・衣装部&漫研の貸衣装屋
・衣装部&漫研の貸衣装屋
※前半は三人称視点でお送りします。
朝十時からの開催に合わせて、いの一番に会うべく部室へと乗り込んだ少女であったが、残念なことに『彼女』はいなかった。しかし受付の女生徒から、いざというときの手段を教わることはできた。
仮にこれからの探索が、全て空振りに終わろうとも、必ず会えるという保険を得られたのである。少女は気を取り直すと『彼女』の後を追うことにした。
とはいえ行き先に目星を付けるには、それ相応の情報が必要である。
少女は愛同研で手に入れた、同部の沿革と詳細が書かれたパンフレットを広げた。八歳児では読めない漢字も幾らかはあったが、彼女は難なく読破した。
(他のクラブと一緒にやってるなら、きっと挨拶に行くはず。だったら部室の近い所から当たれば、いつかは当たるはず。当たらなくても大丈夫だけど)
などと小学校低学年らしからぬ推理力を発揮すると、少女は学校の見取り図と、愛同研の連盟部の場所を見比べた。その上で、九つの部の出店を見る。どうやら幾つかの部は、合同で出店をしているようだった。
(ここから近いのは)
衣装部と漫画研究会が、合同で出店している貸衣装屋。そこから順番に辿ると、次は超常現象研究会(オカルト部)の占い屋だった。
「ふつう」
字面に対して極めて現実感のある出店に、少女は思わず呟く。とはいえこういう無責任な、助言のような、指摘のような、実態の無いものに神秘を感じる年頃でもあった。
人によっては一生感じる場合もあるが、個人差である。
「……よし」
『彼女』を探すのも重要ではあった。しかし折角文化祭に参加した以上、それだけに終始するのも良くない。何がと問われれば自分に。
それこそ普通に考えて、見つかる訳がないという思いも、決して無視できないものであった。悔いが残るような一日にはしたくない。『彼女』と会ったときの話題も持っておきたい。色々とそれらしい理由はあったが、要するに少女は、お祭りを楽しんでみたくなっていたのだ。
今一度それぞれの部活の位置情報を頭に入れると、少女は足を踏み出した。気後れや物怖じは、高校生たちに紛れて歩く中で、段々と自信に置き換わっていく。
「……よし!」
年上たちに混ざっても平気だぞ、という気持ちが、足取りを力強いものへと変えていく。ほどなくして、少女は最初の出店へと到着した。
「いらっしゃいませー」
受付にいたのは分厚い眼鏡の女生徒だった。
長い髪をしているが、手足は痩せており、色も白い。
美しさより病的という心象を見る者に抱かせる。
「貸衣装屋にようこそ!」
しかし元気は良い。受付の女生徒は、まるで魔法使いのような分厚いローブを羽織っていた。手にはいかにも魔法が使えそうな杖と、暗くもないのにカンテラを持っている。
「ここではですね、受付にお名前と住所を書いて頂いて、奥でこういう服に着替える仕組みなんです。今日一日それで過ごして貰って構いませんが、放課後は着替えに来てくださいね。着たまま帰ったらおうちに行くんで気を付けてね」
一通りの説明を受けて、少女は室内へと入った。どうやらこの出店は、更衣室のような構造になっているようだった。
「衣装の考案は漫研が、制作は衣装部が担当してます」
「へー」
着替えたら自分の服を持ち運ぶことになるので、ここだけのことにしておこう。少女はそう心に決めて、変身願望に身を委ねることにした。
「おー、サイズピッタリ。似合ってますよー」
受付の女生徒が手を叩いて称賛する。レースのシャツとスカートに、黒い革製のコルセット。青く煌びやかジャケットに、大きな帽子とブーツ。
少女は海賊に変身していた。
「いやーやっぱり用意しとくもんですね!」
愛同研には背の低い女子も多いため、彼女たちに合わせた服を作るうちに、いっそ低年齢用の衣装も用意するべきという声が、衣装部から上がった。
そうして愛同研で一番背の低かった人(北斎)を参考に、漫研がデザインしたものが、これだった。流石に参考元は、少女よりは背が高かったのだが。
「写真も撮れますけど」
「あ、お願いします」
少女はその後も手持ちのお小遣いを、惜しげもなく費やして、狩人の恰好や、外国の警察に扮するなどして、大いにこの遊びを楽しんだ。
「写真は後でおうちに郵送しますんで。ご来場どうもありがとうございやっしたー!」
少女はしばらくして大分満足すると、やっと次の場所へ向かう気になり、貸衣装屋を後にしようとした。楽しむという点においては、この時点で元は取れていた。
「あ、そうだ。……っていう人を知りませんか」
少女は危うく忘れる所だった『彼女』のことを、受付の女生徒へと尋ねた。少女の母が、クリスマスのときのお礼がしたいと、学校に問い合わせて、聞いてくれた名前だった。そういうことになっていた。
女生徒は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「着る物がないから出て行った」と告げた。『彼女』は挨拶だけ済ませ、先に行ってしまったのだと少女は知った。そして、こうしてはいられないとばかりに、慌ててその場を後にした。
※ここからサチウス視点でお送りします。
「さっきは残念だったね」
「全く失礼しちゃうよなー」
ぼやきながら歩く大女の隣に、小さな少年が並ぶ。体格に大きな隔たりがありながら、小走りもせず、全く同じ調子で歩いて、全く同じ距離を移動していたが、気付く者は全くいなかった。
なんて言うといかにも小説ちっく。大女は余計だな。
「そりゃサイズが無いのは分かるけど」
「男物ってのは合ってたじゃない」
思い出してミトラスがケラケラと笑う。そんな意地の悪い笑みを何処で覚えて来たんだ。っとに。危うく大恥かくとこだったんだぞ。
「そうだね。大鎧は男の子だね」
先ほど衣装部に立ち寄った俺たちだったが、身長が二メートルの俺が着られる女性服は無かったのだ。然るに男性用を見繕って貰ったのだが。
「僕は着てみたかったなー」
現れたのは学ランやスポーツウェアではなく、体育の鎧でもない。純然たる和風の大鎧を、引っ張り出して来たから堪らない。
「アレ絶対誰かの家から持ってきたんだぜ」
とても立派な代物だったが、裾とか丈がやや足りない面もあり、丁重に装着をお断りした。おかげで俺は制服のままだし、ミトラスも人間に化けた以外は、いつもの何処にでもあるワイシャツと、カーキ色のズボンである。
「漫研みたいなローブで良かったろうによ。そうしたらお前とお揃いで歩けたのに」
「ローブっていうと、昔を思い出すね」
「何が」
「ほら、君が僕たちの世界に呼ばれたばかりの頃」
「ああ、そういや役所の制服はローブだったな」
三年前、いやもう五年前か。俺がミトラスによって、異世界に召喚されたとき、安っぽくて通気性の悪いローブが支給されたっけ。確か三か月経たずに、別のに変わったんだ。
「あの頃は大変だったなあ」
「いやいや。まだまだ大変なままなんだよ」
「そうだけど」
あの頃の俺は、何の力もない女子高生だった。今みたいな体力もないし、魔法も結局使わず仕舞いで、ただの人間として三年を過ごした。
「君もだいぶ強くなったし、帰ったらどんどんお仕事してもらうからね。分かった、サチウス」
「そんなことよりクリスマスどうする」
「こんなひどいはなしのつぶしかたする?」
ミトラスは目を丸くして、信じられないものを見る様な目をした。しかし俺は気にしなかった。俺は自分がもっと仕事をするために強くなったんじゃない。
資格を取ったり勉強したり、そんなことをすれば職場は専門的で、難しい仕事を俺にさせるだろう。そうなったら俺はまた勉強をしなくちゃいけないし、勉強をしたら職場は更に難しい仕事を、となるだろう。
仕事をするためなら、何でもできなくちゃいけないのか。それは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンなんだよ。
「忘れるなミトラス、俺たちは働いているんだ。今の俺たちの力では、こなしきれないような、膨大な仕事がきっと現れる。そのときのために」
「おやすみが必要なんですか」
「決まっているじゃないか!」
という小芝居を挟みながらも、俺は『実際どうなの』という心を込めて、ミトラスを見つめた。彼は呆れたように溜息を吐き捨てた。
「プレゼントは今作ってるよ」
「そうか、作ってくれてるか。それで何を」
「君の服装に関係があるとだけ」
え。それってつまり、手編みのセーターみたいな。
「おい止せよ、そんなの。被るじゃん」
「え? そうなの」
俺だって三年もあって六年も付き合ってる奴に、そういうのを一着も作らないほど薄情じゃないよ。まだ少し出来てない部分はあるけど。
「じゃあちょっと、俺も急いで仕上げるわ、何だよ。そんな真面目なことされたら、俺も、照れる」
あんまり真っ直ぐな贈り物だと、こっちも反応に困る。急に顔が熱くなってしまう。参ったな、俺も隠れてちょっとずつ、本当にちょっとずつ作ってたけど、まさか被るなんて。
「大丈夫サチウス、何かまずかった」
「いいのいいの。良いことしかないから」
「そう、ならいいけど」
「この話はもういいから、先行こう」
ちょっと強引になってしまったけど、俺たちはそのまま次の目的地へ行くことにした。
この先で蓮乗寺が占い屋をやってるらしい。
らしいんだけど。
「ねえ本当に大丈夫」
「うーん、嬉しいけどはずい」
とんだ不意打ちを食らってしまったな。頭と胸がまだ少し、ドキドキが治まらないでいる。よし、頑張ってクリスマスまでには、何としても仕上げなくては。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




