・ヤドカリたちの遺産相続
・ヤドカリたちの遺産相続
一度は冷え込んだ仲というものを、修復するのは難しい。旧交を温めるなんて言葉もあるが、時間を置かねばいけないものか。
揉めた案件が終わり、ゴメンもしたからノーサイド。相手がそんなメンタリティの持ち主だったら、どれほど人生やり易いだろう。
仲直りするのなんて中学生まで。一度割れたら流氷の如くお別れして、新しい出会いを探す。もしくは自分と離れた奴を追いかけて、死ぬまで攻撃する。それが日本人気質というものだが、俺はどちらもしたくない。
未練がましいと言われればそれまでだが、固定メンバー構築に、他人を取っ替え引っ替えするのは嫌だ。そもそも俺は腹を立てたが、栄を嫌いにはまだなってない。
上司と部下、先輩と後輩、先輩兼元上司の妹と先輩兼元上司の後輩で部下だった俺。妹分的な存在と、錯覚できそうな距離感である。
実際はそこまで緊密な付き合いないけど。
「いらっしゃいませー、あ」
「や、久しぶり」
部活帰りに足を延ばして、俺は久しぶりに古本屋『焚書堂』へとやって来た。狭い店内に詰まった本棚と、並べ立てられた商品の数々。かび臭い店内は居心地が良く、書籍も中々の粒揃い。
思えば先輩と栄の仲を取り持ったときも、ここで心理学の本を買ったな。アレはあまり使わなかったが、それでも自分を動かすための順番にはなった。
「お久しぶりです」
「もうじき閉める所悪いけど、ちょっと見させてよ」
「良いですよ。探すの手伝いましょうか」
俺が話しかけたのは、この店の若旦那こと、店主のお孫さん。初めて会ったときは小学生だったが、今では中学二年生だ。アガタや栄たちが卒業してから、高校生になる。
背中まである長髪に色白の肌、微かに幼さが残る顔は、前よりもスッキリしている。目は漫画の狐目のように細い。端的に表現すると美少年である。
いつも学校には行かず、店番をしながら暮らしていたが、この頃はどういう心境の変化があったのか、学校に通うようになり、たまに愛同研の活動に顔を出すようにもなった。
なんで愛同研? うち高校だよ? 附属じゃないよ?
「そうだなあ、漫画でも教科書でもいいんだ。ただその、今求めてる内容がなんというか、少し言い難いんだが」
俺がそう言うと、若旦那は何かを察して、頬を赤く染めた。ちらりと店の外と、そして何故か奥を窺ってから、こほんと咳払いを一つした。
「ああうん。青年誌のコーナーはですね、実は」
「待て」
「あっとはい何でしょう」
「俺は別に性的な話をしてるんじゃない」
若旦那の顔は見る見るうちに赤さを増していき、何故か俺まで顔が熱くなってくる。欲求不満っぽく見えたんだろうか。本屋で質問し難いものなんて、卑猥な表紙の萌え系かエロ本と相場が決まっているから、それもあったんだろうが。
「ええ、そ、そうなんですか。ボクはてっきり」
「第一本当に我慢できなかったらお前を誘ってるよ」
「だ、駄目ですよ! ボクは彼女いるんですから!」
カッと目を見開いて吠える中学生。そういえばミトラスがこいつともう一人、おでこの広い子がくっついたって言ってたな。月日が経つのは早いなあ。
「冗談だよ。でもそうか、彼女できたのか、おめでとう」
「おかげさまで、ありがとうございます」
「話を戻すけどな、俺は友だちと仲直りをするための方法を探してるんだよ。心当たりあるか」
若旦那はそれを聞いて安心したような、どこか残念そうな顔をして頷いた。俺にもミトラスいるしな。でもまあ、こいつも結構可愛いし、それなりに恩もあるし、求められたら嫌とは思わないけど。
「仲直りって、ケンカでもしたんですか」
「うん、部活の後輩とな。もう十月だってのに」
最後を目前にして、とんだミスをやらかした。
「それはまた大変ですね」
「俺たちにとっちゃあ部活はヤドカリのヤドみたいなものだ。特に俺のはそろそろ脱がないといけない。でもこのままだと、誰も貰ってくれそうにない」
「ボクも友だちと仲直りするのに苦労したっけ」
彼はは腕を組むと、何事かをしみじみと思い出していた。そういえば以前ミトラスが、何やら非常に不機嫌だったことがあった。珍しく怒っていて、何があったのかと思ったが。もしかしてこいつと揉めたのだろうか。
「参考までに聞いていいかな」
「あれはそう、僕が彼女に告白する前のことです」
そこからたっぷりと惚気話を聞かされた。要約すると散々使いっ走りをさせた挙句、告るのを止めそうになったから、怒られたということらしい。
後日一旦カップル成立したという報告をして、お礼と謝罪をして、また遊ぶ仲に戻れたということらしい。まるで役に立たねえ。
「ということなんですよ」
「俺の場合とは噛み合わないなあ」
冷静にマジレスを返して空気を戻す。外はそろそろ暗くなって来た。ていうか話を聞いている間に、閉店の時間になっているような気がする。
「そういえばお姉さんのはどんな状態なんです」
「相手からの好感度が0になって、接点が消えて気まずい思い出が残り、相手が何を嫌ってるかが判明していて、後は向こうが近寄ってくれるかどうかって感じ」
「詰んでますね」
はっきり言わんでくれ。そうならないために、こうして頑張ってるんだから。根回しやアプローチとかも、一生懸命やってるんだから。
「嫌われてる箇所を直すとかじゃなくて、何ていうか『この人思ってたのと違う』っていう段階なんだよ」
「詰んでますね」
「男の子から見ても」
「ボクから見ても」
幻想消失とか楽園追放と書くと恰好良いけど、これはアレか、こんな私だけど嫌いにならないで欲しいっていう、死ぬほど都合の良いアレ。
そんな虫のいい話あるか。でも言い換えれば、俺が栄に好かれるよう自分を直すか。或いは俺のまま疎遠になるかってことじゃないのか。
これが少年誌なら、俺のまま惚れさすみたいな童貞臭いこと言うんだろうが、ここは現実で相手は生きた人間だ。リアル女子高生だよ。
「何か手はないか」
「可能であれば目的を分割するとか」
「……というと」
「察するに相手と仲直りしたいのと、相手に部活を辞めて欲しくないっていうのが、お姉さんの話からは見えて来ます。この場は部に残ってもらうのを優先して、仲直りは棚上げ、いや先延ばし、ううん、時間をかけたらどうかなって」
どうしてそんなに言い淀むんだ。しかし一理ある。
「なあなあで過ごして、ほとぼりが冷めるまで待つのも手です。時間が解決することもありますから。気持ちの溝は、有耶無耶にするのが一番ですよ」
こ、こいつ。なんて生々しいことを言うんだ。それ絶対後で、それも致命的なタイミングで、不満が噴き出す奴だぞ
「異議を唱えたいが話を進めよう。先ず部活に残すとしたらどうすればいいだろう。頼み込んでも、今は駄目だと思うんだけど」
「しばらくは真面目にやってる所を見せて、誠実さを見せびらかすことですね。それで少しは改心したかなって思わせることで、様子見を選ばせるんです。様子見でも時間は経つし、辞めるにしても、それなりの時機や勢いが必要ですしね」
汚ねえ。まるで狐のようなずる賢さだ。彼女の前では絶対それ見せるなよ。どうなっても俺は知らないからな。ミトラスもとんでもないワルと付き合ったもんだ。
「その手が通用するかな」
「同じ手が通用しなくなるのは、同じ手を何度も使うからです。つまり初めの内はまだまだ未熟。なので大丈夫だと思いますよ」
レベルが低いうちは大丈夫か。先輩が同じ手口を使ったことがないか、後で調べておこう。ここに来て今度は『それ斎もよくやる手口なんですよね』なんて言われた日には、目も当てられない。
しかし使えるのなら、まあ一考の余地はある。
「ありがとう、よく考えてみるよ」
「いえいえ、こんなことでしか役に立てず面目ない。ボクも仲直りに役立ちそうな本を、なんとか探しておきます」
若旦那は柔和な笑みを浮かべて、小さく頭を下げた。釣られて俺もお辞儀をしそうになるが、髪が相手の頭にかかりそうなので止めた。体が大きいって不便。
「ありがとう。じゃあ外も暗いしそろそろ帰るわ」
「またどうぞ」
「ああ、それと最後に一つ聞いておきたいことが」
「? なんでしょう」
俺は最後に青年誌のコーナーの在処を聞いた。栄のこととは関係ないが、私的には気になるのだ。彼はとある本棚の前まで来ると、棚の縁を掴み手前側へと引いた。するとなんと棚が開いたではないか。
現れた奥側には、いかがわしい青年誌の背表紙が、みちっと詰まっていた。敢えて吟味はせずに、二冊ほど抜き取ると、二人してレジへと直行し、無言で会計を済ませた。
「アリガトウゴザイマシタ」
棒読みのお礼を背に受けて、日が落ちた街中を急ぐ。別に俺が使う訳じゃないけど、読むだけは読んでみよう。何事も思い悩んだり、塞ぎ込んだりしても苦しいだけだ。
要所要所で頭の悪い行動を挟まないと、息が詰まってしまう。そう自分に言い訳をしながらも、もしかしたら彼女さんもまだ知らない、彼氏のエロ本を読むかもしれないという、謎の背徳感にドキドキしていた。
いや違う。そうじゃない。栄との件については、目標の再確認と、それによって優先順位の整理という修正が出来たって話だ。一歩前進したと見ていいだろう。
部長の座を空ける準備は、とっくに出来てるしな。
俺はもう十代じゃないけど、だからって自分を偉く見せたいと、大変ぶりたい訳でもないし、自分に酔いたいからって、忙しがりたい訳でもない。
愛同研でふんぞり返っていたいのかと聞かれれば、はっきり言ってNOと言える(二重表現)。部にはいたいが、部長でいたいとは思わん。
「人付き合いは大変だな」
尽く尽く思い通りに行かない人生だし、三年の集大成がこれかと思うと情けなくなるが、それでも今度くらいは頑張ろうと思う。
俺は栄を嫌いにまではなってないんだから。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




