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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
部長引退編
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・気持ちの問題を大事にし過ぎる

・気持ちの問題を大事にし過ぎる


 ※このお話は栄視点となります。


 高校生活の一大イベントと言えば、文化祭(学園祭とも)と修学旅行だ。小学校のときは日光だった。中学校のときは鹿児島に行った。いつも他のクラスの子が、必ず一人は帰って来なかったっけ。


 それで今度は京都。何気に栃木・鹿児島・京都と、三か所全部違う所に行けたのは、運が良かったのかも知れない。人によっては旅行先が、全部同じなんて話もあるし。


「サッちゃんそっちの看板できた」

「うんもう少し、引っかかってる部分があって」


 現在私は美術部にて活動中。来月の文化祭用に、あちこちの部の看板を制作している。勿論絵を描いている子もいるけど、私はこっちが面白そうと思ったので、やらせて貰うことにした。


 作業用机の傍の床に、ベニヤ板と画材を置いて、設計図面とも言うべき下書きを眺める。画用紙と違い、線を引くのも一苦労だ。


「うーん、学祭に間に合うかなあ」

「休みも出れば余裕でしょ」

「は、絶対ヤだが」


 美術部の先輩たちが、楽しそうに憎まれ口を叩いている。上手く行っている部活というのは、だいたいこういうものだ。お互いのことを実は良く知らないのに、むしろそのおかげで、学年を気にせずに付き合えている所がある。


「どこ」

「これなんだけど、ほら映画研究会の」


 来月の文化祭のために映画研究会(以下映研)が、自主制作の映画を上映するのだけど、そのための看板が上手くいかない。内容は江戸時代の寒村で、落ち武者狩りをしている村にやって来た浪人が、命からがら村を脱出するという恐怖活劇、らしい。


 実はこの映画、役者は映研を除けばほとんど愛同研の面々。運動部の人たちや衣装部も手伝って、中々面白そう、なんだけど。


「空模様がね、いまいち決まらなくて」


 看板は主役たる浪人の男ともう一人、女荒法師が背中合わせになり、自分たちを取り囲む村人たちと対峙する構図だ。激画調で、下から煽り気味。差し込む一文は『村人(あくとう)たちが牙を剥く!!』である。


「夕方から夜にかけてが主だった話だけど、夜で暗くすると見辛いかなって。コーちゃんなら、こういうときどうする」


 コーちゃんは無言で私の看板を覗き込むと、まだ人物しか描き込まれていないそれを、長く綺麗な指先でなぞる。


 彼女は外国人で、ぞっとするほどの美人で、私と同じく愛同研と美術部を兼部している。この子と普通に友だちをやれてるのが、自分でも不思議。


「明暗をバッサリ分ければいいのよ。主人公側の上に夕暮れを、村人側には夜を宛がえばいいの。そうすれば敵味方も分かり易いし、暗に勝ち負けも示せるでしょ。古臭さを強調するなら、炭と油絵具と、クレヨンもあったほうがいいかも」


 などと指先で板面をとすとす突っつきながら言う。なんとなく想像できるような気がする。そうか、そういうやり方もあるんだな。


「すごいな、同じ場所にいるのに天気分けちゃうんだ」

「同じ人間じゃないし、同じ現実って訳でもないでしょ」


 こういう考え方は私にはできない。私の場合その日の天気が雨なら、誰もが雨の日の人なんだ。でも彼女の場合は違う。お前たちは雨で、私たちは晴れってする。好き嫌いの話じゃない。


 雨が好きなら、自分だけ天気を雨にするという発想も、この子なら余裕で出て来るだろう。一つの形の中に、幾らでも色を注げる。


「分かった。じゃあそうしてみる。ありがと」

「どういたしまして。で、サッちゃんのほうはどうなの」

「どうって何が」

「先輩との空模様の話」


 は?

 何故急に少女漫画みたいな言い回しを。


「もう長いこと話してるとこ見てないから」

「いいの。それはもう」

「そ」


 話してない、か。先月からもう、どのくらいだろう。挨拶はするけど、もう二週間くらいになるのか。このままずっと、先輩とは話さないのだろうか。


 自分でもよく分からない。


「なんていうか、そういう気分にならなくて」

「サッちゃんって、私よりも人に厳しいからね」


 私はおもわずコーちゃんを見た。修羅場を共にしたこともあるこの子は、私よりも相手に怪我をさせたことも多い。その彼女に、厳しいと言われるのは心外だった。


「私が」

「うん、私と同じで嫌いなものを許す気が一切ないよね」

「ああ、うん」


 同じか、彼女より厳しくはないけど、それでも同じか。否定するにも材料がない。でもそこは誰だってそうだと思う。


「違う所は」

「好きが嫌いを上回らない点、これに尽きるわ」


 言われて背骨が冷えるような感触と、足の感覚が消えたような気持ち悪さが、同時に襲い掛かってくる。私と彼女の、人間の差を唐突に突き付けられる。


「北部長は例外なんでしょうけど」


 なんでそこで斎が出て来るんだろう。少し頭に来る、けど駄目だ。さっきの身体が縮み上がる感触のほうが、ずっと大きくて強い。


「ちょっと意味分からない」

「そ」


 私は取り合えず席を立った。用事があるようなふうを装い部室を出る。しかしすることは部室の中なので、どうしようもない。


 人もまばらな放課後の廊下を、一人でうろうろするばかり。いきなりそんなことを言われたら、気味も気分も気持ちも悪くて、とてもその場にいられない。


 コーちゃんは涼しい顔をしていた。

 一歩先を行ってますって感じだった。

 身の安全が戻ってくると、怒りが込み上げてくる。


 どうしてあんなことを言うのか。理由は分かってる。私が何時まで経っても、先輩との関係を修復できないから、たぶん心配されたんだ。


 そして、その理由まで指摘されてしまった。

 でもそれっておかしなことだろうか。


 例えば福神漬けやらっきょうが嫌いで、カレーにそれが付いていたら、味に変化が無くてもカレーを食べる気が失せるってこと、あると思う。


 実害があるとかじゃなく、もうやだって気持ちになるの。好きなものでも、嫌いなものが付いて来たら台無しだ。


 だったら人の集まりでも、個人でも、同じことでしょ。


 それはそれ、これはこれって言える人は、心が強い人だと思う。私だってサチコ先輩とのことは残念だと思う、あの人は私たちのために、何度も頑張ってくれたし。


 いじめや学校や犯罪者や妖怪と戦って、そうでないときはのんびりしてる。斎が言うには、サチコ先輩の正体は超能力者で、オカルト部の人たちと共に、日夜怪物や悪の超能力者たちと戦っているらしい。


 ※斎が咄嗟に考えたカバーストーリーである。


 ふざけていると思ったが、自分もその場に居合わせたこと、引いては斎の心霊体験が、全て本当だったこと。それを考えれば信じる外なかった。


 美形じゃないけど、あの人もまた孤高の人なんだなって。でも違った。少し目が届かなくなると、途端にあくせくとし始める。汗に塗れ、時には泥を被る。


 良くも悪くも。そう。

 この『悪くも』の部分が、所謂カレーに付いた漬物なの。

 私にとっては。


 だから先輩は変わってないんだけど、その部分が目に付いてしまった以上、前と同じように接することができなくなってしまった。汚れが気になってしまった。


 自分でも人間が小さいと思う。お互いの良い悪いの域を外れて、気に入らない部分に固執してしまっている。たぶん先輩は、私のことをもう怒ってないはずなのに。相手の気持ちに関係なく、自分から離れている。


 我ながらすごい嫌な奴だな。


 止そう、何か甘い物でも食べて作業に戻ろう。そうだ、料理部が復活したことだし、日替わりおやつでも食べに行こう。お昼よりも競争率は低いから、並ばなくても買えるし。


 と思っていたのに。


 ――はい南国ジャムパンお待ち遠様。

 ――ありがと。


 遠目からでも一発でも分かる異容があった。太くて黒くて長くてデカい。間違いない、サチコ先輩だった。ちなみにパンを渡したのは、料理部の十字部長。


 ――相変わらず繁盛してるね。

 ――おかげ様で。

 ――たまには景気はどうだいって聞きたいもんだな。

 ――同じことですよ。


 しかもパンを齧りながら、その場で話し込み始めた。いつもそんな女子みたいなことする人じゃないでしょ。今日に限り違うことしないで。


 私は廊下の角に身を隠し、先輩たちの話が終わるのを待つことにした。自分がこんなことをした理由は、ちょっと分からないけれど、やってしまった以上後には引けない。


 ――なあ。

 ――なんですか。

 ――実は栄のことで、一つ聞きたいことがあるんだが。


 え。


 聞き間違いかと思い、耳をそばだてる(現代国語)と、先輩はそのまま、私や部のことについて、ぽつぽつと話し始めてしまった。周りの音もあるはずなのに、先輩の声は、不思議とよく聞こえた。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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