・アガタの許し
今回長めです
・アガタの許し
※このお話はサチウス視点でお送りします。
「アガタ誰にやられた」
「そこの豚みたいな目をした奴です!」
顔全体に皺が寄って目が小さく見えるこいつか。頭の皮を後ろから引っ張られてるような面だ。明日には出荷される豚だってもう少し穏やかな顔してるぞ。
動物顔した人間って、実際の動物よりも遥かに醜い。古来から呪われてるとか言われるだけあるわ。躾に失敗したチンピラとか救いがないもんな。
「他のは」
「一緒になって怒鳴ってました」
「ん」
じゃあ子どもも見てるし、一発で済ますか。
「おい」
「あ? っっ! うえっ」
構えを取ってからチンピラの腹に前蹴りを入れると、身体がくの字に曲がり、地面から少しだけ浮く。そのまま落っこちると地面に片手を付いて、もう片方の手で腹を抑える。反応が鈍すぎる。
しゃがんで覗き込んで見れば、自分が痛い思いをしたのが信じられないって顔をしている。なんだこいつ、もしかしてケンカ慣れしてねえのか。
まあ学ランがあるし、俺も本職の空手家じゃないから、内臓を傷めることはあるまい。これが青年男性の全力となれば、普通にそういう事態になるから、良い子は真似をしてはいけない。
「なんだ一撃でだらしがない」
一応相手が見かけ倒しだったかのように振舞い、俺はそんなに力を入れてないアピールをしておく。あまり意味が無くても、ポーズはしておくべきだ。
「で、お前らはどうすんの」
「いや、どうもしないけど……」
「オレたち付いて来ただけだし……」
残りの退学生たちは、地面に蹲った知り合いを見て、すっかり怖気づいたようだ。あくまでもただの取り巻き、ということで済ませたかったのだろう。
「嘘です! その人たち、他の人たちを蹴ったりお金を取ったりしてました!」
「は? おい」
女の子の告げ口に顔を真っ赤にして、二人の内の片方が詰め寄ろうとする。沸点が低いが見境が無さ過ぎる。自分より弱そうと思えばその気になるし、強い相手でも視界から外れたらいない扱いになる。
こいつら目が見えなくなったら、現実を認識できなくなるんじゃないだろうか。
「こらこら」
「っんだうぇっ」
それはそれとして、俺は目の前の男を止めるべく、肩を掴んで振り向き様にビンタを食らわせた。
男は乱暴に手を振り解こうとして、大きくこちらを振り向いたせいで、顔面全体を叩かれる形となった。そのまま尻餅を搗いて動かなくなる。
鼓膜を破りたかったけど、運の良い奴だな。
「良いって言うまで立つなよ。頭蹴っ飛ばすぞ。で、残ったお前、有り金全部出して、そこの二人に謝れ。あとでお前にやられた奴も連れて来るから、そいつらにもな」
「は」
「返事は」
「てかお前らこんなことしてタダで済むと思ってんの」
反省の色が無かったので、腕力にものを言わせ、残った奴の片腕と片足を持ち、股を開かせた。すかさずアガタが足を振り抜く。
金玉への攻撃は命を脅かすものだが、誰も真面目に受け取らないので、私刑に処す場合は非常に都合が良い。
「よし。もう大丈夫だぞ」
「先輩、お手数をおかけしました」
「いいさ。立派だったぞ、アガタ」
「……はい!」
光溢れる笑顔を浮かべるアガタ。何となく頭を寄せて来たので、こちらも何となく頭を撫でる。立派だけど、あまり心配させるな。
「一先ずガムテープか接着剤で手足を封じたら、事務に電話して生徒指導を呼んでくれ。こいつらを引き渡す。来なかったら警察でもいい」
「はい分かりました」
事後処理の指示を出すと、バイク部たちはテキパキとチンピラたちを踏ん縛っていく。いつの間にかこういう場面を、仕切れるようになってしまった。
「あの、ありがとうございました!」
その後、アガタと共にチンピラたちの懐から、財布や携帯電話を回収していると、ここまで保護されてきた少女に話しかけられた。
「ん。ああ、君もさっきはよく言ってくれたね。おかげで取られたお金を、他の生徒に返せそうだよ。ありがとう、お手柄だったぞ」
「あ! いいえ、その、はい!」
何やら興奮しているようで、上手く言葉が出てこないらしい。さっきまで怖い思いをしていたはず、なのだが立ち直りが早い。
ていうか、何だろう。この子。
どこかで見たことがあるような気がする。
でも小学生と知り合う機会なんてあったか。
知ってる顔じゃないし。
なんだろう、妙に引っかかる。
「お前ら、帰るとき覚えてろよ! 俺たち以外にも来てるんだからな!」
などと考えていると、チンピラが大声で言った。
正直な所もう見分けが付かない。
「あ、そうです! あと何人かいました。他の人を押し退けて、お店の物を盗んだりして逃げました!」
言われて思い出したのか、少女が情報を追加してくれる。案の定まだいるのか、待てよ。
「残りがこっちに来てねえってことなら、それ助けに来ねえってことじゃん。お前らは見捨てられたんだよ。ばーか」
あ、すっごい傷付いた顔してる。
得意の駆けっこで、人生真っ先にドロップアウトしたくせに、骨の髄まで甘ったれだな。学校に来なくなったせいか、文字通りあちこち弛んじまってるし。
こうなるともう何しに生きて来たんだか分からんな。
「お、俺たちが何人いると思ってんだ。三十人だぞ! 学校クビになった奴らで集まったんだ。後で全員に声かけるからな! 聞いてんのか!」
「本当に馬鹿だなお前。後なんかねえよ」
それにしてもうちの学校って、結構な数の退学者を出してたんだな。
たぶん年齢もバラバラだろうけど、学校を退学になってるのに、周辺をうろうろしてるのが、そんなにいるのか。
知りたくなかったなあ、そんな生々しい話。
「しかしそれだけの人数いたらバレるだろ」
「バレないようにちょっとずつ入ったんだよ」
これ、もしかして、何人かバックれてる※だろ。
他にも途中で何人か帰っちゃってるだろ。
※バックれる:無視する。サボるの意。
「一日目か二日目かって指定はしたのか」
「え、いや、文化祭って言った」
駄目だなこりゃ。集合もおぼつかない。どっちかの日に来たり来なかったりして、仮に来ても最後までいない可能性がある。当然だ。
在校生だって授業をサボって街に出て、ホームルームに戻るような奴もいる。それ以上に時間や節度に無縁なこいつらが、徒党を組める訳がない。
それこそ強烈な権力や暴力を持つか、弱味を握ったり一緒に罪を犯したりしないと、まとまることはできないだろう。
「あんまり心配は要らなそうですね」
「つっても事故る危険がある」
この糞共が小さい子を付け狙う可能性だって有り得るんだ。こんなこと口走りやがった以上、手を打つ必要がある。
「ウッド・チャックみたいに二十年くらい牢屋にぶち込んどいてくれないかな」
「誰ですかそれ」
「小説に出てくる犯罪者」
ご近所トラブルで警察が軽犯罪者をほぼ逮捕しないのは、面倒臭いからだけではない。
大抵の加害者は、最初は軽い刑で済む。だから直ぐ地元に戻るのだが、そのときには被害者を逆恨みして、前よりも重い罪を犯すのが、ほぼ確実なのだ。
法律や警察が抑止力として機能せず、それどころか罰を下すと、更に重い罪を犯すと分かっているので、手を出せないのである。
皆して泣き寝入りするくらいなら、軽犯罪のうちに死刑にでもして欲しいが、そうは行かないのが嫌になるね。
「じゃあどうしますか」
アガタが聞いて来る。どうするか。
「この子を安全に家に帰したいかなあ」
「それは私も同じですけど」
このチンピラ共は、今日は勿論のこと、明日も学校には来られないだろう。であるならば、考えることはそれ以外。
やはり他の奴に連絡されると困るから、荷物を検めて携帯電話の類は壊しておくか。親が買い与えることも二度とあるまい。
他に今すべきことは。
「退学者共が、他にも校内に潜り込んでる可能性がある。それはそれで見過ごせないな」
「ええ。一人になったところを狙われるのは、分かり切ってますからね」
指示がなくても悪さをすることに変わりはない。現状を確認するとだ、要は偽生徒が校内に紛れ込んでいるし、これからもそうなる恐れがあるってこと。
「アガタ、先に警察に不審者案件で通報してくれ。退学になった人が暴れているって。それから栄に、このことを学校に伝えるよう頼んでくれ。もう今の俺よりはお前のほうが頼れる。順番が大事だから、間違えないよう気を付けてな」
「命令しませんでしたね。よくできました」
こういう場面でもきっちり注視するのやめない?
いい加減多めに見てくれない?
「それで、他にすることは」
「他人事じゃなくなっちまった以上、部員たちの安否を確認する必要がある。連盟部にも連絡を入れて」
と、その時だった。壁際天井付近の、或いはグラウンド、或いは柔道場、或いは校舎のスピーカーから、教員の声が響いた。声はどこか急いでいる様子だった。
――ええ、現在学校の敷地内にて、不審者の発見報告がありました。生徒の皆さんは、速やかに教室へ戻り、担任の先生方からの指示に、備えてください。加えて、来場者の皆さまにおかれましては、大変申し訳ありませんが、職員室前にお集まりになるか、学校からの退去をお願いします。繰り返します。
思ったよりも事態が深刻化してる。
面倒臭いことになったな。
「あの、私がいけなかったんでしょうか、私がその、余計なことしちゃったから」
話が大袈裟になって、少女は正当性の欠けた自責をしようとしている。犯罪者が生きてるのが悪いんであって、どうして通報した人間が悪いなんてことになるのだ。
仮に事態が大きくなって、巻き込まれる者が出ても、それはそれだ。世の中の冷たさを身に着けることも、一つの勇気なんだぞ。
「そんなことはない。君がやらなきゃ、こいつらに襲われていた生徒は、ずっとそのままだった。君は人として、正しい正しさを示したんだ。俺の後輩にも見習わせたいくらいだ」
実はちょっと根に持ってる。
「だから安心して欲しい。こんなことは俺たちからしたら、どうってことないから」
地面に座り込んで少女と目線の高さを合わせる。心細くなっても、まだ泣いてなんかいない。以外に強い子だ。
「あ、ありがとうございます」
「いい子だ」
雑に肩を叩いて頭を撫でる。視界の端で、さっきから他人のフリをしていたミトラスが、からかうような目で見て来る。いねえと思ったらあの野郎、後で覚えてろよ。
「先輩連絡終わりました」
俺の会話の裏で、バイク部と分担してたらしいアガタが、作業完了の報告をする。早い。これならもう一つくらい指示を出せる。
「そうか、じゃあ最後にもう一つ頼まれてくれ」
「ふふん、カッコつけちゃって。良いですよ」
腕に痣が出来るようなことをされたのに、既にいつもの、いや、いつも以上に綺麗な笑顔を浮かべている。
「愛同研の全員に、召集をかけろ」
初めてアガタに、真面目に命令をした。内心では地雷を踏んだことにドキドキしたが、そんなものはなかった。少なくとも、今回は。
「……良いわよ。やってあげる」
アガタは何故か、ちらっと少女を見てから、妙に間を開けて頷くと、タメ口でそう言ってくださったのだった。ありがとうアガタ。
本当この場面で怒らないでくれて本当にありがとう。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




