・プレゼントを作ろう
・プレゼントを作ろう
困った。何が困ったかといえば、南に何をあげるべきか、分からないのが困った。
俺は人に物をあげたことが、祖母への贈り物と、母の日くらいしかない。こういうとき、他人に与える物は、何が良いか分からない。
賞与を出す立場になったことがないから、これから友だちを退職する知人に対し、果たして何を贈ればよいのか。
先輩と海さんに連絡して、日程を合わせた後からずっと考えているが、未だに良い案が浮かばないのだ。
「まいったなあ。プレゼントって何が喜ばれるんだ」
「自分で気持ちの問題だって言ってたじゃない」
「そんなものは建前だ。贈る以上は喜ばれる物がいいに決まってるだろ」
夕飯の冷麦を食べ終わって、一服しているミトラスに言い返す。そういえば俺って、こいつからプレゼントを貰ったこと、あんまりないな。あげたこともないけど。
「なあミトラス。お前プレゼント選びって、どういうふうにやってる?」
「どうって、相手の好みを押さえたら、その好みに詳しそうな人に、相談して見繕ってもらうよ。前は市長に相談してたかな」
仕事上のことかあ。予想通りではあるけど、これは役に立たない。
「市長かあ、面倒臭いこと思い出すなあ」
あの爺さん、俺が仕事ぶりを見て誠実だなと見直した矢先に、政争の片棒を担がせやがったからな。その後もトラブルがあって、有耶無耶になってしまったが。
正直またあの人と顔を合わせても、前みたいな反応はできそうにない。
「どういう顔して会えばいいやら」
「何の話?」
「いいや、後にしよう。問題はプレゼントだ」
北先輩はこれまでに描いた、自分の漫画を手直ししたものを渡すと言い、海さんはコーヒーカップを用意すると言っていた。どっちもまともだ。
「つっても特に何もねえなあ」
「元の世界ならまだ和服を渡せたのにね」
あの制服な。ミトラスの率いる異世界の街、その区役所の制服は、日本の狩衣に似ており、結構な防御力を有している。待てよ、防御力。
「なあミトラス」
「なあに」
既に食器を片付けて、二人分の麦茶を淹れてくれている、緑髪のショタ区長に声をかける。きれいな金色の瞳には、僅かに好奇心が見て取れる。
「仮にお前が鎧を着込めない状況で、防具を持つとしたら何を選ぶ」
「鎧が無しなら服が一番いいけど、それもたぶんダメしょ?」
「悪いけどそう」
警官なら上に防弾ベストを装備してもいいけど、世間一般の背広を着るような人間は、真似したら顰蹙を買うのだ。服を着たら、それ以上体のラインを変化させてはいけないのである。世の中って煩わしいなあ。
「この世界だと防弾と防刃装備は、幾ら有っても足りなそうだけど、見た目が損なわれるから、装備してはいけないって言われるのも変な話だね」
全くな。人命を優先してくれたっていいじゃないか。それで暴漢に襲われでもすると、可哀相とか自己責任で済ますんだから酷い話だ。
「兜、はヘルメットがある。篭手はそのものかグローブもある。ブーツもあるね。用立てを考えれば、この世界は結構なものが手に入る。となるとやはり、盾がいいんじゃないかな」
盾。あの機動隊が持つジェラルミン製の。今はプラスチック製も多く、軽くて丈夫で買い替えも含め、取り回しが良くなったアレ。
「この前にね、物流ショップで良さそうなのを見かけたんだ。中古品でいかにも壊れそうだったけど、かなり軽くて、大きさも丁度言い奴があったんだ。女性でも使えると思う」
確かに盾があれば男の拳も数発耐えるだろう。投石だって防げそうだ。拳銃は無理そうだが。それをやれってか。
「確かに防犯グッズはありかもだけど、盾かあ」
南は国籍日本人だけどアメリカ在住っぽいし、外国って銃社会だからな。あって困るものでもないだろう。問題はそれをどう調達するかだが。
「つっても他にあげられそうなものもないか」
無いはずないが。
「流石に中古品を渡すのも気が引けるから、新品買わないといけないな。痛い出費だ」
「え、中古でいいじゃない。防いだ後があるってことは、実績があるってことだよ、修繕すればいいじゃないか」
異世界の冒険者みたいな目線で言わないでくれ。選ぶ基準としては正しいんだろうけど、できることなら古い物を送りたくない。アンティークでもあるまいし。
「あのな、ただでさえ二人が漫画やカップを送る中、俺だけ盾を贈るんだぞ。絵面が浮いてることに気付こうよ。およそ女子への贈り物じゃないのに、喜ばれない要素積み上げてどうする気だ」
素直に花にしようかな。いよいよダメならそっちにしよう。俺の柄じゃないし。
「むー。注文が多いなあ」
「大事なことだからね」
ここは異世界の街、群魔ではない。だからドワーフや魔女たちのアクセサリーショップはないし、妖精の楽器店もない。明日にでも小田原の町へ繰り出して、別の案になる物を探したほうがいいだろうか。
でも先輩は自作のだし、海さんも自分の知識に依って選んだプレゼントだ。自分というものがある。要するに『プレゼント』が俺に合わないのだ。俺がこの文化に対して、あまりにも縁遠いのがいけないのだが。
何を贈っても出来合いの物を、間に合わせで『ほらよ』と放るような感じがしてしまう。それはなんか悔しい。
ミトラスの案に乗ったのも、ズレてるほうが俺っぽいと、一応は鑑みてのことだ。しかしハードル高いなこれ。
「じゃあいっそ自分で作ってみる?」
「え?」
「だから自作。盾の」
天井を見る。こいつの言葉を反芻する。自作。盾の。誰が? 俺が。雨戸閉めるか。外はやっぱり暑いな。窓を閉めよう。今何時だ。もう九時か。
「俺やったことないぞそんなの」
「大丈夫だよ。僕が教えるから」
そんな自分のお子さんに教えるみたいに言われてもない。いや、確かにやってみたくはあるけど。大丈夫かなあ。
「ちょっと待ってな」
リビングの壁まで行って本日何度目かの電話。一生分の電話かけたんじゃねえかな今日。相手は北先輩である。コール音が数回して。
『もしもし北ですが』
「もしもしこんばんは、臼居です」
『ああサチコ! どうしたの? また何かあった?』
自宅の固定電話から相手の携帯電話にかけるのって、やっぱり何か変な感じ。でもパソコンでメール設定するのは、絶対嫌だしな。
「いえ実はですね」
かくかくしかじか。
「という訳でして、部室と機材使わしてもらえないかなって」
『なんだそんなのお安い御用だよ! ていうか私のでもないし! 部の共有物だからね! 部室入って好きにやっていいよ、私もいつもそうしてるし』
妙にテンションが高いけど、とにかくこれで製作できることになってしまった。最早後ろでこちらをじっと見ているショタから、逃げられそうに無い。
「ども、じゃあありがたく使わせてもらいます。ありがとうございました」
『どうも、それじゃあねー』
「おやすみなさい」
『おやすみー!』
大きな溜め息が、自分の口から止め処なく漏れ出て行く。そっと後ろを振り向くと、そこには勝ち誇った顔のミトラス。
「それじゃあ早速、明日から取り掛かろうか!」
「……はい」
今年の夏休みの工作が『自作盾』に決定した瞬間であった。俺は自分が何をしているのか、どうしてこうなってしまったのか分からなく、いや分かる。
俺の中のやろうという気持ちと、辞めておこうという気持ちが、秤にかけられた結果だ。辞めておこうという気持ちが勝ちきれなかったのだ。
「どんなのにしようか、今から楽しみだね」
ミトラス君。お願いだからそんなにウキウキしないでくださいお願いします。
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