだってことだね」
俺がお前に通じるように話したのに、なんでお前は海さんに通じない例え方をするんだよ。とにかくそういうことだよ。
「でもそう上手くいくかな」
「こればかりはまだやってないから、なんとも言えないよ」
苦笑する海さんの日焼けした笑顔が眩しい。この人は基本的に、標準よりやや上なので可愛いし、女の俺でも下心にぐっと来るものがある。
「麺用の小麦ってこの辺じゃ値段どうだったかな。うどんが名産の県に、親戚がいないか知り合いを当たってみるのも、いいかもしれませんよ」
日本では米を売って、代わりに自分たちは小麦からうどんを打って、それを食べていたという文化が結構ある。なので、尋ねれば意外と誰かのご家族が、そこの出身ということもあったりする。
「流石にまだ気が早いって」
「いや、これを機に伝手を増やしたらいいじゃないですか」
「そうだよ海さん。知り合いの数はネタの数だよ。多いに越したことはないよ」
何故か食いつきが良くなった先輩が、目を輝かせて話しに乗ってくる。何やら思い当たる節があるのか、鼻息が荒くなっている。
「同人にもさ、そういう食べ物の取材や、研究をしているサークルがあるから、今度そこの出してる本を持っていくよ。海さんさえ良ければ紹介もするよ」
こいつさてはグルコミのサークルを売り込む気だな。何て仲間思いで抜け目のない奴だ。はた迷惑と言えなくもないけど。
「とはいえ、上手い焼きそばパンが出来るまで、一年くらいかかるでしょうし、この話は一旦置いときましょう。今はこっちのこと」
南のことを完全にそっちのけで、しょうもない話で盛り上がった我々は、いい加減話を切り上げてレジへと向かった。
夏休みということで、レジャーに向けて様々なキャンプ用品を買い込む客たち。その後ろへと並び、列が進むのを待つ。今更だけど混んでるな。
「あ、アレ」
海さんが指差したのは列の先頭。そこでは丁度、会計を済ませた客が帰るところだった。特異なのは、その際にあることをしていく、ということだった。
『はずれ。粗品をどうぞ』
台座の上、本体から生えた取っ手を捕まれ勢いよく回される八角形の木製のケース。あれは、あの行為は。
「福引やってるね。こんな季節に」
「夏に福引ってあんまり見ないわよね」
そう、帰りしなにやっていくと、何となく楽しい御神託。福引だった。
「景品はなんだろうな」
白、外れ。石鹸一つ。
黒、4等。500円分商品券。
赤、3等、2000円分図書券。
青、2等、自社企画品1万円相当引き換え
「何か金券的なものが多いな」
「プライベートブランドって正直どうなの」
「ピンキリね。ここは食べ物がおいしいのと、ちょっとした小物の家電に、見た目可愛いのが多いわ」
人影で見え隠れしている、前方のポップアートに書かれた景品を読み上げる。先輩の素朴な疑問に答える海さん。お喋りの間にも列は進み、残りの部分も見えるようになってきた。
黄、1等、満州3泊4日の旅。
「よくある奴だな」
「でも社会人でこれだけの日程って先ず取れないわよね」
「旅行に行ける休みが無いってのも辛いなあ」
旅行が無料でも、まとまった休みがないと意味が無い。効果の無いアイテムを手に入れたときの徒労感は、現実にも存在する。
段々と順番が迫ってくる。それにしてもこんなに人が並ぶなんて、夏休み恐るべし。
しかし福引をする人たちの表情がなんだか怖いな。血走ってるというか鬼気迫るというか、そんな本気になるような景品じゃないだろうに。
「買い物で一人一回だって」
「ちょうど全員回せるね」
そしてとうとう俺たちの番が回って来た。俺、海さん、先輩の順。買う物は俺が盾の材料、海さんが製麺機、先輩が画材。
レジで清算して福引のガラガラを回す。この瞬間っていくつになっても楽しいな。
「1万円以上お買い上げなので4回できますね。どうぞー」
先ず俺。一番出費があるので、できれば2等で取り返したいところだ。出た目は黒黒赤。千円分の商品券と図書券。当たりの部類だな。
ミトラスと一緒にいてから、俺の人生か大分好転しているのを、こういうときに実感する。俺だけなら石鹸が三つでも、おかしくはなかったはずだ。
鍋が処分セールにかけられて、格安で買えたのも大きい。
「上々の結果」
「次私ね」
海さんが鋳鉄製の製麺機一つで一回。振って出たのは。
「おめでとうございます! 青の2等です! この引換券と一緒に、お好きな商品をレジまでお持ちよりください!」
「あら~!」
一発で買った分以上取り返しやがった。なんだろう。海さんって何かのご加護でもあるんだろうか。危うい状況で難を逃れたり、こういうときに良いとこ持って行ったり。
「日頃の行いっすね」
「そんなこともあるかしら」
「よっしゃ最後は私だ。ばっちりオチを決めて見せるよ!」
先輩は親指を立てて、頼もしい台詞を言い放つと、小柄な身体に不釣合いなほど買い込んだ、絵の具類を差し出す。
次々と読み取られるバーコード。余談だがこの世界にもバーコードはある。
そして出た金額が税込みで7千500円オーバー。3回の挑戦権を獲得。深呼吸をしていざ取っ手を掴みます。回した!
一回目、外れ、石鹸! 二回目、外れ、石鹸! 立て続けのツーストライク。残す一回も外せば美しい空振り三振。先輩は嬉しそうです。
「さあ来い外れか一等賞!」
そんなことを言われて回る福引のガラガラ。なるか三振或いは逆転ホームラン。こちらの気持ちを知ってか知らずか、吐き出したのは黄金色。この流れはもしや。
『おめでとうございます! 特等出ました! おめでとうございます!』
「やった! いいほうのオチじゃない!?」
店員さんの言葉に俄かに騒然となる店内。浮き立つ先輩。特等。特賞じゃなくて特等。
でもポップには1等までしか書いてなかったような。しかしその疑問は、肩を指でつついてきた海さんを見て氷解する。
上だ。ポップの一番上に、特賞のことがデカデカと書いてあったのだ。俺たちはその下の、残りの景品を見ていたに過ぎなかった。
レジの後ろで待っていた俺たちの元へ、先輩がお店の人から『ソレ』を受け取って帰ってきた。買ったものの他に、分厚い大きなケースを、引き摺るようにして歩いてくる。
楽器のハードウェアケースのようにも見えるが、中に入っているのは、そんな平和的な物ではない。
ここが歴史改変された日本であるということを、我々に思い出させるには、十分過ぎる代物だった。
先輩の表情が、さっきまでの会心の笑みから、伝統的なジャパニーズスマイルへ。ネガティブな意味合いはコレ一つで済む、廉価版アルカイックスマイル。
「……サチコ商品券と交換して」
「嫌です」
「交換して、これ困る」
「俺だって困りますよそんなの」
「交換して!」
「嫌だ!」
「私は銃に詳しくないの!」
「俺だってそうだよ!」
そんな押し問答の末、海さんがプレゼントの抱き合わせに使えばと、最終的に南に押し付ける案を提唱。場が治まるも、結局持って帰るのは、俺ということになってしまった。
『金、特等、バトウ社製猟銃・金熊二千弐式』
真夏の炎天下、自宅へ銃と多量の実弾が収納されたケースを持ち帰りながら、どうしてこうなったのかとずっと考え続けたが、汗が眼鏡を伝って地面に落ちるばっかりで、答えは出なかった。
追記。でもミトラスはすっごい喜んでました。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




