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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
ズレた一日編
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・軍事部の展示会

・軍事部の展示会


 ※このお話は三人称視点でお送りします。


 占い屋から逃げ出して来た少女だったが、慌てていたせいか、すっかり道を見失っていた。とはいえ同じ構造の階が重なっているのが、現代建築というものである。


 己の居場所が何処なのか。階段横の見取り図を見る。人に聞く。或いは少し考えるだけでも、だいたいの察しがつく様になっている。


 四階から降りて現在地は三階。変わらず教室側には模擬店が軒を連ねている。では反対側の区画、例えば図書室、美術室、音楽室などが有る方はどうか。


 当然、その場所を使うクラブが、それぞれに展示会を行っているものである。三階ならば図書室があるのだが、行事の日には必ずと言って良いほど、閉まっている。


 喧騒を避けるのに打って付けの場所が、求める人がいると分かっていながら、閉ざされている。よくある不条理の光景だが、少なくともこの日は違っていた。


 ――君のお姉さんならね、軍事部くんの所に行ったよ。


 過去に囁かれた魔女の言葉が、現在の少女に反響する。


 図書室は、開いていた。何故か誰もいなかったが。


 正面の大きな扉は開け放たれ、中からは電灯の光が漏れ出ていた。明らかに外とは違う空気に満ちていた。少女の思考は空白に染まり、誘われるように足が動き出す。


 入り口を潜ればすぐ傍には演目台。掛かっためくりには毛筆で『軍事部展覧会』の六文字。白い紙の上には、何とも力強い筆致で墨が踊っている。


「はあ……」


 少女は思わず溜息を洩らした。元々は図書室だったが、本棚は全て壁にぴたりと付けられており、読書のための椅子もまた、隅に片付けられている。


 閲覧用の机と、本の貸出用の受付を除けば、後は広い空間が残るだけ。その空間と机の上には、軍事部のものと思しき、複数の制作物が展示されていた。


 それはミニチュアで作られた、戦争のジオラマだった。


 机の一つ一つに、どこかの国の戦場を再現したジオラマが置かれていた。題名の下に手短な解説。余りのスペースには、部員たちの考察を記された小冊子が、副読本として置かれていた。


 壁には大きな手書きの地図が掛けられ、思い浮かべられるであろう戦記に、色を添える。


 軍事部という名前に恥じない発想だったが、少女が想像していたものを遥かに上回る、軍事部らしからぬ光景だった。


「すごい」


 精巧なミニチュアに、触れて良いものか迷いながら、それでも少女は触ってしまう。艶のない、滑らかさのない、宝飾の気配とは無縁の人形たちだったが、まるで大きな熱を秘めているかのように感じさせる。


 少女が一際目を引かれたのは、教科書に三十年戦争と書かれる、一つの時代のジオラマだった。ジオラマは戦争の様相に倣って、初期から終戦まで幾つもあった。


 その中に一つ、戦争初期のものがあった。


『怠け者たちの戦争』と銘打たれたそれは、恰好ばかり付けた傭兵たちが、実際は全然戦わず、だらだらと過ごしている、というものだった。


 塹壕とは名ばかりの土手、掘りの浅い溝、落とし穴。斯様な場所に身を横たえて、挙句には酒盛りをしたり、雇い主に金をせびったりと、真面目に戦争をしている者など、凡そ存在しないという場面だった。


 それが少女には、何とも微笑ましく、好ましかった。小冊子にはこう書かれていた。


『彼らが世間一般から持たれている、残忍かつ悪辣な、或いは凄腕だが凶暴な印象を備えるのは、これよりも少し後のことである。命のやり取りが、本当に始まってしまうまでの、ほんの僅かな時間、傭兵たちは流れ者のチンピラ軍団、もしくは自分の年齢が見える鏡を買えなかったばかりに、いい歳をして粋がる、行き場の無い駄目な中高年だった』


「ひど」


 少女は思わず笑った。


『彼らは雇い主の命令に従い、戦争をするはずなのだが、命惜しさもあり、加えて(誰もが自分たちにそんなことをやらせるつもりだろう)と分かっていたので、敵も味方もこの様に怠けては、相手の傭兵と自分の仲間を交換し「戦争をしてきました」と褒賞金をせしめ、酒色に耽る(ふける)※(そればっかりしてる)ことも珍しくなかった』


 少女は小冊子の頁を繰った。イラスト調ではない挿絵が、解説に添えられている。ジオラマの外の部分を補完しているのだろう。


 やりもしない戦争のために、身嗜みに気を遣う傭兵たちの朝と、飲んだくれては潰れる夜が描かれていた。


『差し出された傭兵も捕虜(人質)になり、お金を払って釈放か、兵隊として戦うかを迫られる。当然お金はないし、実態はそんな感じなので、いけしゃあしゃあと前線に復帰してくるのである。たまに酔ってケンカをしたり、それで本当に銃を撃ってしまったりしなければ、彼らの血が一滴も流れない日は、やはり珍しくなかった。雇い主からすればとんでもないことだが、確かに平和ではあった』


「ふふ」


 少女は笑った後に、残りのジオラマを見た。そこには恰好を統一した軍隊や、ピカピカの銃、新兵器然とした大砲が現れ、段々と流血を伴う場面が増えていき。最後にはそれだけになった。


 少女の笑みに、哀れみの色が浮かんだ。


「よーしこっちこっち、奥の空いてるほうに運んでくれ。なるべくぶつけるなよ、壁とか棚は直ぐ壊れるんだから」


 不意に入り口から男の声がした。少女が振り向くと、大柄な男子生徒たちが、大きな長方形の箱を持って、次々に入って来た。


 図書室に人がいなかったのは、彼らが荷物を運び入れるために、出払っていたからだった。その内の一人と目が合ったので、少女は会釈をした。


「ようこそ軍事部の展示会へ!」


 怒鳴ってもいないのに、大きく溌剌とした声を上げたのは、最初に入って来た男子だった。精悍な顔つきの中に、どこかあどけなさが残る青年で、鍛え込まれた身体はがっしりとしている。


 大型哺乳類を思わせる体に、愛嬌の浮かぶハンサム顔。人によって諸々の評価が、真っ二つに分かれるような、非常に特徴的な外見。


 彼はつい先月まで、この軍事部の部長を務めていた人物だった。部活を既に引退した身なので、実質的にこれが最後の活動である。


「一人かな。保護者の方はいないのかな」

「あ、その、お便所に」

「そっか」


 青年は目の前の子どもが、親のトイレを待たずにふらふらしていたのだと思った。本当は単なる嘘である。


「部長、あと一つ残してこれで全部です」

「分かった。取り出して銃架に掛けてくれ」

「並び順は国籍と年代どっちで」

「国籍で新しいほうが上。あと部長はお前だ」


 他の部員たちは、長方形の箱から次々と銃を取り出し、壁の留め具に乗せていく。勿論モデルガンであり、弾丸は入っていないが、それでも全て並んだ様は、見る者にとっては壮観であった。


 樹脂と合金で作られた亜流の品ではあったが、それでも洗練されていく造形の美しさを、損なうものではない。


 少女はそれらを良く出来た装飾品のように、しばらくの間見つめていた。


 事実、人類は武器に対し、古来からそのような価値を見出しても来たのだから、武器としての使用を差し引けば、武器は本当の飾りとなる。


(結構すごかったな)


 やがて少女は展示会に満足すると、つい『彼女』のことを聞くのも忘れ、その場を後にした。大がかりな物を見たことで、遠出の元が取れた満足感で、胸と頭がいっぱいになっていた。


 そして。


「おーい東条、こいつどこ置くんだ」


 一人の巨大な女子と、すれ違ったことに気付かなかった。

 一人の巨大な女子も、すれ違ったことに気付かなかった。


「ああサチコさん。そいつなら貸出のとこです。一番目立ちますよ。いやあご協力感謝します」


「部室行ったら誰もいないんだもん。部活の展示会っていうから、もっと小規模なものだと思ってたぜ」


 遡ること少し前、大柄な女子は軍事部の部室を訪ねていた。ドアは閉まっていたので、パンフレットを確認し、図書室の展示会へ向かおうとすると、戻って来た彼ら部員たちと遭遇。


 そして展示用のモデルガンの搬入を、手伝わされたのである。ちなみに同行者の少年がいたのだが、現在はお手洗いに行っている。


「おかげさまで、こうして目立つことを出来るようになりました。三年はあっという間ですね。色々あったけど、あっという間だった」


 青年は噛み締めるように言うと、女生徒から受け取った箱を開け、中の銃を取り出した。これだけは本物で、彼の私物だった。


「初めはこれに憧れましたが、中々どうして、今はあっちのほうに愛着が湧いて。でも卒業したらまた、こっちに戻ってくるんですかね」


「そんなこと俺が知るかよ」


 女生徒はそう言って、ポケットからドロップの缶詰を取り出すと、中身を一つ口に含んだ。ついでに彼は向けて、一つ放った。薄荷味だった。


「どんだけ疎遠になったって、辞めなきゃ辞めにはならねえ。それでいいじゃないか。懐かしんではまた好きって言や良んだよ」


「そうかも知れませんね」

「じゃあ俺、今から客だから」


「ええ、ごゆっくり……サチコさん」

「ん」

「今までお世話になりました」

「俺もだよ東条。ありがとな」


『彼女』は軽く手を振ると、そのまま展示会を楽しみ始めた。手書きの地図、飾られた銃器、ジオラマの数々、張り切る部員たち。『彼女』にとって彼らは言わば、いつまでも青い隣の芝生だった。


「本当に、いつの間に作ったんだか、おん?」


 友人たちの努力の成果を物色していると、一つのジオラマが『彼女』の目に留まった。それは恰好ばかり付けた傭兵たちが、実際は全然戦わず、だらだらと過ごしている、というものだった。


 まるで戦後を祝っているかのようなミニチュアの舞台には、『怠け者たちの戦争』という銘が打たれていた。説明を読み、小冊子に目を通した。


「ひっでえなあ」

「良く出来てるでしょ」

「出来てるけど」


 そして『彼女』が浮かべた笑みは、先ほどまでいた少女のものと、とてもよく似ていた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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