・厳しさの功罪
今回長めです
・厳しさの功罪
※このお話はサチウス視点でお送ります。
俺たちは校舎を下から順に、教室を点検して回った。退学者などおらず、教師が勝手に恐れていただけの、肩透かしもあれば、予想通り教室に潜んでいた奴もいた。
基本的に誰それが退学したなどと、学校側から発表するようなことはない。生徒にしてみれば、ある日から突然、学校に来なくなったということでしかない。
だからこそ、退学者と不登校児の区別は、教師以外にはつかないのだ。しかしなあ。
「まさか一年の内から学校辞めてる奴がいるとは」
事が始まるのは、二年生からだろうと踏んでいたのだが、現実は俺の予想を飛び越えていた。とはいえ教室内で明らかに浮いていたので、接触自体は容易だった。
踏み込む前に様子を観察していたら、もう痛々しいの。馴れ馴れしく他の人と話そうとしてたけど、遠巻きというか、浅いというか。
たぶん前は一緒に話してたであろう連中も、友だちって態度じゃないの。基本的に悪ふざけと、舐めた態度しか取ったことのない人種だから、張り付いた笑い皺、笑ってないのに笑ってるようにしか見えない顔。
こんな言葉は使いたくないが、一刻も早く追い出すのが皆のためだな。
人間こうはなりたくないものだ。
「おうお前ちょっと来い」
襟首を引っ掴んで強引に外へ連れ出す。周りを部員たちでぐるっと取り囲みながら。
「ああ゛! 何だよ話せよ! いいだろ少しくらい!」
「うるせえな、テメエが学校来ても意味ねえだろ帰れや」
「……っ!」
なるべく的確に冷たい言葉をぶつけて黙らせていこう。思春期の少年少女の大半が吐く唾だけど、この場合麻酔みたいなものだ。飲み込むにせよ、ぶつけられるにせよ。
「こいつどうしますか」
「ここの担任呼んで引き渡したら次行くぞ」
最終的責任は教師に取らせる。それが余計なことをしないということだ。教室に入れ直すか、職員室に連れていくか。どうするかは彼ら次第だ。
俺たちが口を出すことではないが、最低限どうにかはさせる。バックれさせず、いざという時に先生を頼るのが、生徒の役目だ。
という訳で数分後。
「あ、先生……」
やって来たのは髪に白いものが混ざり始めた、爽やかふうの男性教師だった。スーツのズボンにシャツ、緑色のベスト。彼はこちらを、正確には退学した奴を見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだ君たちは、どういう」
「こいつ校門付近で騒いでた奴の仲間です。教室に紛れ込んでたから、外に出したんです。生徒じゃないですからね」
「そ、そうか。なら」
「よし戻るぞ!」
『はい!』
やや強調して言ってから、その後は聞かずに移動する。一年生はここで離脱。二年生と俺たちは、そのまま上の階へと向かう。
こんな調子で残りも同じ様にやろうとしたのだが、やはりそう上手くは行かないのが、世の常である。
中には。
「ああナんだてめぇら!!」
「こかして頭を踏み続けろ。あまり暴れるなら歯を全部圧し折っても構わん」
出店や教室の展示を壊して、教室でうだうだ荒れて抵抗を示す奴がいたり。
「あ、待て!」
「逃げたぞ追え! 捕まえて痛め付けないと、またこういうこと繰り返すぞ!」
全力で逃げを打つ奴がいたり。
「ひーふーみー……十万以上あるな。盗んだ財布を捨てた所へ行け。行かないと指をこの石で潰す」
「いやそれ俺の金」
「足の小指からだよ」
「いぎゃやっ!」
盗みを働く奴がいたり、とにかくろくな奴がいない。退学逮捕も止む無しかつ納得の馬鹿共だ。どうにか四階のいた奴まで追い出したが、事後処理を含めて、大分時間が掛かってしまった。
「これで全部か」
「外も含め全部で九人か、野良の割には結構いたねえ」
最後の一人を教師に引き渡し、三年生たちも教室へと戻っていく中で、蓮乗寺がしみじみと呟く。この場に残っているのは俺とこいつだけだ。
「最初のと合わせて十二人か、案外少なかったな」
「いや十分多いでしょ。全員揃ってたら怖かったって」
お前のほうがよっぽど怖いと思うよ俺は。
「みー」
「どうしたみーちゃん」
「え、猫」
いつの間にか猫形態になっていたミトラスが鳴くと、背中の少女が喋った。やべ、背負っていながらすっかり存在を忘れていた。
「ああ、俺の猫だよ。いつも付いて来て、俺を守ってくれるんだ。俺たちもって言ったほうがいい?」
「もん」
頷くような声を出して、ミトラスは何処かへと去って行った。先に帰るのかも知れない。最後の最後で気を遣わせてしまったな。
「行っちゃいましたけど」
「大丈夫、フリだから」
白黒の柔らかな毛並み、太り過ぎないふかふかボディ。彼は長太い尻尾を揺らしながら、悠々と歩いている。
「さ、後は俺たちだけだ。とはいえ君が俺の教室に来たら、気まずいと思うし、学校終わるまで部室で待ってようか」
「いえいいですそんな、お……お姉さんに悪いですし」
お姉さんか。ミトラスの友だちに呼ばれたとき以来だな。こんな図体の奴相手でも、そう呼べるんだから中々に礼儀正しい。
「遠慮するなよ。連絡なんて後で他の奴から聞けばいいし、これくらいのことなら、何も問題はないんだ。他に大事な話も残ってないし」
「そうなんですか」
「高校も三年生になるとね、同じ注意と説教くらいしか聞けなくなるんだ。後はテストと卒業だけさ」
不思議な感じだな。知らない女の子相手に、他人行儀に話してるのに、全然気にならない。面倒臭さもそんなにないし。やっぱりどこかで会ってるのかな。
「あの、お、お姉さん」
「サチコでいいよ」
「え、あ、はい、そうですよね」
何が『そうですよね』なのだ。もしや今時の子は苗字じゃなくて、いきなり名前呼びがスタンダードなのか。
「あと、そろそろ下ろしてください」
「ああ、ごめんごめん」
何とも丁度いい重さだったので、ついつい乗せっ放しにしてしまった。しかしよく見るとこの子、男の子みたいな恰好してたんだ。
「じゃあ私はこれで」
「おう、今日はありがとな」
蓮乗寺が軽く手を振って教室へ戻る。
「色々あると思うけど、帰り道、気を付けてね」
「分かってるけど、大袈裟じゃない」
そう言ってはみたものの、目の前の魔女は、物憂げな笑みを浮かべて背を向けた。この期に及んでまだトラブルが起こるってのか。やだ困る。
「まあいいや。俺たちも部室行こうか」
「あ、はい」
外はもうすっかり夕方で、時刻は三時を少し過ぎた頃。ぼちぼちホームルームも始まったようだ。ということは外も一段落着いたらしい。
二人で四階の隅っこの愛同研に戻ると、他のクラスの生徒が帰るのを待つ。普段と少しズレているから、しばらくチャイムは鳴らないだろう。
「ああ、疲れた。折角今日楽しかったのにな」
「ごめんなさい」
「君のせいじゃないって、悪いのはあいつらだから。本当によく知らせてくれたよ。君が助けなきゃ、あのチンピラどもに襲われた生徒たちは、報われなかった。先生はお礼を言わないと思うから、俺から礼を言うよ。ありがとう」
本心から言ったつもりだったけど、それはあまり気に入られなかったみたいだ。少女はどこか考え込むようにしてから、口を開いた。
「お姉さんって優しいのか厳しいのか、怖い人なのか良い人なのか、段々分からなくなってきました」
十字にも言われたな。俺のスタンスってそんなに分かり難いかなあ。敵に厳しく恐ろしく、味方に優しく美しく。いや美しくはねえか。
たぶんどっちか片方だけじゃないと、納得いかないとか、おかしいと思ってるんだと思う。そんなこと言われても知らないけど。
「いいかい。確かに家族に恵まれなくて不良になるということはある。でもね、別にそれとは別に“なんとなく”でああいうふうになってしまう奴も、実は沢山いるんだ」
受付のやや高さのある椅子に少女を座らせ、俺は黒板側の段に座って、目線の高さを合わせる。
「俺はね、家庭が上手く行かなくて、お婆ちゃんと二人暮らしだったけど、それも高校入る前に死んじまった。でも学費だけは振り込んでおいてくれたから、卒業だけはしようと思って通ってる」
思えば人と三年もズレておきながら、学校行き直そうってんだから、よくもまあ奮起したものだ。
しかもミトラスが来てくれたから一人じゃなかったし、レベルも上がったから体も強くなって、いじめや不良を払い除けられるようになった。
「変わり者だらけの部活で、俺は何をしたいっていうのも無かったけど、友だちになってくれる人たちがいて、大事な人が出来て、色んな支えがあって、ここまで来れたんだ。それでやっと三年が過ごせた。やっとだ」
「…………」
「俺も『人生は自分次第』なんて、馬鹿なことは言わないよ。でも少しくらい頑張ろうって決めて、そうしてるつもりなんだ」
自分もああなっていたかも知れないとは思う。でも大事なのは、今そうなってないってことなんだ。
だから自分にとって、大事ではないもしもを辿っている奴らがいたら、俺はそれに評価も同情もしない。
「俺より不幸で人生駄目になったのなら、ご愁傷様だけど、それこそどうしようもないしな」
俺がしがみついている現状を、いとも容易く手放して破滅する人間を見ると、正直良い気分はしない。
「冷たい言い方だけど、君はああなっちゃだめだぞ」
「じゃあ、どんな人間になればいいんですか」
人に優しくないことを話し続けたせいか、少女にむっとした顔で言い返された。無理もない。傍から聞いてたら、今の俺はすっごい嫌な奴だったろうしな。
「君は自分が、どんな人間にならなれると思うんだ」
「え……」
質問に質問で返すのは失礼だけど、俺の答えはこれだ。
君がなれない人間に、なれとは言わないよ。
少しの間が空くと、沈黙の向こう側から、生徒たちが動き出す気配と音が伝わって来る。
無事に放課後が訪れた証拠だ。
「終わったみたいだから、俺たちも帰ろうか」
「あ、はい」
立ち上がって部室を出ると、手を繋ごうと思って、俺は少女に手を差し出した。しかし彼女は俯いて、俺の手を取ることは無かった。
「帰り道、案内してもらえるかな」
「はい」
「危ないから、あんまり離れないでね」
「はい」
「今日楽しかった」
「はい」
人に好かれたり、或いは怖がらせないようにするには、正直さを控えることも、大事なのかも知れない。話の合わせ方というのを、俺もいい加減に覚えるべきだな。
とにかく今は、この子を家まで送り届けよう。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




