表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
ズレた一日編
448/518

・衣装部&漫研の貸衣装屋

・衣装部&漫研の貸衣装屋


 ※前半は三人称視点でお送りします。


 朝十時からの開催に合わせて、いの一番に会うべく部室へと乗り込んだ少女であったが、残念なことに『彼女』はいなかった。しかし受付の女生徒から、いざというときの手段を教わることはできた。


 仮にこれからの探索が、全て空振りに終わろうとも、必ず会えるという保険を得られたのである。少女は気を取り直すと『彼女』の後を追うことにした。


 とはいえ行き先に目星を付けるには、それ相応の情報が必要である。


 少女は愛同研で手に入れた、同部の沿革と詳細が書かれたパンフレットを広げた。八歳児では読めない漢字も幾らかはあったが、彼女は難なく読破した。


(他のクラブと一緒にやってるなら、きっと挨拶に行くはず。だったら部室の近い所から当たれば、いつかは当たるはず。当たらなくても大丈夫だけど)


 などと小学校低学年らしからぬ推理力を発揮すると、少女は学校の見取り図と、愛同研の連盟部の場所を見比べた。その上で、九つの部の出店を見る。どうやら幾つかの部は、合同で出店をしているようだった。


(ここから近いのは)


 衣装部と漫画研究会が、合同で出店している貸衣装屋。そこから順番に辿ると、次は超常現象研究会(オカルト部)の占い屋だった。


「ふつう」


 字面に対して極めて現実感のある出店に、少女は思わず呟く。とはいえこういう無責任な、助言のような、指摘のような、実態の無いものに神秘を感じる年頃でもあった。


 人によっては一生感じる場合もあるが、個人差である。


「……よし」


『彼女』を探すのも重要ではあった。しかし折角文化祭に参加した以上、それだけに終始するのも良くない。何がと問われれば自分に。


 それこそ普通に考えて、見つかる訳がないという思いも、決して無視できないものであった。悔いが残るような一日にはしたくない。『彼女』と会ったときの話題も持っておきたい。色々とそれらしい理由はあったが、要するに少女は、お祭りを楽しんでみたくなっていたのだ。


 今一度それぞれの部活の位置情報を頭に入れると、少女は足を踏み出した。気後れや物怖じは、高校生たちに紛れて歩く中で、段々と自信に置き換わっていく。


「……よし!」


 年上たちに混ざっても平気だぞ、という気持ちが、足取りを力強いものへと変えていく。ほどなくして、少女は最初の出店へと到着した。


「いらっしゃいませー」


 受付にいたのは分厚い眼鏡の女生徒だった。

 長い髪をしているが、手足は痩せており、色も白い。

 美しさより病的という心象を見る者に抱かせる。


「貸衣装屋にようこそ!」


 しかし元気は良い。受付の女生徒は、まるで魔法使いのような分厚いローブを羽織っていた。手にはいかにも魔法が使えそうな杖と、暗くもないのにカンテラを持っている。


「ここではですね、受付にお名前と住所を書いて頂いて、奥でこういう服に着替える仕組みなんです。今日一日それで過ごして貰って構いませんが、放課後は着替えに来てくださいね。着たまま帰ったらおうちに行くんで気を付けてね」


 一通りの説明を受けて、少女は室内へと入った。どうやらこの出店は、更衣室のような構造になっているようだった。


「衣装の考案は漫研が、制作は衣装部が担当してます」

「へー」


 着替えたら自分の服を持ち運ぶことになるので、ここだけのことにしておこう。少女はそう心に決めて、変身願望に身を委ねることにした。


「おー、サイズピッタリ。似合ってますよー」


 受付の女生徒が手を叩いて称賛する。レースのシャツとスカートに、黒い革製のコルセット。青く煌びやかジャケットに、大きな帽子とブーツ。


 少女は海賊に変身していた。


「いやーやっぱり用意しとくもんですね!」


 愛同研には背の低い女子も多いため、彼女たちに合わせた服を作るうちに、いっそ低年齢用の衣装も用意するべきという声が、衣装部から上がった。


 そうして愛同研で一番背の低かった人(北斎)を参考に、漫研がデザインしたものが、これだった。流石に参考元は、少女よりは背が高かったのだが。


「写真も撮れますけど」

「あ、お願いします」


 少女はその後も手持ちのお小遣いを、惜しげもなく費やして、狩人の恰好や、外国の警察に扮するなどして、大いにこの遊びを楽しんだ。


「写真は後でおうちに郵送しますんで。ご来場どうもありがとうございやっしたー!」


 少女はしばらくして大分満足すると、やっと次の場所へ向かう気になり、貸衣装屋を後にしようとした。楽しむという点においては、この時点で元は取れていた。


「あ、そうだ。……っていう人を知りませんか」


 少女は危うく忘れる所だった『彼女』のことを、受付の女生徒へと尋ねた。少女の母が、クリスマスのときのお礼がしたいと、学校に問い合わせて、聞いてくれた名前だった。そういうことになっていた。


 女生徒は少し驚いたような顔をしたが、すぐに「着る物がないから出て行った」と告げた。『彼女』は挨拶だけ済ませ、先に行ってしまったのだと少女は知った。そして、こうしてはいられないとばかりに、慌ててその場を後にした。



 ※ここからサチウス視点でお送りします。



「さっきは残念だったね」

「全く失礼しちゃうよなー」


 ぼやきながら歩く大女の隣に、小さな少年が並ぶ。体格に大きな隔たりがありながら、小走りもせず、全く同じ調子で歩いて、全く同じ距離を移動していたが、気付く者は全くいなかった。


 なんて言うといかにも小説ちっく。大女は余計だな。


「そりゃサイズが無いのは分かるけど」

「男物ってのは合ってたじゃない」


 思い出してミトラスがケラケラと笑う。そんな意地の悪い笑みを何処で覚えて来たんだ。っとに。危うく大恥かくとこだったんだぞ。


「そうだね。大鎧は男の子だね」


 先ほど衣装部に立ち寄った俺たちだったが、身長が二メートルの俺が着られる女性服は無かったのだ。然るに男性用を見繕って貰ったのだが。


「僕は着てみたかったなー」


 現れたのは学ランやスポーツウェアではなく、体育の鎧でもない。純然たる和風の大鎧を、引っ張り出して来たから堪らない。


「アレ絶対誰かの家から持ってきたんだぜ」


 とても立派な代物だったが、裾とか丈がやや足りない面もあり、丁重に装着をお断りした。おかげで俺は制服のままだし、ミトラスも人間に化けた以外は、いつもの何処にでもあるワイシャツと、カーキ色のズボンである。


「漫研みたいなローブで良かったろうによ。そうしたらお前とお揃いで歩けたのに」


「ローブっていうと、昔を思い出すね」

「何が」

「ほら、君が僕たちの世界に呼ばれたばかりの頃」

「ああ、そういや役所の制服はローブだったな」


 三年前、いやもう五年前か。俺がミトラスによって、異世界に召喚されたとき、安っぽくて通気性の悪いローブが支給されたっけ。確か三か月経たずに、別のに変わったんだ。


「あの頃は大変だったなあ」

「いやいや。まだまだ大変なままなんだよ」

「そうだけど」


 あの頃の俺は、何の力もない女子高生だった。今みたいな体力もないし、魔法も結局使わず仕舞いで、ただの人間として三年を過ごした。


「君もだいぶ強くなったし、帰ったらどんどんお仕事してもらうからね。分かった、サチウス」


「そんなことよりクリスマスどうする」

「こんなひどいはなしのつぶしかたする?」


 ミトラスは目を丸くして、信じられないものを見る様な目をした。しかし俺は気にしなかった。俺は自分がもっと仕事をするために強くなったんじゃない。


 資格を取ったり勉強したり、そんなことをすれば職場(しんりゃくしゃ)は専門的で、難しい仕事を俺にさせるだろう。そうなったら俺はまた勉強をしなくちゃいけないし、勉強をしたら職場は更に難しい仕事を、となるだろう。


 仕事をするためなら、何でもできなくちゃいけないのか。それは、血を吐きながら続ける、悲しいマラソンなんだよ。


「忘れるなミトラス、俺たちは働いているんだ。今の俺たちの力では、こなしきれないような、膨大な仕事がきっと現れる。そのときのために」


「おやすみが必要なんですか」

「決まっているじゃないか!」


 という小芝居を挟みながらも、俺は『実際どうなの』という心を込めて、ミトラスを見つめた。彼は呆れたように溜息を吐き捨てた。


「プレゼントは今作ってるよ」

「そうか、作ってくれてるか。それで何を」

「君の服装に関係があるとだけ」


 え。それってつまり、手編みのセーターみたいな。


「おい止せよ、そんなの。被るじゃん」

「え? そうなの」


 俺だって三年もあって六年も付き合ってる奴に、そういうのを一着も作らないほど薄情じゃないよ。まだ少し出来てない部分はあるけど。


「じゃあちょっと、俺も急いで仕上げるわ、何だよ。そんな真面目なことされたら、俺も、照れる」


 あんまり真っ直ぐな贈り物だと、こっちも反応に困る。急に顔が熱くなってしまう。参ったな、俺も隠れてちょっとずつ、本当にちょっとずつ作ってたけど、まさか被るなんて。


「大丈夫サチウス、何かまずかった」

「いいのいいの。良いことしかないから」

「そう、ならいいけど」

「この話はもういいから、先行こう」


 ちょっと強引になってしまったけど、俺たちはそのまま次の目的地へ行くことにした。


 この先で蓮乗寺が占い屋をやってるらしい。

 らしいんだけど。


「ねえ本当に大丈夫」

「うーん、嬉しいけどはずい」


 とんだ不意打ちを食らってしまったな。頭と胸がまだ少し、ドキドキが治まらないでいる。よし、頑張ってクリスマスまでには、何としても仕上げなくては。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ