・レベルアップは万能薬ではない
新章開始です。
今回長いです。
ズレた一日編
・レベルアップは万能薬ではない
カレンダーは九月から十一月は秋とか嘘吐いたけど、実際の秋って十一月しかない気がする。鈴虫の鳴き声も、直ぐに聞こえなくなってしまった。
そんな貴重な一か月なのに、早くも下旬を迎えようとしている。高校最後の中間試験も終わってるし、学祭を終えれば残すは十二月。
期末試験の後には、クリスマスと冬休みが待っている。
うちの学校は別に学園じゃないから、学園祭よりも文化祭のほうが、納まりは良いと思う。誰もがそう思っていたのか、今年から呼称が文化祭になった。いい加減だなー。
まあそんなことよりも。
「うーん、秋の夜長って暇だなー」
「レベルを上げればいいじゃない」
「その後どうするんだよ」
「早めに寝ればいいじゃない」
秋の日曜日、夕飯後のリビングで、俺の隣に座るのは、誰あろうミトラスである。金色の瞳に猫耳を生やした魔物の少年。ファンタジックな緑髪は、今日もサラサラだ。耳はふわふわのもこもこ。
「ついこの間までは忙しかったのになあ」
「僕も一芝居打つの大変だったんだからね」
「本当にその節は大変お世話になりました」
先月俺は、僅か半年ながら務めさせて頂いた、愛同研の部長を引退した。後輩の栄に引継ぎを果たせたものの、その栄との仲は、ふとしたことから拗れてしまっていた。
色々と手を尽くして、最終的にはオカルト部部長の伝手を頼り、彼女の修学旅行先へと根回しをしたのだが、ミトラスも参加していたというのだから、何とも驚きである。
「蓮乗寺がテコ入れしたって聞いたときは焦ったよ。当初の予定じゃ話を聞いて、宥めながら諭す方向だったのに、報告を受けたら泣くわ怒鳴るわって」
蓮乗寺とはオカルト部部長のことである。結構身勝手な所があって、信用がおけない。正直生きた心地がしなかった。
「彼女のあの状態を更生するには、彼女よりも強かったり、偉かったりする人じゃ、駄目だって話になってね。自分と向き合わせるには、追い込まないとってことになったんだ」
「あの任せた手前こんなこと言いたくないんだけど、あんまり乱暴なことしないでくれる」
「ごめん。でも栄さんは上からの言葉に慣れてたから、本性を刺激して、彼女に強く出させる必要があったんだよ」
それでお前が栄の痛い部分を突っついて、怒らせたと。それで気まずさから追い詰めて、自分と向き合わせたと。
「一か八かみたいな真似をするな」
「でも結果的には上手く行ったでしょ」
「そうだね、ありがとうございます」
実績がある以上ぐうの音も出ない。
おかげで栄は一皮剥けたし、俺ともまた、口を利いてくれるようになったけど、だからって何も最後に狐に化けて、映画のワンシーンみたいな演出までするか。
「最近はあの子どうしてるの」
「早速部長としての取り組みを始めたよ。部活らしさを追求するってことで、活動内容に強制力のあるものを、盛り込んで見ようってことになった」
「何それ」
「三年間を通して必ず一度、全ての連盟部の活動に参加すること。これで部員たちの人となりを、可視化したいんだと。守らなくても特に罰は無いけど。後は交流の活発化だな」
「なるほどね、あの野放図で掴み所のない集まりに、最低限の動きや、人間関係の下限を設定したいんだ。ある種の強制された動きは、却って流される安心感を与えるからね。昔からいる人たちには、受けが悪そうだけど」
ミトラスが説明すること全部言っちゃった……。
うん、そういうことなんだ。付け加えると、俺がいた頃より、愛同研のイメージが改善されることは、たぶん確実ってこと。
「違う部活に入った者同士で、同じことをさせられたいってのも、何だか変な話だな」
「そういうものでしょ。人間って」
屈託のない笑顔でコップにコーラを注ぐミトラス。言われてみればそうかも知れない。
主体性の無さに比べて、自己主張は強いというか、でもその自己も、言うほど自分じゃないっていうか。
「長い物に巻かれたいだけだと思うがなー」
「へその緒が恋しいんでしょ」
「フロイト的な言い方はやめたまへ」
などと言いながら、いつもの如くテレビのリモコンを操作して、画面の表示を『サチコ』へと切り替える。この作業とも、結構な付き合いになったな。
「……近頃は出来ることよりも、出来ないことのほうが、目に付くようになってきたよ」
「何でも出来ると勘違いするよりずっと良いよ」
「この年でやっと身の程を実感するのか」
レベルを上げることそのものが、大事なんじゃない。出来ないことを出来るようになる。出来る人を頼る、出来なくても何とかする。そういうのが大事なんだ。
いっそレベルが上がると資格と技術を両方取得とかなら、人生楽だったんだけど。そっちのが意欲も湧くし、社会的にお得だ。
ていうか向上心の強い連中って、だいだいこんな感じの意識をお持ちである。
「なーに元気があれば大丈夫!」
「大丈夫だから元気なのでは」
「そんなことないのに元気でしょ。君たち」
「止そうこの話は」
リモコン操作で画面内の『肉体』のタブを選択して。
『青血』:血液に再生不可能、または困難な肉体の損傷を、回復させる成分を持たせます。副作用として血液は青みがかるので、全体的に血色が悪くなります。
「これは卒業してから取ろう」
「周りが心配しちゃうもんね」
鼠の治験で似た内容のニュースがあったが、正直な話、見たとき驚いたんだよね。フィクションの魔物の血が青いの、アレはアレで生き物として正しさを備えていたのではって。
『減熱光』:皮膚から汗にかけて、遮熱、熱交換、反射の三層構造を付与します。また体に力を込めることにより、汗が発光するようになります。これにより体温以上の熱に耐性を付与します。副作用として肌に艶がなくなりますが、パネルを再度取得することで解消できます。
試しに取得。
「どう」
「いつもと同じ」
「そう」
止めよう。俺だと一止めで良いっていうのが何か悲しい。もう夏じゃないし、また今度だな。副作用のあるパネルって、やっぱり看過できない代償があるな。
「気になるなら先に『外見維持』を最後まで取れば」
「アレなあ。一度三つ目まで取ろうとしたんだが、変身に支障が出るって警告が出たんだよ。だから取得も二止まりになる。副作用のあるパネルを取るときに、また考えよう」
他には。
『光発電細胞』:身体が浴びている光を電力に変換します。それに伴い体は感電し難い体質になり、発電した電力は、腹腔内に蓄えられるようになります。限界まで蓄えられている場合、発電は止まります。
成長点をいつもの3,000点支払って取得。
これさっきのパネルと相乗効果あったんだろうな。暑さで熱が篭ると、更に光ってバチバチになる。ていうか俺の腹は大丈夫なのか。
「でも特に溜まってる感じはしないな」
「だって君が今光を浴びてるの、頭部と手足の先くらいだもん。それこそ全身で光を浴びることが、前提なんじゃないのかな」
「ちょっと脱いで確かめてみよう」
「もう少し恥じらいを持とうね」
「ごめんねー」
下着姿になって電灯の光を浴びること三十分。腹の中がゴロゴロ言い始めた。自分では他に感触はないが、たぶん発電してるんだろう。
「どれくらいの電力なんだろうな。おわ!」
軽い気持ちでお腹をぽんと叩くと、青白い火花のようなものが飛び出す。スタンガンの電流くらいはあったぞ。
「雷様におへそを取られるっていうけど、君の場合はおへそから雷様が出るんだね」
「止めだ止め、取消! こんなの危なすぎるわ!」
俺は昭和のスーパーロボットじゃねえんだ。じゃれ合いで腹パンしてきた奴を、感電死させる気は毛頭ない。全く今回は不作だな。
「安全な奴いこう。よしこれ!」
『臓器安全網』:内臓筋力の衰えによる、体型の崩れを防ぐ網を、体内に張り巡らせます。
さっきの電気の奴を取り消したポイントで取得。今月の肉体はこれで良い。終わり。全くもう、人体は危険と謎がいっぱいだぜ。
「これってどういうのなの」
「臓器が零れないようにメッシュが縫われたっぽいな」
「ああ、刺されてもハラワタが飛び出さなくなるんだ」
そうだけど、脱腸の予防とかそっちが本文なんだよ……。
「次、知能」
「あれ、どうしたの。怒ってるの」
「怒ってないけど気分は良くないかな」
『失調防御』:神経と精神の乱れと、様々な弱さや甘えから来る、逃避的自己防衛による失調に対し、精神衛生を強力に保持しつつ、自分をいち早く回復させます。
「妙に強い言葉を使ってくるな」
「折れないし挫けないという意思は伝わるね」
「頼もしいし取るか」
取得。お題3,000点也。
神経が参ると人生はあっという間に終わるからな。
「次は魔法だな」
「また取れるようになって良かったね」
「ははは」
笑って誤魔化したけど、一度無理して、死ぬかと思うほど苦しんだから、正直別にって感じなんだよな。ミトラスが喜ぶから取るけどさ。
『土着化』:その場に適合率の高い魔法を使用した場合、消費魔力が低減し、威力と効果範囲が上昇します。地域が魔力の薄い場所であった場合、この能力は発動しません。
あれか、暑い土地だと火のマナが~みたいな奴。俺の使ってる魔法は、使用者の魔力依存で、周囲の力を参照しないタイプだから、あまり馴染みがない。
逆に自分以外の力を利用してるタイプだと、単純にパワーアップした感じがあったに違いない。街中ではあまり恩恵はないが、それでも補助はありがたい。取得。
「でもこれさ、パワーアップしても、その土地の敵は耐性を持ってるんじゃないか」
威力が1.5倍になっても効果がいまひとつだと、実際は0.75倍とかそういう話。それなら別タイプの技を素直に使ったほうが良いような。技って何だよ魔法の話だよ。
「よく気付いたね。これは要するにマイナス100を、マイナス50にするようなものだよ」
損害を減らす努力なのか。嫌いじゃないからいいけど。
「最後は特技だが、何気に『阿る(おもねる)』」が先月効果あったような気がする。珍しいことに、パネルの内容が役に立ったというか」
「本来はそのために取るんだよ」
「ははは」
そこまで意識を高く持てないよ。予知能力もないし。比較的無軌道に取得してきたパネルだが、全部計画的に取っていたら、果たして俺はどうなっていたのか。
結構強力な魔物になれていたかも知れない。でもそれだとたぶん、学校辞めてんだよなあ。何のために異世界から帰ってきたかって、高校を卒業するためだから、これで良かったと思おう。
『信仰』:好ましく思っている相手と近くにいるとき、相手の心身の負担を軽減します。
「これ動詞か。意味が分からん」
「いや僕は分かるけど」
「ていうと」
「僕と一緒にいると安らぐでしょ」
こいつう。面と向かって笑顔を向けるんじゃない。気障な台詞に、思わず顔が赤くなってしまうぜ。否定しないけどそうか。そういうことか。
「でもこれってつまり」
「君が好きな人と一緒にいるとき、相手は好きな人と一緒にいるときのように落ち着く。ということだね」
まあ基本的に、交友関係が女しかいないからいいか。取得。いよいよセーブスポットじみた生物になりつつある。
「こんなところか」
締めの言葉を口にして、テレビを消す。
後はもう寝るだけなんだけど、過ごし易い割りに、眠気が遠退くのが、秋夜の不思議な所だ。
「ねえサチウス」
「どうしたミトラス」
ミトラスが呼び止めてくるので、俺も振り返る。この問答も慣れたものだ。一緒に暮らしてもう六年だもんな。お互いに変わったような、変わらんような。いや俺は大分変ったね。うん。
「もうじき君の学校の学祭だけどさ」
「おう、そんな時期か。一年早えなあ」
「その、二人で一緒に回らない」
ミトラスは椅子の背もたれにしがみつきながら、、少し落ち着かない様子で言った。そういえばいつも忙しかったな。
一年の時は元母親がやって来て、それ所じゃなかった。あの頃はまだ、蓮乗寺を先輩だと思ってたんだよな。オカルト部の部員を見たのも、あのときの一度だけ。
二年の時は異世界転生予定者が、毒キノコで死なないように、あちこち駆け回ったっけ。俺が食って大変なことになったんだよな。
ああ、これが最初で最後のチャンスなんだ。
「うん、そうしよっか」
「決まり!」
ミトラスは悪戯っぽく笑うと、ちゃっかり俺の部屋へと走って行った。今頃はベッドに潜り込んでいることだろう。
元々は、俺一人で帰って来るつもりだった。もしもお前がいなかったら、こういう家族との暮らしは無かったんだ。三年もの間。
「ねーサチウスまだー」
「はいはい今行くよ」
ほんと。ありがとな、ミトラス。
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文章と行間が修正しました。




