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出戻りサチコのやり過ごし  作者: 泉とも
キッチンリベンジャー編
423/518

・墓穴にはもう片足が

今回長めです。

・墓穴にはもう片足が



「これが今回出そうと思った奴、炒飯定食な」

「うちで出してるやつですね」

「ずっけえ! 人んちの料理じゃん!」


「嫌なら食うなよ」

「ごめんなさい食べます」

「飯ちゃんは勢いを優先する癖を直したほうがいいと思う」


 先日から引き続き舞台は放課後の第二部室。今や俺たちのキッチンと化したこの場所で、対決用の料理を皆に振舞っているところである。


 お盆には飴色の炒飯と大きめの餃子、中華風の卵スープに漬物と杏仁豆腐が乗っている。どこの中華料理屋でも見かけるお昼のセットメニューだ。アルバイト先ことアガタの実家『日鬼楼』のメニューを、ほぼそのまま登用した形だ。


「先輩の微妙な自信はここから来てたんですね」

「相手の得意料理を外して、こっちは即戦力を出す」


 栄がまた嫌そうな顔をする。こいつ搦め手の類は全般的に嫌いなんだな。今までは真正面からぶつかるばかりだったから、もしかするとそっち方面に好みが傾いたのか。


「でも先輩、向こうが生姜焼き弁当の中身をバラしたら、結局同じことじゃですか。要は料理部の得意技と、張り合わないって方針ですよね」


「いい質問だな清水。だが考えて見ろ。弁当の中身をそれぞれ別の食器に移して、お盆に並べた状態を。なんかしっくり来ないから。それどころか物足りないから」


 弁当を定食にする。確かに生姜焼き弁当を、生姜焼き定食に変えることは、そう難しくないだろう。だが定食なのだ。おかずとご飯だけの安いパターンに組めば最後、ボリュームでこっちが勝つ。美味い味噌汁が付いても、デザートを付けられない。


 生姜焼き定食にデザートは、基本的に付かない。素人判断でも、デザート分の不戦勝と量の二点で、評価を取れる。そして肝心の味で大差を付けられなければ、こっちが押し切れるのだ。


「まあそんなことより、冷めちゃうから早く食べてくれ。俺もこんなに沢山作ったのは初めてだけど、ちゃんとレシピ見ながら作ったからさ」


 試食には料理部も参加する。彼らが持ち込んだ冷蔵庫を使わせてもらってるし、材料費も負担してくれたから、当然といえば当然なんだが。


「それじゃあ、失礼して」

『いただきます』


 実に十人以上が手を合わせ、俺が作った料理を食い始める。うん、これは確かに結構気分が、良くないな。ハラハラする。


「うん? うちのと味付けが少し違いますね」

「審査員はここの生徒だから、好みに合わせたんだ」


 第一関門であるアガタからはお叱りが来なかった。よしよし、勝手にメニューを使い回したことを、怒られでもしたら如何しようかと思ったが、幸い気分はフラットのままだ。


「炒飯甘口なんすね」

「野菜餃子だこれ」

「私このスープ好きかも」


 炒飯は甘口のタレを絡めて作ったものだ。パラっとはしてないが、ご飯の進む甘さをしている。とはいえべったりしないよう、ナルトやコーンを入れてある。ネギは抜いた。


 餃子は肉少な目でキャベツと玉葱、大根を入れた。薄味ながらも野菜の甘味と食感が、炒飯の甘さと噛み合うようになっている。野菜から水が結構出るから、肉はなるべくパッサパサのミンチを使う。


 二つの甘々でご飯が沢山食べられて、ボリュームにうんざりしない構成だ。とろみの付いた中華風鶏塩スープには、細切れになったタケノコとほうれんそうが入っている。しいたけは抜いた。


「十分美味しいですけど、どうして先輩が作ったんですか」

「他の連中じゃ粗が腕前で誤魔化せちゃうだろ」


 我ながら言ってることは悲しいが、ここで改善点を洗い出しておくためには、上手過ぎる人間に任せては、いけないのである。


 後で改良した奴を上手な奴がつくれば、出来栄えは二つも三つも上がるだろう。だからこそ、そうなるように今は耐え、止そうこれ以上は俺も傷付く。俺だってそこそこ料理は上手だよ。


「杏仁豆腐はそのままっぽいですね」


 元料理部副部長の小竹が、デザートの小鉢をしげしげと見つめている。中身は既に空だった。もう食べ終わったのか。


「お前定食のデザートに特別感欲しいか」

「……ふ、いいえ」


 なんだそのニヒルな笑みは。止せ、分かってますって顔をするな。とはいえ、弁当と定食の違いなんて、俺よりも分かっているだろう。弁当だったら高級路線に振り切ることも出来る。だが定食に高級感を求めるのは違う。


 敢えて弁当勝負を避けたのは、うちと家庭科部の経済力の差から来る、一度限りの力押しを許さないためでもあった。


 食べたことのない高い飯ともなれば、それだけで大半の人間はその権威に屈してしまう。だからこそチープさは安全装置であり、枷だ。相手の実力を、ギリギリまで発揮させない天井だ。


 この檻の中で頂点を決めることこそが、戦いの要点。

 それでもまだ厳しいが、自由にさせるよりは遥かに良い。


「ていうか、例の求人はどうなったんですか」

「駄目っぽいからこうして料理開発を急いだんだよ」

「あ、そうですか」


 栄がどこか嬉しそうに苦笑する。笑いごとではない。何だかんだ面接を受けに来る生徒は沢山いた。しかし心の中を覗いて見ると、任せられない者ばかりだった。


 金だけ受け取ってバックレようとする不埒者や、いったい何を勘違いしたのか、家庭科部に票を入れようと考えるヒーロー気取りが大半で、ついでに美味い飯が食えるぞっていう下心がセットで付いて来る。


「案外金の力も大したことねえな」


 人間の頭の中ってかなり滅茶苦茶で、心が読めても大半はまともな言葉になってない。その中からこっちが知りたいことだけを調べるのは、骨が折れるし疲れる。


 一般的な人の心とは安全ピンが抜けた手榴弾のようなものだ。常にノイズがテレビの最大音量で鳴っていると思えばいい。家電メーカーは音の上限を下げろ。


 その一方で知能が高く、自分というものがしっかりしてる奴ほど、内心が整理されており方向性も定まっている。愛同研の連中はこの傾向が強い。同じことを大音量で叫んでる奴も大勢いるが。


「カリスマってのが無いんでしょ。悪事のカリスマが」

「要するに磁石と砂鉄みたいなもんだろ」

「まあだから、先輩は向いてないってことですよ」

「上手いこと言うなあ飯泉」


 この脳筋たまにこういうこと言う。飯の食い方は綺麗だし、喋る前は必ず水で口のなかを空にする。がさつの様で躾が行き届いている。


「食べ終わったら、感想や改善点を出してくれ。紙に書いてもいい」


 話している間にも食べ終わる奴が出始めたので、空になった食器を受け取る。料理部はこの辺慣れたもので、ノートやメモ帳を取り出しては、サラサラと文字を書きつけていく。


「あ、先輩手伝います」

「ありがとアガタ、助かるわ」

「じゃあ私も」

「私も」

「私も」

「私も」

「やっぱり自分の食器だけでいいや」


 まるでカルガモか何かだ。一人称が同じなせいで文章だと区別が付かない。でも食器の洗い方を見て見ると、そこはちゃんと違いがある。


 アガタと飯泉は手際が良く、洗剤を塗したスポンジで食器をさっさと拭く。そしてお湯で流す。ここまで慣れてると性格の判断はできない。


 栄はお湯で食器を流す段になると妙にもたつく。本当に洗剤が洗い流せているか気になってしまうようだ。生真面目というか神経質だな。


 一方で清水は洗う前にスポンジをにぎにぎして、洗剤の量が不足してないかを確認する癖がある。食器もお湯に漬け置きするし、丁寧で要領が良い。


 じゃあ川匂はというと。


「うーん?」

「川やん、先にお湯で塗らすとお米の汚れは洗い易いよ」

「あ、あしがとしーちゃん」


「川やん、マヨネーズ使った後の油汚れはね、ティッシュで拭くんだよ」

「ありがと飯ちゃん」


 結構もたもたしてる。


「食器洗うの苦手か」

「いつも食洗器に入れてたから。手荒れも気になるし」


 なるほど金持ちー。そういうこともあるんだな。コンロがIHだから、熱いの気付かずに触るとかもありそうだ。でもそっか、手荒れが気になるか。まるで女の子みてーなこと言ってるな。


「まあ無理にやる必要はないから、あんまり気にするなよ」

「むむむ……」


 そうして後片付けを終えて、周囲の意見を集計してまとめる作業に入る。うむ、やはりというか、そこそこの数のご指摘があるな。これは帰ってゆっくり読もう。批判は聞いてるフリをするにも心の準備が必要だからな。


「これを元に定食を改良して、月末に備えることとする」

「頑張ってください先輩」

「また気になる点があれば声をかけてください」


 アガタも小竹もそう言って帰っていった。俺の中ではお前らのどっちかに料理人を任せようと思っていたのに、おかしいぞ、何故か俺が作る流れになってる。


 OBの料理部部長に電話をして助っ人を頼むも断られたし、ミトラスはせっかく元気にしたのに、修行でまたげっそりしてくるし、世の中上手く行かないが、だからって挫けないのが女の子。


「待て待て、一応はお前らもやるんだからな。頼むぞ。ていうか俺が一番上手くないのに、戦わせる前提で話を進めないでくれ」


「分かってますけど、十字さん相手じゃ厳しいと思います」

「審査員が決まったら声かけてください」


 などと一方は頼りなく、一方は手厳しい。本来だったら料理部の部長である十字が、こっち側に立つ予定だったのに。


「沢山で挑んで意味ありますかね」

「一対一はもっと厳しい」


 料理人は何人でもいいけど、勝負はたった一度きり。それが分かってるから、家庭科部の婆も一人だけ雇うなんて真似をしたんだし。


 相手はたった一人なんっだが、む、待てよ。もしかして。


「先輩、今日はご馳走様でした」

『ご馳走様でしたー』

「お粗末様でした」



 皆が帰った後に、家路への道すがら考える。相手が一人しかいないってことは、そいつを取り除けばもう負けない、いや勝つってことだよな。相手に控えがいない限りは。


 それってつまり不戦勝ってことだ。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだ。審査員五人なんて必要ねえ。一人でいいんだ。


「やってみて損はねえか」


 ふと町の端を眺めれば、赤い夕日が光明の如く輝いている。そうだ、話はこんなに簡単だったんだ。俺の中で勝利の女神が微笑んだような気がする。


 一日だ。一日だけでいい。あいつが部員から嫌われてるとか俺の知ったこっちゃねえ。十字の奴を、当日うちに引っこ抜いちまえば良かったんだ。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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